第17話 旅立ちは晴れた朝

「で、俺が姿まで変えられたって知って大激怒。アレキサンドラの頭が壁にめり込んだ」


「そりゃそうだろうけど……」


「ゴンちゃんって極端なミノタウルスさんだねえ」


あれから一カ月が経つ。リヴァイアサン皮の有効活用は今のところ順調だ。宮殿では、術式を書き換えたり人員配置をしたりと大仕事だったが、それも落ち着きつつある。間木の負担もかなり軽減され、明希良きらも気さくな一面を隠さなくなった。ブラック企業で酷使され異世界に召喚された三人は、なんだかんだで顔を合わせる機会が増えた。段々と腹を割って話すようになり、宮殿の中でお茶を飲むに至る。窓から見える景色が素晴らしい。元はルカリアの部屋なので複雑だが。


「あの人も丸っきり悪人って訳じゃなかったんだよ。価値観がガチガチに固まってて、親はそれじゃあエルフの世界でしか生きれないからってミストラ様に預けたんだけど……」


「変われる奴ばっかりじゃないもんな」


「如月くん、君は変われすぎだよ」


「いやいや間木くんも大概でしょ。凄いよね。十年足らずで銀レベルまで魔法納めて大活躍、糸車に抜擢でしょ?私、今の銅レベルになるまで三十年以上かかったもん」


いや、死兵にされた上に解放されても依代扱い。それを楽しんでいる明希良も大概だとは、流石に口に出来ない残り二人だ。明希良は気にせず続ける。


「でも本当、ミストラ様がお優しくてよかったよ。あの人、私が死にたくないって言ったから助けてくれたんだもん」


そう、ブーカドゥーカの死兵……しかも異世界人など本来なら査問にかけた上で魂ごと消滅するか実験材料だ。


「ブーカドゥーカを倒せなかったのもその所為なのに、あの方は私を責めないの」


明希良は小さな嘘を混ぜた。この二人は疑わないだろうし、知らない方がいい。トドメをさせなかった戦友を宮殿の地下に隠していたなど。しかし、討伐するため黒死大島に行って見つけ出したのに、殺せず隠すとは甘い人だ。明希良に対してもだ。依代に使う度に謝り、自分の不出来を責める。完璧主義。自他共に厳しく禁欲的。誇り高くて自己犠牲精神たっぷり。だが、耐えれるほど強くはない。矛盾の塊であり、しかもその事実から目を反らせない。あまりに生き辛い人。明希良の人生で初めて会った人物だ。


「この死んだ身が崩れるまで、貴女の心を守ります」


誓った時、迷い子よりか弱く泣き濡れた。憐れむより愛おしかった。なにもかもが依代としての本能かもしれないが。

過去に帰った心は、現在の嘆きに引き戻される。


「ブーカドゥーカかあ……出くわしたくないけど、黒死大島に行かないと帰れないもんな」


頷いて同意する間木。殺さずにいてくれたことは感謝するが、いきなり海原に飛ばすのは荒っぽ過ぎる。大戦時、要塞があった場所だからだったらしいが。ただ、山といっていれば何処になっていたか知りたくはある。それも恐らく戦場だった場所だろう。この島以外を知らないから気になるし、好奇心が疼く。


「この百年で、昔の記録を編纂するのがすっかり好きになっちゃったよ。また自分で書庫まで行けるようになって嬉しい」


好々爺然として笑うが、きっかけがきっかけなので他二人は複雑だ。元気を取り戻したのだから良かったが。

二人の気を知らず、間木は幸せに微笑む。ローレイラと再会する時、老人になった自分を嫌うかもと恐れたが杞憂だった。むしろ今の方が好評な気さえする。

二人で暮らす家は、島民たちの好意で作ってもらった。前以上に様々な人々が会いに来てくれる。旧友イルルカもその一人だ。もう何年も会ってなかったから目頭が熱くなった。


「あの時、役に立たねえからって逃げちまったのが……情けなくて恥ずかしくてな。合わせる顔がねえって思ってたんだが、キサラちゃんたちに怒られたよ。会ってやれって」


「馬鹿なことを……。差し入れ、嬉しかったよ。毎年新しいものを用意するのは大変だったろう?」


 年々腕を上げるイルルカの衣装に包まれていると、勤めの辛さも軽くなるようだった。それに、立派な商売として成り立っていることも。


「……あんぐらいしか、出来なかったからさ」


 気弱な姿に若かったあの頃が重なる。慰めようとして明るい声に遮られた。


「なんてな!俺の作った衣、力になったろ?それにこれからは毎日遊びにきてやるぜ!」


 昔みたいにはしゃぐ姿、仕事は放っておくのかと形だけたしなめてみた。イルルカは、これまた嬉しそうに話す。


「クソガキがやっと本腰入れて仕事するようになってな。俺はお役御免ってわけだ」


 楽隠居には早過ぎるのでは?と、いう前にクソガキ本人がやってきた。


「クソ親父!サボってマーギ様にご迷惑をかけてるんじゃねえぞ!」


「やかましい!跡は譲ったっつったろうが!」


「二人ともうるさい。マーギの耳に何かあったら頭を砕くからね」


同時に口を塞ぐ二人。親子なだけあって仕草がそっくりだった。


「ふふ」


少し前のやり取り。思い出し笑いを明希良にからかわれつつ、もうすぐ旅立つ友に向き合う。


「君なら大丈夫。あちらでも元気で」


「うん。いざとなったらミストラ様も力になるから」


「……二人も元気でな」


数日後、旅立つことになった。今回の報酬と今までの稼ぎを合わせれば、なんとか黒死大島に入れる額になったのだ。あの術式の完全譲渡が最大の利益だったのだから、人生なにがどう転ぶかわからない。ミストラの口利きもあり、すんなりと審査が通った。表向きの名目は「植生と大地の浄化が可能か調査する」実際はキサラの帰還のために。旅立てば、間木と明希良には二度と会えないだろう。


「友達とか……親しい人に伝えることはないか?」


「懐かしいけど、伝えて欲しいことはないよ。百歳越えの爺さんになって元気にしてるって言われても、君が正気を疑われるだけだしね」


「私も。友達と弁護士さんには色々と伝えているし」


自分が不審な死を遂げた場合の対策は取ってあった。家族は虐待を暴露され、死の真実も追求されるだろう。会社と上司も相応の罰を受けるはずだ。


「むしろヒバリんが大変だと思うけど……なにも知らないふりするんだよ。君は嘘つけないから心配」


「本当に」


自分たちとは違って。間木は言葉を飲んだ。自分も知らないふりを保たねばならない。しかし、ミストラも明希良も人を舐めすぎだ。間木は糸車だ。過去数回、不自然に意識を失ったタイミングと、その前後の変化、さらに地下にあった強力な魔力の塊、その魔力の質に覚えがないとでも?

しかし、間木は口をつぐむ。身体を随分といじられた。身体だけではないだろう。いざとなったら死兵にして操れる。その余裕があっての油断だ。だが、彼女たちの慈悲と好意は嘘ではない。死して屍操られるならば、それが細やかな罪償いとなる。末路を受け入れ、伸びた寿命を無邪気に喜ぼう。御し易い馬鹿な男として。


「酷えな。そりゃ昔は今より単純だったけどさ。俺だって嘘くらいつく」


「はいはい。ヒバリん、最後だし、どんな旅だったかもっと聞かせてよ」


「うーん……いいけど、あんまり面白くないぞ。汚い話もあるし……ジェルム島とかはトラウマだ」


「宝石島のジェルム?資料にあった。アメジストの鳥、銀樹の森、シトリンの草原、色石の花々……汚いってどういうことだい?……待ってくれ、メモとりたい」


三者三様。それぞれが想いを飲み込み、語り合いは夜まで続いた。


出発の朝が来た。今度は外海ハイナンから船で旅立つ。一行は島の東に位置する港、ラライカナンに向かった。これは依頼があったからでもある。


「大船団を海賊から護衛する。出来たら討伐って、ゴミ消し屋の本領を超えてないか?」


「島長にしてみればリヴァイアサン皮以上のゴミってことなんでしょうね。前金頂いちゃいましたし、歓迎してくれるしでいいじゃないですか」


外海は海運が盛んだが、それらを狙う海賊もまた盛んだ。百花大陸からはるか彼方の海域からも出稼ぎに来ている。


「われ、たおす。ゆるさん」


力仕事を介し、すっかりハイバルの漁師や船乗りと仲良くなったゴンちゃん。はやくも火花を散らしている。

銀に光る海が道の向こうに見えてきた。ラライカナン港は、バルバンドとはまた違う港町だ。大きな船舶が目立ち、町には硝子と焼き物の工房が目立つ。工芸品好きのアレキサンドラは出発まで観光しようと提案し、さっさと町中に消えた。


「荷物を船に預けるのが先だろ」


「だめ、きいてない、われらだけ、いこう」


顔を見合わせたその時、頭上から桃色の羽が落ちた。


「あの……お久しぶりです」


グローヴ島で会った伝言屋だ。心なしか小声な上、辺りをはばかった様子で舞い降りる。アレキサンドラを警戒してのことだろう。キサラたちは改めて頭を下げた。


「少し怖かっただけです。お気になさらないで下さ……ひっ!」


 健気な言葉はしかし、いつのまにか背後にいた青年の登場によって阻まれた。


「お嬢さん。また会いましグエエなにもしてな……!」


 鉤爪と拳が唸り、不埒者が空を飛ぶ。


「今だ逃げろ!」


「はいい!」


「おい、よめ、おまえあてだ」


 虫の息のアレキサンドラに渡されたのは、瀟洒な模様と流麗な文字に彩られた封筒だった。送り主をさっしたアレキサンドラは、無駄に金をかけるのが奴らの流儀ですと毒づく。また拗ねた我らがリーダー。キサラとゴンちゃんは頷きあって蹴ってやった。封には魔法がかかっていて、受け取り主しか開封できない。


「あー……面倒なことに……」


金の糸紡ぎの一人が調査に噛ませろと言ってきた。要は監視だ。アレキサンドラの突飛さを警戒しているのだろう。


「ただでさえ黒曜門までは怖い子がいるのに……大体なんで疑うんですか!真面目で正直に生きてるのにあんまりです!」


「なに言ってんだ嘘つきが」


キサラの声に顔を上げる。金の瞳を光らせ、ニッと不敵に口を上げた。


「俺も大人になったからな。なにもかも話せとは言わねえよ。ただ、俺を召喚した本当の理由だけは教えろよ」


「は?」


キサラはアレキサンドラがなにか言う前に、さっさと歩き出した。かしゃかしゃと楽しそうに脚を鳴らして。


「こども、せいちょ、はやい。おとなだな」


貴様よりも。黒い眼差しがからかい、キサラの後を追った。


「なんだよ。百年生きてない子供の癖に」


残されたアレキサンドラは頬を膨らませて前を行く二人を睨んだ。まるでただの少女のような顔で。


「さっさと歩け!観光する時間がなくなるぞ!」


「のろい。おいてく」


「はいはい!わかってますよ!」


アレキサンドラは叫び返して歩き出した。ハルピュイアとエルフとミノタウルス。一風変わった三人組を、銀に光る海と雲一つない空が見守っていた。

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