学校一の美少女がボクの彼女に決まった瞬間、乱入者が現れて大変なことになってしまったんだが?

キム

学校一の美少女がボクの彼女に決まった瞬間、乱入者が現れて大変なことになってしまったんだが?

『第百回秀善しゅうぜん高校ミスコンの優勝は、千堂美咲さんに決定致しました!』


 ――うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!


 ステージ上に並んだ十名ほどの見目麗しい美少女たちの中で、たった一人にだけスポットライトが当てられた瞬間、体育館全体が震えるような声援が上がった。それと同時に割れんばかりの拍手が沸き起こり、優勝者を祝う。

 勝利の光を当てられた少女は、何が起こったのかわかっていないのか、きょろきょろと自分の周りを見回していた。

 たった今、長い歴史を持つこの秀善高校で、秋の文化祭のメインイベントであるミスコンの優勝者が決まった。千堂美咲――ボクの大切な恋人だ。


『それでは千堂さん、一言お願いします』


 司会者が美咲にマイクを渡すと、美咲は一歩前に出て、会場内をぐるりと見渡した。

 あちこちから口笛が鳴ったり、「かわいいよー!」「美咲おめでとー!」と言った声が飛ばされる。美咲はそれらに笑顔で手を振り、やがて会場全体がしんと静まったところで、マイクを口元に近づけ喋りだした。


『はいっ! えー、あの……なんと言いますか、優勝、しちゃいました……えへへ』


 はにかみながら美咲がそう言うと、会場は更に盛り上がった。とても可愛らしく、そして優勝したことを鼻にかけない控えめな態度は、男子や女子だけでなく教師、さらには保護者にも受けが良さそうだった。


『今のお気持ちを、誰に一番伝えたいですか?』


 司会者が続けて質問をすると、美咲は待ってましたと言わんばかりに目を見開き、にっこりと笑った。


『はい。これは決まってます』


 そう言うと美咲は一度目をつぶり、大きく息を吸った。

 そしてマイクが音割れをするかしないかギリギリの声量で、こう叫んだ。


『潤くーん!! 観てくれたー!? 私、優勝したよおおおおお!!』


 またしても声援と拍手が轟く。まさかこの場で名前を呼ばれるとは思ってなかったボクは、恥ずかしさのあまり顔が熱くなってしまった。きっとここが暗い会場でなければ、真っ赤になった顔が周囲にばればれだったと思う。

 隣の席に座っていた秀善高校の生徒から「潤くんて誰?」「さあ、彼氏じゃね?」「うわぁ、千堂先輩カレシ持ちかー。ショック」という声が聞こえてきた。すみません、ボクがその潤です。

 ボクはこの学校の生徒じゃないので、恐らく誰にも名前を知られていないだろう。もしここの生徒だったら「あれ、こいつって潤って名前じゃなかったっけ」「よし、とりあえずボコすか」と体育館裏に連れて行かれていたかもしれない。華やかなミスコンが行われている会場の壁一枚を挟んだ向こう側ではリンチが行われているだなんて笑えない。


 司会者は面白いネタを見つけたと言わんばかりにニコニコとして、美咲に次の質問をした。


『潤くんというのは、ひょっとして……?』

『はい! 私の恋人です! 幼稚園の頃からの幼馴染で、今お付き合いしてます』


 突然のカミングアウトに、会場にいる男子からは落胆の声が、そして女子からは黄色い声が上がった。きっと美咲のことを狙うまでは行かなくとも、好意を寄せていた人も何人かいたのだろう。ごめんね、秀善高校の男子諸君。


『それはそれは、とても微笑ましいことですね。その恋人さんはこちらの会場にいらしているのでしょうか?』

『多分、見に来てくれてると思います。別の高校ですけど、ミスコンは絶対に見に来るって言ってくれてたので』

『そうでしたか。潤、いらっしゃいますかー?』


 司会者が会場全体に呼びかける。きっとここで名乗り出たら碌な目に合わないことなどわかりきっているので、ボクは見つからないようにそっと顔を伏せた。というか、潤くんさんってなんだよ。


『うーん、どうやらいらっしゃらないみたいですね』

『おかしいなー、文化祭には来てくれてるはずなんですけど』

『ひょっとしたら恥ずかしくて出てこられないのかもしれませんね』


 司会者が「はははっ」と笑うと、観客も釣られて笑う。そうだよ恥ずかしいんだよだから探さないでくれよぅ。

 必死に心の中で祈っていると、ステージとは反対側、体育館の入口の方から突然大きな音がした。


 ――ゴォン!!!


 びっくりして音の方を見てみると、どうやらスライド式の鉄のドアが勢いよく開けられたようだった。


 扉を開けた人物はステージを一瞥いちべつするとそのまま体育館に入り、ステージに向かってズカズカと歩き出した。肩まで伸びた茶色いゆるふわのツインテールをぴょこぴょこと左右に揺らし、白いノースリーブのパーカーから伸びる細い腕を勢いよくぶんぶんと振り、デニム生地のホットパンツから覗く健康的な脚を大きく開きながらステージに上がると、美咲の真正面に立った。


優希ゆうきちゃん! 来てくれたんだね!』

「千堂美咲! 慣れなれしくあたしの名前を呼ぶなって言ってるだろ!」

『もー、私のことは美咲お姉ちゃんって呼んでって、いつも言ってるじゃない』

「誰が呼ぶもんか! あたしは! あんたが潤の恋人だなんて! 認めてないから!」


 突如ステージ上が修羅場と化してしまい、美咲と優希以外の会場にいる全員が唖然としてしまった。もちろんボクもだ。あのバカ、なんでここに……。

 その中でなんとか冷静さを取り戻した司会者が、恐る恐るといった様子で優希に問いかける。


『あのー、そちらのお嬢さんはひょっとして、潤くんさんを賭けてミスコンへの乱入をご希望でしょうか?』


 乱入。そういえば美咲から聞いたことがあった。どうやらこの秀繕高校のミスコンでは事前申請なしの乱入者を受け付けているらしい。しかし優勝者への挑戦は何かとハードルが高いようで、勝率はかなり低いとのことだが……。

 というか、その質問はよくない。

 優希は「ああ? ミスコンだあ?」と司会者を睨んだ。遠目にも優希の何かがブチッと切れるような音が聞こえた気がした。

 優希は司会者からマイクを奪うと、美咲とは違って音割れなど気にせず、司会者に向かって思いきり叫んだ。



『いいか! あたしは! だ! 馬鹿野郎!』



 キーンとした音が場内に響き、誰も彼もが耳を塞いだ。

 優希呼びされていたことと、パッと見で女の子のような装いをしているから女性を思われがちだが、優希は正真正銘、ボクのだ。


『あのあのっ! 潤くんって今日文化祭に来てくれてるのかな?』

『ああ? 多分ここにいるだろうよ。朝からみょーにめかし込んで、どこかに行くのを楽しみにしてたみたいだからなあ。てかあたしだって探してんだよ』


 美咲の学校の文化祭に遊びに行くなんて言ったら絶対に引き止められるだろうから黙って出てきたのに、どうやらバレバレだったらしい。

 優希が会場内をぐるりと見回していると、ボクと目があって指差してきた。あ、不味い。

 優希が指を指した辺り、そう、ちょうどボクが座っている席をライトが照らした。


『ほら、やっぱりいるじゃねーか。見つけたぞ、潤』

『あっ、潤くんだ! やっほー!』


 美咲がボクの名を呼びながら手を振ってきた。逃げることも隠れることもできなくなってしまったボクは、苦笑いしながら美咲に手を振り返した。ははは、もうどうにでもなれ。

 

『潤くんさん、ご登壇ください』


 どこからともなく予備のマイクを取り出した司会者が、ボクにステージに上がれ修羅場に混ざれと提案してきた。あの司会者、絶対にこの状況を楽しんでるよね。

 仕方なく覚悟を決めたボクは、ステージに上がることにした。移動途中に「わっ、かっこいい!」「あんなカレシなら納得だわ」といった声もちらほらと聞こえた。恥ずかしい。帰りたい。

 場内の目を集めながらステージに上がると、気づけばミスコンの出場者の方々は降壇して逃げていて、司会者、美咲、優希、そしてボクの四人だけになっていた。


『自己紹介をお願いします』


 司会者が満面の笑みでボクにマイクを渡してくる。というかこの人、一体いくつのマイクを持ってるんだよ。都合四本目だぞ、これ。


『えっと、熊巣くまのす高校三年の池守潤です。えー……以上です」


 何の面白みもない自己紹介に会場からはブーイングの嵐。ボクは美咲とは違って、こういう人の目に晒されるような場には慣れていないので、緊張で固まってしまう。


『それだけですか? 千堂さんとのご関係は?』


 わかってるくせに、どうやらこの司会者はボクの口から言わせたいらしい。ボクはマイクが拾わない程度に軽くため息を吐いてから、背筋を伸ばして、美咲との関係を話すことにした。


『はい。えー、美咲とは長い付き合いで……日頃からとても良くしてもらってます。こうして映えある日、映えある舞台で彼女が大勢の人に選ばれたことを、ボクも誇りに思います』


 どうにか当たり障りのない回答ができた。もう十分だろう。人目に晒されて変な汗をかき始めてきた。早く降壇させてくれと司会者に目で訴えかけるが、まるで無視されてしまい、次の質問を投げかけられた。


『それでは潤くんさん、もし良かったら千堂さんにご褒美など差し上げては如何でしょうか?』


 ご褒美。こう言っては失礼だけど、まさか優勝するとは思っていなかったので今日は何も用意をしてきてなかった。後日、何かおそろいのアクセサリーをプレゼントしてあげようかな、とは考えていたけど。


『いや、今日はちょっとそういうのは用意してないので……』

『用意してないなら、今あるものでとかでどうでしょう。例えば、ほら』


 そう言って司会者は自分の唇をちょんちょんと指で突いた。ああ、この人状況を楽しみすぎて頭の中が真っピンクになっちゃってるみたい。こんな大衆の前でキスなんでできるわけないだろう。

 ボクが断ろうと思いマイクを持ち上げると、隣にいた優希がずいっと前に出た。


『待て待て! 潤、あたしは認めねーぞ!』


 ボクの代わりに意見を言ってくれるとは本当に良い弟に育ってくれた。やはり持つべきものは弟だ。



でキスするなんて! あたしはぜってーに認めねえ!』



 その余計な一言さえなければ、本当に良い弟だと言えたのに。このおバカは空気とか人の目とかを気にしない子に育っていました。

 ボクがどうにか取り繕おうと頭をフル回転させていると、司会者と美咲が勝手に話を進めてしまう。


『え、と……女同士、とは?』

『はい? 潤くんはですよ』


 優希が投下した爆弾を、美咲が肯定した。もうダメだ。

 一瞬の静寂、そして会場内が一気に沸いた。熱気がすごい。男子も女子も関係なく、女の子同士のカップル、いわゆる百合に興奮しているようだ。一方で教師や保護者などの大人はひそひそと話しているのが見えた。ああ、いたたまれない。


『ええと皆さん、お静かに! お静かに!』

『ほら、潤くん。会場の皆も私たちのことを応援してくれるよ! やったね!』

『潤! ボーッとしてんな! 今すぐ帰るぞ!』


 何がなんだかわからなくなってきてしまいアワアワと慌てふためいていたら、美咲がマイクを下ろして、ステージにいる四人にしか聞こえないようにつぶやいた。


「もう、潤くんがくれないなら――」


 くれないならどうするんだ。そう思って美咲の方へ振り向くと、視界が美咲で埋め尽くされた。そして耳には、今日一番の大歓声が聞こえてくる。


 ――ああ、やってしまった。


 * * *


 後日、美咲から聞いた話によると。

 文化祭のアンケートで「一番楽しかったこと・記憶に残ったこと」には、「ミスコンで百合カップルがキスした」という回答が一番多かったらしい。


「優希があんな乱入しなければこんなことには……」

「知らねえよ、バカ潤」


 そして目の前でボクたちのキスを見せつけられた優希は、しばらくまともに口を利いてくれなかった。

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