第5話 孤立

「佐助さんっ! それ、本当か?」

「ええ、先ほど確認してきました。間違いなく5か所目の隣接を取ってます」

ふわふわの走りっぷりはなかなかのもんだよ。

 今さっき、NPC砦に隣接したと思ったら、すかさず次に一番近いNPC砦に向かって走り出しやがった。


 会議があまりにグダグダなので、仕方がないから俺からロックに教えてやるしかないと思って伝えたのだが……。


「そうか、北ルートを走っていた奴がいたのか。それで、何人でルートを組んでるんだ?」

「ルートと言うか……」

「何だよ、言えないのか?」

「いえ、一人で走っているだけなので……」

「ひ、一人だと?」

「ええ……。ロックさんは覚えていませんか? 一昨日、遠征について説明を求めてきた初心者の子がいたのを」

「ああ、あの失礼な奴か。人がせっかく話していたのに、度々、横から入ってきやがった」

「そうです。その、ふわふわさんです」

「そのふわふわが一人で走ってるのか? じゃあ、何で隣接したら掲示板に書き込まない?」

「それが……。ふわふわさんは初心者なので、遠征の仕方も良く分かってなかったもので。俺がとりあえず教えたのですが、報告することを教え忘れてしまって」

「教え忘れた?」

「ええ……。とりあえず進み方を教えただけだったもので、まさか一人で隣接するとは思わなかったのもあります」

そりゃあ、誰だってそう思うだろうよ。

 あいつはカワイイ武将カードを集めたいって言ってたんだからさ。

 まさか、一人前以上に遠征をするとなんて、誰が思うんだ?


「まあ、初心者と言えども、遠征するのは当然だな。それは皇軍に所属している以上義務だ」

「そうですが……。でも、一生懸命やってると思いますよ、俺は」

「佐助さん、初心者だからと言って、甘やかさないでくれよ。義務をこなすのは当たり前だし、それが出来なきゃ除名だからな」

「いや、義務以上にやってます、ふわふわさんは」

「義務以上? 甘いな……、佐助さんは」

「だったらマップで確認して下さい。他同盟を引き離して、ブッチギリの先端を走ってますから」

「な、何ぃ?」

「後続との距離が50マスはありますから……。俺ら東ルートが束になったのより早いペースで走ってますよ」

ふんっ、幹部なら自力でマップくらい確認しろ。

 そんなこともしないから、誰がどれくらい頑張ってるかも分からないんだよ。


 他の地域を確認した訳ではないが、多分、ふわふわは今、この17鯖で一番先頭を走ってる。

 皆が勝負鯖だと思ってる、この17鯖でだぞ。


 ロック……。

 それがどういうことかおまえに分かるか?


「今、見てきたよ。たしかに他の同盟は来てないな」

「そうでしょう? これでも最低限の義務をこなしているだけだと言いますか?」

「まあ、頑張ってるのは認めてやるよ。だが、ここで甘い顔をすればつけあがるだけだ。良いんだよ、ちょっと厳しいくらいで」

「ですが……」

「それに、遠征が出来るのなら何故、茉莉が引いたルートに参加しないんだ? 遠征募集の書簡だって何通も届いているはずだろう?」

「ああ、それは俺が指示したんです。ふわふわさんの本拠は北東と北西の境目……。だから、北東ルートに飛ぶよりも手間も時間もかからないので、そのまま北を目指すように言ったんですよ」

「ちっ⁈ 佐助さんともあろう者が……。分かってないな」

「はあ? 何のことです?」

「遠征で一番大事なのは北東ルートだよ。中央を制することが北東地域全体を制することにもつながるんだ」

「そ、それはそうですけど……」

「だったら少しでも戦力になりそうな奴がいたら、北東ルートに行かせるべきだろうが。あんた、参謀をやってるのにそんなことも分からないのか?」

「い、いや……」

けっ!

 何を言ってやがるっ!


 さっきまで遠征で全く展望がなく、怒鳴るしか能が無かったくせに。

 可哀想だから報告してやったら、俺にまで八つ当たりしやがって。


 それに、ふわふわは一人だから速いのが分からないのか?


 ルートで走るのは一見、効率が良く最善の方法に見える。

 だが、それは期が重なって、速度武将が完備されたときのことだ。

 拠点から10マス離れていても、ルートの誰もが二、三分で到着するような状況なら複数の方が速いが、今は隣に行くのだって三、四分かかるんだ。

 騎馬武将だって10マス離れたら三十分以上かかるのに、連係しても効率良く進められる訳がないだろ。

 拠点は破棄するのに三時間しか猶予がないんだからな。


 俺が東ルートに入ったのだって、誰か幹部が行動で示さなかったら皆が動かないからで、効率重視なら一人でもそんなに速度が変わらないのは分かった上でやってるんだよ。

 他の連中は初心者じゃない分、連係することに慣れてしまってるのもあるから、他の方法で遠征をしようとなんてしないからな。

 そもそも、作業効率なんて考えてもいない可能性もあるから、奴等は漫然と覚えた作業をこなしているだけだ。


 あいつだけだよ。

 一生懸命考えて、真面目に走ってるのは。

 そんなふわふわをおまえが批難出来るのか?

 ロックっ!





「ちょっと良いですか? ロックさん」

「何だ、茉莉?」

「そのふわふわさんのことなんですが……」

「どうした? 何かあったのか?」

「それが……。私が何度書簡を出しても、返事もないのです。遠征などの活動に従事している人とは連絡が取れていますし、今は動けなくても同盟に協力的な人は、最低でも書簡の返事くらいはくれています」

「まあ、当然だな。幹部の連絡に反応するのは礼儀ってもんだ。同盟に参加させてやってるんだからな」

「私も長い間ブラ戦をやっていますから、書簡の返り方で同盟員のやる気を測るところがあります。おざなりな返信よりは、やはりキチンとした返信をくれるような人の方がやる気がありますし、時間が経ってから返信をくれる人よりはすぐに返信をくれる人の方が活動的で同盟に協力してくれます」

「そうだな。もっともだよ」

「ですが、活動的なのに返信をしてくれない人と言うのは……」

「何だ? もったいぶらずに早く言えっ!」

「その……。こんなことは言いたくないのですが、スパイや同盟を乗っ取ろうとしている人に多い傾向でして……」

「ああ、そうだな。それはあり得る」

な、何だと?

 ふわふわがスパイだと?


「ちょ、ちょっと待ってくれ、茉莉さん。それはちょっと言い過ぎだろう?」

「あ、いえ……。ふわふわさんが必ずそうだと言っている訳ではないのですよ、佐助さん」

「だけど……」

「いえ、聞いて下さい。私だって頑張っていそうな彼女に難癖をつけたい訳ではないのです。しかし、もし、少しでもその可能性があるのなら、ケアしておかなかったら後々大変なことになりますから。ですから、敢えて今、申し上げたのです」

「まあ、たしかに、ブラ戦ではスパイや乗っ取りなんて日常茶飯事だよ。特に、スパイなんてのは複垢を作ればやり放題だしな」

「ですよね」

「だけど、茉莉さん……。あなたは今まで遠征に積極的なスパイなんて見たことがありますか? それも、他の同盟をあんなに引き離すほどの活躍をしているスパイを……」

「そ、それは……。たしかに見たことがありません」

「だよな。遠征は時間も手間もかかる。だから、本垢でも動かないといけない状況で複垢なんかに手はかけられないよ。もちろん、片手間に遠征が出来るようになる5期や10期ならそれも微かにあり得るけど、今は1期だからさ」

「……、……」

「それに、俺はふわふわさんに遠征の仕方を基礎の基礎から教えたんだ。経験者があんな説明を聞いていたら眠くなって反応すらしなくなるよ。だけど、ふわふわさんは一々メモって、分からなければその都度質問までして聞いていたんだよ。だから俺は、先端を走っていることすら信じられないくらいなんだよ。間違いなく初心者なんだからさ」

「……、……」

ちっ⁈

 都合が悪くなるとすぐに黙りやがる。

 黙るくらいなら下らないことを言ったりするんじゃねえよっ!


「ですが、佐助さん……」

「まだ、何かありますか?」

「ふわふわさんが書簡に返信してこないのも事実なんです。私は文面で、返信がない場合は除名の対象になります、とちゃんと書きました。それについてはどう考えれば良いのでしょうか?」

「そ、それは……」

くっ……。

 実は、俺もそれについては不可解だったんだ。


 俺も茉莉の書簡は読んでいる。

 まあ、同盟全体に届く書簡だから、当然だけど……。


 その書簡には、たしかに除名について書かれていた。

 返信無しや放置プレイは同盟の害にしかならないし、ロックがうるさく言ったから茉莉も書いたんだろう。

 それは認めるよ。


 だけど、ふわふわにも何かあったんだろうよ。

 俺にも良く分からないけどさ。

 遠征に忙しかったか、自分はもう参加しているから問題ないと思ったのか……。

 何れにしても、ちゃんと同盟の方針通りに動いているんだから、読んでないことはないだろう。





「それと、もう一つ佐助さんには申し上げねばなりません」

「もう一つ?」

「はい……。今、同盟掲示板を見ましたが、包囲依頼のスレを立てられましたね?」

「ああ……。幹部じゃないと掲示板にスレは立てられないから、俺が立てたよ。必要だと思ったからさ」

「ですが、今は遠征に行く人を募っているところです。包囲は飛んでいけばすぐに出来てしまいます。そうすると手間のかかる遠征に参加する人が少なくなるので、だから私は立てないでいたのです」

「そ、それは、悪かった。だけど、ふわふわさんのところはすでに5つも隣接しているんだよ。このまま放っておくと近い内に他同盟との競合になってしまう。ふわふわさんに囲わせたら遠征が止まってしまうから仕方がなく立てただけなんだ」

「佐助さん……、それは分かっています。ですが、同盟の方針と言うものがあります。総大将のロックさんは北東ルートを重視なさっているのです。それはあなたも御存知でしょう?」

「ああ、分かってるよ。ただ、ふわふわさんは未知数だったんだ。俺だってこんなに頑張るとは思っていなかった。それに、現実に北東ルートは閉ざされているじゃないか。それに較べてふわふわさんの北ルートは他同盟を引き離した先端にいる。だったら、これからどちらに力を入れるべきなのかは明白じゃないのか?」

「では、北東ルートを諦めろと仰るのですか?」

「い、いや、そうは言ってはいない。だけど、せっかく隣接しているのだから、しっかり包囲してとりあえずNPC砦の数を確保した方が良いと思ったんだよ。開始当初とは状況が変わってしまったんだからさ」

ゲームなんてものは、機を見て敏な奴しか良い想いは出来ない。

 だから、状況次第で臨機応変に動いて何が悪い。


 大体、おまえらは遠征に出てもいないだろうが。

 現場に行きもしないで、知ったようなことばかり言ってるんじゃねえよっ!


 それに、茉莉っ!

 おまえ、さっき、北東ルートは二人しか募れなかったって言っていたよな?

 だったら、これから呼びかけて何人が北東ルートに参加すると思ってるんだ?

 無理矢理連れてきたって、せいぜい五人も集められやしないのに、まだ力を入れようとしているのかよ。

 やる気のない同盟員ばかりだというのは、もう分かっているのに。


 だったら、せめて包囲でもやらせて、少しは遣うのが得策ってもんだろうよ。

 このままなら、放置プレイかぶら下がってるだけになるのが目に見えてるんだからさ。

 遠征に行く奴も、包囲をする奴も、領地を取得するのに消費する名声は1つで変わらない。

 だから、極力、動きの鈍い同盟員に包囲をやらせるのはブラ戦の常道だろうが。

 包囲はNPC砦を攻略するまで名声を埋め込んだままになるんだからな。





「二人とも、言い分は分かった。だが、ここは総大将の俺の方針に従ってもらう」

「えっ?」

「佐助さん……。あんたには悪いが、ふわふわにはこのまま一人で遠征をさせて、包囲もスレを使うことを当面禁じる」

「な、そんな、バカなっ!」

「まあ、聞け。同盟なんてものは、秩序が第一だ。それを乱す者は多少動いていたとしても、優遇するわけにはいかない」

「……、……」

「茉莉は補佐として俺の言う通りに動いているだけだ。皇軍の秩序を第一に考えて行動しているんだ。身勝手な平同盟員とは行動の重みが違うんだよ。分かってくれるな?」

「……、……」

「それに、包囲スレも、他のルートが軌道に乗れば解禁するから心配するな。ほんの短い期間のことなんだからな」

「……ですか。分かりました、皆がそう言うのなら仕方がないですね」

くそっ!

 何も分かってないくせにっ!


 ほんの短い期間だと?

 他同盟を案山子か何かだと思っているのか?


 誰が囲いもせずに隣接しただけになってるNPC砦を放っておくんだよ。

 しかも、これからまだまだ隣接が確実に増えるって言うのに。


 こいつら、アホか?

 何が秩序だっ!

 実力が全てだろうがっ!

 成果がすでに出ていることを保護して何が悪いっ!





「あ、あのォ~ッ? もしかして、私が何かミスでもしたでしょうか~ッ?(汗)」

「ふ、ふわふわさんっ!」

「すいません、佐助さん……。何か、ご迷惑をおかけしているようで(涙)」

「い、いや……。そんなことないよ。俺は思ったことをそのまま言っていただけなんだからさ」

聞いていたのか?

 じゃあ、さっきから罵倒同然のことを言われていたことも……。


「今、拠点の廃棄が終わったところなんです~ッ♪ なので、ちょっとだけチャットルームに寄ろうかと思いまして」

「ふわふわさん、ちょうど良かったわ。私もあなたに聞きたいことがあったから」

「おろッ? 補佐の茉莉様ですね。お初にお目に掛かります~ッ♪」

「お初? 私は何度も書簡をしているのに、お初とは何ですか? もしかして、バカにしていますっ⁈」

「あ、いえ、そんなつもりは全然ないです~ッ(滝汗)。それに、書簡っていつ届いたんですか? 私、一度も見てないのですが……(汗汗)」

「一度も見てない?」

「はい……? と、言うか、書簡って何処で見られるんですか?」

「は、はあ?」

そ、そういうことか。

 初心者だから、書簡がどう届くのかが分からなかったんだな。


 くすくす……。

 そうだよな、言われなければ分からないかもしれないな。

 それはそれで仕方がない。


「ふわふわさん、ゲーム画面の左上を見てごらん」

「左上ですか? はい、見ました~ッ♪」

「そこに、書簡って文字がピカピカ点滅してないかい?」

「書簡? うーん、私、モバイルノートでやっているので、画面が小さいから良く分からないんです~ッ(汗汗)。あ、でも、たしかにピカピカ点滅してます~ッ♪ あ、これ、書簡って書いてあったんですね~ッ♪」

「そう、それ……。そこをクリックしてごらん」

「は~いッ♪ おおッ(驚)。メールみたいなのがいっぱい届いてます~ッ♪ あ、茉莉様からお手紙がいっぱい……」

「それが書簡だよ。分からなかったのだから仕方がないけど、これからは書簡が来たらちゃんとチェックしてね。重要な用件もいっぱいあるからさ」

「佐助さん、了解しました~ッ♪ すいませんでした、茉莉様~ッ(汗)。これから返信しますのでお許し下さいませ(汗汗)」

やはりそういうことだったか。


 なあ、言っただろう、茉莉。

 こんな書簡がどう届くかも分からない奴が、スパイだと思うか?

 どう考えても単なる初心者じゃないか。


 まあ、ただ、遠征をしっかりやる、頑張り屋の初心者だけどな。

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