第三話 大空を翔る白き翼② ~馬鹿の妙案休むより酷~

「で、シバ」




 ――召喚科の地位向上につながる名案。


 どうしてそれを俺は信じてしまったのだろう?




「何だい?」


 自信満々の良い笑顔で、シバが俺に聞き返す。


「これがその……名案なのかな」

「もちろんだとも!」


 冷静に考えて、召喚科が馬鹿にされるのは単純に馬鹿だからだ。


 つまるところシバの考えた名案は、馬鹿が考えた名案であり。


「そうかなぁ」


 俺は首から箱をぶら下げる。


 ポストのように切込みがあり、紙切れが入れられるようになっている。ちなみにこの箱に書いている文字は『貴方のお願い叶えます 召喚科』だ。


 シバは紙切れと鉛筆を持って、道行く生徒に声をかける。今が休み時間という事もあり人がいない訳ではないが、これが名案だと思わない。




 その証拠にほら。




「見てあれ、今朝挨拶した召喚科の……」

「ヤモリと子作りしてるんでしょ? 最低よね」


 当然のように指される後ろ指。はいそうです召喚科の悪評を上書きしたのは俺です。そんな震える俺の肩をマイ・フレンドが軽く叩く。


「気にしてはいけないよアルフレッド君……そう、彼らはまだ知らないんだ」


 笑顔で彼は首を横に振る。


 そうか今の俺にはこうやって、わかってくれる仲間がいるんだ。




「愛の形は人それぞれだってね!」




 いなかった。


「シバも誤解してるよね?」


 シバは答えない。


 代わりに道行く生徒がヘラヘラ笑いながら、シバから紙切れを受け取って適当な文字を書いて突っ込む。


「お、早速初依頼のようだね……ありがとう!」


 脳天気に手を振るシバだが、俺はそう素直に受け取れなかった。


 そりゃそうだろ、学校一の笑いものがアホ面下げて、お願え叶えますなんて悪い冗談。


 だから俺はそっと箱を開け、シバよりも早くその中身を確認した。




『死ねFランの馬鹿ども』




 まぁこんなものだよね。ポケットに仕舞いその紙片を握りつぶす。


「で、アルフレッド君どんな依頼だい!?」

「あー、間違えて入れたみたい」


 残念そうに首を捻るシバ。少しは疑問に持つんじゃないかと思ったが、それ以上追求してくるような男では無かった。


 本当、こいつがクラスメイトだってのはここ最近で一番の幸運だろう。成り行きで住まわせてもらってるしさ。


 いつかちゃんとお礼を言わなきゃな。


 なんて思っていると次は女子。今度はそっけなくシバから紙と鉛筆を奪い、さっと書いて中に突っ込む。


「お、次こそは!」


 勇んで開けようとするシバだったが、箱を持っている俺に速さで敵うはずもなく。俺は片手でそれを少し開き、その中身を確認した。




『変態は学園に要らない』




 まぁ予想の範囲内。こいつもポケットに仕舞わないとな。


「んー入れ間違いみたいだな」


 と、今度は長い前髪をきざったらしく揺らした男子生徒。ナルシストという言葉がよく似合いそうな彼は、髪をかきあげてからシバから紙切れを受け取りサラサラと文字を書き入れる。


 そして俺の持つ箱に投函すれば、去り際にウィンク一つ。


「お、また来たじゃないかどうだいマイフレンド!」

「ちょっと待ってね」


 急いで開く。嫌な予感しかしないからね。




『ヤモリとの恋応援してます! 実は僕もペットのカメレオンと』

「ガチな人来たし!」




 急いで破る。続きは読まない読めなくていい。そんな人生知りたくなかった。


「おいおいアルフレッド君、そろそろ僕にも見せてくれても良いだろう?」


 流石にまだ一枚も見れていない事に気付いたのか、少しだけ口を尖らせてそんな事を言う。


「うーんでも……がっかりすると思うよ?」

「まぁその時は、一緒にがっかりしようじゃないか」


 肩を竦ませて、諦めたようにシバが笑う。確かにそうだね、要らない気の使い方をしていたようだ。


「あのっ……すみませんっ」


 なんて事を考えていると、今度は一人の女子生徒に声をかけられる。


 小柄でショートカットだけど、前髪が目が隠れるぐらい長く伸びている。リボンの色から察するに二年生だろうか。


「えーっと」

「我々は召喚科の地位向上を図るべく活動しておりまして……いかがですか先輩? この言葉に偽りはありませんよ」


 俺が言葉を詰まらせている間に、シバが代わりに満面の笑みで説明してくれる。


「あっ、その、じゃあ」


 先輩はそこまで言いかけて、周囲をあたふたと見回し始めた。まぁ人目のある廊下じゃ頼みづらい事もあるだろう。


「人目が気になるなら、適当な場所でお話しましょうか?」


 シバの提案に先輩が頷く。というわけで少し離れたところにあった、空き教室へと移動する。


 これで人目は避けられるだろうが、何というか絵面悪いよね。怯える女子生徒にFランの男子二人。


 ……まぁ気にしないでおこう。


「それで、僕たちに依頼したい事とは、その……お名前をお伺いしても?」

「あ、2年増強科のリタ・アンバーです」


 小さく頭を下げながら、消え入りそうな声で自己紹介をしてくれた。


「えーっと俺の名前はアルフレッドで、こっちがシバです。それでリタ先輩、俺達に頼みたい事って?」

「えっと……その、自分でも無理なお願いってわかってるんです、けどっ」


 少し余ったローブの裾をぎゅっと掴むリタ先輩。


 緊張しているのだろう、俺達に声をかける事だって辛かったはずだ。ここは気の利いた言葉の一つでもかけるべきだろう。


「まぁ駄目元で言ってみてはどうですか先輩? 頼むだけならタダですし」

「アルフレッド君、それを自分達で言うのはどうかな」

「まぁ実績無いから」


 そこで言葉を詰まらせるシバ。そして表情を曇らせる先輩。場を和ませるために言ってみたんだけど逆効果だったみたいだ。


「実はその……あるものを探して欲しくって」

「落とし物ですか?」


 会話を始めるシバとリタ先輩。俺はうん、黙ってよう。


「いえ、そうじゃなくて……私、そのっ、こんな性格で……一年経ってもまだ友達が一人もいないんです」

「何を言いますか! 僕達はもう友達ではありませんかっ!」


 両手を伸ばすシバ。達って、俺も入ってるけど先輩めっちゃ怯えてるよね。




「えっと、友達が一人もいないんですけど」




 言い直された。はい、俺達友達じゃないそうです。シバがなんか泣きそうだけどまぁいいか。


「その、こんな自分を変えたいんです! だから、だから私……叡智の欠片が欲しいんです! あれさえあれば、私だって……!」


 か弱い声を振り絞り、彼女がそんな願いを口にした。と、ここで始業を知らせる鐘が鳴り響く。


 時間切れらしい。


「あ、その……ごめんなさい、私授業が」


 そう言い残してリタ先輩は空き教室を後にする。残された俺はぽかんと口を開け、シバはやれやれと肩を竦める。


 これ、別に箱要らなかったんじゃない? とか言ってはいけない。


「これはまた随分と詩的な物を探しているようだね」

「シバ知ってる?」

「いや全く、検討もつかないね」


 ですよね俺も聞いたこと無いもん。


「でもまぁ魔法的な道具じゃないの? じゃなかったら人に頼まないと思うんだけど」

「確かに」


 わざわざ人に頼むぐらいだから簡単に探せないものなんだろう。それか男子しか探せないとか? 一年生限定の道具?


 うーむ出来るのはせめて推測ぐらい。まぁそれなら。


「先生に聞いた方が早そうだね」


 俺の提案にシバが頷いてくれる。まぁライラ先生なら何か教えてくれるだろう。

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