第9話『10万分の1の1人』

 意識を失ったヒデオが目を覚ますとそこには、心の内を反映したような曇り空とあの黒ローブを着た少年、五嘉がそこにいた。


「へっ……っ、ざまあねぇなあ。小僧、俺の命を奪いにきたか。いいぜ。——やれよ」


「ボクの方からキミに対して何かすることは無い」


「はん。……まさか、俺を殺そうとしている奴に心配されるとは俺も焼きが回ったもんだ」


「……」


「いや、そもそも俺自体がそんなに大した存在じゃなかったってことかな。よく考えたら、俺は大した人間でも無かったもんな。ただの10万分の1の自殺者の一人だ」


「————10万分の1。日本の一年間の自殺者の総数だね」


「なぁ。小僧、……一つだけ教えてくれねぇかな? 俺が転生した『異世界』っていうのは一体、ありゃあ何なんだ?」


「それは、キミも既にある程度察しがついているのではないかな」


「——あれは、死後の世界で、死者の魂を慰めるための妄想か何か? ——それともあれは、天国だったのか? 生前の宗派から考えれば、俺は地獄に行くはずだが?」


 ヒデオの転生前の宗派はキリスト教。彼が好んで入信したというわけではなく、親がキリスト教だから親と同じ宗派に属し、特に不満もなかったので宗派を変えなかっただけのことではあるが。


「——ボクが答えられることは実はそう多くない。結論だけ言うよ。異世界は存在する。この世界と同じように実存する世界。そして、キミの言う、地獄と天国も存在する」


「地獄でも天国でもなく、マジで異世界に転生したと言いたいのか? それとも慰めのつもりか?」


「いいや、慰めではないよ。ボクはキミの質問に対して答えただけだ。キミのいう通り、キミの命を奪おうとしているボクがそこまでする義理はない。ただ、存在するといってもとても脆弱な世界でもある。キミがこの世界に帰還した理由にも関係している」


「俺が……。何をすれば良いって言うんだよ。小僧の言う、俺を想っている人ってのが全く心当たりがねぇ……。生前の記憶を全て取り戻した今でもマジで分からねぇんだ」


「これがボクが提供できる最後のヒントだよ」


 五嘉が一枚の紙を渡す。


「んだよ。これ、俺の後輩の山田の家の地図じゃねぇか……」


「そうだね。キミが転生して開口一番に挙げていた山田さんという人の家だね」


「そこに行けば……。どうにかなるっつーのか」


「さあ」


「そうかよ……。とりあえず、今日のところは感謝するよ。殺そうとしている感謝するっていうのも妙な気分ではあるけどよ。それでも、まぁ、ありがとよ」


「どういいたしまして。その時がくるまでは、息災で」


「けっ……。何が息災だぁっ!」


「じゃあね」


五嘉は、異世界帰還者ヒデオの元を立ち去り、死角に隠れていたミリアと合流し、消えていった。


「しーくん、ヒデオっていう人にあそこまで干渉しても大丈夫? 心配なの」


「過干渉とは思ったけど、精神的に限界っぽかったからね。不必要に苦しめるのはあまり面白いものではないから」


「異世界帰還者への過干渉は、——危ないなの」


「そうだね。ボクだけじゃなく、ミミにまで危険が及ぶのは本意ではないよ。ボクとミミは一心同体、運命共同体……。死ぬ時は、一緒だ、ミミ」


「うん。私たちが殺される時は一緒なの」


「まったく——、ままならないものだよね」


「同意なの」

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