第一話 魔王が名乗った日② ~ファンタスティック馬鹿~

 とりあえず深呼吸して気持ちを整えてディアナの表情を盗み見る。




 目が死んでいた。




 しまった彼女がもう犠牲者の仲間入りだ。


 これ以上彼女を励ますのは不可能だろうと冷静に悟った自分がここにいる。


 この教室を見回したところで、あるのはせいぜい黒板に教卓、おまけに木で出来た簡素な長机と椅子ぐらい。


 うーんこの机の肌触りとか無理に褒めたって虚しくなるだけ。


 けれど何も出来ないわけじゃない。この陰鬱な空気を吹き飛ばして、またディアナに笑ってもらう方法が一つだけ残っている。


 それは本当に単純だけど、凄く難しい事に思えた。


「えーっと……俺の席ってここでいいのかな?」


 見回した限り一人だけいた男子の隣に手をつき、わざとらしく尋ねてみる。


 そう、残された手段はクラスメイトと会話して、教室の中を明るくすること。


 というわけで俺は女子……はハードルが高いのでこの浅黒い肌で黒髪くせ毛の彼に話しかけたのだ。


「どこでもいいんじゃないかな……どうせ5人しかいないからね。全部似たようなものさ、僕も適当に座っただけだし」

「そうなんだ」


 そしてまたやって来る無言の時間。会話下手すぎるんじゃないかな俺。


 とりえあず座ってみたがさてどうしよう。


「えーっと……アルフレッド・エバンスです。これからよろしくね」


 うまく動いてくれない口から出てきた言葉は簡単すぎる自己紹介。いやもうちょっとあるだろ流石に出身地とか趣味とかそういうの。


「今……君はなんて言ったかな」


 しかも、どうやらその発言は彼を怒らせるには十分過ぎたらしい。


 わなわなと肩を震わせ、唇を噛み整った顔に整った顔の眉間に皺が寄っているとくれば、激怒と言って差し支えがないかもしれない。


「これから僕がFランクの召喚科だって!?」

「言いがかりかな」


 これからの部分しか合ってないよね。


「いいやそんなことはない僕はこれからFランクに通い召喚魔法といううちの庭師ですら覚えているような魔法をわざわざ学ぶためにフェルバン魔法学園に通う旨を父に手紙でしたため返事にはどうせ家督は弟に譲ると言い渡されて僕は、僕はっ……これじゃあスジャータにふさわしい男になれないじゃないか!」


 大変そうな家庭の事情だって事は何となくわかった。


 どうやら円滑にこの教室の雰囲気を明るくするには、彼も励ます必要があるようだ。ところでスジャータって誰だろう地元の恋人かな。


「ああ失敬、僕とした事が君に当たるようなことを……このままでは本当に彼女に相応しくない男になってしまう。シバ・イシュタールだ、よろしく」


 少しだけ落ち着いた彼は、まだ暗さの残る顔で右手を差し出してくれた。


 それを握り返せば少しだけ、この教室の雰囲気を変えられる希望が見えたような気がした。


「こちらこそ。ところでスジャータさんって地元の恋人?」

「ははっ、察しがいいね気味は。僕には美の女神が裸足で逃げ出すほど美しいフィアンセがいるんだ。きっと僕が一人前の魔法使いに相応しい男になるのを星を眺め生地を織り花を活けながら待っているに違いないというのに僕は、どうして僕がFランクに! 入試の感触は悪くないはずだったのだがどうして!」


 突如興奮し始めるシバ。


 一見すると線の細い流行の美男子の彼だが、中身のほうはなかなかに危ない人らしい。


「凄いね、試験は自信あったんだ」

「当然だ! 筆記や実技はともかく面接の点数が低いことなどありえない!」


 と、ここで。自信満々の彼の表情を見て一つ思いついたことがある。


 それは間違っているのは彼ではなく、採点に不備があったのではと当然の疑問。もしかしたらディアナも、なんて期待がそこにはあったから。




「なら先生に入試の点数を確認してみたら?」




 つい口に出た。


「確かに」


 神妙な顔をするシバ。




 ――これがいけなかった。


「そうだ、この僕がFランクなんて間違っている先生に直訴しに行こう、僕が……いや僕達が今ここにいるのは何かの間違いだって!」


 黒髪でくせ毛の彼が拳を上げて叫んだ。僕達、という言葉が良かったのか教室に居る皆が次々と頷き始めた。


「あのっ、じゃあ私も点数だけ聞いておきたいです……」


 まだ暗い顔をしているものの、ディアナがゆっくりと立ち上がり控えめに右手をあげる。


 そしてざわめき始める教室、いやまぁ5人しかいないけど。


「……錬金科希望だった。これは直訴案件」


 ボブカットで眼鏡をかけた小柄な少女が、スッと席から立ち上がる。


 一人二人と続けばそれ以降は簡単なもの。


「フッ、どうやら600年前に封印された魔王の生まれ変わりであるこの我を召喚科に閉じ込めようなど笑止千万お茶の子さいさい……今こそ反逆の狼煙を上げる時! 皆の者、準備は良いか!」

 

 少し紫がかった特大ツインテールの少女もそれに続く。何で眼帯してるのかは、聞かない方が良いような気がしたのはきっと俺だけじゃないはずだ。


 と言うわけでいつの間にか、俺以外の全員が立ち上がった。


 クラスの雰囲気を変えるという難問をもしかしたら解決したかもしれないが、思っていたやつとは違うことだけは確かだった。


「えいっ、えいっ、おーっ!」


 拳を突き出し彼は叫ぶ。


 えいえいおーと二度三度。けれど気がつけば、突き出される拳の数が増え始める。


 いつのまにか彼の言葉に次々と続くクラスメイト達。


 初めはバラバラだった掛け声は徐々に調和し始め、一つの大きなメッセージになった。




 もちろん俺以外。



 えいえいおー、えいえいおー。響き渡る掛け声に、やっぱり皆知り合いだったんじゃないかと疑わずにはいられない。


「さぁアルフレッド君も!」


 あ、黙って座ってるのがバレてしまった。


 ここはそうだな、別に入試の手応えから考えたらFランク認定より合格したことの方がむしろ何かの間違いなんじゃないかと思っている俺だけどさ。


「えっ、えいっ、おー……」


 一緒に拳を高く突き出す。


 今、俺達の心が一つになった……ような気がした。たぶん気のせいだろう。


「皆……行こうか職員室へ! 僕達の学園生活はこれからだ!」


 彼がそう叫べば、ワッと歓声が上がり始める。


 そして勢い良くスライド式の扉に手をかけようとした。


 ガラッ、なんて威勢の良い音と共に扉は開かれてしまったのは、決して魔法学園の扉が魔法で動く便利なものだったからではない。


 その扉を彼よりも早く、開けた人がいたというだけの話。


 制服である黒いローブ、ではなく飾り気のない白いブラウスに茶のタイトスカートの背の高い女性がそこにいた。


 うん、多分教師だろう。茶色い髪を後ろで纏めて、その口元にはタバコなんか挟まっている。




 この人がFクラスの担任で間違いない、俺にはそれが分かってしまった。




「よーし揃ってるなファンタスティック馬鹿ども、私が担任のライラ・グリーンヒルだ。早速だがオリエンテーション始めるぞ」




 だってこの先生も、目が死んでいたのだから。

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