第一話 魔王が名乗った日⑤ ~ドラゴン~
「ふぅ……」
森の中を散策して、少し疲れた俺は適当な木陰に腰を下ろした。
自然と漏れたため息は、妙な心労のせいだろう。まさか伝統あるフェルバン魔法学園の入学初日に森の中を歩かされるとは思ってもいなかったからだ。
それからもう一つ、いやある意味四つだろうか。
クラスメイトの生気の無い顔がどうしても頭から離れない。ディアナはまぁ少し元気になったみたいだったけれど、それでもクラス分けを見る前の明るさには程遠い。
皆それぞれ使命とか希望とか持ってこの学園に来たと言うのに、やらされるのはこんな事。
別に森の散策が悪だとは言わないが、それにしてももっとこうあったんじゃないかと思ってしまう。
せめて職員室に乗り込もうとした時ぐらいは、楽しそうにするやり方がさ。
なんて悩んでも答えを出せるほど頭の出来はよろしくないので、俺はそのまま寝転んだ。
青い空に緑の天井、木漏れ日が眩しく昼寝するにはいい時間。
目を閉じればほら、風に揺れる木々の音に近くを流れる小川のせせらぎ、それから少し甲高い何か魔物の鳴き声が。
「ん?」
思わず起き上がる。
この音ずいぶん近いなと周囲を見回せば、声の主がすぐ見つかった。ちょうど日除けにしている木の枝の先の方に、ぶら下がるようにしてそれはいた。
小さな灰色のドラゴンだった。
「なんだお前、怪我してるのか」
よく目を凝らせば、六枚もある羽の根本から血が滴り落ちていた。
木に登って助ける、だめだ枝が細すぎる。
なにかこう長い棒を差し出してそれに捕まってもらっていや無いだろ長い棒なんてそんな都合よく。
いや嘘ごめん、竹槍あったわ。
と言うわけで竹槍を掴み、その尖っていない方をドラゴンに差し出した。
こっちの意図をすぐに察してくれたのか、小さな手足を器用に動かし竹槍にしがみついてくれた。
ゆっくりと下ろして傷を見れば、何かに引っ掻かれたような傷が出来ている。
応急処置。
小川の近くに移動して傷を水で洗い流し、自生していた薬草を指ですり潰し傷口にあて、ワイシャツの袖を破き即席の包帯にして巻き付ける。
実家が羊の牧場と言う事もあって、この程度なら慣れている自分がいた。
「少しはマシかな?」
そう呟けば、ドラゴンが嬉しそうに鳴き声を上げた。
おや、これはもしかして。
「召喚獣ゲットだぜ!」
今日の授業もとい三年間の授業の三分の一が終了した瞬間だった。
「冗談だよ」
――とはならないのが現実である。
ドラゴン。
勢いで治療してしまったが、ドラゴンは学生風情がおいそれと召喚獣にしていい生物ではない。
成体の知能は人語を操れるほど高く、力は一国の軍隊に匹敵するほど強大である。
翼があるからといって定期船を運んでいるワイバーンとは格が違う、文字通り別格の生き物なのだ。
だからドラゴンを召喚獣に出来るのは国一番の魔法使いや、名誉ある貴族の長ぐらい。
そしてそれすらも少数で、今やドラゴンは大金を積んだ成金の箔付けの為に契約されるのが殆どだ。
どうです私の召還獣ドラゴンですよ凄いでしょうと自慢するためのアクセサリー。檻に入れられ首輪をつながれ、空も飛ばずに生涯を終える。
とまぁ長々と頭を働かせてしまったが、結局のところ頭も地位も金もない俺はドラゴンを従える権利は無いのだ。
出来ることはせいぜいこいつを連れて帰り、よくやった誉めてやろうと言われる程度。
そしてこいつは成金の召喚獣として、大して面白くもないお飾りの一生を全うしなければならない。
それはどこか、歪で間違っているような気がしたから。
俺はまた竹槍の上にこいつを乗せて、そっと元の場所に戻した。
去り際に少し悲しそうな鳴き声が聞こえたが、振り返らずに俺は進む。
「じゃあなドラゴン、無理するなよ」
そんな言葉を、聞こえる訳の無い距離で呟きながら。
夕暮れ時、俺は重い足取りで集合場所へと戻ってきた。
その原因はたった一つ、あれからドラゴンどころか小さな魔物一匹さえ見つけられずに居たからだ。
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