第4話 その妹、凶暴につき。

桜子と別れた後、遅ればせながらも自習室に向かった御厨啓斗は、結局みっちり2時間も補修を受けさせられることとなったのだった。


「くへぇ。い、痛い…」


シャーペンを握り続けていた指はズキズキと痛み、目はショボショボしてきた。

昨晩の夜更かしがかなり効いてきているのは間違いないだろう。

廊下の時計は、針が時計を縦貫しているように見えた。もうすぐ部活動の奴らも帰り始める頃だろうか。


「ふぁ〜あ、晩ごはん何しようかなぁ…」


帰り道、スーパーに寄って食材を吟味しようと考えた俺はとぼとぼと下駄箱に向かう。

すると、何やら男女の声が聞こえてきて、歩みを止めざるを得なかった。


「はぁ?おぃ、どーゆーわけ?急に別れるとか言われても意味わかんねーんだけど?」


「センパイ、他の子にもよくちょっかい出してるんでしょ?もう知ってるんですけど」


どうやら痴情のもつれ、というやつらしい。

聞き耳を立てるつもりはないのだが、あの場をあら、すみませんねーと横切る勇気は無い。

なので下駄箱の手前に息を潜めながらただ隠れることしかできなかった。なんと情けない俺。


「そんな噂、信じてんの?俺のこと好きなら、俺を信じろって、なぁ?」


「触らないで。信じられないから別れようって言ってるんですけど」


センパイ、というからにはおそらく年の差カップルなのか。それにしても気の強い女子だ。


「ちっ…あー、そう。別に、俺もお前といたって楽しくなんかなかったし。うざいんだよね、プライドだけ高い奴」


「…そう…。じゃあ、さようなら」


なんて男だ。酷すぎる。

彼氏の方は足早に昇降口の方へ向かうと、待たせていた連れらしき生徒達と何事も無かったかのように帰っていく。


「はぁ…」


どうやらひと段落ついたらしい。

胸を撫で下ろして、なるべく視線を向けないようにと静かに下駄箱に出る。


「グスッ…う…」


俺の耳は冴えていた。僅かに漏れたその声だけで、彼女が今から泣き出すという未来を瞬時に想像できていた。

しかしもう俺の体は止めることはできない。視線を向けなければいいのだ。関係ない。赤の他人なのだから。


「うぅう。…うぇぇーーーん!!!」


その女子はまるで乳飲み子かのような号泣をし始めた。俺は体ごと驚き、先程の思念も吹き飛び、思わず彼女に目を向けてしまった。


それが運の尽きであった。


「うわぁぁーーん…ぁあ…は?」


目線の先には、俺のよく知っている顔があった。


「も、桃子…?」


涙目で固まっているのは、七海桃子。

できれば今この瞬間もっとも出会いたくない女子だった。


「は?う…うわぁぁああ!!」


「うぉぉお!??」


困惑した表情を豹変させ、猫科の猛獣のごとく彼女は俺に襲いかかってきた。


「なんでなんでなんで!!!お前が!!ここに!!」


「痛い痛い!俺はただ、帰ろうとして…!痛い!」


ボカボカと殴られながら俺は必死に釈明を続けた。

するとまた彼女はいきなりその手を止め、大人しくなった。


「いてて…。お、おい」


「だったらはやく!!!はやく帰りなさいよ!!」


なんて凶暴なんだ。同じ顔なのに、サクラとは真逆の性格をしていやがる。

とはいえそのまま帰ったら、この先サクラとの約束を果たすのはおそらく不可能となるだろう。

むしろ、考えようによれば今が絶好の好機かもしれない。

ここで強引にでもモモと話をつけるのが、正解のルートのはずだ。


「落ち着けって…。今の、滝城センパイか?どうしたんだよ」


「あんたには関係ないでしょ!」


「そんなことない!!」


「…えっ?」


ここで食い下がるわけにはいかない。

サクラのためだ。無理でも、退くことはできない。


「俺達、幼なじみだろ?心配くらいさせてくれ。話だけでも聞かせてくれ」


「よ、余計なお世話だ…って…。…う、、」


俯きながら、言葉の勢いが消えていく。

長い間口も聞いていなかったが、目の前にいるモモはあの時のまま。弱いくせに精一杯強がって、いつも1人で泣いているあの頃のモモのままだった。


「話しながら帰ろうか。一緒に帰ってもいいか?」


俯いたまま彼女は小さく頷いた。


「勝手に…ついてくれば…?」


6時のチャイムが鳴る。

真っ赤に腫らした瞼を隠しながら歩くモモ。

夕陽に照らされて顔全体が火照ったように光る。


俺らは数年ぶりに、揃って帰路についた。





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