第5話『異世界 対 セカイ』
ユウタは不可視化の異能を用いて母親の手術を見守っていた。癌は何カ所にも転移しており、手術で助かる可能性は絶望的と見なされていた。
事実、手術中の医師の様子を見る限り、かなり複雑で困難な手術だったようであることはユウタは目で見て理解している。最後に命を繋ぎとめたのは、生きようとする気力であった。
手術前に息子である雄太と出会えたことによって、生に対する執着が強くなったことが大きいだろう。ユウタが母の命を救ったと言っても良い。
手術は無事に終わった。母の手術に安堵したユウタは麻酔によって病室で寝ている母に、置き手紙をしてユウタは病室を去る。
「これで、想い残す事はもうねぇな……」
ユウタは一人、呟く。
「——そこに居るんだろ。余言者」
認識遮断の能力により姿を隠していた余言者が姿を現す。 ユウタがタキオン粒子を展開する範囲内はではその粒子が振れた存在が不可視の存在であれ、特定することが可能である。——ソナーにも似た能力である。
「厄介な異能だね。タキオンっていうのは」
ユウタはその言葉ににやりと笑う
「まぁな……。かーちゃんが、俺のために作った異能だから。当初はSFのタキオン粒子の性質に限定された能力だったが、ノートの冊数が増え物語が拡大するごとに、能力は拡大解釈され、今やほぼ万能の能力にまで昇華されている。00ガンダムのGN粒子みたいな万能な存在にまで昇華されている。防御に、攻撃に、移動に、偽装に、空中戦闘に、何でもござれだ。要するに、設定ガバガバのチート能力ってわけだ」
「余命の刻限が来るまで、あと、5時間。具体的には『7月10日22時36分』だ。それ以前に死んでも構わないということかな?」
「——いや違うね。死ぬのは俺じゃない」
「……?」
「死ぬのはてめぇだ。——俺によるてめぇの一方的な殺戮だ! うおおぉおおっ! タキオンドライブ・エア・バーストッ!」
圧縮された空気が余言者の少年にぶち当たり、病室の壁ごと吹き飛ばし少年は4階の病室の外に強制的に外に突き落とされる、——否。少年は、右のロープの袖から放った糸を放ち、病院の外壁に括り付け落下を阻止する。
「器用な野郎だ。——スパイダーマンかっつーんだ!」
「やられたよ、不意打ちとはね。本気の殺しあいの前に、ボクも名乗りを上げておくよ。ボクの名前は
五嘉は、黒ローブの袖の裏側に隠した暗器である、隠し糸を飛ばしユウタの右腕に括り付け、4階からの自由落下の巻き添えにする。
「ぐなあらっ! 俺も落下の巻き添えにしよーってぇのか! 二度も飛び降り自殺をする気はねぇ! ——キオンドライブ・ウィークニング・グラビティー! タキオンドライブ・マキシマム・エア!」
自分の触れているものに限定して、局所的に重力を弱め、同時に地面への墜落を避けるために、足場をつくり踏みとどまる。空中戦闘は——ユウタのの領域。
五嘉に空中戦闘の能力はない。まるで物語の蜘蛛の糸の話しのように、極細の糸をユウタに巻き付け、その糸が千切られれば、自由落下により地面に叩きつけられ即死は免れない。
「しつけぇ野郎だ——タキオンドライブ・パワー・ライザー!! バターにして溶かして殺すぅ!」
ユウタは身体能力を右腕部に限定して強化。まるで砲丸投げでも振り回すかのように遠心上に振り回す。人間を砲丸のように振り回すユウタは、やはりこの世界の人間では無い。もう異世界人なのだ。
「——っ痛てぇ!」
ユウタの右頬を五嘉の漆黒のローブの袖の内側から射手されるスローイングダガーが掠める。致命症を負わせられるだけの傷ではないが、それで十分、何故なら——
「毒蜘蛛ブラックウィドーの毒。異世界帰りのキミを殺すまでには至らないだろうけど、視神経を麻痺させるには十分だ」
タキオン粒子の残量は有限であり、攻撃に利用している時は防御が薄くなる。その特性を五嘉は利用した。
ユウタはまるで自分の目が、スリガラスになったかのように眼球の焦点が調整できなくなる。とはいえ、すりガラス越しとは言え見えないわけではない。
「——次から次へ姑息な手を! タキオンドライブ・レイジング・チャージ!」
タキオン粒子を全身にまとった状態で、五嘉に全身でぶつかりに行く。自分の全身を弾丸と化す、捨て身の技。異世界では、この技で甲殻竜カドモスを貫いた、対魔獣向けの必殺技。——少年の体を弾丸となった自分の身体でブチ貫く!
「——っローブ?」
——ブチ貫いたと思ったのはローブ。まるで、重力を思い出したかのように、はらりと黒いローブが舞い落ちる。この世界に帰還した時に、一番最初に体感した少年の能力。
「ミミ、今だ——座標、WGS84359084602154139820642017——ファイア」
《了解なの。座標確認。発砲許可受領》
4階建ての病院の向かいのビルの屋上に待機していた、ミミという名前のメイド服の少女。
《
少女の右の眼球が深紅に光る。
機関銃の銃身がギャリリとけたたましい音を立てる。ローターが回転し、ミリアの足元には夥しい数弾の空薬莢が積みあがる。そして、放たれた弾丸は一発も逃さずユウタに直撃する。
「タキオンドライブ! 全力っ——マキシマムッ! タキオンドライブ・トリプレット・エアシールダぁああああああ!!」
巨大なる青き3枚の盾が空間に出現。メイドの少女の機関銃の弾丸を受け止めるも、一層目の青き盾が破壊される。いま少女が発砲している弾丸は39mmダムダム弾。初日のゴム弾のように生易しいものではない。
異世界の翼竜種であれ、これを食らえば蜂の巣になることは避けられないだけの破壊力と衝撃。タキオン粒子で作られた障壁はガラスのようにバリバリと破壊され、二枚目の盾も砕かれ、最後の一枚目の盾もいままさに崩れ落ちんとしていた。だが、唐突に銃声が鳴りやむ。——銃身の異常過熱のためのコックオフ。
「——はぁ……。はぁ。耐えたぜぇ、これで、終わりだ」
「そうだね、——終わりだ」
左腕の袖の下から伸びた更に極細の糸が、ユウタの全身に括り付けられている。自分の前方の三層のシールドの展開に全タキオン粒子を集中させていたため、自分の体の表面を覆うタキオン粒子は最小限になっていた。——五嘉はくいっと左指の中指を折り曲げると、まるで糸が切れた操り人形のようにユウタは動かなくなる。
「——彼岸花」
五嘉が口にすると一瞬遅れて、右上腕が自由落下によって落下し、遅れて他の肉体の部位も、バラバラになり地面に落ちる。体がバラバラになり、自由落下によって地面に墜落せんとするユウタは、その隣に同じく落下する少年の姿を見た。ユウタがこの世界で聞いた最後の音は、水に打ち付けられる音であった。
「異世界転生、ユウタの執行完了。ミミ、撤収だ」
川に墜落し、びしょぬれになった少年が通信で伝える。
《了解なの。彼の行き先は?》
「彼が暮らしていた元の異世界。彼は余命まで、やるべきことをやり切った。彼と、彼の母にあった、後悔と未練は断ち切られた。彼は、彼の生きるべき世界で生き続ける」
《今回もギリギリの戦いだった、なの。しーくんの余裕がありそうな芝居は大したものだとは思うけど、実力をしってる私は、いつも内心ひやひやナノ》
「大丈夫、それにボクが失敗しても、ミミが居るだろ。二人ならどんな相手がきたって負けない、——たぶんね」
《たぶんって……。はぁ》
「まぁ、ベストを尽くそう。ボクらが死んでも転生先の異世界は無いわけだから、一つしかない命を大事にしよう」
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舞台は切り替わって、ここはユウタの元居た異世界。
朦朧とした意識のなかユウタは清々しい風と、生い茂る草や花の香り。そして、暖かく柔らかい感触と暖かいぬくもりを頭の下に感じる。
「……。ここは?」
「私の膝枕の上よ。ユータ、私のことががわかる?」
「えっと、俺の恋人のリーファちゃん?」
「記憶は大丈夫なようね」
ユウタの顔を、彼の異世界の仲間である、リーファ、サラーニャ、ティータが覗き込む。みんな、心配そうな顔をユウタに向けている。
「俺……。どれくらい、意識失っていたんだ?」
「3日くらいかな? 秘匿されし洞窟の100層の最深部の宝箱を開けてから意識を失って。もぅ! 本当に心配したんだから!」
「あれは、夢だったのか……?」
「夢? ユータ、それはなんの話?」
ユウタは、ステータスウィンドウを開き、戦闘履歴のバックログを確認する。そこには、エネミー
「俺……頑張るよ。この世界で、もっと頑張る。だから、リーファちゃん、サラーニャさん、ティータたん。これからも、俺に付き合ってくれ」
「あたりまえにゃー。ゆーやんは、魔王を倒すっていう目標があるにゃー」
「そうですよっ! それが終わるまで、冒険は続くのですよーっ!」
「いや、——魔王倒しても、まだまだ俺たちがやることは残されているはずさ。だから、とにかくやれるだけのことはやろう! 俺ももっと必死に頑張る!」
「恋人の私から見ても正直、ユータってちょーっと悟ったようなところあるなーって感じたけど、随分と変わったね。うん、今の一生懸命なユータならもっと好きになっちゃうかも、私」
「上には上がいる。これからは、いままでよりも強い敵があらわれる可能性だったある。だから、俺はもっと強くなる! 俺だけじゃなくて、みんなを守るために!」
そして、異世界転生者ユウタと、彼の暮らす世界に住む人々の物語は、この先彼の命の炎が燃え尽きても、星の終わりがくるまで続くのであった。
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