第十一話 死体収集サービス
朝を迎え、秋片が武装の最終チェックをしていると、帆町が顔を出した。
「昨日までより、念入り、ですね?」
「昨日、馬鹿共の巣をつついたからな。用心するに越したことはない」
「いって、らっしゃい」
「おう」
秋片は玄関へ歩き出し、途中で振り返った。
「今日は来客が来ても居留守を使え」
「念の、ため、ですか?」
「そうだ」
「心得、ました」
素早くスタンガンを取り出した帆町が得意げな顔をする。
「それは奥の手だ。可能な限り逃げろって教えたろ。事務所の被害は気にしなくていい。被害があったら警察に請求するからな」
必要経費だ、と笑いながら、秋片は事務所を後にする。
目的地は今や誰にも省みられない教会だ。
下層区の住人にはキリスト教的全知全能の神よりも神道の土着神の方がよほど馴染みがある。なにしろ、後者は見たことがあるのだから。
二十年前まで住んでいた地主に寄進されたという無駄に広い庭を持て余す教会に到着して、秋片は中に声をかける。
「いるかー?」
「神は何時だって居留っ守よー」
ダブルミーニングで秋片に応えて長椅子から体を起こしたのは金髪の男だ。
「ありゃ、秋片さんっすか。人探しか何かで?」
「え、秋片さん来たの!?」
教会の奥からバタバタと音がしたかと思うと、金髪の女が現れる。
「うっひゃーマジだ。こんな朝早くにどうしたんすか? 秋片さん手製の死体とか? 言ってくれたら駆けつけるのにもー」
「そんなオーダーメイドはしてねぇよ。今週の死者を調べたい。奥に行っていいか?」
死体安置所を兼ねている教会の奥を指さすと、金髪男が首を回しながら奥へ歩き出した。
「オーナーに聞いてくるっす」
金髪男が死体安置所に入っていくと、しばらくして和服姿の幼女が出てきた。
「入れ」
秋片を見るなりそう言った幼女はくるりとその場で反転し、周囲に火の粉をばらまいた。しかし、誰一人その現象に驚くこともない。
秋片は幼女の後に続いて教会地下へと続く階段を下りていく。
申し訳程度の間隔で設置された豆電球の乏しい明りに照らされたコンクリートの階段の先に木製の扉がある。
幼女が無造作に扉を押すと音も立てずに開いた。ひんやりと乾燥した空気が漂ってくる。
木の扉の先、死体安置所に足を踏み入れる。
下層区で死亡した者たちの大半がこの場所に行きつくのだ。
もともとは地下聖堂であったらしい。十メートル四方の空間で、白い電灯の明かりが隅々まで照らしている。死体安置所という字面からは想像しにくいほど清潔で明るく、恐ろしさは感じない。
しかし、空間の奥に置かれた寝台には布が被せられ、生々しい凹凸が付いている。布の端から覗く足には糸が結ばれ、その糸の先にぶら下げられた紙には年月日と性別などが書かれていた。
並んでいる遺体は七つ。死臭はしないが、焦げ臭さが充満する死体安置所で、秋片は幼女に声をかける。
「
「取りこぼしはない。貴様ら半端者とは違うわ」
高慢に鼻を鳴らした幼女、火輪は腕を組み、秋片を睨んだ。
「この七日の間に下層区で死んだ者はすべて集めてある。上層区で死んだ奴は持ってこられなかったがな。腹立たしい」
秋片は死体の顔を一つ一つ見ていく。見知った顔はない。
「上層区で死んだ奴ってのは?」
「えんぜるぼいすとやらの中毒者に殺された輩だな。いっそ直接乗り込もうかと思うたが、遺族が弔うようでな。手を引いた」
死体に妙な細工をするとでも警戒しているのか、火輪はじっと秋片の手元、口元をにらんでいる。
彼女たちは火輪をオーナーとした死体収集サービスである。行政がまともに機能していない下層区において、彼らは街の衛生に不可欠な存在だ。
同時に、死体を生存に必要とする化外のモノへネットを通じて無縁仏を売買して利益を上げている。
秋片は上層区での事件現場の映像に映っていた人物が死体の中に含まれていないのを確認し、火輪に問う。
「それ以降に上層区での死者は?」
「知る限りではいない」
「そうか」
当てが外れたか、と秋片は金髪男が用意してくれた消毒液で手を洗う。
秋片の表情を見て、火輪が不機嫌そうに顔をしかめた。
「おい、こと悪人の死に関しては我の情報網に漏れはないぞ」
「それは信用している」
「……ならば、よい」
火輪は妖怪、火車である。悪行を為した死者を運ぶ妖怪であり、悪人の死を直感的に察知する能力を持つ。
もっとも、悪行の定義の問題もある程度は加味する必要がある。
「オーナーマジツンデレっす――ぐほぇっ」
余計のことを言った金髪女が火輪の回転頭突きを受けて死体安置所の外に吹き飛んだ。大型トラックに跳ねられたような勢いで長椅子の間を転がった金髪女は勢いを利用して後転すると体を起こす。
「シャレにならないっすよ!」
「やかましい。火葬してやろうか」
火輪を中心に火が揺らめくと、金髪女は両手を挙げて降参のポーズを取った。
「嫌っすよ。オーナーとやり合えるわけないじゃないっすか」
「ふん。分かればよい」
二人のやり取りを余所に、秋片は死体の顔写真を撮影しておく。後ほど仙田に照合し、上層区での事件現場にいなかったかを確認するためだ。
『スピーカー』に繋がればよし、ダメで元々の精神だ。
猫元の喫茶ニャン亭に入って殺された強盗の死体もあった。
金髪男が死体を指さす。
「お目が高いっすね。それは最近珍しい上玉っす。それだけはウチで血をいただこうかと」
「前から気になっていたんだが、お前ら吸血鬼は生き血を吸うんじゃないのか?」
秋片が訊ねると、吸血鬼にしてデイウォーカーの金髪兄妹はへらへら笑った。
「そりゃあ新鮮な血も美味しいっすけど、熟成したのもいいんすよ。人間だって、食事の度に稲刈ったりしないっしょ?」
「妙に説得力があるな」
「最近は保存技術も発達してるんすよ。まぁ、薬中が増えちゃって美味しい血が手に入りにくくなったってのもあるんすけどね。うちはオーガニックを謳ってるんで」
写真を撮り終えた秋片が死体安置所を出ようとすると、火輪が立ちふさがった。
「貴様は何を調べている?」
「外部には漏らせねぇ」
ぴしゃりと言い切ると、火輪は肩を落とした。
「……そうか。新しい死体が出たら連絡は必要か?」
「してもらえると助かる」
現在この場にない時点で望みは薄いが、『スピーカー』がこれから死んだ場合にこの死体安置所に流れてくる可能性は否定できない。
秋片の返答を聞くと、火輪は胸を張った。
「ふん。よかろう」
「やっぱツンで――なんでもないっす」
余計なことを言いかけた金髪女を、火輪が肩ごしに振り返り、そのままの勢いで半回転して火花をばらまいた。
青い顔をした金髪女が後ずさる。
「何でもないんすよ! ――やああああ」
金髪女の悲鳴をBGMに、秋片は教会を出て都立公園跡地への道を思い出す。
火輪にはああ言ったが、秋片は今日中に『スピーカー』を見つけ出すつもりでいた。そのためには、杉本組の組員から直接聞くのが最も早い。
「秋片さん!」
後ろから追いかけてきた声に振り返れば、金髪男が笑顔で手を振っていた。
「綺麗な死体、期待してるんで!」
「するな、馬鹿野郎」
言い返した時、携帯端末が着信を告げた。
何かと思ってみてみれば、帆町の番号が表示されている。
しかし、秋片が通話に出る直前にコール音が途絶えた。
「――ちっ」
舌打ちするなり全力で事務所に向けて走りだした秋片を、金髪男が驚いた表情で見送る。
走りながら、秋片は帆町の携帯端末を呼び出すが、応答はない。
杉本組に先手を打たれたかと思ったが、秋片にたどり着くには早すぎるのが気になった。
フェンスの壁に足をかけて素早く乗り越え、空き地を疾走する。事務所に続く道へのショートカットだ。
帆町の携帯端末には応答がない。
空き地を走り抜けて道に出た秋片は素早く道の左右を見回して人影がないことを確認した後、事務所のあるアパートへ走る。
ここまで来たら事務所に帰る方が早いと携帯端末をポケットに仕舞う。
アパートの階段を駆け上がり、開けっ放しになっている事務所の玄関に嫌な予感を抱きながら、土足のまま中に上がる。
荒された形跡はない。だが、争ったのか観葉植物が横倒しになっていた。
事務机の上に紙が一枚、ひしゃげたスタンガンを文鎮代わりにして置かれている。
『娘を預かった。正体を知る者をすべて連れて大門総合病院跡地へ今日中に来い』
置き手紙を読んだ秋片は帆町の部屋を開けるが、中は無人だった。
「しくじった……」
歯噛みした直後、携帯端末のコール音が響いた。
即座に応答する。
「――帆町か!?」
「……俺だ。仙田だ」
「お前かよ、今は構ってる暇がないぞ」
「悪いニュースだ」
「なんだよ、こんな時に」
「病院にエンゼルボイス中毒者が押し掛けて、橋本を含む女性患者を多数拉致っていきやがった。始まったぞ、テロ計画」
「あぁ、くそが。どいつもこいつも示し合わせたように動きやがって」
ひしゃげたスタンガンを腹立ちまぎれにゴミ箱に投げ入れ、秋片は拳銃の予備マガジンを鍵付きの引き出しから取り出す。
「いったん切るぞ。こっちも立て込んでんだ」
仙田に断りを入れて通話を打ち切ろうとした時、仙田が続けた。
「もう一つ、悪いニュースがある」
「この期に及んでまだあるのか。なんだ、地球滅亡か?」
「帆町花蓮が死体で見つかった」
「……なんだと?」
置き手紙を振り返る。先に死体が見つかった以上、あの手紙に脅迫状として価値はなくなる。
仙田が尋問するような声で続けた。
「秋片、お前、先日拾った帆町花蓮といつまで住んでいた?」
妙な質問だ、と怪訝に思いながら、秋片は正直に答える。
「今朝、一緒に朝飯を食ったよ」
「先ほど見つかった帆町花蓮の遺体だが、死後二か月経っている」
二か月、その単語が示す期間が一瞬飲み込めず、秋片は辛うじて整合性のとれる仮説を持ち出す。
「……化外のモノの力で、死亡時期をずらした? 腐敗速度を変えた?」
「違うだろうな。死ぬ直前の足取りも掴めた。いいか、帆町花蓮は、二か月前に、死んでいる」
噛んで含めるように、説得するように、仙田は告げて、最後に質問した。
「――お前、誰と住んでいた?」
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