第一話 魔王が名乗った日⑥ ~召喚魔法をはじめよう~

 で、つい先程まで俺の頭に靄のように薄暗い気分にさせてくれた死んだ目のクラスメイト達はといえば。


「見てくれたまえこの純白の翼を! 神秘的なまでの白さだ……僕に相応しいと思わないかね!?」

「えへへー私の子馬さんだって負けてない白さですよー」

「ふっ、我が魔獣の持つ漆黒の毛並みに比べれば些細なものであるぞ」

「この蛇も……なかなか黒い」


 めっちゃ笑顔で捕まえた魔物談義していた。




 白組シバの小鳥とディアナの子馬。


 黒組エミリーの子猫とファリンの蛇。




 やっぱりうん、俺以外事前に打合せしてたよね君達お互い実家近いのかな?


「わぁ俺だけ捕まえてない」

「はっはっは、元気を出したまえアルフレッド君! 誰にでも得意不得意は……あるさ!」


 とってもいい笑顔で歯を輝かせて励ましてくるシバを殴りたい。


「そうですよアルくん、次の機会に頑張ればいいんです! 私達もお手伝いしますから!」


 うんうんと強く頷きながら励ましてくれるディアナ。きっと素直で純真なのだろうそれに引き換え黒組の二人は。


「ダークテンペスト、ブラックサン、いや尻尾だからテイル……」

「冷たくて気持ちいい、この子いい枕になる」


 捕まえた魔物に夢中である。多分俺の名前覚えてない。


 そんな和気藹々とした中から、一歩距離を引いてため息をついた俺はある重大な事に気づいてしまった。





「あれ、それより先生は?」





 そう、ライラ先生の不在である。


 一応捕まえてこいとのお達しだけだったので彼らもまだ魔物と契約していないのだろう、地面に契約の魔方陣である五芒星が描かれた跡はない。


 そりゃまぁ先生どうですか白いでしょ黒いでしょだのあって然るべきだよね。


「それがどうも先程から姿が見えなくてね……少し困っていたのさ」

「ですね、懐いてくれているとはいえまだ契約出来ていないですし」

「ここで待つのが得策」

「であるな」


 というわけで待機開始。


 といっても皆自分の召喚獣を愛でるのに精一杯で暇そうな素振りは一切無い。


 高笑いしながら撫でたり両胸でしっかり挟んだ上に頬刷りしたり無理矢理カッコいいポーズをとらせようとしたりとぐろを巻かせて枕にしようとしたりと大忙しだ。




 俺は違う、手にあるのは竹槍だけ。


 愛でるかな、いや愛でる要素ないでしょこれ。




「しっかし……どこ行ったんだろうなあの人」


 とりあえず竹槍を暇潰しに振り回しながら、周囲を色々見回してみる。


 校舎からやって来る人影は特になし、森の方にはなんだろうあれ、こう光ってるな火かなそんな玉みたいなものがどんどんこっちにやって来て。




 ――いやこれ、誰かの魔法じゃないか。




「……危ないっ!」


 伏せながら叫ぶ。


 俺の声に気づいたクラスメイト達も皆一斉に伏せてくれた。そのおかげで火の玉は、俺達の頭上を掠めただけで済んだ。


 掠めただけ? 


 冗談じゃない、それはこっちを狙ってきたって意味だ。


 それに魔法での攻撃なんて、冗談の範疇を優に越えている。


「だ、誰ですかいきなり! 人に魔法を向けるなんて!」


 ディアナが叫ぶ。


 一瞬静まり返った森から、聞こえてきたのは笑い声。決して愉快なものじゃない、誰かを馬鹿にした時に出るやたらと不快なそれだった。




「人に? それは……少し違うわね。私達が狙ったのはそこにいる魔物よ?」




 ぞろぞろと顔を出す4、5人程の学生達。その手にあるのは魔導書だから、どこの誰かはこれでわかった。


「攻性科」


 この学園で最高の成績であるAランクを与えられた、魔法の深淵たる攻性魔法を学ぶ天才達。


 ネクタイの色は俺たちと同じ赤色だから学年は同じだろう。


 皆スカートだから女子だってのは、それこそ見れば分かる話か。


「魔物じゃない、彼は僕の召喚獣だ!」


 子鳥を抱き締めながら、シバが声を荒げて抗議する。


 だが、帰ってくるのはやはりあの不快な笑い声だけ。


「まだ契約してないんでしょう? だからそれは、私達攻性科が討伐しなきゃならない森の魔物なのよ。わかったかしら?」


 血のような赤毛を腰まで伸ばしたリーダー各の学生がそんな事を言い出した。


 なるほど、コイツらもコイツらで事情って物があるわけだな。だったら俺達のいないところで勝手にやってくれれば良いものを。


「あと、それにもう一つ」


 赤毛の持つ魔導書のページが赤く光った。込められた魔力に反応し、また巨大な火球を作る。




「Fランクなんてお馬鹿さんが……人間扱いなわけないでしょう!」




 再び飛来するそれは、真っ直ぐと俺に向かって来た。


 まさか先生の言っていたひどい扱いをこんなに早く受けるとは思わずにはいられない。この学園においてランクの序列が意味を持つことの査証なのだろう。


 ただ、避けるのはそこまで難しくないのも事実。


 早さで言えば子供が投げるボール程度だったからだ。


 自分的には華麗に避ければ、苛立ちの詰まった舌打ちが聞こえて来た。


「俺達が人間じゃないなんて、あいつ目が悪いみたいだな」

「ああいうのは性格が悪いって言うのさ」


 ふと漏れた言葉に、いつの間にか隣で竹槍を構えているシバがそんな言葉を返してくれた。


 狙われたのは俺なのにどうしてと思ったが、そんな感情を意に介さず彼は不敵に微笑んだ。


「それよりアルフレッド君、か弱い女性を守るのは紳士の役目だと思わないかい?」


 彼が顎で後ろを指せば、クラスの女性陣がそこにいた。


 やっぱ地元の彼女が絡まなければ結構良い奴なんだな。




 まあでも。




「思うけどそういう発言、気にする人も増えたみたいだよ」


 最近のうるさい人はそういう発言に怒りそうだし、ディアナ以外の二人はか弱いと表現すべきか疑問だが。


「そうだなその通りだ……どうだろう、僕達良き友になれると思わないかい?」


 その提案にゆっくり頷く。


 どうやらこの三年間、友達がいないという状況は避けられそうだ。


 それでも。


「それはこの竹槍で……天才共を追い払ってからの話かな!」


 少なくともこの状況を切り抜けてからの話だが。


 ここは魔法学園の生徒らしく魔法で決着をつけられたら格好良かったかもしれないが、そんな魔力があればそもそもこんな状況には陥っていないわけで。


 だから俺に、いや俺達に出来ることは相手の動きを見ながらがむしゃらに進むことだけだった。


 竹槍を構えて走る。


 隣にいるシバもそうだ。


 大丈夫、あの程度の早さなら避けられる。


 何せ子供のボール程度だそうだよねシバ待って来てるって何ニヤっとしてんだよ右だよ右に避けるんだっていや待って何か走り方可笑しくない君なんかめっちゃ内股だよねあーあー駄目だこれ何もないところでコケた。


「ごめんなさぁい!」


 はい火球シバの顔面に入りました。


 くせ毛が爆発してアフロヘアーになってるぞ、うーん天然パーマって凄いなじゃなくて。


「まさか運動が苦手だったとは」


 てっきり大口叩くから得意だと思ったのに。


「はいこれでチェックメイト。所詮Fランクはこんなものだってわかったかしら?」


 シバの体を張った珍プレーに気をとられていたせいで、いつのまにか赤毛が俺の目の前にいて竹槍を蹴り飛ばした。


 まぁ大事なものじゃないからいいんだけどさ、両手上げるしかないよねこの状況。


「あれ、あなた魔物は?」


 と、ここで赤毛が俺がクラスで仲間外れだという事実に気づいた。


 うん、目は悪くないみたいだな訂正しよう。


「生憎見つけられなくってね……いや見つけたんだけど逃げたというか」


 ドラゴンがいた、という事実は当然口にしない。


 この手の人がドラゴンを見て、自分にふさわしいだとか間抜けな事を言うのは想像に難くないからだ。


 まあAランクになれるほどの実力はあるかもしれないが、癪だよね。


「まったく、あなたのような無能がよくもこの学園に来れたものね」

「合格したからね、最低点らしいけど」


 また舌打ちをする赤毛。


 きっと俺が自分と同じ制服に身を包んでいることに我慢できないのだろう。


 プライドが高いのは損だ、なんて間抜けな感想が頭を過るが俺が考えなきゃいけないのはもっと別な事のわけで。


「でしたら」


 赤毛の持つ魔導書が光り、頬でその膨大な熱量を感じる。


 そう俺が今頭を使わなきゃならないのは、この状況の切り抜け方。





 殴る蹴る? だめだそんな荒事向いていない。


 逃げる? こっちの方があり得ない後ろにはまだ女性陣がいる。





 息を吸って、吐いて。頭を使うためじゃない、食らう覚悟を決めるため。


 死ぬかな、最悪。


 シバみたいに運良くアフロになるだけなら良いが、直毛の俺じゃ期待できない。


 いやさっきから何だ俺の頭は。結構危機的状況何だぞ俺はもっと真剣に悩むべきだろ。




 けど、何故か。


 こんな瞬間こんな状況、どうしようもない時はいつだって。


 ――誰かが隣で、笑い飛ばしてくれたような。





「この、何なのこの魔物!?」


 意識を取り戻す。


 気を抜くとはいよいよだなと思ったが、どうやらそんな状況は過ぎたようだ。赤毛を襲う一匹の小さな鳥……じゃないドラゴン。


「お前は」


 色は灰色羽は六枚、そして一枚の付け根には俺のシャツの切れ端が残っていた。


「一緒に戦ってくれるのか?」

「何で……どうしてドラゴンがFランク風情の味方をするのよ!?」


 頷くドラゴン、どよめく周囲。


 それもそうだ、何せ俺の隣で羽ばたくのは小さいながらも生ける伝説。




 なぜ、どうして。




 そんな疑問符で埋め尽くされても、ドラゴンは気にせず俺のポケットに顔を突っ込み一枚の紙切れを突き出してきた。




 題名、召喚魔法をはじめよう。




 これから三年間かけて、俺たちが学ぶ唯一の魔法。


「使えってか、お前と契約もしてないのに」


 ドラゴンが静かに頷く。


 顔を上げれば、赤毛の顔には怒りの色が浮かび火球が肥大化し始めている。


 逃げ場はない、戦う術はこれしかない。




 だったら。


「賭けてみる価値は……ありそうだ!」




 指先にありったけの魔力を集め、描く軌跡は五芒星。青く輝く魔力の中心に狙いを付け、その拳を握りしめ。


「消えなさい、この無能なFランクが!」




「……召喚!」




 全力で殴り付ける。パリンと、何かが割れる音が響く。


 放たれた火球が爆散し、土煙が舞い上がる。浮かび上がるシルエットは、角と尻尾と六枚の羽。


 それが奏でるのは美しく響く女性の声。




「……まったく、相変わらず世話の焼ける奴だよお前は」




「どちら様?」


 初めて聞く声だった。少し低いが、耳に心地良さの残る声。


 けれどなぜかどこか、懐かしさが不思議とあった。


 そして晴れた煙から、声の主が姿を表す。


「んだよアル、このオレの顔を忘れたってか」




 ――美しい少女がいた。




 整った顔立ちに、星空からこぼれ落ちたような白く輝く長い髪。


 体を部分的に覆う灰色の鱗に妖悦さを宿しながら、黒く伸びた角は天をつらぬく。


 威勢良く広げられた六枚の翼と地面を打った巨大な尻尾が世界の空気を震わせる。


「ご存知ないです」




 うん、知らない人だ。



 いやさっきのドラゴンだってのは何となくわかるよ、六枚も羽あるし。


「はぁ……600年振りの再会がこれか」

「人違いじゃないですか?」


 まさか俺が600歳の年寄りに見えているのかなこの人、おかしいなこっちはまだ16なのに。


「いーやそれは絶対無いね。お前を間違える訳ないし、そもそもオレを召喚出来るのはお前だけだ」


 彼女は不敵に笑いながら、自分の顔を親指で指す。


 が、忘れちゃならない存在が今目の前にいるわけで。


「さっきから何をゴチャゴチャと!」


 赤毛が先程とは比べ物にならない、人間大の火球を俺達に向けて発射する。


 が、彼女は顔色一つ変えず虫でも相手するかのように簡単に払い除ける。


「なんだこの火力、焼き芋でも始めるつもりか?」


 鼻を鳴らし、尊大な態度で彼女は答える。


 その一言だけで攻性科の連中のプライドをバキバキに折って粉砕してついでにごみ袋に突っ込むには十分すぎた。


 おそらくあのリーダー格の赤毛が最強だったのだろう、ようやく彼女達は事実を悟る。




 この生物には、何をどうしても勝てないと。




「いや攻撃されてて」

「本当お前は冗談通じねーよな、さっきまで見てたから分かってるっての」

「ですよねー」


 ヘラヘラと笑う彼女に、苦笑いを浮かべる俺。


 でもまぁ赤毛あたりはこんなの冗談じゃないって顔をしてるけどさ。気にしちゃいけないよね。


「んじゃまあ……オレの恋人に手を出したんだ。どうなるか分かるよなクソガキ共」

「そうだそうだ!」


 おうおう今度はお前らが覚悟する番だぞ召喚獣さんやってください! あなたの恋人に手を出したらどうなるか身を持っておしえてあげてくださいよ!




 待て今何て言ったコイツ。




「……恋人?」

「お前本当何も覚えてないのな。良いか、お前は大賢者アルフレッドで」


 彼女は右腕を天に伸ばし、ついでに人差し指を鳴らす。


 紋章も呪文もなく、無数の火の槍が上空に出現する。


 いやうん、アルフレッドはあってるけど大賢者本人なわけないでしょ人違いだよ。


「オレはお前と共に戦い、共に死ぬと世界に誓った」


 知らない誓いだ、なんて言葉を出す元気はどこにもない。


 ただ俺は呆然と口を開けて、ニヤッと笑い手を降り下ろす彼女の動作に目を奪われる事しかできない。




「魔王……エルゼクス様だ!」


 その名乗りに相応しい、地獄のような光景がそこにはあった。




 延々と降り続ける炎の槍は辺り一面を火の海に変え、逃げ惑うエリート達。


 状況が飲み込めない俺達は、ただ立ちすくむ事しかできなかった。


「詳しくは教科書でも読んどけ、どうせオレの事書いてあるんだろ?」


 そりゃあもう、悪逆非道の魔王エルゼクスの名前は大賢者アルフレッドに次いで有名人だ。


 曰く生物の天敵であり、曰く世界への反逆者。




 ――それが何だ、その魔王が俺の召喚獣でついでに俺はあの大賢者だって? 




 言葉だけなら頭のおかしな人で一蹴できるが、目の前の光景を見てそうも言ってられないのが実情。


 駄目だ頭が理解に追い付かない、少し状況を整理する時間が欲しい。


 何が起こってるんだ目の前で。


 赤毛が黒焦げアフロになってるのはわかるけど最早そんな事どうでも良いし。


「あ、ライラ先生帰ってきました」


 思い出したようにディアナがそんな事をいう。


 走ってきたのだろう額に汗を浮かべながら、先生は目の前の地獄を見て目を丸くする。


「おいおい、森の使用申請が攻性科と重なってると聞いて急いで取り下げさせて来たんだが……どうなってんだこれ」


 クラスメイト達が一斉に俺の顔を見る。


 裏切りやがったな、なんて言葉がつい過ってしまうが俺以外に説明できないのも事実だから。


「先生!」


 先手必勝。


 勢い良くそして元気良く挙手をする。俺から言える事なんて殆どないが、やるべきことはわかっている。


 だから叫ぼう声の限り。




「召喚魔法で魔王が来たので……早退してもいいですか!?」

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