第8話 疑惑の同盟

 な、何だとっ?

 自力で何とかしたいだって?


 ふっ、ふふっ……。

 良い態度だっ!


 そうだよな、黙って負けを受け入れる必要はない。

 精一杯あがいて、結果、落ちたとしても、それなら納得がいくってもんだな。


 ふわふわって素直だけど、茉莉のように盲目的に従順なわけではないんだな。

 何て言うか、とりあえず自分で何でも考えているようだ。

 だから、考える材料を与えれば率直に自身の中に取り込むし、状況もかなり正確に把握しているみたいだ。

 その上で自分なりの考えを持っているのか。


 こういう奴、今時はあまりいないんだけどな。

 会社の田中も、ふわふわの十分の一でも良いから俺の話を聞けば、取引先に激怒されるなんてこともなかっただろうに……。


 うん、良いよ。

 やるだけやってみるがいい。

 それでダメなら、俺が必ず落とし返してやるから。


 俺……、こういう奴、好きだな。

 男でも女でもさ。


『ふわふわさん、あまり時間がないから手短に説明するね』

『おろッ? 抵抗しても良いのですか?』

『良いも悪いも、どうせふわふわさんはやってみるんだろう?(笑)』

『エヘヘッ♪』

『だったら正しくやった方が成功率が上がるしさ。それに、ふわふわさんが差し込みをしたって、誰の迷惑になる訳でもないのだから、やるだけやった方が良いでしょ』

『ですです~ッ♪ 私、トロいですけど、結構、運は良い方なんです~ッ♪ だから、今回も何とかなってしまう予感がするんです~ッ♪』

おいおい……、状況はそんなに楽観出来ないぞ。

 まあ、でも、ポジティブなのは悪いことではないけどな。

 ピンチの時に笑っていられるメンタルも、意外と頼もしいしな。





『差し込みは、いくつか方法があるんだ。だけど、今回使えそうなのは一つしかない』

『ふむふむ……(メモメモ)』

『デッキアップと言って、殲滅部隊と衝車部隊の間に防御武将をデッキに上げる方法なんだ』

『えっ? もしかして、それだけですか? もっと複雑な手順があったりしないのですか?』

『複雑な手順も、特殊なテクニックも何もないよ。だけど、タイミングが物凄くシビアなんだ』

『なるほど……。到着と同時にデッキに上げないといけないからですね?』

『そうなんだ。試しにやってみると良いけど、デッキに上げるを選択した瞬間に、僅かだけどタイムラグが発生する。つまり、クリックした時と実際にデッキに上がった状態の間には時差があるんだ』

『ふむふむ……(メモメモ)』

『それと、到着時間の正確な表示を別ウインドウに出しておく必要がある』

『あ、それは分かります~ッ♪ デッキに上げる画面には何処にも時間表示がされていませんものね~ッ♪』

『そう……。だから、大抵の奴はブラ戦の画面を二つ表示させ、一つにはゲーム内時計、もう一つにはデッキアップ直前の画面を表示して待ち構える』

『ふむふむ……(メモメモ)。意外と簡単そうですね~ッ♪ それなら成否はともかく私にも出来そうです~ッ♪』

成否はともかく……、って。

 ただやるだけじゃ意味が無いだろ。


 どうせやるなら絶対に成功させる気でやれよ。

 そうは言ってもかなり成功率は低いけどな。


『だけど、俺はそのやり方ではデッキアップをしない』

『えっ? どういうことです?』

『今言った方法は、よほど性能の良いパソコンでないと成功しにくいからだ』

『うん? すいません、良く分からないです~ッ(汗汗)』

『と言うのも、ブラ戦内の時計は秒単位まで示しているけど、それは自分のパソコンに表示されている時刻とサーバーで正確に測られている時刻にずれが生じているからなんだ』

『あ、だとすると、私のパソコンだと危ないかもです~ッ(汗汗)。モバイルなので動作環境が良くないです~ッ(涙)』

『そう言っていたよね。ずれはパソコンの性能によって千差万別。場合によっては数十秒も違っていることもあるんだ。だから、他の方法を推奨しておくよ』

『えっ? 他にも方法があるのですか?』

『ああ、凄く良い方法がある』

『助かります~ッ♪ 私が普通の方法でデッキアップをやっていたら、絶対に成功しなかったですね~ッ♪』

特別だぞっ!

 この方法はあまり知られてないんだけど、一生懸命さに免じて教えてやる。


『二つの画面を用意するところまでは同じだ。だけど、ゲーム内時計の方は表示させず、他の時計を使う』

『他の時計ですか?』

『ああ……。標準時で検索してごらん』

『あ、ちょっと待って下さい。今、やってみます』

『検索すると、標準時を常に報せるサイトがトップにあるだろう?』

『あッ、あります~ッ♪』

『それを別ウインドウに用意して使うんだ。ゲーム内時計と違って、常に正確で誤差も生じにくいからさ』

『了解しました~ッ♪』

『あと、デッキアップ直前の画面も、表示させてからあまり時間をおかない方が良い』

『あ、それも誤差が生じるからですか?』

『そう。ただ、この誤差はそんなに大きくないから、差し込む時間の一分前くらいに表示させれば大丈夫だと思う』

『ふむふむ……(メモメモ)』

『以上がデッキアップの仕方だ。何か質問はある?』

『その……、コツみたいなのは他にありますか?』

『コツか。あまりないけど、敢えて言えば、デッキに上げるクリックのタイミングを覚えることかな。だけど、これは実際にやってみないとなかなか掴めないと思うけどさ』

『ですか……。でも、凄く参考になりました~ッ♪ とりあえず、自分なりにやってみます~ッ♪』

まあ、やってみろ。

 万が一にでも成功したら大儲けなんだからな。


『あ、そうそう……。あと、もう一つ時間があったらやってみると良い』

『はい? 他にも何か良い方法がありますか?』

『あ、いや……。これはそんなに良い方法とかってことではないんだけど、一応やっておいて損はないからさ』

『は~いッ♪ 出来ることは何でもやります~ッ♪』

『うん……。櫓があるだろう?』

『はい~ッ♪ 私は全然育ててないですけど~ッ(笑)』

『その櫓のレベルを出来るだけで良いから上げておくと良い』

『ふぇ?』

『櫓のレベルが上がると城の耐久が上がるんだ。今はレベル1で耐久が15だろうけど、レベルが一つ上がる毎に耐久が15ずつ上がるからね。今は資源もないだろうしレベルを上げている時間もないから、せいぜいレベル3までしか上げられないだろうけどさ』

『あ、もしかして、それって相手の衝車の数が少なければ助かっちゃうってことですか?』

『そういうこと。衝車は1台で耐久が1ダメージだからね。兵器のスキルが何もない場合には15台分のダメージで城が落ちる。今はまだ資源があまりないはずだからね。向こうもそんなに衝車の台数を揃えている訳ではないだろうから、とりあえず櫓のレベルを上げておくことは有効なんだよ』

『了解しました~ッ♪』

『まあ、ただ、相手が旨かったりすると、耐久の上限を読んで攻めて来たりするから、必ずそれで何とかなる訳ではないけどさ。それでもやらないよりはマシって話だよ』

『ですね~ッ♪ 教わったことは全部やっておきます~ッ♪』

『それと、到着時間の正確な時刻を教えておいてくれる? 暇があったら俺もチェックしておくからさ』

『は~いッ♪ 01:32:48です~ッ♪ では、作業に取り掛かります~ッ♪』

健闘を祈るよ。


 ただ、出来れば落ちるな。

 落ちてしまうと、またロックが理不尽なことを言い出しかねないからな。

「初心者なんて、戦力にならないから後回しだっ!」

とかって、すぐに言い出しそうだからさ。





「茉莉っ! 同盟員に開戦を報せる書簡は出したか?」

「はい、先ほど出しました」

「自分の本拠の周りにたぬ無双同盟の同盟員がいないかチェックすることと、足場になりそうな向こうの領地を消すことも書いたか?」

「はい。もし足場があるようなら報告するように申し添えてあります」

「報告はあったか?」

「いえ、まだありません。同盟員で敵襲をかけられているのも、ふわふわさんだけのようです」

おい、ロック。

 他の同盟員より、おまえの本拠周りはどうなんだ?

 一番狙われやすいのは、間違いなく総大将の本拠なんだからさ。

 おまえが落ちれば、皇軍全員が配下だぞ。


「佐助さんっ! 佐助さんはいるか?」

「いますよ……」

「ちょっと深刻な話をするんだけど、手は空いているか? まさか、佐助さんも攻められたりしてないだろうな?」

「ああ、俺は大丈夫です。それより、ロックさんの周囲は大丈夫ですか? 向こうも宣戦布告するくらいだから、当然、近くに拠点を構えている可能性が高いでしょう?」

「俺の周りは幹部で固めてあるからな。20マスほど向こうにたぬ無双の総大将の拠点があるけど、とりあえず周囲の領地を今取得したばかりなので、すぐには近寄れない」

「ですか。でも、領地の保護期間は三時間ですから……。それが明けたら油断出来ませんね」

「だから、一応、領地の保護が明ける二時間後には籠城を設定してある。まあ、ないとは思うが、万一に備えてな」

「そうですね、相手の素性が知れないので、用心に越したことはないですね」

籠城ねえ?

 まあ、籠城すれば、五時間は武将カードや兵の防御力が上がるし、その間は衝車のダメージは受けないからな。

 安全と言えばそう言えなくもない。


 だけど、籠城は一日に一回だけしか使えない。

 一回使うと、その二十四時間以降にしか再設定できないし。

 しかも、籠城に入る時刻の五時間以上前に設定しなきゃいけないから、今籠城を設定するのが正しいとは限らないけどな。

 時間をずらして衝車が着弾したら、何の意味もないしな。


 だから、俺としてはちょっとビビり過ぎな対応に感じるんだよな。

 衝車を撃たれなければ城は落ちないのだから、隣接されなければ籠城の必要はない。

 たぬ無双側の拠点が20マス離れているとすれば、衝車の機動力は3なので、場合によっては隣接されてから籠城を設定しても間に合うしさ。

 兵器の機動力を上げるスキルを持った武将もいるから、必ずそれで大丈夫な訳ではないけど、少なくとも向こうが領地をまくり出すまでは籠城の設定は必要ないんだがな。

 まあ、もし、領地をまくり出したら、それからロックに籠城設定を変えさせれば良いか。


「ロックさん、援軍はどうなってますか?」

「あ、いけねっ⁈ 援軍のことを忘れていたっ! さすがに佐助さんだ、すぐに手配するよっ!」

「あ、それなら、遠征に参加している者は免除してやってくれませんか? デッキがフルに使えないと、遠征が止まってしまいますから」

「うん? まあ、そうか。安全第一かと思ったが、遠征を止めるほどではないな。了解だ、早速、茉莉にまた書簡を書かせる」

おいおい……。

 まだそんなことにも手がついてないのか。


 妙にビビッてるかと思えば、肝心のところが抜けているし、頼りない総大将だな。


 だが、ロックは防御スキルに特化した武将カードを多々持っているからな。

 援軍が入ればまず落ちることはないだろう。

 その点だけは安心できるし間違いない。





「それはそうと、本題に入るんだが……」

「ああ、深刻な話って何ですか?」

「佐助さんはたぬ無双の同盟詳細を見たか?」

「いえ、まだですけど……」

「そうか、では是非、今、見てくれ」

「はあ……?」

同盟詳細?

 まあ、相手のことを知らなかったら正しい戦略は練れないからな。

 見るのは良いけど、それがどうしてそんなに深刻なんだ?


「見たか?」

「ええ、見ました。なるほど、総大将ですね、問題は?」

「そうなんだよ、さすが佐助さんだ。俺の言いたいことが分かったみたいだな」

「ええ……。総大将のHNがたぬ吉ですか。もしこれがあのたぬ吉だとすると、ちょっと拙いことになりましたね」

たぬ吉か……。

 たしかにこれは深刻だ。

 皇軍は厄介な奴を敵に回してしまったな。


「たぬ吉さんと言えば、1鯖の最強同盟でずっと総大将をやっていたお方だ。話したことも同鯖内で接触したこともないから噂でしか知らないが、相当やり手な総大将だって噂じゃないか。攻めて良し、守って良しのオールラウンドプレーヤー……。しかも、同盟内の人望も厚く、人脈も相当なものがあると聞く。ブラ戦内の伝説の総大将と言って良い」

「ですね……。俺もたぬ吉の噂は知ってますよ。それに、少しですが話したことがある」

「そうか、さすが佐助さんだな。俺も一度はちゃんと話してみたかったんだが……」

「戦争もですけど、外交も巧みなんですよね。開戦前には外交的な諸々の条件を有利に運んでおく手腕もある」

「そうか、そんなに凄いのか。……で、分かるだろう? そんなたぬ吉さんが、皇軍に攻め掛かって来たんだ」

「ああ、それで必要以上に警戒しているのですね?」

なるほどな。

 そういうことか。

 どうりでビビってるわけだ。


「い、いや……。必要以上に警戒している訳じゃないっ! だが、とりあえず最大限の注意は必要だと思わないか? あのたぬ吉さんだぞっ!」

「うーん……? それはどうかな?」

「佐助さんは、そんなに警戒する必要はないって言うのか? だが、それはあまりにも不用心では?」

「いや、たぬ無双のたぬ吉が、本当にあのたぬ吉なら警戒すべきなんですけど……」

「んっ? それはどういう意味だ?」

「あのたぬ吉がこんな戦争の仕方をしますかねえ……? 1期が始まったばかりですよ、今は……。その時期に、後々にメリットの無さそうな戦争を、優秀なプレーヤーがするとは思えないのですが?」

「つまり、それは、たぬ無双のたぬ吉が、偽物ってことか?」

「まあ、おそらく……。その他にも根拠が三つあります」

「うん、そうか。説明してくれっ!」

「一つ目は、たぬ無双同盟の同盟員が少なすぎることです。今、見ましたけど、同盟員が15人しかいませんよね?」

「むっ? そう言えばそうだな」

「たぬ吉の名は有名です。それに人脈だって相当なものだ。彼が一声掛ければ、50人や100人は集まって不思議はない。それなのに15人しかいないのは不自然ですよね?」

「なるほどなっ!」

「二つ目は、俺が聞いた話では、たぬ吉はかなり前から1鯖の総大将を降りているそうです。心血注いだ勝負鯖の1鯖で総大将を降りたのは、仕事の関係だったらしい。一応同盟内にはいるそうですけど、ほぼ放置状態だとか。だとしたら、17鯖だからと言って突然復帰するかなあ……、と」

「うむ、もっともだ」

「三つめは、たぬ吉は奇襲が嫌いなんです。戦争をする時は、予め宣戦布告し、突然襲うなんてことは絶対にないんですよ」

「そうなのか。だが、今回もとりあえず宣戦布告してから開戦しているが……」

「いや……。開戦の前日には必ず相手同盟に宣戦布告の書簡を送りつけます。そうじゃないとフェアな戦いが出来ないからなんだそうです。よほど持ってる武将カードと自同盟の同盟員を信頼しているのでしょうね。まあ、だからこそ人望があるんですよ、たぬ吉は……」

HNは早い者勝ちだからな。


 もし本物が17鯖に登録して存在していたって、偽物がいち早くたぬ吉を名乗ってしまえば、この鯖では偽物がたぬ吉だ。

 俺みたいにすぐに疑惑を持つ人がいるだろうから、分かる人には分かるだろうが、本物に接点の無い奴を騙して同盟に引っ張り込むつもりなら、偽物がたぬ吉を名乗るメリットはある。

 だから、俺的には相当な確率で、たぬ無双のたぬ吉は偽物だと思うんだが……。


「では、佐助さんは、偽物だと確信しているんだな? だから、そんなに警戒する必要はないと?」

「い、いや……。俺だって断言は出来ないですよ。たぬ吉のリアルを知ってる訳じゃないんですから。ですが、警戒のし過ぎは戦略を誤らせるおそれがあります。ですから、色々な可能性を考えて対応すべきだと言っているだけです」

「そ、そうか……、分かった。佐助さんの言う通りだなっ! ふふんっ、偽のたぬ吉か。小癪なことをしやがってっ!」

「いや、だから、まだ決まった訳では……」

「いやいや……。貴重な情報をもらったよ。さすが佐助さんだっ!」

「……、……」

ちっ⁈

 言うんじゃなかったか?


 ロックの奴、妙な自信を持たなきゃ良いんだけど……。

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