第二話 入学式はハンカチと共に④ ~ファンファーレは聞こえない~

 翌朝俺達は、校舎から少し離れたところにあるフェルバン円形闘技場の前で行儀良く並んでいた。


 随分血生臭そうな施設だが、これも当然学園の設備の一つ。


 かつては学生同士の決闘なんかで使われていたらしいが、専ら最近の使い道は。

 



『それでは新入生の皆さん……入学式の準備が整いました。名前を呼ばれた学科から、速やかに入場してください』




 入学式とか卒業式とか終業式とか、まぁ全校生徒を都合良く集めるための場所として利用されている。


 で、今日は俺達の入学式。血を見ることはないだろう。


『攻性科の生徒は入場してください……続いて治癒科』


 響き渡る拡声器の音に従って、歩き始める攻性科の生徒達。


 拡声器って田舎には無かったなそう言えば、増強魔法を使った道具の一種だっけ?


 と、すぐにその音はかき消される。


 代わりに響くのは金管楽器と太鼓の音色、在校生達の歓声。


 少なくとも新入生を歓迎しようという文化は、この学園に根付いているらしい。


「聞きたまえアルフレッド君、この歓声とファンファーレを! まるで僕らの薔薇色の学園生活を祝福してくれているようじゃないか!」

「シバくんは凄いですね、私なんか目眩してきちゃいましたよ……」

「くっくっく、彼らはまだ知らぬであろうな、この音が阿鼻叫喚に変わる終末の日がそう遠くはないことを!」


 テンションの高い二人と、青白い顔を浮かべる一人。


 ちなみにもう一人は寝てる。


『続いて錬金科……続いて増強科』

「さぁみんな、ライラ先生から貰ったケージに召還獣は入れたかね!」


 進むアナウンスに、ケージを高く掲げるシバ。


 今朝ライラ先生がくれたそれの中には、各々の召喚獣が入れられている。


「召喚科もやればできるぞってアピールらしいですけど……どうしてケージに入れなきゃならないんですかね?」


 本来召喚獣は入学式に連れてくるものではないらしいが、先生の命令で俺達はそうしていた。


 ようは少しでも召喚科が舐められないための対策だそうだ。


 お、今年の召喚科はもう召喚獣捕まえてるのか少しはマシになったのかと思わせるための作戦。


 なるほどオリエンテーションだかでいきなり森に連れていかれたのはこういう意図があったのか、一応考えてるんだなあの人も。




 ま、それはそれとして。




「ごめんディアナ、たぶん俺のせい」


 先生が用意してくれた竹製のケージはカゴのように編まれており、外から中身が見えないようになっている。


 まぁ流石にドラゴンをおいそれと人目にさらすのはね。かといって俺だけこれを使うのも不自然だ。


『続いて凋落科』

「魔王様、お元気ですかー?」

「まだ寝てるんだよなこれが」


 ディアナが俺の持っているケージに手を振ってそんな事を聞いてきたが、聞こえてくるのはエルの寝息だけ。


 ちなみに彼女は初めて会った時のように小さなドラゴンへと変わっている。


 何か朝になったら変わっていたので、原理とかはよく知らない。


「そういえば君たち彼らに……召喚獣に名前はつけたかな? 僕は昨日一晩中考えてみたんだがなかなか思いつかなくて」


 髪をかき上げながらシバがそんな事を聞けば、皆うんうんと頷いた。


「我もだ。まだ魂の共鳴が足りぬらしく、ソウルネームを呼び出すことに失敗してな」


 どうやら命名には各々苦労しているらしい。そう考えると俺は楽だったのかな、なんて思う。


『続いて召喚科』


 と、ここでアナウンスが俺たちの順番を教えてくれた。


 背筋を伸ばしてあくびを漏らし、その足を前へと動かす。


「さあて、行きますか」


 少なくともシバの言う、薔薇色の学園生活が待っていないことを何となく察しながらだけど。






 意外にも俺達召喚科に対するブーイングや罵詈雑言が聞こえてくる事はなかった。


 ただ先程まで鳴り響いていたファンファーレは聞こえず、撒かれていたのだろう紙吹雪はもう降り注いだ後だった。




 無音。




 そのくせ闘技場の観客席に座る在校生達の目線が不快にまとわり付いて来た。


「これはまた……大歓迎だね」

「お腹痛くなってきました」

「くっくっく、我の持つ底なしの魔力にどうやら怖気づいているようだな」


 肩をすくめ苦笑いを浮かべるシバにもっと顔を青くするディアナ、一人笑っているエミリーと寝ながら歩いているファリン。


「こういう時だけは、ファリンを見習ったほうがよさそうだね」


 そう言えば少しディアナの顔が綻ぶ。今度寝ながら歩く方法教えてもらおうかな。


『えーそれでは新入生の皆様に対しまして、学園長による挨拶がございます』


 と、俺たちが所定の位置につくなりまた拡声器から声が流れる。


 少し辺りを見回せば、どうやら声の主はステージ横に立っている眼鏡をかけた事務員っぽい女性のようだ。


「やっぱり長いのかなこういうの」


 学園長による挨拶、という言葉にそう思わせる魔力があるのは何故だろうか。


「お姉ちゃんは学園長の挨拶は世界一だって自慢していましたけど」

「それ自慢する話?」


 苦笑いするディアナに、苦笑いを返す俺。そりゃそうだよね、年長者の挨拶が短いわけないよね。


『それでは学園長、ご登壇下さい』


 そして登壇する学園長。


 いや、うん今ステージ脇の階段から現れたのって年寄りどころか人間じゃないよね。




「犬だ」




 そう、犬だ。大きさ気に子犬だよねシェパードって種類だったかな?


  どこの迷子かなとざわつく新入生だったが、教師陣や在校生は特に顔色一つ変えない。




『それでは学園長、どうぞ』

「ワンッ!」




 吠えた。それだけ。そして壇上を去る学園長。響き渡る拍手喝采。え、終わり?


『これにより学園長の挨拶を終了いたします』


 終わりらしい。うん確かに世界一短い。


『えーそれでは続きまして、新入生代表による宣誓でございます。それでは攻性科ローレシア・フェニルさんご登壇して下さい……ローレシアさん?』

「どっかで聞いたことある名前だなぁ」


 それにしても代表の人全然来ないなお腹でも痛いのかな。


「フェニル家は名門ですからね。代々攻性科の家系らしいですよ」

「へー、すごい人もいるんだね」


 一度見てみたいな、ってこれから見れるのか。


 なんて思っていたらクロード先生が額に汗を浮かべながら事務の人へと駆け寄った。


『えっ、クロード先生……えっ、ローレシアさん今日お休みなんですか? では二位の子……もお休み? えっと、どうしましょうどうしましょう……』


 すごい偶然もあるもんだ学年首席と次席が入学式を欠席なんて、風邪でも流行ってるのかな。


『じゃ、じゃあえっと新入生挨拶はなしに……あっはい副理事長それはだめですねごめんなさい。えっと、どなたか挨拶したい人いますかーなんて』


 ざわつく全校生徒。


 そりゃ挨拶したい人はいるだろうけど、ここで募っていいものじゃないだろうに。


「よしでは僕がスジャータへの愛を」


 ほら俺の隣の奴とか鼻息荒くして。




「面接2点は黙ってろ」




 と、行きなり現れたライラ先生がシバの頭を思いきり押さえつける。


「先生どうしたんですか?」

「せんせ〜いどうしたんですか〜? じゃないだろうこの馬鹿野郎。誰のせいで新入生代表挨拶ができないと思ってるんだ?」

「あっ」


 どこかで聞き覚えある名前だと思ったら、昨日俺に突っかかってきた攻性科の人達か。クロード先生がちらっと言ってたけど、なんか色々ありすぎてすっかり忘れてた。


「あっ、じゃないだろお前ちょっと行って感謝状読んで来い。そしたら一応丸く収まる」

「まだ一行も書いてません」

「適当でいいんだよ、適当で。攻性科のエリート様に助けられましたきゃー素敵! とか頭の悪い事言って来い得意だろ」

「いやでも」


 先生は口答えする俺の襟を掴んで立たせると、そのまま小声で耳打ちする。




「後で三年間の単位全部やる」

「行きます!」

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