第3話 七海姉妹
「ちょっと…最近ずっと心配なことがあってね…」
渡り廊下のベンチに2人で座りながら、桜子は喋り始めた。
「桃ちゃ…、桃子のことなんだけど。最近話してる?」
七海桃子。僕のたった2人だけの幼馴染みのひとり。彼女のたった1人の双子の妹。
正直、中学3年くらいの頃から桃子のことは苦手に思っていた。
それまでは、仲のいい幼馴染みという関係だったと記憶している。
「いや…サクラとこうやって話すのも久々だったし。どうかしたのか?モモ…」
懐かしい呼び方で、なんだか俺自身も小恥ずかしい。
「桃子、中学生くらいからずっと彼氏ばっかり作ってたでしょ?元々そういうことに興味があるように思えなかったから、少し心配はしてたの」
「そうだな」
「だからって、なるべくそういうことは詮索しないようにしてたんだけどね。今付き合ってる人の…噂っていうか、評判きいちゃって…」
「今の彼氏?たしかサッカー部の…」
「うん、滝城センパイ。一年の女子からも人気みたいでさ」
滝城雄也。サッカー部のエースで、陽キャとは無縁の某でも名前は知ってるし、モモと帰ってるところを何度か見かけたことがある。
「友達の話で、滝城センパイは女遊びが激しいって話を耳に挟んでね。そういうのなんていうんだっけ?や、やり…?ち」
「言わなくていい」
こんな純粋な唇からそんな言葉は聞きたくはない。
ここまでピュアだと、なんだか自分がすごく汚れた生き物の気がしてくる。
「それでね、桃ちゃんも、遊ばれてるんじゃないかってすっごく心配でね。ケイなら、わかったりするんじゃないかって。それでケイを探してたら、さっきそこでばったり会ったから」
俺を探していたのか。そりゃ驚くわけだ。
「待てよ、でも俺はモモとは全然話もしてないし、どうしてわかると思ったんだよ」
「だって、今日言われてたじゃない。『ケイは恋愛マスターだー!』って。廊下で聞いたよ」
なんのことだ?
一瞬困惑したが、すぐに合点がいった。
そういえばシンイチがそんなことを言っていた。
啓斗殿は恋愛ゲームマスターですなぁ!みたいなことを。
なんということだ。
彼女の前でその聞き間違いを訂正するのはとても勇気がいることのように思える。
しかし、俺が恋愛マスターとして意見するのは難易度が高すぎると俺のセンサーが反応している。
「き、聞こえてたか」
「私、知らなかったよぉ。ケイが恋愛マスターだなんて!」
なぜか彼女は興奮気味に目を輝かせている。
まずい。
「い、いや。でも、あのな?マスターっていうよりはゲーマーっていうか、なんならビギナーっていうか…えっと」
俺の口はどもりまくる。
「だからね!私だけじゃなくて、桃子の相談にも乗ってほしいなって!!きっと桃子も、ケイと話しがってると思うんだ!」
話を聞け!
「で、でもさ。最近全然口も聞いてないし、向こうも俺のことよく思ってないんじゃ…」
「そんなわけないってば。幼馴染みなんだし!ほら、一緒にお風呂も入ったりした仲なんだから!」
「だからこそ、モモは俺と話したがらない気がするんだけど」
陽キャの彼氏を取っ替え引っ替えしているモモにとって、俺なんぞに裸を見られた過去など葬り去りたいに決まっている。たとえ小学2年の頃の話だろうと…。
「?。桃子も、ケイのことをあまり話さなくなってからだと思うんだ。すぐに彼氏作って、別れてはまた新しい人と…って」
「俺と…?」
まさか。わけがわからない。
「うん、きっと素直になれてないだけだと思うの。私だと、距離が近すぎるから…」
同じ家に住んでいる者同士。いくら仲の良い姉妹でも、そういうことを訊くには勇気がいるのはわかった。
「きっと、ケイなら。素直になって、相談したり、考え直してくれたりしないかなって」
「考え直すって…。サクラは2人が付き合ってるの、嫌なのか」
「いい気持ちじゃないよ。前からも、滝城センパイの話はなんとなく聞いたことあったし。それに、このままじゃあ桃ちゃん、きっと傷つくと思うの」
桃ちゃん、と呼んで妹を案じるその顔は、まさしく優しい姉の表情だった。
「でも…俺は部外者だし…。とやかく言うのも…」
「…おねがい!図々しいとは思ってるけど、ケイにしか頼めないの…!ほんとに、桃ちゃんのこと心配で…私にはどうにもできないから…」
優しい姉の顔が曇る。胸が痛い。
サクラの顔にどこか影あるのは、最初から気づいていたじゃないか。
俺はこの子が、サクラが心配だったから…。
「…わかった。できるかわからないけど、やってみる」
俺がモモに嫌われるだけなら、それでいい。
モモがちゃんとして、サクラが余計な心配をしなくて済むようになればいい。
「ありがとう…。昔っからケイは、私のこといつも支えてくれるもんね。頼りにしてるんだよ」
涙目で笑う彼女の顔をみて、俺は懐かしい気分になる。
「サクラは弱ると、すぐ顔にでる。ほっとくとこっちが心配になる」
えへへ。とまた笑う。
「だめなお姉ちゃんだ、ほんと」
「そんなことない。サクラは優しいんだ。こんなに妹想いじゃないか」
まっすぐ目を見る。
また涙が溢れる。
「うぅ…」
「ちゃんと伝えてくるから。姉ちゃんに心配かけんなって」
「…うん。ありがとう…」
昔からそうなんだ。サクラはすぐに抱え込む。
弱いくせに、強くあろうとするんだ。
誰かに頼ったりするのが下手くそで、ギリギリまで一人でなんとかしようとする。
だからこうやって助け舟を出してやらないといけない。
彼女が泣いているところは何度もみてきたけど、こんな風に泣かれるのはいつぶりだろう。
居残りのことも忘れ、俺はしばらくベンチに座っていた。
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