第八話 本物の嘘吐きは嘘だけはつかない
帆町の操るGT―Rが躊躇もみせずにサーキットの壁へと高速で突っ込んでいく。
当然のように激突して停まるGT―Rに思わず吹き出しながら、秋片の操るオペルベクトラはCPUたちと接戦を繰り広げながら素通りした。
「な、なぜ、ですか……」
思ったようにいかなかったのか、帆町がGT―Rをバックさせた後再び壁に突っ込んでいく。
秋片は笑いをこらえながらコーナーを曲がり、直線に入った。
「壁抜けしたいんだろうが、最終アップデートの時にこっそり修正されてるぞ」
「なんと……」
攻略サイトには情報が乗っていませんでした、とぶつぶつ呟く帆町。
最終アップデートの頃にはプレイ人口も随分と減っていた上に、ユーザー投稿のコースの方がメインのサーキット扱いされていたからサイトの更新が滞っていたのだろう。
「とはいえ、バグを直すとバグが発生するのはよくあることだけどな」
「どういうこと、ですか?」
「CPUはカーブの直前ではバックしない。カーブに入った後なら別だがな。つまり、こうなる――」
秋片は速度を調整して、帆町が壁抜けを試みたコーナー直前かつ真横の壁にCPUの車を押し込んだ。壁に頭から突っ込んだCPUはアクセルをべた踏みにして壁に頭をこすりつけはじめる。
「こうやってCPUを実質行動不能にできるバグがある」
「不健全な、遊び方、だと思います」
「壁抜けしようとした奴が言うな」
在りし日の秋片は面白がってコース上のCPUをすべて行動不能に追い込む動画をネット上に投稿したことがあったりする。
壁抜けに失敗した帆町が周回遅れでゴールし、コース選択画面で何かを探し始める。またバグ技でも狙っているのだろうと、秋片は闇市で買ってきたホタテの紐を齧りながら眺める。
「ここに、します」
「そのコースにバグや裏技なんかあったか?」
「攻略サイトに、載っていない、マイナーバグです。動画で見ました」
「動画……ダガメって投稿者か?」
「ローマ字でしたけど、そうです」
予想が当たってニヤニヤしだす秋片を、帆町は怪訝そうに見つめる。
「な、なんですか?」
「その投稿者、編集力に物を言わせて嘘のバグ技紹介をするので有名だったネタ枠のゲーム実況者だ」
「……え?」
「すっかり騙されてんな」
秋片に笑われた帆町はむっとした表情でコースを決定し、実際にバグ技が成立するかを確かめた後、早々に諦めて肩を落とした。
秋片は帆町のバグ検証を特等席で眺めて笑う。
「ぐぬぬ」
「いやぁ、笑えるタイムカプセルだ。投稿者も鼻高々だろ。なぁ、どんな気持ち? いまはどぅんなきぃもちぃ?」
巻き舌で煽る秋片の手からホタテの紐を奪った帆町はそれを齧りながら立ち上がる。
「夜食、作ります」
「作戦を練り直すのか。がんばれー」
「ぐぬぬぬ」
遊びは一時中断と、秋片は仕事机の上をざっと片付け始める。
帆町が冷蔵庫からナスを取り出して切り始めながら、口を開いた。
「探偵になったのは、なぜですか?」
「なんだよ、突然。モラトリアムか?」
絶賛就職活動中の帆町にも思うところがあるのだろうと深くは聞かず、秋片は仕事机の整理を終えると拳銃を分解する。
「探偵業を始めたのは単なり成り行きだ。上層区にコネがあったからちょうどよかったってだけだな」
「なんで、コネがあるの、ですか?」
帆町の疑問はもっともだ。
一般的に、下層区の住人は上層区に立ち入れない。上層区にコネがある時点でわずかながら異質なのだ。
「俺もお前と同じで上層区の生まれだからな」
知り合いには知られていることだからと隠さずに教える。驚いているのかいないのか、帆町の手が止まった。
「なぜ――」
「下層区に来たのかって聞きたいのか?」
「ん」
「それも成り行きだ」
マガジンを引き抜いた拳銃を天井に向けて空撃ちして銃弾が装填されていないのを確認する。スライドを外しながら、秋片は帆町の視線に気付いて顔を上げた。
「なんだ、そんなに気になるのか?」
「気になります」
「面白い話じゃねぇぞ?」
「大丈夫、です」
秋片は渋い顔をして、仕方なく話し始めた。
「俺は上層区の大地主の家に生まれてな。家を継ぐのが嫌で十五歳の頃に家出した」
「反抗期、ですか?」
「似たようなもんだが、出来の良い妹に跡を継がせた方がうまく回ると思ったってのもある」
適当に真実をぼかしながら、秋片は布を仕事机の上に敷いてその上に取り外した銃身を置いた。
「それからはバイトしながら遊び呆けてた。二十歳だったから今から十年前か、野暮用で地上げ屋の拠点に乗り込んで大暴れして、上層区にいられなくなったんだ」
「……うん?」
「そんで下層区に流れて、バイトで貯めた金でこの事務所を借りて、上層区にいた頃の伝手で警察に渡りをつけて、下層区での事件に手を貸すって触れ込んだ。警察は下層区の事件になかなか手が出せないから隙間産業を狙ったってわけだ」
「ちょっと、待って、ください」
「なんだよ」
「大暴れの、経緯を詳しく、お願いします」
まぁ、食いつくよな、と秋片は苦笑する。
ブラシや綿棒でバレルなどの掃除をしつつ、秋片は頭の中で話を整理する。どこまで話すか、どこをぼかすか。
「昔はやんちゃをやってた系の武勇伝みたいなもんだからあんまり話したくねぇな……」
「聞きたい、です」
どうやら引く気はないらしい。帆町は細かく切ったベーコンを炒め、そこにパン粉を投入して香ばしく炒り始める。
炒り終えたベーコンとパン粉を焼いたナスを放射状に並べた皿の上に万遍なく掛けて盛り付けを終えた帆町が皿を持ってくる。
分解掃除を終えた拳銃を組み立てながら、秋片は帆町の視線に負けて重い口を開いた。
「十年前、バイトをいくつか掛け持ちしていた。そのうちの一つに需要が高まっていた防犯グッズの販売店があった。だが、そこが地上げ屋に狙われた」
帆町が無言で首をかしげる。防犯グッズの店ならば地上げ屋を撃退できるのではないかと言いたそうなその顔に、秋片は「考えてもみろ」と続ける。
「防犯グッズを買いに来るのは厄介ごとに備えようって客だ。地上げ屋に狙われて嫌がらせを受けている真っ最中の、いわば厄介ごとの渦中に飛び込んで商品を購入するわけがない。売り上げは激減して、店を畳むって話になった」
「……警察は、なにをしていた、んですか?」
「当時はお地蔵さんって言われていたぞ。通報を受けてもその場から動かねぇから」
だが、秋片は知っている。地上げ屋のバックにいた組織の規模が大きすぎたため、警察は迂闊に動けなかったのだと。
「警察とのコネができたのもこの頃だ」
まだまだ下っ端だった仙田と飲み歩いたものだった。
「店が畳まれてしばらく地上げ屋の動きを調べて、方々から恨みを買っていることが分かった。これなら、襲撃しても店との関連を突かれることはないってことで、偽装工作をしたうえで地上げ屋の事務所を襲撃した」
「無茶苦茶、しますね」
「あぁ、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。仙田も出世して、俺に仕事を回せるくらいにはなったしな」
地上げの証拠に地主を脅していた証拠をいくつか掴んで仙田に流したのだ。自分と飲み歩く程度にはクズな男だが、正義感は信用できると判断したのだが、正解だった。
「とはいえ、襲撃したのがばれると報復される。掛け持ちしていたバイト先を辞めて、姿をくらませる必要があった」
「それで、下層区に、逃げてきたんですか?」
「あぁ。闇市で用心棒みたいなこともしたが、すぐにこの事務所を構えた。あとはさっき言った通りだ」
話は終わり、と立ち上がった秋片は手についた油を落とすため洗面所へ向かう。何かを言いたそうな帆町の視線は無視する。
洗面所の鏡に写った仏調面を見て、意味もなく無精ひげをなでる。
「……仕事柄、口だけはどんどん達者になりやがる」
鏡の自分を揶揄する。
先ほどの話には肝心なところがまるっきり抜けていた。
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