第9話 勝負の時刻

 動かないな……。

 俺はマップ画面を見ながら、ふとそう思う。


 宣戦布告されたから身構えたが、戦闘が始まっているのはふわふわの本拠のみ。

 他同盟との戦闘は報告書が届くシステムになっているので、領地のまくり合いもまだ行われてはいないのはたしかだ。


 たぬ吉が構えた村も、ロックの本拠に向かって突き進んでくるかと思いきや、今のところその気配もない。

 ……と言うか、宣戦布告したたぬ無双が動いていないのに、皇軍の領地がたぬ吉の村に向かって伸びているだけだ。


 向かっているのは、軍師のココイチ。


 ちっ!

 ココイチの奴、会議には参加してないくせに、戦争となったらすぐに動き出すのか。

 ゲームにインしているなら会議にも出ろよ。

 俺にばかりロックのお守を押し付けやがって。

 おまえも一応、幹部だろうがっ!


 そう言えば、外交官のサンジもいつの間にか守りを固めているな。

 他同盟の領地を旨く利用して、たぬ吉の通りそうなところは全部埋めていっている。


 このサンジって奴も何を考えているのか分からない。

 他鯖でも見かけないHNだし、俺は素性も掴めてはいない。


 ただ、会議には必ず顔を出すので、何かしら動いてはいるのだろう。

 領地の埋め方なんかも理にかなっていて、戦争慣れしているのが伺えるし、熟練者の感じはする。


 だが、外交官に任命される奴は、大抵、おしゃべりな者が多いのに、サンジは会議などでもほとんど発言した試しがない。

 俺が知っている発言でも、チャットルームに入ってくるときの、

「こんばんは……」

と、退出するときの、

「では……」

以外を見たことがない。


 そんなことで外交官が務まるのか、俺としてはかなり心配ではあるが、この皇軍は雑務のほとんどを茉莉が引き受けているようで、とりあえずは支障がないらしい。

 いや、正確に言うと、ロックは支障がないと思っている……、って感じだ。





「ココイチさん、良い動きをしているな。なあ、佐助さん?」

「ですね。とりあえずたぬ吉の拠点を排除してしまえば、ロックさんが攻められるおそれはありませんから」

「だよな。そうなれば、今度はこちらが一方的に攻めて、たぬ吉の本拠を落とせば戦争終結だな。ふんっ、驚かせやがってっ!」

「いや、それはどうでしょうか? そんなに旨くいくかな?」

「何だよ、佐助さん? 本物のたぬ吉ではなさそうなんだから、こんな戦争、早く終わらせるべきだろう?」

「ええ、まあ……。ですが、たぬ無双の動き方がちょっと気になるんですよね」

「どういうことだ?」

「戦争って、宣戦布告したらとにかく早く決着をつけたいものでしょう? それなのに、わざわざこんな遠征真っ盛りの時期に攻めて来るんですよ? 何か意図がありそうに感じるのは当然でしょう?」

「むっ? それもそうだな」

「それに、たぬ無双は15人しかいない。こちらは150人だ。それを考えれば、たぬ無双からすると明らかに長期戦は不利。時間が経てば経つほど、人数の違いが戦局に表れてしまう。だったら、猶更、たぬ吉の拠点は早い動きをするしかない」

「うむ……」

「宣戦布告して動かないのは明らかにおかしいですよ。どう考えても不自然だ」

「なるほど、佐助さんらしい見解だな」

俺らしい?

 いや、そこそこブラ戦が分かってる奴からすれば、こんなの当然のことだよ。

 そこに違和感や疑問が湧かないロックの方がどうかしている。


 時刻は午前1時15分……。

 ふわふわの本拠に着弾するまでにはもう少し時間がある。





「だけど、こうは考えられないか、佐助さん」

「こう……、とは?」

「あの偽のたぬ吉が初心者に毛が生えた程度で、たぬ無双に集った同盟員も皆、戦争なんてあまりしたことがない奴らばかりだとしたら説明がつくだろう?」

「ああ、まあ……」

「大体、この時期に仕掛けてくること自体、セオリー無視だろう? 17鯖は勝負鯖なんだからな。強い同盟が戦争で力を発揮するのは、しっかり地盤が固まった2期以降だ」

「それはそうですね」

「だったら、この時期に宣戦布告してくること自体が、たぬ無双の無能さを表していると思わないか? ……で、無能な同盟に達者な戦争が出来ると思うか?」

「……、……」

「どうせ、無課金の粋がった奴らが集まっただけの同盟だよ、たぬ無双は。しかも、浅はかときている。そんなハンパな同盟に、この鯖内で最大の皇軍が負ける訳がないっ!」

「まあ、そういう可能性もありますね。だが……」

「ふふっw。何だよ、佐助さん、ビビっているのか?」

「いや……」

「さっきは威勢が良かったのに、どうしたんだ?」

「……、……」

ちっ⁈

 ビビッていたのはおまえだろう、ロックっ!

 たぬ吉が偽物の可能性が高いことが分かったら、急に調子に乗りやがってっ!


 だが、俺には悪い予感しかしないんだよ。

 相手がセオリーにないことをやってくるときには必ず何らかの意図があると思うべきだ。


 たしかに初心者に毛が生えた程度の可能性もあるさ。

 だけど、それは諸々の情報が揃ってから判断すべきで、今は考え得る可能性を全て考慮すべきだろ。


 無課金の粋がった奴らが集まっただけ?

 どうしてそんなことが言い切れるんだ?

 例えば、先行している鯖でもうブラ戦内の基盤がしっかりと確立されている奴らが、新しいゲームのパターンを求めて利害無視の戦争同盟を作っていたらどうするんだ?

 おまえにはそんな可能性のかけらも考え付かないだろうがな。


 あと、俺が本当に心配しているのは、このたぬ無双同盟が、丸ごとダミーの同盟であることだ。

 つまり、複垢ばかりで構成されていて、本垢が集う同盟の便宜のために宣戦布告してきた可能性だ。


 もしそうなら、皇軍は罠に掛かろうとしているだろ。

 遠征を少なからず妨害されて、総大将に援軍を送らせることで同盟員達の動きを少しでも封じられるのだからな。

 活動的な奴ほど、デッキの中は常に武将カードで埋まっている。

 援軍に送った防御武将は、地味にデッキを狭くする。

 それが同盟員の活動範囲を狭くすることと同意で、皇軍に地味に効いてくるとどうして考えないんだ?


 まあ、ロックはすぐに戦争が終わるとしか考えていないのだから、他の可能性なんて思いつかないのかもしれないな。

 しかし、俺はそんな単純に局面を看てはいない。

 俺が考え付くことは、相手も考えている。

 だからこそ、いつもギリギリの勝負になるし、そもそも一方的な戦争なんて単なる作業であって、勝負とも言わない。

 それがブラ戦なんだよ、ロック。

 おまえが思っているより、ずっと奥が深いんだっ!





 時刻は1時半を回った。

 そろそろ、ふわふわの本拠に着弾する頃だ。


 もし、ふわふわが落ちたら、北ルートのリードは無くなってしまうだろう。

 せっかく、夜も寝ないで進んでいたと言うのにな。


 本拠が落ちると、マップ上にある領地の十分の一は落とした相手のものになる。

 つまり、落ちた奴の名声が減ってしまうのだ。

 ふわふわは遠征で名声を全部領地に替えてしまっている。

 だから、幾つかの領地は奪われるし、間違いなくこれから進む速度が落ちる。


 なるほどな……。

 ふわふわを狙った理由はそれか。

 遠征先のNPC砦の隣接を狙っているのかと思ったが、そうではなさそうだ。

 あいつが皇軍内で一番活動的だから、その動きに制約を与えて皇軍全体の利益を削ぐのが目的か。


 ちっ……。

 もし、俺の予想が当たっていたら、相手は相当なプレーヤーだ。

 こいつは用心して掛からなかったら、とんでもないことになる。





 01:32:30……。

 もうすぐ着弾だ。

 自分でデッキアップをする訳ではないのに、マウスを握る右手にじんわりとした汗を感じる。


 あと十秒……。


 九、八、七、六……。


 01:32:48……、着弾だっ!


 俺はすかさず戦闘報告の画面に切り替える。

 ふわふわっ! 落ちるなよっ!





「おおっ!」

「何だ? 佐助さん……。突然?」

「ふわふわさん、助かりましたっ!」

「な、何ぃっ?」

「デッキアップに成功したんですっ! 見事に差し込んでみせたんですよっ!」

「そ、そうか……。初心者のふわふわがなあ……。ふふっ、運の良い奴だなw」

運?

 ああ、運かもしれない。

 初心者がデッキアップに成功したんだからな。


「俺でも2割くらいしかデッキアップは成功しないのに、悪運の強い奴だよ」

「ロックさんは2割ですか?」

「ああ、そんなもんだ。だが、普通は大体そんなものだろう? 初心者だったら、1割以下の可能性しかないはずだ」

「……、……」

ちょ、ちょっと待てよ、ロックっ!

 たしかに時差無しのデッキアップは難しいけど、それでも2割ってどういうことだよ?


 普通が2割?

 おまえ、どんな同盟でやってきたんだ?


 俺が以前いた同盟では、それでも3、4割は成功させていたぞ。

 旨い奴なら、5割は超えるしな。

 まあ、7、8割の俺みたいなのは滅多にいないが、それでも各同盟に数人はいる。


 もしかして、ロックが今までやってきた同盟って、農耕同盟か?

 遠征だけはそこそこするけど、戦争は一切せずひたすら武将カードを育てることのみの、農耕民の集まりじゃないだろうな?

 だったら言ってくれよな。

 俺ももっと違うアドバイスの仕方を考えるからさ。


「まあ、でも、良かったじゃないか、落ちずに……」

「ですね」

「これでまた遠征に精が出せるな」

「は、はあ? 守らないと、また攻められますよっ! 隣接を取られたままなんだから」

「ふんっ! また、デッキアップで凌げば良いだろw。運が良ければまた助かるだろうからな」

「い、いや……」

「それに、次に衝車を撃たれる前に、籠城すれば良いだろう? あと、そろそろ領地の保護期間が終わるから、とりあえずまくれば良い。遠征に行かなきゃいけないから、本拠を囲うことは許さないけどなw」

「……、……」

ろ、ロックっ!

 てめえって奴はっ……!


 せっかく助かったって言うのに、ふわふわを見殺しにする気かっ⁈


 それに、籠城しろだと?

 籠城中は一切の攻撃が出来ないだろうがっ!

 だから、遠征だって一歩も動けないっ!


 五時間動けないってことがどういうことか分かっているのか?

 あいつが寝ないで進んでいた分が、後ろから来る同盟に追いつかれるってことなんだぞ。

 頑張ってい築いた成果が擦り減っていくってことだ。


 くそっ!

 見殺しになんか絶対にさせないっ!


 助かったのだって、たしかに運もあるよ。

 だけど、それ以上にふわふわの負けたくない気持ちが運を呼び寄せたんじゃないのか?

 熟練者の俺や総大将のロックに止められても、尚、負けたくない一心で俺に教えを請うてきたじゃないか。


 俺はそういうやる気のある奴を絶対に見捨てないっ!

 たとえ総大将の命令を無視してでも、助けてみせるっ!

 東ルートは他の同盟員に任せてでもなっ!





『助かっちゃいました~ッ(ルンルン♪)』

『そうだね、よく頑張ったねっ!』

『エヘヘ、私、運が良いんです~ッ(笑)』

『いや、運だけじゃない。負けたくないふわふわさんの気持ちが、少ない確率をそれでも多くしたんだ』

良かったな……。

 だけど、これで終わった訳ではないぞ。

 喜びに浸りたいのは分かるけどな。


『到着まで時間があったので、ずっと練習していたんです~ッ♪』

『練習? デッキアップの?」

『ですです~ッ♪ 佐助さんが説明して下さったデッキに上げるときのタイムラグがイマイチ分からなかったので、何度もやって確かめていました~ッ♪』

『ああ、なるほどね。それで、少しでも感覚が掴めた?』

『いえ……(汗)。実際にやってみないと分からなそうだと言うことが分かっただけで(笑)』

『あはは(笑)』

『でも、毎回ストップウォッチで測っていたら、大体、タイムラグは2.3秒位なことは分かりまして……』

『えっ? 練習の度に測っていたってこと?』

『はい~ッ♪ せっかく佐助さんが教えて下さったのですから、出来るだけのことはしようかなあ……、と』

『そ、そうなんだ……』

あれから一時間半はあったはずだ。

 きっとふわふわのことだから、その間ずっとストップウォッチで測りながら練習を続けていたんだろう。


 単純作業を続けるのって、結構辛いんだ。

 しかも、もう真夜中と言って良い時間帯だ。

 眠くなるだろうし、飽きもくるだろう。


 それなのに、ずっとやり続けていたなんて……。

 負けたくない……、の一心でさ。


 おい、ロックっ!

 おまえはこんな健気な同盟員を見捨てられるのか?

 俺にはそんな不人情なことは出来ないっ!

 そうじゃなきゃ、人としておかしいだろう?





『ふわふわさん……。喜びたいのは分かるけど、まだ安心できないぞ』

『おろッ? あ、そうですね、またオッサン将軍さんが衝車を撃ってくるかもですね~ッ(汗)』

『そうだよ。その可能性は大だ』

『だとしたら、どうしたら良いでしょうか? 私、助かると思ってなかったので、これからのことを全然考えてませんでした~ッ(滝汗)』

『大丈夫、俺が指示出しするから。だから、落ち着いて対応してくれっ!』

『は~いッ♪』

『まず、保護期間が明けているはずだから、ふわふわさんの本拠に隣接している敵の領地をまくるんだ』

『まくる? それってどうやるのですか?』

『あ、そうか……。まくるって言っても分からないか。えっと、遠征みたいにその領地を攻撃するんだよ。だけど、敵の領地には忠誠心があるから、攻撃が成功しても一回ではこちらの領地にはならない』

『ふむふむ……(メモメモ)』

『忠誠心が0になるとこちらの領地になるから、それまで何度も攻撃してくれ。まあ、向こうも先ほど領地にしたばかりだから、忠誠心はそれほど上がってはいない。二回も攻撃すればまくれるから、まずはそれをやってきて』

『了解です~ッ♪ すぐに行ってきます~ッ♪』

まくり終わるまでに衝車を撃つなよ……、オッサン将軍っ!

 急げっ、ふわふわっ!


 それにしても、戦闘報告のオッサン将軍の衝車部隊を見て驚いたよ。

 こいつ、明らかな課金者だ。

 しかも、重課金者に違いないっ!


 衝車部隊を率いていたのは、SR竹中半兵衛だ。

 SR竹中半兵衛のスキルは、拠点の耐久に120の追加ダメージを加えるというもの。

 つまり、衝車を1台でも撃ち込み、攻撃に成功しさえすれば121ダメージが与えられるってことだ。


 序盤の衝車は貴重だから、このSR竹中半兵衛のスキルは神スキルと言って良い。

 普通の拠点は総大将の本拠でも100を超えるなんてことはまずない。

 しかも、攻撃に失敗したところで衝車の被害は1台だけ。

 攻撃側からすれば、拠点を作ってすぐにまとまったダメージの衝車を撃てるチートカードだ。

 レアカード中のレアカードなのだ、SR竹中半兵衛は……。

 そんなものを持っている奴が、無課金の訳がないっ!





『あの~ッ、佐助さん?』

『何? 隣接はまくれた?』

『それが……』

『んっ? どうしたの?』

『今、まくろうと思ってマップ画面を見たんです』

『うん、それで?』

『そうしたら、隣接していた領地が無いんです~ッ(汗汗)。それどころか、私のお城まで続いていたオッサン将軍さんの領地も全部消えてるんです~ッ(汗汗)』

『はあ?』

ど、どういうことだ?

 オッサン将軍はどうして隣接を解消しちまったんだよ?


 まあ、隣接以外の領地を即破棄することは結構あるんだ。

 名声の数は限られているからな。

 他の有効なところに使うために、遠征のように取得してすぐに破棄することはよくある。


 だけど、そんな場合でも敵の本拠の隣接は残しておくものだ。

 本拠を落とし損なったときに撃ち直すことも出来るし、48時間の配下保護期間が明けたときに、落とし返しを阻止するための拠点を作れるから。

 名声1以上の価値があるから、よほどのことが無い限り破棄なんてしない。


 だとすると、ミスか?

 他の領地を破棄する時に、誤って一緒に破棄してしまったとか……。

 うん、そうかもしれない。

 それくらいしか、可能性が考えられない。

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