たぶん青春の短・中編集

いもけんぴ

A,一緒に帰ろう

『ずっとず~っといっしょにいようね!』


『うん!やくそくだよ!!』


『『ゆ~びきりげんまんう~そついたら……………』』


………

……


ふと目が覚めると同時に寒気が襲う。俺が通っている高校の教室。その一角で居眠りをしていたようだ。外はいつの間にか真っ暗。教室内は半灯のみが灯り、石油ストーブの駆動音だけが響く。


「やっと起きた…おはよ」


呆れたような、それでいてどこか優しい声で俺に挨拶するのは夢咲灯(ゆめさき あかり)である。さっきまで彼女と勉強会をしていたのだが、勉強に疲れたのか寝てしまっていたようだ。


「すまねえ、どうしても眠気が…」

「最近しんどそうだったもんねぇ、しゃーなししゃーなし。もう7時だよ、もうそろそろ帰ろっか」

「ああ、そうすっか」


彼女はいつの間にか推薦を決めていて、今日は一般で苦しんでいる俺のために勉強を教えてくれるというのでお願いしていたのだ。結局夢咲がどこの推薦に受かったのかは聞いていないけれど。


帰り支度をしながらさっき見た夢についてふと考えた。さっきの夢に出てきたのは、まさに幼い頃の俺と夢咲。夢咲とは家が隣同士という所詮幼馴染といった仲である。夢に出てきたのは、ずっと俺の奥底に眠っていた記憶であり。大事な、ずっと忘れたフリをしていた記憶。なぜ今思い出してしまったのだろう。「ずっと一緒に」なんてあのころの戯言が、今の俺の心を締め付ける。


逃げ続けてきた。でももう決着をつけなきゃいけない時が来た。もう高校もあと数ヶ月で卒業。少なくとも自分の心の中だけでもけじめを。そう思い耽っていると


「あ、外雨じゃない?」

「え」


降る予報などなかったから傘など持ってきていない。完全に失敗。そんな時ふと、彼女の鞄から折り畳み傘が顔を覗かせているのが見えた。


「ごめん、職員室に先生に用事あるんだったわ、先帰ってて。遅くなりそうだし」

「そう…?わかった」


だから俺はまた、逃げる。

彼女は覚えているのかいないのか、よくわからないけれど、こうして今も仲良くしてくれる。

不安と自分への幻滅、そして僅かな期待を胸に、職員室の方へ歩く。何も用なんてないけれど。


----


想い人が、目の前で眠っている。


私の想い人兼幼馴染、新井陽介(あらい ようすけ)。彼と今一緒にいることにものすごい喜びを感じているけれど、一方で心配な部分もある。彼の成績がギリギリなことだ。このままでは第1志望は厳しいかもしれない。そこで彼に勉強を教えるという話になった。というかした。


ようくんが目覚めたら帰ろうと、彼の荷物を少し整理していると 、ふとある紙が目に入る。思わず笑ってしまった。ちょっとしたサプライズだ。

ねえ、覚えてる?あの約束。私はまだ、夢を見ていられるみたい。


彼が起きた。帰り支度をする。一緒に帰ろうとしたけど、彼は先生に会うとか言って職員室の方に行ってしまった。


でも、なんだか動きがぎこちなかったなぁ…。


---


適当な場所で数分待って昇降口に向かう。外の雨はいつの間にかみぞれと化していた。外からは寒気が。

どうせ風邪ひくし、ゆっくり帰ろう。外に出る。冷たい。まるで逃げ続けた俺への罰のように、冷え切った空気とみぞれが身体にまとわりつく。

きっと。彼女はやさしいから。そう思い込むが、それだけじゃないことなんてわかってる。こわい。女々しいと自分に呆れながらも、ここまで想いが大きくなると、なかなか厳しいものがある。


------


彼が嘘をついてるのなんて一瞬でわかった。どーでもいいことにばっか気を使いおって。しかも、知ってしまった以上、絶対に今ようくんには風邪をひいてもらうわけにはいかないし、相合傘ができる絶好のチャンス。常備している折りたたみの傘をさして校門で待つことにした。人が少ない今、昇降口にいるとどうせすぐばれるから。


正直、ちょっと怒ってる。でもはやく、驚いた顔が見たい。


-----


校門に差し掛かる。すると、見覚えのある傘が校門脇に見えた。


「やっぱり」


傘を上げ、ムッとした顔で俺の想い人は言う。


「な、なんでまだいんだよ…風邪ひくぞ…」

「それはこっちのセリフ!ようくんこんな時期に自分から風邪ひきにいくなんて…!どうしてさ!!!」

「…すまん、夢咲」

「昔から嘘つくの下手なんだから、素直でいればいいのに…」

「え、そんなに下手か??」

「ほんっとうに下手くそだよ、すぐぎこちなくなるもん。…はい、一緒に帰ろ?」

「あ、ああ」


結局逃げようとして、彼女に迷惑をかけてしまった。ぐちゃぐちゃになる。


「そういえば、『ようくん』なんて呼ばれるの久しぶりだな」


ほら、血迷ったセリフまで吐いてる。


「ようくんは、あかりーって呼んでくれないの?」

「そ、それは…」

「それは?」

「ほら、その…な?」


あまりのぎこちなさに、思わず2人で吹き出してしまった。ああ、こんなに楽しいのいつぶりだろう。高校に入ってから意図的に距離を置いていたから、そもそも2人になることもつい最近まで少なかった。


ああ、やっぱり灯のこと…


-----


高校に入ってからこんなことはなかったから、すごく嬉しくて、笑いが止まらない。


ああ、やっぱりどうしようもなく…


やっぱり、私は幼馴染の先に進みたい。決意を胸に、私は話を進める。


-----


「ね、ようくんに2ついいことを教えてあげます」

「2つ?」

「そう、2つ。1つめは、明日がクリスマスイブであること」

「あ、ああ」


期待されてる。多分そうなんだろう。でも…


「2つめは、私が受かった大学、ようくんの第1志望なんだ」

「え?」


突然のサプライズ。


「ごめん、進路希望調査票見ちゃった。でも、信じてる。最後まで。受かるって」


ほんのり赤い顔にこの言葉。急な衝撃に全くまとまらない頭だったが、どうやらこの場にふさわしい言葉は絞り出せるようだ。


------


言えた。まるで告白みたいだけど、本当の気持ちだ。

さすがのヘタレでも、わかってくれたみたいで。

次の瞬間には最高の答えが返ってきた。


-----


「灯。ずっと、一緒にいような」


みぞれは、雪に変わっていた。


「やくそく、だよ」


「ああ」


だが、ふたり一緒の傘の下は、とても暖かかった。











「明日も勉強教えてくれないか」


「お、やる気スイッチ入ったね~!いつでもいいよ!!」


「あと、明日勉強終わったらどっかご飯食べに行こう」


「あ、うん………ずるいよ(ボソッ」


「お前も大概だからな?露骨に誘ってきやがったくせに…スケベか?」


「なっ、ヘタレのくせに!!!」


「それは…すまん」


「そうだよ…ずっと待ってたのに。約束、忘れてるのかと思ってた」


「ごめんな…。その分…これからな?」


「うん!!」


「だからあと2ヶ月、頑張るよ」


「うん。絶対一緒の大学行こうね。」


「ああ、約束だ」


ふたりを照らすこの道の先は、きっと明るいものと信じて。

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