第二話 入学式はハンカチと共に① ~ツノツキロクマイバネヤモリ~

 ライラ先生に首根っこを掴まれ、連行された先は生徒指導室。


 古ぼけた机の前に置かれた、簡素な丸椅子に腰を下ろして待つこと数分。


「さあアルフレッド、洗いざらい吐いてもらうぞ」


 少し遅れてやってきた先生は肘置き付きの少し豪華な事務椅子に座り、胸ポケットからペンを取り出して俺に突きつける。




「先生、俺は無実です」




 けれど俺はそんな横暴に臆することなく、その目をまっすぐと見て答えた。


 そうこれは紛れもない事実、ほかに言い様なんて無い。


「無実……ね」


 首をわざとらしく振ってから、先生はタバコを加えて火をつける。


 それからゆっくりと煙を吐き出してから口火を切った。


「森は1/3黒焦げ、Aランクの5人は全治2週間で全員アフロ、ついでに備品の竹槍が全部竹炭になったがそれでもお前は無実だと言うのか?」

「それはあの、ドラゴンというか魔王が」


 そう答えた瞬間、先生の持っていたペン先が俺の頬を付いた。


 痛いです体罰ですでもタバコじゃなくて良かったです。


「なあアルフレッド……お前あんな一年生がピクニックに行くような森に野生のドラゴンがいると思うか?」


 本当にその通りなのだろうと素直に思う。


 賞金首よりも高額な値段の付く野生のドラゴンがいるのは、山奥の秘境や洞窟の奥地と相場が決まっていることぐらい子供でも知っていること。


「それはたまたま」

「わかった、じゃあ今回の騒動の原因が魔王のドラゴンだとしてだな……まず第一にお前ドラゴンを召喚獣にするって意味がわからないわけじゃないよな?」


 また先生がタバコの煙を吸い込んで吐き出す。


 その熱とは裏腹に、自分の首筋に冷や汗が流れるのが分かる。


「いいかー万が一アレがドラゴンだったらな、それもお前が言うように六枚羽の新種だって言うならなー、明日からお前のとこには成金がニコニコ大金積んでくるだけならまだしもなー金目当ての強盗に暗殺者それから世界各国の研究者などなどお前のことをぶっ殺してでも手に入れたいような連中がそりゃもうフナムシのようにウヨウヨやってきてなー先生もなー何か対策しないと責任問題とかになってなー下手したらというか学園的にはさっさとお前に退学してもらうような事態になーなっちゃうんだよなーいやーせっかく入学したのになー」




 そして脅された。




 お前はドラゴンなんか捕まえていないよなと特大の釘を刺されてしまった。


 つまりこの事故の原因が魔王もといドラゴンと認めてしまえば、俺は退学させられて方々から命を狙われるという簡単な方程式。




 ――というわけでその答えは。




「すいません俺の召喚獣はヤモリです……」


 許してくれ自称魔王エルゼクス、君は今日からヤモリだ。


「そうだなうん、お前の召喚獣はツノツキロクマイバネヤモリだ」


 満足そうに頷いて、先生が彼女にふさわしい立派な名前をつけてくれた。


 今日からよろしくねツノツキロクマイバネヤモリ、今は教室で待機してるけど。


「で、おまけに美少女に変身して魔王だと名乗ったんだって?」


 情報が早いのは、多分他のクラスメイトが口を割ったのだろう。


 いやそれか今ここにはいない本人か。でも先生がそう聞いてくれるってことは事態を重く受け止めてくれているって考えていいんだよねきっと。


「はい、しかも俺の恋人だっていうんです」

「それはあれだな……お前が思春期だからだな、勘違いだ。よくあるだろ、こう目の前に美少女が! ってやつ」

「いやでも」


 よくありますしそういう本読んだことありますけど。


「何だアルフレッド、お前も明日から眼帯つけて登校するか? 先生はなー構わないんだぞークラスに自称魔王の恋人と自称魔王の生まれ変わりがいてもー」


 先生はさっきより少しニヤニヤしながら、そんな言葉を吐き出した。


 今度は少し楽しんでいるのだろう、馬鹿にされていることが素直にわかる。とばっちりでエミリーが標的になってることも。


「すいません俺思春期なんです勘弁して下さい」

「よし」




 というわけで今までの結論。


 ――俺は思春期で召喚獣はツノツキロクマイバネヤモリだ。




「ま、納得しろとは言わんさ。ただ本当の事だけで丸く収まるわけじゃないんだ」


 タバコの火を消し吸殻を小さな灰皿にしまってから、先生は少し寂しそうな目でそう言った。


 悪い人ではないのだろうと、簡単に思えるぐらいの顔だった。


 けどまぁ、特に何か解決しているわけではなく。


「で、俺の処分はどうなるんですか?」

「処分ね……普通に考えたら何週間か停学だろうな。反省文も提出しなきゃならんが心配するな、それぐらいは私のストック写させてやるよ」


 結構書いてそうですもんね先生、という言葉は飲み込む。


「反省文は写させてもらうとして……この事故ってどういう結論に収まるんですかね」

「それはお前、あれだ」




 ここで事件を整理しよう。


 森が黒焦げになってAランク5人が斬新なヘアスタイルにイメチェンの上大火傷、ついでに竹やりは竹炭になってしまった。


 で犯人は思春期でヤモリが召喚獣の無能Fランク。




「……どうなるんだ?」


 不可能犯罪が成立してしまった。


 Fランクに森とエリートを焼き払う魔法を使える能力は備わっちゃいない。一難去ってまた一難、今度は二人して頭をひねる番となってしまった。


 先生のタバコの不始末ってことにしませんかという言葉をやっぱり飲み込んだものの、それ以上の案が出ないので黙る俺。


 ふと窓の外に目をやれば、そろそろ日が完全に沈みそう。寮の門限って何時までだっけ。


 と、このまま生徒指導室でお月見しなきゃならないかなと諦めかけたその時、白衣を着た一人の青年が生徒指導室の扉を開けた。


 高い背に甘いマスク、伸びた金髪を後ろで束ねた彼は挨拶もなしに口を開く。


「私、攻性科一年生ローレシア・フェニルは魔物に襲われている召喚科の生徒を救出しようとしたところ、無事魔物を撃退したものの誤って森に火を放ち火災を発生させてしまった事を深く反省し、二週間の自宅謹慎を自主的に実施します……とかどうですかねライラ先生」


 名前を呼ばれたライラ先生は、少し不機嫌そうに頷いた。


 何も思うところが無いわけじゃないけれど、確かにこれなら筋は通るか。


「尤もうちのクラスの連中が召喚科に迷惑をかけたのは事実ですから、君が望むなら体裁はいくらでも変えますし謹慎も伸ばしますよ」


 美青年は肩をすくめてそんな優しい言葉をかけてくれた。


 察するに教師なのだろうが、残念なことに俺が名前を知っている魔法学園の先生は目の前のタバコで動く人だけだ。


「えーっと」

「攻性科一年生担任のクロード先生だ覚えておけよ」

「初めまして、アルフレッド君……だったね。うちの生徒が随分と迷惑をかけてしまってすまないね、教育者として恥ずかしい限りだ」

「あ、いえ」


 深々と頭を下げるクロード先生に驚きを禁じ得ない俺。


 何てことだ、この学園にこんなに立派な教師がいたなんて。


 担任変えてくださいって誰に言えばいいのかな。


「それだと攻性科がヒーロー扱いですね。少し、いやかなり癪に触るかな」

「まあ、彼らの家名に傷をつけるなとのお達しでね。呼び出されちゃったよ」


 再び肩をすくめるクロード先生、思いっきり顔をしかめるライラ先生。


「副理事長?」


 彼女の問いに返す苦笑い。それはどんな言葉よりも、雄弁に肯定を語っていた。


「あんのハゲデブ、賄賂貰ってんの少しは隠せよな」


 またタバコを口にくわえ、ついでに机の上に足を投げ出すライラ先生。


 お、魔法学園の闇と先生のスカートの中身見えるかな見たら殺されそうですねどっちもうーん今日の晩御飯なんだろうなー寮って遅れたら飯抜きって聞いてるんだよなー。


「ライラ先生、生徒の前ですよーっ」


 わざとらしく耳打ちするクロード先生。しかしそれで己を曲げるほどライラ先生は甘くない。


 彼の教育者らしい心遣いは、吐き出す煙の量を増やしただけだ。


「どうするアルフレッド、お前が決めていいぞ。召喚科がイジメられた事にするか、助けられた事にするか」


 まずそうにタバコを吸い込みながら、先生がそんな二択を迫ってきた。




 少し悩む自分がいた。


 けれど少しで済んだのは、自分が抱えているリスクやら何やらを既に把握できていたおかげだった。


 また俺が原因になるような事に頭を悩ませるくらいなら、取るべき答えはすぐに出た。





「えっと、丸く収まるなら後者で」

「えらいっ!」


 ライラ先生は立ち上がり、悔しそうな顔を噛み潰しながら俺の肩を叩いてくれた。大変だな大人になるって。


 まあでも、偉くはないと自分で思う。


 結局俺は保身に走っただけのこと。


「俺も追及されてドラゴ」


 ンを見つけた事にはできないですね痛いですね先生めちゃくちゃ指に力はいってますねそうでしたそうですね俺はドラゴンなんて捕まえてませんね軽々しく口にしてはいけないんですね。


「ツノツキロクマイバネヤモリの事公にしたくないですし」


 ライラ先生の手が離れる。はい俺は思春期で召喚獣がヤモリです。


「助かるなー、Aランクの子も君ぐらい素直だったら残業少しは減るんだろうけど……今日の事を考えると望みは薄いね。また三年間仕事漬けだ」


 クロード先生が胸を撫で下ろしながらそんな事をぼやいた。


 共に漏れたため息からは並々ならぬ苦労が込められていた。


「大変なんですか?」

「そりゃあね。家柄も良くて才能もあるとくれば、プライドの高さでお星様までいけるような生徒達ばかりさ。攻性科の担任をやっていて魔法を教えるのに苦労したことはないけど、常識を教えるのは苦労しかないよ」


 と、そこでクロード先生が自分の口に手を当てる。


「おっとライラ先生の事を言えないね、生徒に聞かせる話じゃなかった」

「いえおかまいなく、よく聞こえなかったので」

「いや本当聞き分けが良くて助かるよ。ライラ先生の教育の賜物かな?」

「まだ一日も経ってない上に、こんな場所にいる生徒ですけど?」


 二人して笑う。


 あ、今俺馬鹿にされてる。やっぱり攻性科のせいにしようかな。


「そうと決まれば、攻性科に感謝の手紙でも書いとけアルフレッド。それでこの話は丸く収まるさ」


 一件落着といわんばかりに、ゆっくりと立ち上がるライラ先生。


 去り行くその背中に俺は思わず尋ねていた。


「ところで先生、感謝状のストックは無いんですか?」

「はっ、そんなもの」


 タバコを揉み消しながら、先生が不敵な笑みを浮かべて。




「あるわけねーだろ馬鹿にしてんのか」




 わかりきった事を堂々と教えてくれた。それこそ立派な教師らしく。

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