第10話『奴隷幼女とケモミミ幼女』

 ヒデオは、五嘉から渡された地図を元に元後輩、山田千夏やまだ ちかの家の前に立つ。多少の戸惑いはあったが、ヒデオは意を決して、ピンポンのボタンに指をのばす。


 後輩といっても、20歳も年の離れた後輩である。ヒデオと千夏は異なる派遣元に所属している派遣社員であった。


「あれ……って、先輩じゃないっすかぁ。化けて出てきました?」


 ヒデオは、あまりにも拍子抜けな反応に毒気を抜かれる。


「山田は、ぶれねぇなぁ……。まぁ、俺のこたぁ、お化けのようなものと思ってくれ」


 生前、ヒデオは千夏の仕事の失敗のフォローや、社内の人間関係の調整などをヒデオが先輩として担っていた。


 千夏は少し、キャラ的に突飛なところがあり、社内では浮きがちな存在だったので、先輩の英雄の存在は心の支えになっていたのだ。


「じゃあ、うちの幻視ってやつですかねぇ? ファントムペインってやつですか?」


「……お前は、メタルギアソリッド5にはまり過ぎだ」


「あーっはっは。そっすね。あの、パスの描写とかえぐかったっすからねぇ。心抉られたっすよ」


「あれは、結構くるものがあったな……。サイドミッションを全てこなして手に入るカセットテープ聞いた時には、涙腺崩壊。もうね、俺、完全に涙腺崩壊太郎」


「先輩もめっちゃ好きじゃないですかぁ……メタルギアソリッド5。涙腺崩壊.netに接続されちゃいますよね」


 千夏は、一息置いて聞きたかった質問をヒデオにする。


「んで……どうして先輩は自殺なんってしたんですか?」


「理由は、特別な事ではない、いろいろだ。一番の理由は派遣の仕事を続けていて、未来が見えなくなったからだな。このまま生きていても、絶望しかないと思ったんだ」


「あはは、なぁーんだ。そんなことっすかぁ」


「おいおい……! 俺はまじめに話しているんだが」


「いやー。実は、うちもずーっと死のうと思ってたんっすよ。いや今も思ってるっす。実際、今さっき、先輩がうちにくるまで苦しくない自殺の仕方をぐぐってたくらいっす」


「勇気出してピンポンした自分を今褒めてやりたいぜ。お前もしんどかったんだな」


「先輩も薄情っすよ。正直、先輩も死ぬならうちに事前に相談して欲しかったっす。そしたら、うちも先輩と一緒に死んであげたっすよ。心中っす、心中」


「……そこまで追い詰められてたのか。その、なんだ。死んでから言う台詞じゃねぇけど。生前お前がそこまで追い詰められていた事に気づいてやれずにすまなかった」


「いやぁ、ぶっちゃけ先輩が生きていた時は、先輩が心の支えだったんっすよ。毎日、先輩の顔見てたら、生きようと思えてたっす。でも、先輩が死んじゃったあとは、本当に精神きつくて。後追い自殺を今も考えてるくらいっすよっ!」


 まるで他人事のように、軽々しく言っては言るが、千夏の言っていることは嘘偽りのない真実である。このような喋り方ゆえに、いわゆる集団活動の場である、家庭や、学校、社内などでにはうまく適合することができなかったのである。


「それにしても、死んだ先輩がどうやって、蘇ってきたっすか? まさか先輩ゾンビっすか? うちを襲いにきたっすか?」


「いや、ゾンビじゃない。T-ウィルス的な物じゃないから安心しろ。蘇った理由は、謎だ。俺は死後、異世界に転生したのだが、異世界で無双をしていたら、またこの世界に戻ってきてた」


「先輩、死後に異世界行ってたんっすかぁ? まるで、先輩を主人公にしているうちのネット小説みたいじゃないっすかぁ?」


「そういや、なんかネットに小説を投稿しているとか言ってたな」


「そうなんっすよ。それがっすね、酷いんすよ。うちが、自殺しようと思っていた最終的な要因でもあるんすが、その投稿小説がBANされたんっすよ」


「俺が主役ね……。その小説タイトルは?」


「先輩が主人公の小説のタイトルは『Re:勇者パーティーから追放されたアラフォー独身おっさん転生者・リトライ! ~チートおっさんが奴隷幼女と一緒にスローライフを満喫しながらマイナー職業で世界最強!で成り上がり!』っていう小説を書いていたんっすけど、なんかBANされちゃったんっすよ」


「まず、タイトルがいろいろとエグイな……タイトルに問題あるんじゃないの?」


「いやー。特にタイトルは問題なかったみたいっすよ。なんか運営さんからのメールには、うちの書いている小説の内容が規約とやらに違反するとかでBANされっちゃったっす。意味がわからねーっす」


「……ちょっと、BANされる前の文章みたいから、原稿見せて」


「あいっす」


 ヒデオは、千夏のPCを覗き込む。


「おま、……こりゃBANされても仕方ないよ……。いや、これ運営悪くないわ」


「なんでっすか?」


「……これ、俺さ、先っぽ入れちゃってるじゃん。R18じゃん。まずいヤツじゃん!」


「でも、異世界転生の物語とはいえ、一緒に冒険している異性に数年経っても手を出さないってそれも不自然じゃないっすかぁ? もうサイコパスの領域ですよ」


「気持ちはな、気持ちは分かるけど。お前な。ここのサイトのトップページにある規約を見て見ろ……。このサイトはR18はNGだぞ。せめてそういうシーンを書くのならなぁ、朝チュンみたいな感じで、ベットの中に入ったあとの描写はボカスとかだなぁ。まあ、そういう工夫が必要になるわけだよ!」


「あらま」


「あらま、じゃねーよ……。保険の約款とか全然読まないタイプだからな。上司に提出する前の書類とか俺めっちゃ修正入れてたの思い出したわ。この後輩、ほんとぶれねぇよなぁ……!」


「褒めないでくださいよぉ先輩。照れるっす」


「いやな、褒めてはないぞ? 一言も褒める要素は含まれてなかっただろ!」


「いやーでも、困ったっすねぇ。正直、最悪にゴミみたいな人生の中で、投稿サイトに先輩が異世界で無双する小説をあげることが唯一の楽しみだったんすが、そうなると、断筆するしかないんですよねぇ……。生きてても仕方ないし、先輩と同じように死ぬしかないっすかねぇ……。ほんと、書きたいことも書けないこんな世の中じゃ」


「——、言わねーぞ? 言わねーからなっ!」


「ケチ。いけず」


「後輩よ……。あのね。R18に対応している投稿サイトっていうのもあるんだよ。例えばだね、このタクノーンっていうサイトあるだろ? 小説を投稿しているんだから、名前くらいは知ってるだろ?」


「いや、知らネッス」


「いや、あるんだよ! まず死ぬ方法をググる前に、そっちの方をググれよっ! このタクノーンならそういう、お前が書きたいえちえちなシチュエーションを思う存分心置きなく書くことができるわけだ。インサートオッケーなわけだよ」


「おお……。さすが先輩、もとい、さす先!」


「ネットネタ風に言い直さなくても良いぞ」


「じゃあ、タクノーンに改稿版を投稿する時は先輩の異能を籤引き師くじびきしから、竿師さおしに設定変更して、幼女とえっちなことをするほど強くなる設定に変更しますね。きっとその方が、先輩も異世界で楽しく過ごせるでしょ?」


「おいおい、根本の設定を変えるなよ! なんだよ、竿師って! そりゃ、そんな職業だったら勇者パーティーを追放されても仕方ねーわ。もともと読んでくれていたファンが離れるだろーがッ!」


竿師さおし駄目っすか? それなら汁師とか?」


「どっちも駄目だ! それになぁ、幼女……。幼女は、うん良いんけど、もっと重要なのは遵法精神なんだよ! 最優先事項は合法であることだ。だから、奴隷幼女リデルと、ツンデレな獣人の幼女テトも、なんとかして18歳以上という設定にしろ!」


「……えぇー。幼女なのに18歳以上ってどうやってやるんすか?」


「例えばだな。幼女リデルは一件、見た目は幼女に見えるが、それは幼少時代に奴隷として扱われたことによる過度の栄養失調が続いたために、成長が止まったというのはどうだ? でも、それだとちょっとかわいそうだから、悪い魔物に石像にされていたから肉体は老いずに5年過ごしたという設定でもありだ。一応18歳で通る」


「ふむふむ。なるほど。じゃあ、幼女獣人のテトちゃんの方は?」


「たとえばだな。某タヌキ獣人の場合は精神の成長とともに肉体も成人への成長しただろ? その逆バージョンをやれば良いんだよ。年齢が18歳でも、精神が満ち足りた状態では肉体は幼いままでいられる! そして18歳までに幼女の姿のままでいた獣人は、その姿で成長が固定される。みたいな設定なら大丈夫だ!」


「いやー! 参考にんるっす。これで、先輩もえちえちな事ができますねぇ」


「いやね。実は、俺も異世界に居た時に、魔が差して一緒に寝ている子のおっぱいを揉もうとしたんだけど、そうしたら急に世界が赤く点滅して、おまけにこの世の終わりのようなアラートは鳴り出すわ、『×』マークの警告ポップアップが出るはでビビったぜ……」


「あっはっは。先輩だって手出しかけてるじゃないっすか。遵法精神が聞いて飽きれるっすねぇ」


「だって、奴隷幼女のリデルちゃん、毎日毎日、奴隷時代を思い出して怖いから俺のベットの中じゃないと眠れないとか、潤みながら言うんだぜ? それを毎日手を出さずに堪えるとか、拷問だぞ? まじで、頭おかしくなりそうだったぜ」


「はっはっは。うける」


「でも、変態のお前がいままでえちえちなシーンを描かなかったことが逆に俺にとっては意外ではあるんだよな」


「うーん。書きたくてもうちは経験がないせいか、うまく書けなかったんすよぉ。うち処女っすから。やっぱり、ヴァージンロードはヴァージンのまま歩きたいじゃないっすか、できれば先輩と歩きたかったんすけどねっ!」


「お……。おう、そうか」


「うーん。でも、これから投稿先がタクノーンに移るんっすよね」


「——、うん? そうだな」


「そうなると、やっぱり具体的な性描写、つまりセックス、激しい絡みみたいなシーンを描かなければならないじゃないっすか? そうなると、うちはやっぱり実戦経験が重要になると思うんっすよ。うん、絶対必要」


「まぁ、そうなるか?」


「先輩、パンツ脱いでください」


「——、へ?」


「乙女に同じことを言わせないで下さいよ」


「    」


「何空白してるんですか、パンツ脱いで下さい」


「いや、ちょっと待って! 心の準備が……」


「うちは処女ですが、まさか先輩も、童貞っすか?」


「どどどどど童貞ちゃうわっ!」


「なら、素人童貞?」


「いや、まあ、その、あはい。プロの方と、致しました」


「ならお互い童貞じゃないですか。童貞同志、今日は二人で楽しみましょうよ。先輩今日は寝かさないっすよ!」


「お、おう! 先輩に任せておきな、さい!」


 千夏は、感情が溢れ、自分の目から溢れだそうとしているものをヒデオに見せまいと、がばっと先輩に抱き着く。ヒデオは自分の肩が、千夏の瞳から溢れ出たもので濡れた感触を、確かにその肩で感じていた。


「先輩……。本当にうちは、先輩のこと、好きっす。好きだったっす……」


 二人は、千夏の家で一晩を過ごしたのであった。

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