第3話 堕落と希望

「じゃあ、幹部会議を始める」

「……、……」

「まず初めに、遠征状況を説明してくれ。茉莉、どうなってる?」

「はい……」

ロックの奴、突然、会議をやるってどういうことなんだよ?

 気軽に呼びつけやがって。


 今日の俺はちょっと機嫌が悪いんだ。

 仕事で部下がミスをやらかして、上司が全部それを俺のせいにしやがった。

 だから最初から言ったじゃないか。

 二年目の田中には荷が重いって……。


 それなのに大事な取引先を任せたのは、部長の責任だろうがっ!

 大体、田中が今まで順調に仕事をこなしていたように見えたのは、係長の俺が全部フォローしていたからだ。

 そのくらいのこと、部長なんだから分からない訳がないだろ。


 ……と、言うか、そんなこんなで仕事でもイライラが溜まってるんだから、ゲームくらいは気楽にやらせてくれ。

 帰りの電車でモバイルを開いたら、すかさず呼び出しとかダルくて仕方がない。

 まあ、さすがにそのままインするのは嫌だから、帰宅してからにしてもらったけどな。


「東ルートは、NPC砦への隣接が2で、包囲は0。南東が本拠のどっキングに先を行かれていまして、枝ルートに方向転換しました」

「枝ルート? 先端で競り合いに持ち込めないのか?」

「20マス前後の差がついていますので、かなり苦しいかと」

「20マス? なんで、そんなに差がつくんだ? こっちは7、8人で行ってるんだろう?」

「佐助さんが指揮を執っていてこちらもそれほど遅くはないのですが、日中に差を付けられました」

「そうか……」

仕方がないだろう?

 社会人は昼に遠征なんか行っていられないんだからさ。


 ルートに参加した奴等だって、皆、昼はNGだ。

 そんな、ゲームばかりやってる奴はいねえよ。


「だが、枝に入ったにしても、二日間で隣接が2ってのは少なすぎないか? なあ、佐助さん?」

「そうなんですが……。昨晩遅くまで競り合っていたので、その時は相手にガードされていたのです。ただ、どっキングから離れた枝ルートに入っていますので、これからはもう少し隣接も包囲も増えるかと。極力、競合にならないように気を付けますが」

「まあ、これから頑張ってくれ。どっキングは南東がメインの同盟だから、北東側に伸びればそこそこ行けるだろうからな。東ルートはかなり重要なんで、頼んだぞ」

「了解です。やれるだけやりますよ」

ふんっ。

 幹部で遠征に参加してるのは俺だけだろうが。

 他の奴らは皆、衝車作りと称してサボってるだけだろ。


 どうしてちゃんとやってる俺が何もやってないロックに偉そうにされないといけないんだ?

 おまえは俺の上司かよっ!


 それに、どっキングは無茶苦茶統制がとれていた。

 敵ながら天晴ってくらいにな。

 ルートに参加している人数は大差ないけど、一人がNPC砦に隣接すると、あっと言う間に囲い始める。

 俺が競っていたときは5、6マスの差だったが、それでも向こうが囲っている隙に付け込めない。

 時にはこっちのルートを邪魔するように進路をとったりするしで、かなり巧みなんだよ。


 ちぇっ、こんなことなら、どっキングに行くべきだったな。

 こっちは同盟員の人数は多いけど、やる気のない奴ばかりだし。





「北東ルートは、NPC砦への隣接が0で、包囲も0です」

「な、何だとっ⁈」

「他の同盟も皆、北東方向に進路をとっており、こちらのルートは完全にふさがれてしまいました」

「ふ、ふざけるなっ!」

「……、……」

「茉莉っ! おまえがルートを引いたのに、このていたらくは何事だっ! 北東ルートはこの北東で一番重要なルートだろうがっ!」

「すいません……。ですが、私も何度も呼びかけをしてルートを維持しようとしたんです」

「なら、どうしてふさがれたんだよ? 説明してみろっ!」

「……、……」

「言えないのか? ってことは、補佐であるおまえの怠慢じゃないのか?」

壊滅か……。

 北東ルートが途絶えたのは痛いな。


 ブラ戦は、1200×1200の正方形のマスでマップが成り立っている。

 だから、中央から四隅に向かうルートを制した同盟が有利なのだ。

 その地区のど真ん中を制したことになるからな。


 だけど、ロックが茉莉を責められるのか?

 俺はロックの責任だと思うがな。


「そ、その……。何人にも書簡を出しましたし、遠征への参加を呼びかけました。ですが、結局、ルートに参加したのは二人だけだったんです」

「ふ、二人だとっ⁈」

「はい……」

「どういうことなんだ? どうして誰も参加しないっ?」

「そ、それは……」

「それは何だ? 言ってみろっ!」

言ってみろ?

 そんなの本当のことを言える訳がない。


 ロック、おまえのせいなんだからさ。


 誰がどう考えたって、そうだろうよ。

 加入間もない同盟員に高圧的な態度をとれば、誰だってやる気がなくなる。

 いくらノルマだ除名だと言ってみたところで、皆でバックレれば実際に処分を下すことなんて不可能だからさ。


 大体、たかがゲームの総大将がどれほど偉いって言うんだよ?

 この17鯖にだって、同盟の総大将なんて何十人もいるっていうのに。


「ロックさん、すいません……。私が至らないばかりに……」

「そうだよっ! 茉莉、おまえのせいだっ! もっと良く考えろっ!」

「はい。北東ルートに関しては、これからも書簡を出して参加者を募集します。枝ルートを設定しますので、そちらの方に回ってもらうように言いますから」

「ちっ! まったく、どいつもこいつも……」

まあ、無駄だな。


 ただでさえ他の同盟が先行しているんだ。

 後から行ってそいつらの前に出るのはほとんど不可能だからさ。

 枝ルートだって同じだろう。


 それに、一度、狸寝入りを決め込んだ同盟員を焚きつけるのは容易なことじゃない。

 もう、気持ちが冷めてしまっているし、将来的な部分で見切りも付けだしているだろう。

 別に、メリットがないようなら他の同盟に移籍すれば良いんだしさ。

うるさいだけの総大将や働きの鈍い幹部しかいない同盟なんて、力を入れる価値もない。





「……で、中央部ではどれくらい隣接が取れてるんだ?」

「競合になっているのが8で、包囲しているのが2です」

「他のルートは?」

「それが……」

「それが何だ? もったいぶらずに早く言えっ!」

「他のルートはありません。同盟員の分布を見てルートを引きましたので、北ルートは成立しなかったのです」

「じゃあ、全部で隣接が10で、包囲が2か? おまえ、これがどういうことか分かってるのか?」

「……、……」

「こんなことじゃ、他の同盟から舐められるぞっ! それがどういうことか分かってるんだろうな?」

「……、……」

茉莉を責めたって仕方がないだろ。

 とりあえず、ルートを設定したり同盟員に呼びかけをしたりで、一応、動いてはいるんだからさ。


 ただ……。

 舐められるって言うのはたしかにそうだ。

 皇軍が、同盟員の数ばかり多くて機能的に動いていないのは他同盟にも丸わかりだからさ。


 こういうやる気のない同盟は狙われやすい。

 俺が他の同盟の総大将だったら、間違いなく戦争相手としてリストアップする。


「おまえら、こんなことで戦争になって大丈夫なのか? 俺が目一杯課金して守りを固めても、相手の総大将を落とさなかったら戦争には勝てない。それくらいのこと、分かってるだろう?」

「……、……」

ロック……。

 おまえが防御スキルの高い武将カードを持っているのは知ってるよ。

 そのためにかなり課金したこともな。


 ブラ戦は総大将が落ちれば同盟全体の負けになる。

 だから、おまえが頑張って課金したのも分からないではないんだ。


 だがな、戦争に勝つには、同盟員の結束が必須なんだ。

 廃課金者だろうが無課金だろうが、幹部だろうが平同盟員だろうが関係ない。

 皆の力が必要なんだよ。


 だから、遠征に力を入れなきゃいけないんだろう?

 共同作業をやることで、結束を高めるんだよ。

 そういう過程を経なけりゃ、強い同盟なんか出来っこない。

 おまえ、そういうことが全然分かってないんじゃないか?





 ちっ……。

 皆、押し黙っちまった。

 皇軍の置かれた状況は厳しいからな。


 もしかするとPMで話をしているのかもしれないが、何か、良いアイディアでもあるのか?


 まあ、ロックに次の手が打てるとも思えない。

 茉莉も指示されたことをやるだけで、局面を打開できるとも思えないしな。

 外交官のサンジなんて、幹部のくせして一度も発言すらしてないしさ。

 軍師のココイチなんて、会議に参加してもいない。


 もし俺が采配を振るのだったら……。

 遠征の失敗を率直に認めて、外交でなんとかすることを考える。

 やる気のない同盟員を全部切り捨てて、同盟同士の合併を考えるよ。


 多分、相手の同盟もこちらの意図を察するだろうから、足元を見られる恐れはある。

 だけど、このままのんべんだらりと続けるよりは遥かにマシだ。

 ブラ戦は一期だけで終わりじゃない。

 何期も先に確固たる同盟を作り上げればそれで良いんだからさ。


 だけど、ロックにはそんな芸当は出来ないだろう。

 やたらとプライドだけは高いからな。

 きっと、総大将の地位に固執して、合併も破談になるに違いない。

 遠征で失敗していることを棚に上げて、相手同盟にも横柄な態度を取ることは目に見えている。


 くそっ!

 打つ手がないのか?

 この百戦錬磨の佐助ともあろう者が……。

 今までだって、無能な総大将なんていくらでもいたし、それを乗り越えてきたのに。

 いっそのこと、他同盟と内通して、ロックを排除してやろうか?

 いくら俺でも、もう、それくらいしか思いつかない。

 幹部もダメなら同盟員の気持ちも離れてるんじゃ、どうにもならない。





 んっ?

 今、何か思いついたような……?


 と、言うか、何か忘れているような気がしたんだよな。


 何だろう?

 遠征失敗が確定的になったこの期に及んで……。

 俺は何を忘れてたんだ?


『あの……。ちょっとよろしいですか?』

『はあ?』

『ふわふわ♪です~ッ♪ 佐助さん、お忘れですか?』

『あ、いや……』

ふわふわ?

 そう言えば、こいつも遠征に参加していたよな。

 単に、一人で走らせてるだけだったけど。


『また質問があって来てみたのですが、ご迷惑だったりしますか(汗汗)?』

『い、いや……。今、会議が中断しているみたいなので、大丈夫だよ』

『そうですか~ッ♪ では、聞いちゃいますね~ッ♪』

『ああ……』

『先日、佐助さんは仰ってましたよね? NPC砦に一つだけ隣接だけすれば良い、って』

『そうだね。たしかに言ったよ』

『でも……。いくら待っても誰も囲いに来てくれないんです~ッ(涙)。私だけしかNPC砦に隣接してないのに……』

『は、はあ……?』

『あれ? もしかして、何か間違いましたか? 私、トロイのでしょっちゅう勘違いしたりするんです(汗汗)』

『い、いや……。そう言うことじゃないんだ』

ま、マジか。

 ふわふわの奴、ちゃんと遠征をしてたんだ。


 俺はてっきり挫折してるものとばかり思っていたのに……。

 何か、やたらと寂しいとか不安とか言っていたから、全然期待していなかったのもある。


『それで、ふわふわさん。NPC砦には何か所隣接したの? まあ、一人だから苦戦しているだろうけどさ』

『えっ? そうでもないです~ッ♪ 誰もいないので隣接し放題ですよ~ッ(ルンルン♪)』

『は、はい?』

『今、4つ隣接してます~ッ♪ 次に拠点が建ったら5つです~ッ♪』

『よ、4つって、他の同盟は来てないの?』

『最初は一緒に走ってたんですけど、いつの間にかどっか行っちゃいました(笑)』

『じゃあ、その近辺で先頭を走ってるの?』

『そうです~ッ♪ 一人旅です~ッ♪』

どういうことなんだ?

 一人で隣接4だと?

 しかも、完全に先端を走ってるみたいじゃないか。


『ちょっと待ってね。今、マップを見て確認するからさ』

『は~いッ♪ お待ちしております~ッ♪』

って、本当に先頭を走ってるな。

 他の同盟を50マスも引き離してる。


 たしかにこれじゃあ一人旅だよ。

 50×50のマップ画面には他同盟の影も形もないんだからさ。


『凄く頑張ったね。今、マップで見たけど完全に独走じゃない』

『うーん? そうでもないですよ。のんびりふわふわ歩いていただけですから~ッ♪』

『のんびり?』

『ええ、拠点を破棄するのに三時間で建てるのに三時間ですよね? だから、拠点が建ったらすぐに破棄のボタンを押して、その間に名声のある分だけ進んでいるだけです~ッ♪』

『うん……。そうするのが一番効率が良い。領地の破棄には六時間かかるから、拠点が建つ頃にはちょうど名声も回復しだしているしね』

『そうなんです~ッ♪ だから、空いている時間はお仕事し放題ですし、のんびりやれてますよ~ッ♪』

こ、こいつ……。

 全然教えてないのに、自力で一番効率の良い遠征の仕方を見つけやがった。


 そうなんだよ。

 遠征は、拠点も領地もすかさず破棄するのがコツなんだ。

 そうじゃないと早くは進めない。


 だけど、この成果はそれだけじゃないだろ。

 こいつ、もしかして……。

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