第2話『201Q年7月9日』
ここは埼玉県越谷市、ユウタの育った街である。余言者を騙る少年との戦闘から一晩明けた。越谷市、近くに日本有数の巨大ショッピングモール、越谷レイクタウンがあるという点以外は、特徴のない街である。東京の会社に通勤する人達が暮らすベットタウンでもある。
ユウタは、黒ローブの少年との戦闘後に、ユニクロから強奪したジーンズとジャケットに着替え、この世界の人間の姿に偽装している。
背中のクレイモアや装備品は、粒子状にしており、いつでもユウタが望んだ瞬間に装着できる状態にしている。
「なんっつーか、元の世界って、しけてるっていうか色あせてるな」
誰に語るともなくユウタは呟く
「確かに俺は『元の世界に戻りたい』とは思ったけど、実際に元の世界に戻ってみると、いかに異世界が美しくて、鮮やかな世界だったのかということを思い知らされる」
灰色の空、色彩をかいた街、異世界で言う所のアンデッドのような道行く人の顔。間違いなく、ここは彼の暮らし育っ街、越谷だ。
服装を変えた今すれ違う人間も彼が異世界からの転生者だと気が付く人間はいない。通り過ぎる人間も、ユウタに気づく人間もいない。
元より、ユウタは高校での人間関係の構築に失敗し、登校拒否児をし、家に籠城するように暮らしていた引き籠りだ。ネット上の友人くらいはいたが、越谷の街で彼の姿を見て声をかけるような親しい間柄の人間はいない。
まして、もし知り合いがいたとして、彼はこの世界では『死んだことになっている』ので、人間違いと思い通り過ぎるだろう。
「リーファちゃん元気にしているかなぁ。サラーニャさんも、ティータたんも。あいつらが、元気にやっているのか気がかりだな。きっと、俺が消えて今頃大騒ぎになってそうだな。早く戻って、安心させてやりたいが——、まずはあの少年をどうにかしないといけないな」
この世界——越谷には、特に会いたい友人もおらず、読みたい漫画もないので、特に理由があるわけではない。
——ユウタがいま訪れているのは、彼の遺骨が納められている墓地である。
「異世界なら絶対にアンデッドモンスターがあらわれるスポットだよなぁ。こんだけ墓を密集したら、ものすごい強いアンデッドとか生まれそうなものだ。まぁ、スケルトンとかゾンビとかの雑魚キャラばっかでるから、序盤の良いレベリングスポットでもあるわけだがな!」
ユウタがの目の前の墓石には日番谷家の墓と書かれている。日番谷雄太の遺灰のおさまった墓の前。転生、つまりこの世界で死んだことを否が応でも、目の前に突きつける物である。
「分かっちゃぁいたが、すげー変な気持ちになるな。異世界で幸せに生きているのに。こっちの世界では死んでいるんだな……。なんかふわふわとした、落ち着かない気分だ」
日番谷家の墓前で、ユウタは座り手を合わせ、目を瞑る。墓は綺麗に磨かれ、墓前には萎れた花束が置かれていた。定期的に誰かがこの墓に訪れ、花束と線香を置き、掃除をしてくれていることがはっきりと分かった。
「かーちゃん、……だろうな。突然、死んだもんな。俺」
この地球での死は、異世界での死とは異なり非常に重いものだ。この世界では、死ねば復活する事ができない。
選んでもないのに初期設定で、サバイバルモードを選ばされるとんだクソゲーだ。せめてノーマルをクリアしてから2週目のやりこみ要素にして欲しいものだとユウタは考えた。
ユウタが転生した異世界では、魔法の力で死者を蘇生させることが可能である。だが、この世界では、そのような奇跡は起こらない。そして、彼の異能には人を蘇らせる力などない。もとより——、
「この墓の下にある骨を蘇らせたら、魂のないアンデッドが生み出されるだけだろう。自分自身のアンデッドを見るなんて自体は避けたいものだな……」
ユウタは日番谷家の墓を、軽く墓地の共用のやかんで水を上からかけ、掃除し、墓地を離れる。
次に彼が向かうのは越谷の図書館。目的は、ユウタをひき殺したトラック運転手を調べるため。自分を殺したトラック運転手に一言文句を言いたかった。危害を加えるとか、物騒な事は考えていない。なぜなら、ユウタは異世界で幸せに暮らしていたのだから。
その手掛かりを探すために、ユウタの地元の図書館の新聞資料室にいき、当時の自分の転生した日の新聞を探した。新聞資料室には5年間分の新聞が保管されている。転生したのは3年前なのでその点は問題がないはずだ。
「なんか、変な気分だぜ。お悔み欄で自分の名前を探すっていうのは。それにしても地方新聞のお悔やみ欄は充実しているな。……お隣の早良田さん家のおばあちゃんも、ガンで闘病の末に亡くなったのか」
なんとなく、自分の転生した日の”お悔やみ欄”を覗くのに抵抗があり、他の日ばかりを覗いてしまう。
(これ以上考えても仕方ないな……そろそろ見るか)
「俺が死んだのは201Z年7月10日だったか。確か、あの日コンビニに夜食を買いに行ったら、トラックに轢かれたんだよな。一発くらい俺を殺した相手の顔を殴らないと気がすまないぜ。まあ、軽く殴るくらいで許してやるつもりだけど」
ユウタは自分が転生したその日、201Z年7月10の自分のお悔やみ欄を読んだ。
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