第11話 焦土戦術

 ね、眠い……。

 ここ数日、夜明け近くまでブラ戦をやっているせいで、今日は一日中あくびを連発していた。


 田中がそのあくびを見て、

「もしかして僕のフォローのために、係長に無理をさせてしまっていますか?」

などと、昼に社食を食べながら心配されてしまうし。


 まあ、田中のフォローもしていたけど、本当のところはブラ戦に忙しかったのさ。

 俺クラスになると、仕事も遊びも並行して出来るんだ。

 田中も早くしっかり仕事がこなせるようになって、何か趣味でも見つけろよ。

 仕事だけの人生なんて、後には何も残らないからな。


 俺も田中くらい若い頃は、連日の徹夜でも何でもなかった。

 だが、最近、遠征の時期になると身体がキツイ。

 一日、四時間睡眠では、真昼間に眠くなるのだ。


 だったらブラ戦を辞めればいいと、冷静に思ったりもするのだが、なかなかそうもいかない。

 四十を超えているのに嫁も家庭もない俺にとって、ブラ戦は何よりの癒しの時間。

 まあ、癒しの時間で疲れているのだから本末転倒と言えなくもないが、これだけが俺の唯一の趣味。

 酒もそこそこ飲めたりはするが、一人で飲みに行くほど好きかと言われればそうでもない。

 その俺が、ここ五年ほどずっとハマっているのが、ブラ戦なのだ。





 東ルートは、南東の同盟どっキングと平行するように進み、安定を取り戻した。

 向こうがやや先行しているものの、こちらに侵食する余裕を持つほど離れてはいないので、お互いにけん制し合いながらも邪魔することなくお互いのルートを進んでいる。


 安定してきたのを見て、俺は東ルートを更に二つに分けた。

 一つは、今まで同様にどっキングと平行して走る組。

 もう一つは、更に北東に進路をとり、包囲はせず隣接だけをして進む組だ。


 前者には俺が入り直接指揮をとっている。

 包囲要員の確保が必要だし、安定してきたとは言え、何か起こった時にすぐに対応できないと大事だからだ。


 後者は、隣接だけなのでそれほど手間はかからない。

 だから、三人を指名し、比較的好きに走らせている。

 対抗する同盟とぶつかるまでは北東に進路を取らせ、競る前に東に進ませるつもりだ。

 こうすることで、壊滅した北東ルートの穴を少しでも埋めるのが俺のもくろみ。

 今のところは支障なく進んでいて、NPC砦の隣接箇所も4つと、そこそこの成果を上げている。





 北ルートは、相変わらずふわふわが独走態勢を築いたままだ。

 オッサン将軍に攻められたあともロスはなく、独りで爆走している。


 面白いのは、ふわふわが隣接したNPC砦が、いつまで経っても競合にならないことだ。


 こういうことはままある。

 あまりにも圧倒的な走力を見せつけられると、他同盟が諦めて近寄らなくなるのだ。

 ブラ戦の経験が長いプレーヤーほど、「遠征力=NPC砦の攻略スピード」という感覚を持っていて、速い同盟と競合してもNPC砦を先に攻略されてしまう……、と思い込む。

 せっかく競合に持ち込んでも、先に攻略されてしまえば徒労に終わってしまう。

 だから、そんな非効率なNPC砦は放っておいた方が良いと、後追いの同盟は考える訳だ。


 実際のところは、ふわふわが独走しているだけなことを、他同盟は分かってはいない。

 オッサン将軍のように目を光らせるような奴はまれなのだ。


 そんなこんなで、北ルートが一番安定していて成果も上がっていたりする。

 先ほどふわふわと話したが、もう、明日には壁に辿り着くそうだ。

 隣接NPC砦も18で、東ルート全体よりも多い。


 ふわふわは、拠点を破棄し終わったら、壁に辿り着いた後はどう進めば良いか教えて欲しいとも言っていた。

 そろそろチャットルームに戻って来るのだろう。

 きっと連日ほとんど寝ていないだろうに、あいつのタフさには呆れるしかない。





 遠征がそこそこ成果を上げだしていると言うのに、NPC砦攻略はまったく進んでいない。

 いや、そこそこ成果を上げているのは東と北ルートだけで、北東ルートは壊滅したままだ。

 茉莉が人員を募ると言っていたが、あれから三日経っても北東の枝ルートは進んでいないし、人員も全く増えてはいない。


 NPC砦の攻略に手が付かないのは、車屋が皆、戦争に掛かりっきりだからだ。

 たぬ無双との戦争は混迷の色を深めていて、いつ終わるとも知れない。





 三日前……。

 俺が何度も説得したと言うのに、ロックはたぬ無双の補佐、ココを攻めだした。

 しかも、ロックの周囲に本拠を構える、幹部達を動員して。


 その時、たぬ無双側は、総大将たぬ吉の拠点がロックの本拠の20マス向こうに置かれたままで、動く気配を見せなかった。

 いや、正確に言うと、オッサン将軍がたぬ吉の隣に拠点を構え、一応、攻め方は二人になっている。


 しかし、それでもたぬ無双は一向に動こうとはしなかった。

 拠点の周囲が皇軍のマスで埋め尽くされようとも、拠点に向かって衝車を撃たれても……。


 たぬ吉の拠点に衝車を撃ったのは、ロックだった。

 茉莉、サンジ、ココイチが本拠から同着で殲滅部隊を出し、その1秒後にロックの衝車が到着する仕組みだ。


 たぬ吉の拠点は耐久が15。

 斥候を使って情報を抜いているので、この点は間違いない。

 拠点の中には、剣兵と衝車を作る施設があるだけの掘立小屋状態。

 しかも、いつ見ても剣兵も衝車も作られている気配がないのだ。


 だから、誰もが簡単に落とせそうに思っていたのだ。

 本拠とは違う、たかが拠点だから……、と。

 俺以外の誰もが陥落を信じ、あとはココを落としてたぬ吉に迫るだけ……、と考えていたのだ。


 しかし、結果は無残だった。

 キッチリ籠城されて、しかも、ロックの衝車はたぬ吉のデッキアップで全滅する始末。

 まあ、ロックは衝車を15台しか撃ってはいないので、大した被害だと言えなくもないが、簡単に落ちると思っていただけに戦闘に加わった幹部達の動揺は激しかった。


 だが、こんなのは当たり前のことだろう。

 ロックの本拠からたぬ吉までの距離は20マスだ。

 衝車の機動力は3なのだから、着弾まで7時間近くも掛かる。


 だとすると、たぬ吉は衝車を撃たれたのを見てから籠城出来たのだ。

 戦争状態の総大将なのだから敵襲を見落とす訳もなく、楽々と対応出来たことだろう。


 ロックがココを攻めることを決意したのは、このたぬ吉の拠点を落とし損なったことが遠因にある。

 つまり、自分たちの失敗を新たな功績で覆い隠そうとしたのだ。

 戦争に勝ってしまえば、過程の失敗など誰も問題にはしない。

 ロックとしては、俺が和睦を勧めたのを拒否した手前、何としても戦争を早く終えるしかなかったのもある。


 しかし、これがたぬ無双の待ち受けていた罠だったのだ。





 ロックはココ攻めに際して、同盟員に大号令をかけた。

 全体書簡を出し、人海戦術でココを押しつぶそうとしたのだ。


 ただ、皇軍の同盟員は遠征にもほとんど参加していないことからも分かるように、全く活動的ではない。

 僅かな活動的な同盟員も遠征で動いているので、単に呼びかけても参戦者が集まる訳がない。


 そこでロックは、

「たぬ無双との戦争に参加した者は、遠征に参加しなかったことを不問にする」

と書簡に書いたのだ。

 今まで、遠征に参加しなかった同盟員は除名と言い張ってきたので、除名しないかわりに戦争に参加するように妥協案を出したのだ。


 皇軍の同盟員達も、この書簡を機にココの周囲に領地を取り、拠点を築いた。

 今まで何をして過ごしていたのか分からないが、異様な数の拠点がココの周囲に築かれる。

 その数、およそ30ちょっと。

 圧倒的な包囲網が敷かれ、いかにも皇軍がたぬ無双を圧倒しているかに見えた。


 しかし、たぬ無双もその動きに呼応するように対策を打ち出す。

 ココの八か所の隣接全てに、他のたぬ無双の同盟員が拠点を築いたのだ。

 つまり、バリケードを築いて徹底抗戦してきたのである。


 この拠点のバリケードを崩すのは容易ではなかった。

 一々、衝車を撃って拠点を落として取り除かなければならないし、拠点を取り除いたとしても領地の保護明けを狙われてすぐに隣接を取り戻されてしまう。

 しかも、取り戻した隣接にはすぐにまたたぬ無双側の拠点が建つのだ。


 そこで、隣接の拠点を落としてすぐに衝車を撃つことをロックは何度か試させた。

 しかし、そうすると今度はココが籠城に入っていて、耐久にダメージを与えることが出来ない。

 三度ほど試したが、どんなに近くから衝車を撃っても、籠城に引っかかってしまうのだ。


 これは、きっと、隣接の拠点が落ちるタイミングを見計らってココが籠城の設定をしているのだ。

 だから、隣接の拠点を落とす前に籠城が設定されていて、こちらがココの本拠に衝車を撃った時にはもう衝車を受け付けない体制が整ってしまっているのだ。


 それではと言うことで、隣接の拠点を奪ってすぐにこちらも拠点を作る案が茉莉から出された。

 拠点が建てば、領地の保護期間にプラスして、拠点が落ちるまでの間はココの本拠に衝車が撃ち放題だからだ。


 しかし、案は出たものの、結局、それを実行した者はいなかった。


 皇軍側で戦争に参加した者達は、現状で築いた拠点に衝車の生産施設を持っている。

 だが、隣接に拠点を移してしまうと、現状の拠点を破棄して隣接でまた新たな衝車の生産施設を作らなければならないのだ。


 隣接の拠点は、ココから20分で衝車が着弾する。

 だから、生産施設を作る時間も限られているし、防御しながら短時間で生産施設を作るのはなかなか面倒な作業だ。

 それに、生産施設を作っても、衝車そのものを作っている暇がとれる保証もない。

 皆、それらの事情が分かっているので、敢えて隣接に拠点を築こうとはしないのだ。

 わざわざ隣接に拠点を築いても、落ちればロックが文句を言うのが目に見えているのもある。


 そもそも、皇軍の同盟員にしてみれば、戦争に参加しさえすれば遠征に行かなかったことをとがめられないのだ。

 だったら、とりあえずココの周囲に拠点を構え、戦争に参加したフリをしていればそれで良かったりもする。

 どうせたぬ無双に勝っても、獲得するモノは何もない。

 それなら、戦争に参加したフリをしてサボっていた方が楽で良いのだ。


 こうして、たぬ無双側の巧みな連携と、皇軍側の温い攻め方が奇妙な調和を生み出し、局所的には戦闘が行われているものの決定的な戦果を上げられず、現状は膠着状態が続いているのであった。





『拠点が破棄し終わりました~ッ♪』

『お疲れ様。あと何回で壁に到着しそう?』

『次の次で着きます~ッ♪ 意外と早く着けましたね~ッ(ケロリ)』

『あはは(笑)』

まったく……。

 いつも元気だな、ふわふわは。


 さっき確認したけど、他の地域でもまだ誰も壁なんか見えてはいないよ。

 おまえだけだよ、次の進路を心配しているのはさ。


 最初は壁までなんて、とても到着するとなんて思ってなかったから、

「壁まで行ったら終わり」

なんて言ったけど、今ではふわふわ本人だってそんなことを考えてはいない。


 ただ、ふわふわは相変わらずチャットでの発言を禁じられている。

 ロックが、

「戦争に関係のないコメントは一切禁止」

と、チャットルーム内にお触れを出したからだ。


 だが、本当はそれが理由ではないに違いない。

 ふわふわが遠征の進捗具合をチャットルームで報告すると、何の成果も上がってない幹部の連中が引け目を感じなければならないからだ。

 他の同盟員の手前、幹部が頑張っているという印象を保ちたいのもあるだろう。


『それで、壁まで行ったらどちらに曲がれば良いですか? 東でも西でも、まだいっぱい未隣接のNPC砦がありますよ~ッ(ルンルン♪)』

『それなんだけど……。やはり、東に曲がってもらおうかな?』

『東ですか?? 西の方が他の同盟の遠征が遅れているように見えますけど?』

『うん、そうだね。だけど、攻略する時には、近い方が効率が良いんだよ』

『あ、衝車が車屋さんの本拠から撃たれるので、極力近い方が良いってことですか~ッ♪ なるほどなるほど……(メモメモ)』

『そういうこと。ふわふわさんの隣接したところは、何れは競合になる可能性があるからね。だとしたら、攻略の効率が良いところの方が、結局、得になりそうだからさ』

『了解です~ッ♪ でも、遠征ばかりしていると、どうしても遠征の効率ばかりを考えてしまいますよね(汗)』

『まあ、それは仕方がない。ふわふわさん自身がまだNPC砦の攻略をしたことがないのだからさ』

『そうかもですね~ッ♪ 佐助さんのご助言が無ければ、間違いなく西側に曲がるのを選んでいました~ッ(笑)』

『まあ、それでも悪くないよ。どちらに曲がってもメリットはあるからさ。東が得だと言うのも、微妙な差しかないしね』

まあ、ふわふわなら西側を選択しそうだとは思っていたよ。

 より多くのNPC砦の隣接を取れた方が、もし全部攻略出来た場合にはリターンが大きいしな。


 だけど、今、皇軍は戦争をしているから。

 大きくメリットを享受することより、極力、堅実に成果を上げたいと言うのが本当のところなんだよ。

 たぬ無双との戦争がいつ終わるか分からないのだからな。





『ところで、佐助さん……。一つ聞いても良いですか?』

『んっ、何? またオッサン将軍でも攻めて来た』

『あ、いえ……。オッサン将軍さんはお忙しいみたいで、あれから全然音沙汰ないです~ッ(汗)』

『何? また攻めて来て欲しいの?』

『それは嫌です~ッ(汗汗)。遠征に差し支えが出ちゃいますから~ッ。でも、書簡はまた欲しいです~ッ♪ 私、チャットでも佐助さんとしか話せないですし、他におしゃべりする人もいないので~ッ♪』

『あはは(笑)』

そうだよな。

 おまえ、独りぼっちで走ってるんだものな。


 たしかに独りで黙々と作業をこなすのは辛いよ。

 誰かと話でも出来れば気がまぎれるのも分かる。

 何だかんだ言っても寂しいんだろう?

 いくら楽しそうにやっているように振舞っていてもさ。


 聞きたいことって言うのは、そのことか?

 だけど、俺も俺で遠征をしなきゃいけないし、夜しかブラ戦にイン出来ないからさ。

 残念だけど、これ以上は無理だよ。

 我慢してくれ。


 もう少しで遠征も終るからさ。

 そうしたら、もうちょっとゆっくり話でもしよう。

 まだまだブラ戦で教えなきゃいけないこともたくさんあるからさ。


『あの……、実は、最近、報告書をチェックするのが楽しみなんです、私(汗汗)』

『報告書? ああ、戦闘報告ね、今やってる戦争の』

『ですです~ッ♪ たぬ無双同盟様と、皆さん楽しそうに戦っているじゃないですか~ッ♪』

『た、楽しそう?』

『えっ? 違うんですか? オッサン将軍さんも、戦闘は楽しいって仰ってましたよ??』

『ま、まあ、それは人によるね。それに、皇軍はこれから攻略に精を出さなきゃいけない。だから、あまり長い間戦ってはいられないって事情もあるんだよ』

『そのようですね~ッ♪ 先日、佐助さんとロック様で激論を戦わせていたのも、そのことですよね~ッ♪』

『う、うん……、まあ』

やはり遠征は孤独で寂しいのか。

 だから、戦争をやってるのが楽しそうに見えるのだろうな。


『それでですね……。私、ちょっと思ったんです』

『んっ?』

『戦争を早く終わらせる方法があるのかなあ……、って(ルンルン♪)』

『えっ? それってどういうこと? 今、戦っているのよりもっと良い策があるってこと?』

『ですです~ッ♪ 早く戦争を終わらせて、いっぱい攻略出来たら良いと思いませんか~ッ?』

『まあ、そんな策があるならやれば良いとは思うけど……』

『今の戦争の状態って、皇軍がたぬ無双の焦土戦術に引っかかっていますよね?』

『うっ⁈』

『それなら、急所を攻めるように方針を変更したら良いのではないですか?』

『……、……』

こ、こいつっ!

 戦況を見抜いてやがる。

 全然戦争に参加もしていないのに。

 それに、戦闘だって自身が攻められたことしかないのに……。

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