第二話 入学式はハンカチと共に⑤ ~校歌斉唱は特等席で~

 集まる全校生徒の視線に緊張を感じながらも、不思議と自分の口は滑らかに動いてくれた。


「あーえーっと、皆さん誰だよお前って顔してますけれど、はじめまして召喚科のアルフレッド・エバンスです」


 ――空気がざわつく。


 特に召喚科という単語がいけなかったのだろう。けれど先生の意図を察していた俺は無駄に神経を磨り減らす事はない。


「実は昨日、オリエンテーションで森に行ったのですが、その際攻性科の方々に助けてもらいました。ロ、ロ、ローレンニャントカさんが本日いないのは、その時に負った怪我の治療に専念するためです」


 そう、俺の目的はあくまで攻性科に助けられたと全校生徒に伝える事。


 その証拠に俺がこう言えば方々から安堵のため息が聞こえてきた。やっぱりとか何だとか、攻性科は流石だなとか。これで全て丸く収まる。


「えーっと、その、ありがとうございました。おかげさまで僕たちは元気で、捕まえた召還獣も元気です」


 まばらに聞こえてくる拍手、これで良いんだと言い聞かせる。


 そうだ何も問題はない、俺は単位も貰えるし攻性科の顔に泥も塗られない。


 何も不満なんてない、誰も困ることはない。




 ――けれど、ほんの少しだけ。




 人を見て指差し笑う連中の鼻を明かせたら気分がいいと思ってしまう。


 それこそ昨日シバが言ったように、見返してやれたらなんて。


「おいアル、何だここ!」

「あ、エル」


 その瞬間、会場全体が静かになった事に気づいた。


 俺とは似ても似つかないよく通る彼女の声に誰もが首を傾げていた。


「なあ、あいつの召喚獣……今喋らなかったか?」




 冷静に考えれば、それは異常事態だった。




 喋る召喚獣がこの世界にいない訳じゃない。ただそれはごく少数で、一部の魔法使いが従えてるドラゴンのような規格外だけ。




 けれど、けれどだ。




 今俺の手に持っているケージのおかげで、エルがドラゴンだと気づかれることはない。


 ということは今、こいつを自慢してやれば少しぐらい良い気分に浸れるんじゃないか。


「えーっと、俺の召喚獣はヤモリなんですけど喋れるんですよね、凄いでしょ」




 ――会場が沸く。




 ほら聞こえてきたぞ、あいつ実は凄いんじゃねとか今年の召喚科はひと味違うぞなんてあちこちから。


 よし、じゃあエルに簡単な自己紹介でもしてもらって席に戻ろうかな。


「じゃあエル、自己紹介でもし」

「それよりどうなった昨日のお前との子作りの結果は! 出来てたか子供、出来てたか!」




 ――会場が凍る。




 ほら聞こえてきたぞ、あいつ変態なんじゃねとか今年の召喚科はひと味違うぞなんてあちこちから。よし、じゃあエルの口を塞いで帰ろうかな。


「エルとりあえず黙っててくれるかな」

「誤解も何も昨日しただろ子作り! 朝までじっくりしただろ!」


 広がり続ける誤解。


「召還獣と子作りだって!?」

「犬とか猫ならまぁ物理的に」

「でもアイツの召還獣ヤモリって言ってたぞ?」


 増え続ける悪評。


「凄い勢いで誤解されてるから黙ってくれないかな!?」

「オレは子作りの結果聞いてんだよどうなった早く教えろ!」

「それ言ったら大人しくなるんだな!」

「当たり前だろ早く言え!」


 ――深呼吸して少し落ち着く。


 そうだ、ここで何もなかったよなんて言ってしまえばまたまたご冗談をみたいな空気になる事だって有りうるじゃないか。


 落ち着いて考えろ俺、そうだこの全ての誤解を解くためには何て言えば良いか考えるんだ。




 そしてひらめく、コウノトリ。




 そうだエルは子供はコウノトリが運んでくると考えているのだからそれを全校生徒にわかってもらうのが一番じゃないか。


 だから俺が言うべき答えは。


「あ、その……来てなかったよ」


 俺はそう呟いた。にっこりと笑顔で、彼女にそう答えてやったんだ。するとどうだろう、今度は全校生徒が一斉に声を揃えて。




「生理が!?」




 なんて言いやがったヤモリに生理なんてあるわけねーだろあライラ先生鬼の形相ですね俺の首根っこ掴んでますね。はいタイムアップですね。


「よくやったなアルフレッド、とりあえず行くか」

「はい」


 ところでそのよくやったってどっちの意味なんですかね。


『あ、あわわわわそれでは新入生挨拶を終わり、終わりですはいっはいっ次はですね斉唱! 校歌斉唱です!』


 再び鳴り響くファンファーレ。


 先生に引き摺られる俺に、全校生徒が汚物か勇者を見るような目を向けてくる。なんだその二択。


「ハンカチ持ってるか」

「大丈夫です、入学式なんで持ってきてます」

「そうか、準備がいいな。今日は必要になるかもしれないからな」


 本当は涙を拭うために持ってきたんですけどね、今日はこの白いハンカチに赤い模様がつきそうですね。


「二日連続か……」


 そして校歌が流れ始める。そういえばどんな歌なんだろう、入学案内に書いてあったかな。


 まぁでもいいか、俺は今日はこの校歌を特等席で聞けるのだから。




 生徒指導室と言う、俺だけの特等席で。

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