第一話 魔王が名乗った日① ~Fランク、召喚科~
春、それは出会いと別れの季節。
東方由来のサクラの木が咲き乱れ、ピンク色の花びらが敷き詰められた石畳の道を行く巨大馬車の中はトランクを抱えた人で溢れかえる。
ワイバーンが運ぶ定期飛空船の駅は単身赴任が決まった父親の前に涙を浮かべる息子がいて、市場はこれでもかと言わんばかりの大安売り。
この季節が許すのは、満面の笑みかくしゃくしゃの泣き顔だけ。
揃いも揃って同じような表情を浮かべるのは、きっと全ての魔法の始祖である大賢者アルフレッドがそう決めたからに違いない。
だから、栄えあるファルデン魔法学園に入学した俺の足取りは当然軽く、その表情からは笑顔が零れ落ちている。
「……よしっ」
頬を叩いて気合を入れる。
身に纏うのは黒いローブ、それから白いワイシャツに赤いネクタイと何の変哲もないベージュのズボン。憧れだった魔法学園の制服に身を包むのは感慨深いものがある。
今日は待ちに待った入学式……じゃなくて。入試の点数によって決まる学科の発表と簡単なオリエンテーションがあるとのこと。
石造りの城のような校舎の前の掲示板には、多くの新入生達が集まっている。
えー俺Bランクの治癒科かよ、Dの増強科って何するの? なんて声が方々から聞こえてくる。
で、俺の学科はというと。
「……見えない」
うん、黒山の人だかりとはまさにこのこと。
こう隙間を縫って突入すればうまく前に行けるかも知れないが、つい先週まで田舎で羊飼いをしていた俺にそんな技術があるはずもない。
というわけで人込みから離れてジャンプ。
さーてアルフレッド・エバンスの名前を探すぞなんて何度か試してみたものの。
「見えるわけないか」
ささやかな悪態とため息をつく。そりゃそうだよね、100人ぐらいは群がってそうな場所の先にある掲示板から自分の名前を探せるわけないよね。
少し待つかなと踵を返せば、なんとそこには俺と同じようにジャンプして確認を試みるという無駄な行為に及ぶ一人の少女がいた。
大きな瞳にウェーブする長い金髪、それからジャンプするたびにこれはもうバインバインという擬音以外思いつくなというほうが無理のある豊満な胸。
あ、こっち見たスケベな人だと思われるかな。いや待てよだが女子はズボンじゃなくてスカートだこのままうまくいけばその中身もここで見守っていれば拝めるのではないか。
どうするアルフレッド・エバンス地元は少子高齢化で同年代の女の子なんていなかったぞ何より憧れの魔法学園に入ったからってこれから先女の子とお近づきになれるかどうかも怪しいんじゃないのかね。
「あはは……見えました?」
なんてしょうもない考えに頭を働かせていると、いつの間にかジャンプをやめた彼女が微笑みながらそんな言葉をかけてきた。
「惜しかった」
うん、もう少し高くジャンプしてくれてたら見えてたのに。
「あなたの真似をしてみたんですけど……だめですね、自分の名前見つけられそうもありません」
「ああ名前ね掲示板ね!?」
冷静になる。そりゃそうだおっぱいバインバインに揺らした上にパンツを見えたかどうか微笑みながら確認する美少女がいる訳ないじゃないか俺。
全くせっかく入学できたのに変なところで舞い上がらないでくれないかな俺の頭よ。
「まあでも、さっきより数は減ってたからそのうち見れると思うよ」
「ですねー、それがよさそうです」
無理やり話を戻す俺、苦笑いを浮かべる彼女。
そのまま二人並んで人が減るのをぼうっと待つ。けれど先に無言に負けたのは俺だった。仕方ないね。
「あ、そうえいば名乗っていなかったかな……アルフレッド・エバンスです」
「私もです……失礼しました、ディアナ・ハーベストと申します、以後お見知りおきを」
ぺこり、とかわいい擬音が聞こえてきそうなお辞儀をする彼女。ぎこちなく頭を下げる俺。
「これでお互いの名前を見つけたら教えられますね!」
「確かに……ディアナさん頭良いね」
「ディアナでいいですよ、みんなそう呼びますから」
「あ、うん」
じゃあ次からそうさせてもらおうかなー、なんて気の利いた台詞は吐けない。
こんな美少女といきなり知り合いになれたことでいっぱいいっぱいなんだ俺は。
「まだ人減らないね」
「そうですね……ところでアルフレッドくんはこの学園の仕組みについてご存知ですか? ランクと学科の関係について」
「大まかな事しか知らないかな、何せ受験勉強で精一杯だったから……あとディアナ、俺の名前長いからアルでいいよ。親ですらそう呼ぶんだから」
そう答えるとクスクスと彼女が笑う。
「実は私のお姉ちゃんもここの卒業生なんですよ。だからちょっとほかの生徒より詳しいんですね、えっへん」
腰に手を当てその大きな胸を張るディアナに思わず拍手を送ってしまう。彼女の知識に対してだよ本当だよおっぱいは関係ないよ?
「何とこの学園では、入試の時の点数でAからFまでランク付けされるんです。Aが成績上位者ですね」
「ほうほう」
じゃあ俺はAランクのとこ見なくていいな。
「で、そのランクによって三年間通う学科が決まるんですよ。ちょっと不思議な仕組みですけど、何百年も試行錯誤した結果これが一番効率が良かったみたいですよ?」
「まぁいろいろやったもんね入試」
思い出すだけで胃が痛くなる、ファルデン魔法学園地獄の入試。
まず筆記試験。
300分500問回答という鬼のような試験形式で、ありとあらゆる魔法の知識を脳みそが空っぽになるまで絞りつくされる最悪の試験。もう答えられる気はしない。
次に実技試験。
簡単な魔力測定だけじゃなく、実践的な魔法を一通りやらされる。はいやってみて、できてませんね次の人どうぞの流れは胃に穴をあけるには十分すぎた。
最後に面接試験。
志望動機なんて野暮な事は聞かれない。はいじゃあとりあえず15分喋ってから始まる大質問大会。
で、各100点満点で合計300点の試験。
ちなみに合格安全圏は総合180点なんて言われているが、俺の場合は120点も取れたかどうか。今ここにいるのが奇跡なぐらいだ。
「Aランクは攻勢科、Bは呪文でCは錬金。Dランクはお姉ちゃんがいたとこで増強科ですね。そしてEが凋落科です」
「で、Fが召喚科だっけ。どんなところなの?」
何気なく。
本当に何気なくつぶやいた俺の一言に、周囲の空気が冷えて固まったような気がした。
おい今あいつFランの話したぞ、召喚科とか口にするのもおぞましいとかそんな話だ。俺悪い事したかな。
「それがですね。Fランクについてはお姉ちゃんよく教えてく
れなかったんですよね。違う学科の情報ってあんまり入ってこないんじゃないですか?」
もっともそんな噂話はディアナの耳には届かなかったみたいで、相変わらずニコニコと笑顔を浮かべている。
と、掲示板に目をやればそろそろ人もまばらになってきた。
「そろそろ見れるかな」
「そうですね、私達一緒の学科だと良いですね!」
「俺は入試の手応えは散々だったから良くはないと思うよ」
「私も面接で緊張してうまく喋れなかったので……」
少し赤面するディアナ。きっと面接の時もこんな表情をしていたのだろう。かわいい。俺なら100点あげちゃうね。
「まずはAの攻性科からディアナの名前を探そうかな」
「多分いないと思います……」
少し背伸びして、Aランクの名簿から彼女の名前を探す。俺の名前、あるわけない。
そして一通り見た結果。
「……ごめんなさい」
「大丈夫ですアルくん、わかってました」
非常に悪いことをした。
「あ、じゃあ効率良くやるってのはどうかな!? 俺がBから見ていくから、ディアナがFから見てきてよ!」
「そ、そうですねそうしましょう!」
うん上手く場の空気が変わったぞ。よしBランクから何としてもディアナの名前を見つけるぞ俺の名前はいいとこDランクから見ればいいぞさーてどこにい。
「あっ」
声を上げるディアナ。うん、すごい速さで見つかったね。
「アルくんの名前、Fランクのところにありました」
滅茶苦茶申し訳なさそうな顔をするディアナ、君は悪くないよ悪いのは俺の頭なんだから。
まあでも自分の目で見ておこう。何々、以下の五名をFランクと認定し、召喚科への配属を命ずる、と。やけに少ないな召喚科ほかのところ30人以上はいたぞ。
えーっと、一番上。アルフレッド・エバンス。
わかってたさ、俺の頭が悪い事ぐらい。でも折角だ、俺と同じぐらいの馬鹿の名前でも今のうちに覚えておくか。
「あっ」
今度は俺が声を上げる番だった。
だって俺の名前の下にはディアナ・ハーベストと書いてあったのだから。
「あっ、その……ごめん」
「いいんです、私の頭が悪いんです……」
この同意してもしなくても気まずくなりそうな空気をどうしようか。
さっきまでのはじけるような笑顔はどこかへ消え失せ、ただ死んだ目をして落ち込んでいる。
「おね、お姉ちゃんと同じ、増強科に絶対入るって言ってきたのに……パパもママも喜んでくれてたのに……」
明るそうな彼女の家庭の事情が今は重い。
ディアナのお姉さんどうしてFランクの召喚科じゃなかったんですかとどうしようもない事を思わず天に願ってしまう。
「おいおい……あの二人召喚科だってよ」
「うっわカワイソー、三年間何しにここに来るんだろ」
「おい目を合わせるな馬鹿がうつるぞ」
聞こえてくる他の生徒たちの小声は、彼女を追い込むには十分すぎた。
そんなに評判悪いのかFランク、もうこんなの虐めみたいなものじゃないか。
「あっ、ディアナ名前の一覧の下に教室の場所書いてあるぞ! ほら後ろまだ詰まってるからさっさと移動しちゃおうぜ」
「アルくん……」
彼女の手首をローブ越しにつかんで、俺達は掲示板の前から離れる。
そのまま張り出された案内や校舎の地図に従って、どんどんと進んでいった。
「それにほら、まだ三人もいるんだっけ? 俺達の事歓迎してくれるかも知れないよ」
自分でも驚くぐらい口が回る。
さらに召喚科の教室は多分日当たりが良いとか食堂が近そうだとかトイレも結構行きやすそうだとあることない事話していれば、とうとう召喚科の教室の前に到着した。
その扉は閉じられており、どこか重苦しい空気を放っている。
……おかしいなただの木の扉だぞこれ。
「その、ありがとうアルくん……私のこと、励まそうとしてくれて」
気の利いた台詞どころか、うんともすんとも言えない俺。
それでも少し赤くなった彼女の目の色は、少しだけ元気そうなものに変わっていた。
「そう、ですね。落ち込んでいても何にも始まりませんよね……」
「そうそう、それにここをガラッとあけたら、みんな歓迎のクラッカーを鳴らしてくれるかもしれないだろ?」
「もう、誰もそんな物持ってきてませんよ……でも」
そりゃそうか、そりゃそうだな。
でも、って何だろう。他のものなら持ってきてるのかな。
「他の人たちも、アルくんみたいに優しい人だと良いですね!」
満面の笑みを彼女が浮かべる。これはやられた、これはずるい。
――だって俺はこんな笑顔を、二度と拝めないと思っていたから。
差し出されたその手を、俺は掴まなかったのだから。
少し頭が痛くなった。どうやらこの一悶着で少し疲れていたらしい。
けれど、俺も素直に思う。こんな笑顔に囲まれてずっと過ごしていけたらと。そんな気の利いた言葉は当然恥ずかしくて言い出せないから、俺はその扉に手をかけ。
「じゃあ、そろそろ開けるとしますか……!」
何のためらいもなく、勢いよく開けた。
開けちゃったんだよなぁ。
陰鬱陰惨陰陽師、ありとあらゆるネガティブな意味の単語で埋め尽くされた教室の空気は最悪という言葉とは悪い意味でほど遠い。もちろん最悪のほうがずいぶんマシという意味だマイナスに限界がないという事実を肌で感じる貴重な経験四軒隣のラブル爺さんが屋根の雪下ろしの時に滑って転んで死んだときの葬式のほうがまだ明るいとはどういうことだ。各々の机に座る仲間たちから立ち込めるのは殺気正気倦怠期、もうこれ召喚魔法じゃない別の魔法極めているよね皆もしかして事前に打ち合わせしたのかなディアナだって顔が暗くなってるぞさっきの笑顔はどこへ行ったもしかして同じオーラ放ってますけど知り合いですか違うんですかそうなんですね驚異のシンクロニシティ何とここにいる俺以外。
――みんな目が死んでいた。
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