第六話  テロ計画

 秋片が添付メールで送った殺害予定者リストを見て、仙田は忌々しそうに舌打ちした。


「上層区のお偉いさんばかりだ。目的はテロか?」

「さぁな。その辺はそちらに送り付けたパソコンのデータから判明するだろうさ」

「そちらはいま調べさせている。それにしても大事になったな」


 ぼやいた仙田に、秋片も同意した。

 ただの麻薬組織の調査が繰り上がってテロ対策だ。探偵業の範疇を超えている。

 秋片はビル屋上から見える空き地を双眼鏡で覗きこむ。いまだに大型トラックがそこに停まっているのを見て、電話の向こうの仙田に告げる。


「もう一つ、未確定情報だ。エンゼルボイスの材料らしきものを見つけた」

「白い多肉植物だろ?」


 意外にも仙田から言及され、秋片は驚いた。


「知ってたのか」

「送り付けられたデータにエンゼルボイスの製法が書いてあった」

「なんだ、そんなことか」


 杉本組のパソコンの中身を碌に見ていなかった秋片が知らない情報だ。

 仙田によれば、件の植物を粉砕した後で遠心分離に掛け、アンモニアを作用させることで麻薬エンゼルボイスが作られるらしい。


「その植物はどこにある?」

「大型トラックの荷台に詰め込んである。ウインドサイドパネル型で、今はサイドパネルを挙げて日光浴の真っ最中だ。場所は――」


 情報を伝えると、仙田のため息が聞こえた。


「下層区の奥だな。そこまで刑事を送るのは無理だぞ」

「無理ってお前、あれを放置する気か?」

「仕方がないだろ。お偉方の警備で人手を取られるんだ」


 殺害予定者リストなんてものが出た以上、要人警護で人が出払うのも無理からぬことだと納得するしかない。

 何故か無人だった事務所とは違い、大型トラックの周囲には見張りが立っている。


「言っておくが、俺一人で制圧する気はないからな?」

「秋片ならできるだろ」

「出来てもやらん。そもそも、他の場所で同様のトラックがないとも限らないからな。情報をもとに広域を捜索できる警察でなければ、あの場所を制圧する意味がない」


 双眼鏡で大型トラックが停まっている空き地と杉本組の工場跡地を交互に観察しつつ言い返す。

 仙田も無理強いしたところで無意味だと長い付き合いで知っているからか、諦めて代替案を出してきた。


「大型トラックのナンバーは?」

「荷台の方にもナンバーがついてるぞ」

「荷台はいらない。どうせ上層区にガソリンを入れに来るときには荷台を外しているだろうからな。奴らの足を潰したいだけだ」

「角度の問題で一台は確認できないが、他の二台のナンバーは」


 ナンバーを伝えると、仙田は何かを調べているような間を開けた後、言葉を返した。


「盗難車ではないようだ。だが、整備記録もない。そううまくはいかないか。購入記録を調べておく」

「杉本組は小規模な組織だ。あんな大型トラックを三台も購入する資金があるとは思えない。エンゼルボイスの末端価格から見ても、半年で貯められる資金じゃねぇぞ」

「パトロンでもいるってか? しかし、この様子だとガソリンスタンドに乗り付けてくれるとも思えんな」


 別の車でガソリンを入れた後、移し替えるなどの手法を取れば、目立つ大型トラックでガソリンスタンドによる必要がなくなる。

 大型トラックが押収できないのであれば、エンゼルボイスの製造場所探しにシフトした方がいいかと秋片が思案していると、電話の向こうで仙田が誰かに話しかけられた。


「うん? 秋片、ちょっと待っていてくれ」

「おう」


 待つこと十数分、仙田が電話口に戻ってきた。


「待たせた。秋片に追加で依頼したい」

「上乗せは幾らだ?」

「十万」

「テロ対策だぞ?」

「……分かった二十万円で上司に掛け合ってみる。あまり期待してもらっては困るがな」


 けち臭いな、と秋片は受けるべきかを考えるが、依頼内容次第と割り切った。


「内容を聞こう」

「あぁ、『スピーカー』という人物を探してくれ」

「誰だ、そいつは」

「何者かも含めて捜索してくれ。転送されてきた杉本組のパソコンのメール履歴に残っていてな。杉本組にエンゼルボイスの製法を持ち込んだ奴だ」


 仙田曰く、杉本組のメールのやり取りに残っていたのは『スピーカー』がエンゼルボイスを持ち込み、殺害予定者リストを作成したこと。上層区でエンゼルボイスを拡散させるよう依頼したことなどだった。

 その『スピーカー』は杉本組と定期的な連絡を取り合っていたにもかかわらず、二日前から連絡が途絶えているらしい。

 二日前、ちょうど秋片が帆町を拾った日だ。


「先日の事件で、加害者の中毒者は『天使に命じられた』って証言したと聞いたが、『スピーカー』ってのは命じた犯人だったりするか?」

「『スピーカー』なんて通り名で呼ばれているんだ。可能性はあるな。その事件の被害者は殺害予定者リストの一番目だ」


 すでに計画が動き出しているとみるべきか、それとも一人目はリハーサルなのか。いずれにしても猶予は少ない。

 秋片は杉本組の事務所を双眼鏡で覗きこむ。

 計画が始動する今の段階で話を持ちかけた『スピーカー』が姿をくらましたとなれば、杉本組が総出で探すのもおかしなことではない。計画が外部に漏れるリスクを考えれば、下っ端ですらない賭けボクシングの選手を捜索に使うことができず、事務所を無人にする結果になったのだろう。

 杉本組が『スピーカー』を探すのは計画が漏れるのを防ぐためか、それとも『スピーカー』なしでは計画を実行できない理由があるのか。


「重役が殺されたって事件についての捜査資料を読みたい」

「おいおい、警察が捜査資料を外部に漏らせるわけがないだろ。いくら下請って言っても、パソコンの操作をミスらない限り――」

「じゃあミスってくれ」

「あぁ、手が滑った」


 仙田のわざとらしい棒読みの後、携帯端末がメールの着信を伝えた。

 続けて仙田の声が聞こえる。


「俺はこれから外に出ないとならない。新しい情報が入ったら教えてくれ」

「分かった。そっちも頼んだぞ」


 通話を切り、秋片は双眼鏡を時折覗き込みながら送られてきた捜査資料を読み進める。

 事件は上層区の大通りで起きている。

 人通りも多く、目撃者も両手の指では足りない数だ。犯人は重役を刺し殺した後、逃げることもせずその場に放心状態で立ち尽くしていたところを仙田たちに確保されている。

 その後の取り調べで犯人は『天使様に命じられた』とだけ答えた。持ち物にはエンゼルボイスが見つかり、現在も拘束中だ。

 中毒者さえいれば暗殺ができるため、基本的には使い捨てなのだろう。

 問題は犯人をそそのかしたという天使の声が誰にも聞こえていない点だ。警察の資料ではただの幻聴と片付けられていたが、殺害予定者リストや『スピーカー』といった存在を加味すると計画殺人の疑いが濃厚となる。

 計画に不確かな幻聴を組み込むとは考えにくい。人為的な幻聴というのも妙な話ではあるが、化外のモノが絡んでいる可能性もある。

 『スピーカー』の年齢や性別すらも不明な現状、数少ない手がかりだ。

 仙田が書いた報告書を読んでみる。どうやら、事件当時、仙田たちは別件の捜査中だったらしい。

 ちょうど、現場に居合わせてしまった仙田は部下の橋本と共に犯人を確保した。


「そういや、依頼の説明の時にも現場にいたって言ったな」


 橋本の顔を思い出しながら独り言をつぶやき、秋片は報告書を読み進めていく。

 手掛かりは見当たらず、捜査資料に一通り目を通したころには夕刻が迫っていた。

 双眼鏡で覗いた杉本組の事務所はいまだに無人だったが、トラックが停まっている空き地に新たな人影が現れた。

 双眼鏡の倍率を変更して顔をよく見てみる。


「やっとお出ましか」


 杉本組の組長、杉本轟冶だ。護衛役なのか、もう二人、杉本組の構成員がついている。

 杉本轟冶たちは見張りにいくらかの金を渡した後、それぞれが大型トラックに乗り込み、出発した。


「事務所の状況も知らずにのんきだな」


 仙田に状況を知らせ、秋片は大型トラックの追跡はせずにビルを後にした。

 携帯端末で馴染みの相手に連絡する。

 コール音一つも挟まずに応じるのは機械音声だ。


「やぁやぁ、我こそは情報屋『百目』なりー。どったの?」

「仕事を頼みたい。現在走行中の杉本組所有の大型トラック三台が向かう先を調べてほしい」

「現在地は分かる?」


 大型トラックの現在位置を知らせると、『百目』はすぐに対象の捕捉に成功したらしくつまらなさそうに鼻で笑った。


「お得意様だから無料でやってあげるよ。というか、こいつらちょろすぎちょろろん」

「頼んだ」


 これでエンゼルボイスの製造場所は割れるだろう、と秋片は夕焼けを観賞しつつ帰路についた。



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