【3】異陽と影炎

「昨日の夜、隕石が落ちてきて、その翌日から、この世界が異能で敵と戦う世界になっていたということね。何か異世界転生系のラノベと似たものを感じるわね」

「お前、絶対僕の言ってること馬鹿にしてるだろ」

「そんなことないわよ。それで、ママとパパはなんて言ってた?」

「どっちも何言ってんだこいつって感じを出してきたよ。もしかして、父さんや母さんもそのいわゆる異陽専門家なのか?」

「そうね、パパとママはこの辺りでは有名中の有名な異様専門家、通称異陽専だわ」


 あんまり略せてないっぽいが、略し方はこの略し方であるらしい。

 元々僕ら天草家は、IT系の会社を持っていて、まあ世間的に見れば金持ちと言われるレベルなので、この町では有名だった訳だが、なんと今だと異陽専の人間として同じくらいの地位を確立していたらしい。普段はバカらしい両親だと言うのに、ここら辺はしっかりしているもんだな。


「ああ、それとさ君、やっぱり昨日のこと覚えていないかい?」

「うーん……ごめんねえ、やっぱりちょっとわかんないや」


 少女は少し困った表情でそう答える。


「彼女は一週間前からこの学校に転入してきて、つい最近入部してきた、というふうに私たちの記憶ではなっているけど、勇莉の記憶だと、その隕石が落ちた昨夜出会った少女であったと。とても運命的な出逢いなんじゃない? ラノベならこのまま結婚するくらいには」

「なんでさっきからラノベで例えてるんだ。それにここは現実だ、そういうわけにもいかないだろう」

「あら、その言い方は嫌ということなのかしら。それは残念ね。こんなにショートボブが似合う女子はそうそういないわよ」

「誰も嫌だとは言っていないが……それに、僕はショートボブが、特別的に好きってわけじゃないからな」

「ちなみに思っている倍くらいボインよ」

「なんだって⁉︎」

「ボインボインの、もはやバインバインよ」

「な……⁉︎」

「ねえやめてよほんとに……」


 めっちゃ少女に引かれていた。

 正直自分でもめっちゃ気持ち悪いと思う。

 ごめん。


「と、とにかくだ。僕は昨日まで全く普通の生活を送っていたものだから、この世界に関して全く知らないんだ。だから、できれば教えて欲しい」

「私たちからすれば、これが普通の生活のつもりなんだけれど--まあそれは良いわ。とりあえず説明していかなくちゃ、今後の行動的に危なくなってしまうだろうし。それなら、ちゃんと理解して聞いてちょうだい」

「ああ、わかった。よろしく頼む」


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「影炎というのは、さっきも言ったけれど、人の闇なる部分、憎悪や嫉妬や怒り、いわゆる影の部分が実体化して、黒い炎に包まれている化物のことを言うわ。この黒い炎というのが、現状何で構成されているかは不明だけど、何らかの感情であることは確からしいわ。そして奴らは人間を襲い、種類によっては人をも喰らうわ。

「そして、影炎を倒すことができて。それを生業としているのが異陽専。異陽専は、異陽と呼ばれる特殊な力を持っている人間で、この世界にも限られた人間しか所有していない。

「それ故に、異陽を持つ可能性がある少年少女たちは総じて、『特別異陽育成証』を、政府に公式に認められた高校に入学するようになっているの。そして、あるレベルまでいった生徒をこの部活、異陽専門影炎対策部に入部させることを義務付けているの」


 信じがたい話ではあるが、先程の現象や詩織の喋り方や内容のしっかりとした感じからするに嘘偽りないことだろうと思う。


「僕がこの部に入部しているということは、僕もその異陽とやらを持っているのか?」

「いや、まだ持っていないわ。さっき、あるステージまでいった生徒を強制入部させていると言ったけど、異陽を持つ可能性がある生徒には、それぞれレベルが存在するの。

「まずはレベル1。影炎を目視することができる状態だわ。まあこれに関しては、最近の若い層はこのステージまでは行っているわ

「次がレベル2。これは影炎に自らの意思で接触することができる人間のことね。影炎からの攻撃は、どのレベルの人間でも受けることになっているけど、普通の人間じゃ影炎に触れることはできないの。つまりはダメージを与えられないわけ。ちなみに前までの勇莉はこのレベルだったわ。

「次がレベル3。これは、異陽が覚醒してすぐか、まだ暴走してしまっていてコントロールできていない状態のことを指すわ。今までのレベルの生徒は、この部活へ入るのは任意なんだけど、このレベルまでくると、部活への入部を強制させられるようになる。

「最後がレベル4。能力をコントロールしている、もしくはもうプロの異陽専と変わり無いほどの実力をもっているレベルの人間を指すわ。私や彼女はこのレベルよ。このレベルまでくると、年齢がいくつであろうと影炎退治の仕事が本部から来るようになるし、仕事の内容に応じて、会社員のように給料を貰えるようになるわ」

「ちなみに、レベル4以外の人がもしも影炎を倒せたとしても、お金にはなら無いんだよね。まったく本部も本当ケチくさいよねえ」


 と、詩織の話に続けて少女は腑抜けた声で喋る。戦っているときは凛としていてかっこいいというのに、ちょっと抜けている人である。


「なんとなく理解できたが、その本部っていうのはなんだ?」

「影炎対策本部のことだよ。異陽専のための、国の公式的な施設だね。ここら辺の人が仕事送ってきたり、職員の異陽の力で影炎の場所を教えてくれたりしているよー」

「ちなみに、今日きてない部員のレベルはなんなんだ?」

「そうね、一応勇莉以外はもれなく全員レベル4だわ。他の学校なら、ここまでレベル4が集まることはないんだけど、この町は少し影炎の強さや頻出度が他と桁違いだから。ちなみに本部もこの町にあるわ」


 他の地域の影炎は、教室の天井を打ち破って落下してくるほどの凶暴性を持つものはそうそういないわ--と詩織は言う。

 正直、影炎を見たのがあの一回しかないのでわからないが、あのレベルの恐怖心を抉ってくる奴がうじゃうじゃと他のところにもいたらたまったもんじゃない。まあこの町にはうじゃうじゃいるみたいだが。


「とりあえず、今日のところは家に帰って、明日、勇莉の言う昨夜のことを、本部に行って調べてもらうと良いわ」

「まあ、国の公式的な施設だと言うし、そうしたほうが良さそうだな……」


 なんともまあ、意味不明なことに巻き込まれてしまった。もし夢だとしたら、今のうちに覚めてもらいたいものだ。

 と、そんな境遇に対してため息をつこうとしたとき、僕は一つ思い出した。


「--名前」

「名前?」

「名前、君の名前聞いてなかったよね?」

「あーそっか。記憶が抜け落ちてるから、忘れちゃってるのか。

「私の名前は桃浦時菜(ももうらときな)だよ。よろしくね!」


 満面の笑顔で僕に話しかけてくる美少女に、僕はドキッとして、


「天草、勇莉です。よろしく、お願いします……」


 と、おぼつかないながらオロオロと返した。


「いやいや、私はもう知ってるよ!」


 彼女はそう言って、また笑った。


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「で、なんで桃浦さんは、一緒に僕たちの家にいるんだ?」


 リビングのソファに座り、テレビを見ながら、隣にあるマッサージチェアに乗りながら、部屋着になってくつろいでいる桃浦さんに話しかける。


「最近この町にいる影炎が激化しているから、他の場所からプロ以上の実力を持っているっていう評判から、おじさんおばさんが本部に談判して、私が引っ越してきたの。お父さんは本部に住み込みで働いてるし、流石に高校生の私も同じ生活にさせるわけにはいかないから、衣食住は天草家にお世話になってるって感じだよ」


 来た当初も言ったけど、迷惑になっちゃったらごめんねえ--と彼女。


「僕は別に問題ないんだが、学生をそんな無理矢理転校させてきて良いのか? 友達とかいただろうし。他にもプロがいるんだろ?」

「プロの人は本部から完全に配属を決まっているし、契約制だから、そう簡単に配属場所を変えられないんだよー。それに私、中学の頃から影炎討伐の仕事に忙しくて、高校は通信制のところに通ってたから、どうせなら、普通の高校生活を送らせて欲しいっていう要望も兼ねてもらう事にしたんだよ」

「それはすごいな……本部の人は相当桃浦さんに融通を聞かせているんだな」

「まあ、本部の代表が私のお父さんだしねー」

「あーお父さんか……って、え⁉︎ 本部の代表⁉︎」


 僕はびっくりして立ち上がる。なんだよ、すっごいお偉いさんの娘なのか……。まあそれなら、あの強さも納得である。


「急に立ち上がらないでよ。せっせとご飯作りながら、テレビを見て楽しんでいると言うのに。勇莉が邪魔で見えなくなってしまったじゃない」

「ああ……それはすまない」

「あーあ。一番面白いところが見れなかったわ」

「いや、今CM中だろ」

「さっきはCM前だったのよ、ちょっとは考えなさいよ」

「それなら別に良いじゃないか」

「なぜそんなことを言い切れるのかしら?」

「CM前にオチは言わないだろ。大体は『このオチはCMの後!』って感じだろ」

「この番組はCM前にオチをやるのよ」

「それじゃあCM後はなにやるんだよ」

「そりゃあずっと番宣よ」

「どんだけつまらない番組なんだよそれは!」


 そんな番組を楽しみながら見てるんじゃねえ。


「ふふふっ」


 突然笑い出した桃浦さんに、僕と詩織は少しびっくりしてしまった。


「え、桃浦さん、どうしたの?」

「いやあ、ほんと勇莉君と詩織ちゃんの兄妹漫才は面白いなあって。記憶が抜け落ちていても、会話のテンポだけはずっと変わってないなあってさ」

「僕たちは漫才をしているつもりはないんだが……」

「そうよ、私は勇莉が相方のコンビなんて絶対嫌だわ、解散よ。裁判よ」

「だからそんなに言うな! そして韻も踏むな!」

「ふふふっ、そーゆーところだって!」


 完成間近な夕食の香りと、何気ない楽しげな空気が、部屋中に流れていった。


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「「「いただきます」」」


 3人揃って食卓へつき、夕食の時間となった。並べられているご飯と魚の煮物にお味噌汁、安定的に美味しそうなラインナップだ。


「そういえば、父さんと母さんはどうしたんだ?」

「パパとママは仕事よ。有名な異陽専であると同時に、この町の異陽専を、実践の立場からまとめあげられるリーダー的存在だから、毎日遅くまで仕事へ出ているわ」


 前の世界でも、いつも会社のために仕事に追われ、大体夕食は一緒に食べる機会がなかったが、この世界になっても仕事は忙しいらしい。まあだから朝食は毎日揃って食べているわけなんだが。


「そういえば、今日の朝、いなかったよな。どうしたんだ?」

「朝から仕事が舞い込んできてたのよ。私でも倒せるレベルの影炎だったけど、数が多かったから、時菜さんと一緒に早めに家を出たの」

「ああなるほどな。異陽専って学生でもそんなに忙しいもんなのか。特に実践でも使えるレベルの人材となると」

「今日はだいぶ稀なケースよ。私くらいだと、基本的に2日に1件くらいが仕事のペースだから。一応学生だから勉学が主な仕事なのよ」


 とはいえ、2日に1回も仕事があるのか。本当にこの辺の地域の影炎の頻出度は凄いんだな。あんな敵と2日に1回も戦わなくちゃいけないだなんて、僕には絶対に無理だ。


「ああ、そういえば。桃浦さんのあの剣、凄かったね。刀身の美しさはもちろんだけど、戦いが終わった後はシュルシュルって、至って普通な腕時計になっていたし」

「特殊な素材で出来てる腕時計だからねー。私の異陽の特性に反応して、形を変形させられるんだよ」

「なるほどな、異陽専の奴らは、皆あんな感じで物を変形させて戦うのか?」

「それは人によって大きく異なることよ。特に私の場合は、体質的な能力だから、逆に物質的な異陽は使えないわ」

「因みに私は、物質的な異陽と体質的な異陽、どっちも兼ね備えてる、なかなか珍しいタイプなんだよ〜」


 異陽にも様々な種類が存在しているらしい。まあこういうのは、色んな漫画でそういう設定が多いし、特に変わった感じではないわけだが。


「母さんや父さんも、詩織と同じ能力なのか?」

「異陽を持つかどうかは、両親によって遺伝されたりするけど、異陽の能力の内容自体はあまり遺伝しないのよ。それでも、3割くらいの確率で遺伝するけど。あと、時々兄妹で似たり寄ったりの能力が発現したりするわ」

「ふーん、じゃあ僕が異陽を覚醒させたら、詩織と似たような能力になるかもしれないってことか」

「なにを言っているの気持ち悪い」

「お前が今そう言ったんだろ……」

「それはちょっとキモいかなあ」

「桃浦さんまで僕をいじるな!」


 二人の言葉の高速ストレートに、僕は勢いよく椅子から立ち上がった。

 この短期間に、よくもまあここまで、コンビネーションにキレがあるとは……流石本部の代表の娘……侮れない……。


「食事中に無作法よ。座りなさい」

「ぐぬぬ……悪かったよ……」


 少し不問であったが、僕は興奮した心を沈め、落ち着いた心でまた椅子へ座り、食事を再開した。


「ああそういえば、僕、まだ詩織のと桃浦さんのもう一つの方の異陽見てないよな? 見せてくれよ」

「それは無理な話ね」

「え、なんでだ? あまりの強さに、家とか傷つけちゃうのか?」

「私たちはステージ4なんだから、そのくらいの加減は出来るわよ。でも、そうじゃなくて、ルールでそう決まっているのよ」

「ルール?」

「うん。町の戦闘や、影炎がどこにいるのか教えてくれる本部の指令の人たちは、影炎から来る強い炎の力や、異陽を発動したときの強さを感知して、状況を整理したり、指令を出したりしているの。だから、戦闘以外では能力を使っちゃダメってこと」


 まあ暗黙のルール的なのだから、髪に書いてあるとかじゃないんだけどねえ--と桃浦さんは言う。


「そういえば、昨日までの記憶が抜けている割には、案外すんなりと受け入れているわよね?」

「ああ、まあ正直、最初にこんな話をされても信じなかっただろうけど、実物であんな物を見ちゃったんだ。百聞は一見に如かずってやつだな」


 それに、すんなり受け入れているわけではない。受け入れざるを得ないような状況であるというだけだ。現実逃避をして、元のなにもない世界に戻るとするなら、そうするだろうが、この場合、そんなことで世界は変わらないだろう。

 それなら僕は、非日常も非常識も受け止めて、前に進むしかない。僕は元々起業家の息子なのだ。どんな絶望も乗り越える力がなくてはならない--まあ、この世界では異陽専の息子なわけだが。

 それに、純度100%の絶望というわけではない。

 明日本部へ行き、異陽であれ影炎であれなんであれ、なんらかの方法で元の世界に戻れる可能性もあるかもしれないし、なんなら僕みたいに元の世界の住人もいるかもしれない。


「--だから、きっと大丈夫だろう」

「これまでになんの葛藤があったのかは知らない私達からすれば、急にその部分だけ言われるのは、独り言以上のなにものでもないんだけれど」

「まあ、そうだな。僕の独り言だ」

「何よそれ、いじれそうもない返答ね」

「いつも僕の返答から、いじれそうな箇所を探す癖をなくせ……」


 そのまま夕食や全ての工程を終えて、今日1日が終わった。

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