第5話 帰り道
帰り道は、それはそれは重っくるしい空気に満ち満ちていた。
流石に泣き止んだ彼女だが、なんとも言えない距離のまま無言で帰り道の半分を歩いてきた。
空気が重たい。
とにかくこの状況を打破しなければ。
せっかくのチャンスなのだ。
サクラに余計な心配をかけさせるわけにはいかない。
そう決意した時だった。
沈黙を破ったのは意外にもモモの方だった。
「滝城センパイさ…やっぱり色んな女の子にちょっかい出してたみたい」
やっぱり、ということは俺もそれを知っている前提で話すほど周知の事実ということか。
なんで男だ、つくづく腹が煮える。
「だからあたしから振ってやった。あんな人」
淡々と口にする。
振られるなど微塵も思っていなかったのか、取り乱して負け惜しみのような暴言を放つ彼が脳裏によぎる。
「別に…最初からそれほど好きだったわけじゃないし」
なんとなくそんな気はしていた。
モモが男子にべったりしているところを想像できない。
彼氏をよく作っていたし、一緒に帰ったりもしていたようだったが。
「だったら…なんで付き合ったんだ?」
そう訊くと、モモは少し不機嫌になった。
「別にどうでもいいじゃん。なんとなく、告白されたから」
「今までも、そうなのか?」
「だったら…?文句あるの?」
「いや、文句っていうか…。普通好きな人同士で付き合うものじゃないのか…?」
まぁ現実の恋愛についてからきしな俺の意見だが。
「人それぞれでしょ。別にあたしの勝手じゃない。誰と付き合おうが」
「だからって、その度にモモが傷ついてたら周りだって心配するだろ?」
「別に…。そんなこと頼んでないし…」
流石に俺も、堪えるのがしんどくなってきた。
モモの手を掴んで歩みを止めさせる。
「ちょ…」
「モモが頼んでなくても、モモのことを大事だと思ってる人は心配するんだよ!お前が傷ついてるのをみたくない人がいるんだよ!」
モモはまた目を伏せる。
「じゃあ誰よ!!言ってみてよ!」
「俺が心配するよ!幼馴染みだろ?サクラだって…」
つい口走ってしまって、しまったと思う。
「…な、なんでお姉ちゃんがでてくるの…?」
「そりゃ、姉妹なんだから、心配するに決まってる」
「お姉ちゃんと、話してるんだ…?」
うっ…。何故だかチクリと胸に刺さる言葉。
モモの口から発せられた言葉には、明らかに含みのある響きがあった。
「つい、この前久しぶりにね」
ほんとは数時間前にだけど。
「ふーん…?それで、あたしの監視を頼まれたってわけ?」
「なんだよその言い方。サクラはお前のことを…」
「余計なお世話だってば!!どうして今更…、もう放っておいてよ」
また不機嫌そうに口を尖らせる。
先刻よりも強い口調で、俺の腕を振り払う。
「俺のこと、桃子が嫌いなのはわかってるよ。けど、サクラはほんとに心からお前のことを心配してるんだよ」
モモはまだ面をあげない。
「ほんっとに…そういうところが嫌いなの。すぐそうやって決めつけて。みんな、あたしのこと解ろうとしてくれない」
口をグモグモと動かして口早に捲し立てる。
「俺が余計なお世話をしてるのは謝る。でも、サクラに頼まれただけじゃなくて、俺は本当にモモが心配だから…」
「今日はもう…一人で帰るから」
それだけ告げると、モモは走って行ってしまった。
どうやらよほど俺のことが気に障ったらしい。
このままではサクラに合わせる顔が無い。
どうしたものがと考えている内に、俺は夕飯の買い出しも忘れては一人で家を目指した。
「ほんっとに…ばか…」
気分は最悪だった。
今日は最低の1日だ。
なんで今更、あいつが。
あたしのこと、何もわかってないくせに。
知った風なことばかり言う。
あたしのことが心配?
うそだ。お姉ちゃんを心配させないためだ。
「嫌い…大っ嫌い!!」
自分が嫌いだ。
そうやって他人を攻撃して、身勝手に振る舞う自分が最も嫌いだ。
もしかしたらケイは、本心からわたしを心配していたのかもしれない。
きっとそうだ。ケイは優しい。
こんなあたしにも、優しくしてくれる。
でも、今日あたしはそれを無碍にした。
家の中は静まり返っている。
お姉ちゃんはまだ帰ってないらしい。
きっと晩ご飯のおかずでも買いに行ってるのだろう。
しんとした部屋にカラスの声がこだまする。
はぁ。
「もう…ねる…」
もう嫌になった。
これ以上考えていても、あたしの頭は爆発するだけだと思った。
寝て、忘れてしまおう。
七海桃子は眠りについた。
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