異世界帰還者を狩る者
くま猫
第一章:異世界帰還者ユウタ
第1話『異世界帰還者——ユウタ』
異世界転生者ユウタは、路地裏のコンクリートの上で寝そべっていた。空を見上げると、雑多な廃墟ビルが照らす猥雑な光と、満月がユウタを照らしていた。
「ここは——、この景色、まさか……地球? ——戻れたのか?」
ユウタの記憶は途中でぷつりと途切れている。
ユウタの最後の記憶では、仲間達と共に隠された洞窟の最深部第100階層、祭壇の間に辿り着き、そこで待ち構えていたエンシェントドラゴンを打ち倒し、宝箱を開けた時で途切れている。
まばゆい光につつまれ意識を失い、目覚めた時には、彼の転生前の世界、地球に帰還していたのだった。帰還した時の影響のせいか、若干記憶があいまいなところがあるが、——。
「……。『元の世界に戻りたい』とは言っていたが、何の前振りも無く、いざ唐突に元の世界に戻されてみると、なんともいえない気持ちになるな……」
ユウタの冒険の目的は地球に戻ることであった。だから、こうやって地球に戻れたことは本来、喜ばしいことに違いないはずなのであった。
そうは言っても、その願いが前振りももなくこうも唐突に訪れると、それはそれで納得のいかないところがあるらしく、ユウタは一人呟く。
彼の転生する前の名前は、
「俺が地球から異世界に渡って、二年くらいか。戻りたいと言ってはいたけど、いざこうやって戻ってみると、なんていうか、……猥雑で暗くて、全体的に灰色がかった世界だな」
——誰に語るとでもなくユウタは一人呟く。異世界の夜空と、地球の裏路地から眺める夜空を比較してそう感じるのだった。——空には二つの月が浮かんでいる。
「こんばんわ。——異世界転生者のユウタ君」
黒いローブを羽織った少年が、地面に寝そべったユウタを眼下に見下ろしながら、語りかける。——、ユウタは異世界で鍛えられた五感を最大限働かせ、自身の危機を本能的に察知する。
「ッ——! タキオンドライブ・アクセラレーションッ!!」
ユウタは自身の直下に、青光につつまれた六芒星の魔法陣を出現させる。異能の発動、ユウタが異世界で渡り合ってきたタキオン粒子という粒子状の光を身にまとうことにより、高速移動を可能とする異能、——異世界転生時に付与された能力である。
ユウタは脚部にタキオン粒子を集中させ、コンクリートの地面を蹴り、目の前の黒いローブを着た少年と一気に距離をつめる。そして、少年の身体を掴んだと思ったが、これは残像。
「残像……お前、一体何者だ?」
「ボクは『余言者』——転生者の命を奪うモノ」
「はん、——呪術師の類か」
「キミの余命は、今日も含めてあと3日。具体的には7月10日の22時36分だ。その時に、キミの命は強制的に刈り取られる」
「はぁ? 上等じゃねぇか——雑魚が。まどろっこしい事は苦手なんだよ、今殺しに来いよッ!」
ユウタは背中に背負ったクレイモアのグリップを右手に握りしま、すぐに抜剣できるように構える。
「ボクのことはどのように理解してもらっても結構。キミがボクと会う事を望むか、余命の5時間前までは、キミの命を奪わない。——空気のようなモノだと思っても、良い」
「てめぇが空気ねぇ、この路地裏の空気のように、随分と澱んだ空気だなぁ? おい」
「——その物騒な獲物を抜く前に一つだけ、伝えたいことがあるけど、いいかい?」
——ユウタは肯定も否定もせず、沈黙をもって言外に了承の意思を伝える。
「ありがとう。異世界からの帰還者ユウタ。キミはこの世界で何かやり残したことはないかい? 残されている時間はとても短い。くれぐれも後悔の無きよう、貴重な時間を過ごして欲しい」
やり残した事。——この世界に残した未練。言われなくてもユウタにはそんなモノは数えきれないほどあった。だが、——
「てめぇに話すつもりはねぇ——。誰だか知らねぇが、この俺にサシで勝負を挑んだことを後悔させてやんよ! タキオンドライブ・スローイング・エッジッ!」
余言者である少年は、ユウタが背中のクレイモアを抜剣。剣の鞘の中でタキオン粒子によって加速さたクレイモアが、振り下ろされる。余言者を名乗る男は、この超速の一撃を最低限の動作で回避するが、斬撃が頬の横を切り裂き、切断された髪が散った。斬撃を飛ばすファンタジー世界の異能。
「危ない、——あやうくボクが殺されるところだ。今日は、おいとまさせてもらおうか」
「へっ! 殺すつもりで放っているんだから当然だ、黒ローブ」
「では、ボクは逃げさせてもらう」
「タキロン粒子を駆使した加速の使い手の俺相手に鬼ごっこっでもしようってーのかよっ!」
これに黒ローブの少年は、否定も肯定もせず、闇夜に溶け込むように入り組んだ路地裏の闇に同化する。
「逃がすかよっ! タキオンドライブ・ダブル・アクセラレーション」
ユウタの全身を包む淡く青い光がより強いものとなる。未知の粒子を操作することで自分の体と、外の世界との時間の流れを変えることで加速する異能。
ただし、そのタキオンの力を強化するほどに自身の体に負荷を高まる、諸刃の剣。特にユウタの恋人のヒーラーのエルフが存在しないこの地球では、あまり無茶ができないという弱みもある。
超加速によって、黒いフードの男の背中が徐々に接近する。その距離わずか5メートル。
「これでしまいだぁッ!」
鞘の中でタキオン粒子を加速させることで、最大限の加速度で斬撃を放つことが可能となるタキオン・スラッシュを黒服の背中を切り裂く。 空中をはらりと、黒ローブが舞う。
「——、なにっ?!」
少年が羽織っていたローブが切り裂かれるいるのみで、少年は既にそこにはいない。
ユウタがその違和感に気づいた、刹那——、黒いローブ越しに、無数の銃弾がユウタの全身をとらえる。無数の弾丸がユウタに直撃する。ユウタはタキオン粒子を全身に張り巡らせることによって、銃弾を受け流し、弾丸の衝撃を散らす。
はらりと、ローブが地面に落ちた時に、そのユウタの射線上に姿を現したのは銀髪メイド服の小柄な少女。
少女はサブマシンガンのカートリッジを交換するや否や、ユウタに向かって再掃射を開始しする。掃射を続けながら、口元で手りゅう弾の信管を引き抜き、そのままユウタに向かって投擲する。
「——、手りゅう弾くらい、俺の——タキオンならっ!——タキオンドライブ・エアシールド」
ポシュゥ……。気の抜けた音が、少女の投げた手りゅう弾から聞こえるのみ。だが、それで少女の目的は十分。男に投げたのは、手りゅう弾ではなく、スモークグレネード。目的は相手の視界を塞ぐこと。
ユウタが、煙幕の中を抜けた先には、巨大なバイクに跨る少女と、後部席に座る余言者を名乗る少年の姿があった。少女が駆るGSX1300R ハヤブサ。エアロダイナミックフォルムによって、空力抵抗を最小限に抑えたこのモンスターの最高時速320kmを誇る。異世界の異能を駆使したとしても、彼らに追いつくのは容易ではない。
「ちっ……。仲間がいないこの世界で、状況が分からないままでの深追いは禁物か」
ユウタは、服に残った少女から直撃させられた弾丸を手で払い、そして違和感に気づく。
「ゴム弾? 舐めやがって……。約束の日までは命を取らない、そう言いてぇのか」
少女が放った弾丸は
「面白れぇ。7月10日の19:36分に命を奪うだぁ? その喧嘩受けて立とうじゃねぇか」
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