【4】憎悪心旺盛

「どう? お父さん。何かわかった?」

「いーやー。こればっかりは、何ひとつもわかんないなあ」


 髭を汚く伸ばし、髪もボッサボサで、白衣を着て、いかにも研究に没頭してそうな風貌である。この人がいわゆる本部の代表であるらしい。


「ただ、影炎や異陽が存在しない世界とやらにはとても興味があるな。もしかすると影炎や異陽が出現した理由になんらかの手掛かりがあるかも知れない。それに落ちてきた隕石とやら、それも可能であれば調べてみたいが……この世界には落ちてくるどころか接近する情報もない以上、調べることもできない。とても残念な話だなあ。それにもしかしたら異陽や影炎が存在しない世界の肉体がこっちの世界に飛ばされているかもしれない。それを研究すれば、異陽よりも遥かに高性能で驚異的な力を持つ、影炎への対応策を作れるかもしれない。どうだい天草君、君もそう思うかい? 思うよね⁉︎ ね⁉︎」

「は、はあ……?」

「お父さん、引いてるよ」

「ああ……ごめんね、少し興奮しすぎたよ」

「ああ、いや別にお構いなく……」

 風貌はあれだが、異陽や影炎に対しての好奇心はすごい物を感じる。

 ただ良い人だとは思うのだが、執着心が凄いような気がする……。


「あ、本部の代表さん。一つお聞きしたいことがあるんですけど……」

「僕の名前は桃浦士郎(ももうらしろう)みんなからは士郎さんって呼んでいる。君もそう呼んでくれ」


 なんだか、細かいところが凄い気になるタイプでもあるんだな。


「はあ……わかりました。それじゃあ士郎さん」

「なんだい?」

「この世界に、世界と世界ような規模の異陽、もしくは影炎は存在するんですかね?」

「僕の記憶の中なら、そのレベルの異陽を持つ異陽専や影炎は存在していないと思うよ」

「記憶の中というのであれば、調べればもしかするとってのは……」

「ないよ。お父さんは頭脳に関する全ての能力が向上する異陽を持ってるの。だから、調べ足りていないってことや、記憶漏れがあるところなんて存在しないの」

「そ、そうなのか……」


 そんな頭脳明晰な異陽を持っているとするならば、間違っているということはあり得ないのであろう。これでまた、元の世界に戻るという希望が消えてしまった。


「ごめんね、君の役に立てなくて。でもこちらもそれは気になるから調査していくよ。また進捗があったら報告するよ。だから、君も何かわかったら連絡してくれ」

「……わかりました」


 こうして僕は、なんの手掛かりもないまま、本部を後にした。


------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


「桃浦さんのお父さん、好奇心旺盛というか、なんというか、とても研究熱心な人だったね」

「まあ、元々真面目な人だし、色々、あったからね」

「色々?」

「あー、やっぱり話しておいた方がいいのかな。あんまりこれと言ってって感じだし」

「一緒に暮らしている家族みたいなものなんだから、なんだって好きに言ってくれ」


 初めて出会った時のことを思い出すかのような、引いてしまうほど、気持ち悪いことを言っている僕。でもそれでも僕が顔を赤らめないのは、きっと、彼女が浮かない顔をしていたからだろう。


「そうだね……隠しても徳はないし、話すよ」

「うん、なんでも教えてくれ」

「私のお母さん、私が幼い頃に、影炎に殺されたんだよ」

「え?」


 確かに隠していても徳はないかも知れないが、これは思っているより重いものだった。


「それからというもの、お父さんは、今まで以上に影炎について調べて回ったの。それはもう鬼や悪魔や、それこそ--影炎かの如くね。

「それにさっき、好奇心旺盛って言ってたけど、それは違うよ。強いて言えばお父さんは、憎悪心旺盛なの」


 そう話す彼女の目は笑っていなかった。その視線は、秘密を暴露させるようにし向いた僕に向かっているような、それとも、もっと違う何かに向かっているような、もっと違う、僕に向かっているような、そんな眼光だった。


「……なんか、ごめん……」

「いやいいんだよ。なんか秘密打ち明けた辺りから、凄い気まずそーにしてるからさ、からかいたくなっただけ」


 そう言い彼女はいつもの笑顔に戻って僕の肩を叩く。


「それじゃあ、私はこれから仕事があるから。バイバイ!」

「ああ……バイバイ」


 そう言いタッタッタと僕の前を走って行ってしまう彼女。もうだいぶ僕を抜かしていった彼女は、何かに気づいたのか、僕の方を振り向いて、手をメガホンがわりにして、僕に向かってこう言った。


「ちなみに、君にこの話するの、これで2回目だよ!」


 悪戯のように、僕の心を舐る彼女は、その無邪気な笑顔と一緒に、腕を大きく上げ、腕を横にぶんぶんと振る。

 それを見る僕は、なんとなく彼女をわかった気がした。きっと彼女は、悪意的ではなく、悪意的な人なのだろう。


------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


 公園で落ち心を鎮めるため、ぼーっとしていたら、もう結構遅くなってしまった。日が長くなっているとはいえ、もうだいぶ暗くなった帰路を、一人で歩いていた。


「はあ、結局何もわからず終いだし、桃浦さんにも悪いことしてしまったなあ……」


 何もわからなかったことと、自分の圧倒的経験不足なコミュニケーションのせいで引き起こした、絶望的なデリカシーの無さに、自ら落胆した。そして僕は下を向き、大きくため息をつく。

 特にこれと言ったフォローも言えず、人に迷惑ばかりをかけてしまうだけでなく、全くの希望も無くなってしまった。

 僕はよくわからないこの世界で、このまま誰かに迷惑をかけ続け、人の足を引っ張りながら生きていかなくちゃいけないのだろうか--


「本当に一人でもそんなに独り言をぶつぶつ言ってるなんて、本当に友達いないんじゃない?」


 聞き馴染みのある毒舌が聞こえたので、顔を上げると、案の定、そこにいたのは詩織だった。


「詩織……いたのかよ。生憎さまだが、僕は今、お前の毒舌に耐えられるほどの、広くて広くて広ーい心は、全くもって持ち合わせていない」

「何よそれ、なんだかまるで、私が貴方の広い広い心によって包容されているガキみたいじゃない」

「大体合ってるじゃないか……」

「それはいやよ、包容ってもはやハグじゃない気持ち悪い」

「そこだけを切り取って過大解釈するな!」

「ふふふ、暗い顔より、そうやって元気に突っ込んでる方が、私の知っている勇莉らしいわ」

「……うるさいな」


 まったく、こういう毒っけがない笑顔は、昔から変わらず可愛らしいものだ。この笑顔に、僕は幾度となく助けられてきた。やはり彼女は僕の妹で、僕の家族で、僕の心の拠り所なのだと思う。

 --そうだな、そういえば、普段は生意気な詩織も、子供ころは、満面の、濁ったこともない、毒なんか吐かない口で、よく僕のことをお兄ちゃんお兄ちゃんって--


「今、貴方の頭の中で、何か私の羞恥心を煽るようなことを暴露された気がするわ。今すぐその思考をやめなさい」

「いや、やめない。僕の思考は僕自身の特権だからな」

「何を言っているの。勇莉の思考は、もはや私のものみたいなものじゃない」

「いつからお前のになったんだよ……」

「それは簡単にわかることじゃない。あなたが生まれた時からよ」

「生まれた時から、僕の脳はお前に支配されているのかよ……それじゃあ、仮に僕の思考がお前のものなんだとして、お前の思考は一体誰のものなんだよ?」

「それももちろん、私のものだわ」

「思考のジャイアン方式⁉︎」

「もしかして、自分のものだとか思ってたわけではないわよね? 人のものを勝手に支配するだなんて、人間として、本当最低だわ」

「人のこと言えなさすぎる!」


 こいつは自分の発言を覚えていないのか。

 まあとはいえ、なんとなくそうくるだろうとは思っていたけどさ。悔しくても双子だ、何だか息が合ってしまう。


「いやそこは否定するわ、絶対合わない」

「そこは合うでいいだろ! てかなんで聞こえてんだよ!」

「私のものだからそれかしら?」

「僕はお前にあげた記憶はないぞ……」

「あげるも何も、最初から私のよ」

「なんでそんな頑固なんだよ……っていうかそれより、なんでお前は、今日本部に来なかったんだ?」

「仕事よ、2日1件のペースであるって言ったでしょ。だから桃浦さんに一緒について行ってもらって、帰りは桃浦さんが仕事あるから、代わりに私が付き添うのよ。それなのにこんな遅い時間まで何してるのよ、危ないじゃない」

「なんだよ、僕は保護者が必要な年齢に見えるのか?」

「見えるわ、言葉もまともに喋れないくらいの年齢に」

「そんな奴が1人で夜歩きするな!」


 もはや夜道に連れ出してはいけないレベルではないかと思う。

 とはいえ、こんな風に夜道を2人で帰るのなんていつぶりであろう。それこそ小学生ぶりであろうか。

 2人っきりの帰路というのは、兄妹とはいえど、ちょっと緊張する。元々仲が良い方ではあるから、2人っきりで話す機会もたくさんあるわけなんだが、なんだかこう、帰り道というのは、よくわからない気恥ずかしいさがある。


「……なあ、どうだ? 最近の仕事とか学校の様子は。いくら部活が同じだからって、こういうこと、あんまり話さないだろ僕ら。父さんや母さんも聞きたがってるだろうし、代わりに僕が聞いてあげて、それを教えるってことで--」

「しっ、黙って」

「なんだよ、世間話なんだから一々毒舌はかなくて、も……⁉︎」

「気づくのが遅いわよ、馬鹿。下がってて」


 僕は、「おう」とだけ伝えて、彼女の言う通り彼女よりも後ろへ下がった。

 本来男であって、彼女よりもうんと力がある筈の僕が下がって、いち女子高生である彼女が前に出る場面といえば、まあ大体想像がつくだろう。


「昨日のやつとはまた違った感じだが、どんなやつも、本当に嫌悪感を覚えるフォルムだな……」

「それに関しては私も同感よ。1日に2回も遭遇するだなんて。本当、最悪だわ」


 法則的に奇形で、手足と顔のパーツのない頭がついている。その人の心を抉るような、トラウマの残るフォルムに、嫌悪と恐怖を感じながら、僕はその奴の方を見る。

 --そう。僕らの前に、影炎が現れたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エジルの心臓 ❄️れん❄️ @hakumaichan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ