第3話

「そういや、お前ん家行ったこと無いよな」


 帰りの電車でコウキが僕にそう言った。

 コウキは僕の家に行ったことはない。当たり前だ。そもそも招待なんてしてないから。コウキとはよく遊ぶが、それはネットゲームでのことだ。だいたい、リアルで顔を合わせて何して遊ぶんだ。通話でいいだろう。


「ああ、うん……たしかに」


 とりあえず適当に相槌を打っておく。


「ていうかさ、流星、お前先週のテストどんな感じだった?」


 流星、とは僕の名前である。

 それにしても、先週テストなんてあったかな。

 僕は思わず首を傾げてしまう。


「なんだよ、覚えてないのか? 俺達が高校に入学して初めてのテストだぞ? 昨日順位が張り出されてたんじゃないか?」


 ああ、あれのことか。確か七位だった気がするけど、どうでもよくて覚えていない。ただ、全てに回答できていたことはハッキリと覚えている。


「……ごめん、覚えてないや。全部回答したことはわかるんだけどさ」


「――ウッソだろお前全部解けたのか!?」


 コウキが思わず大声を出してしまい、周囲の視線がこちらに注目してしまう。

 コウキは僕の頭がいいことを知らなかったようだ。まあ入学して一ヶ月も経ってないし当然か。


「俺なんて五教科の合計点数200にも届いてないんだぞ?」


 コウキ、それは流石にヤバイんじゃないのかな。あれは中学生でもちょっと頭を使えば解けるような簡単な問題ばかりだったのに。

 ちなみに僕は490点である。そのことをコウキに伝えるとコウキは、


「それだけとれば10位には入れるんだな」


 と、何か企んでいるような様子だった。

 諦めろコウキ。君はどれだけ頑張っても100位に入るので精一杯だ。コウキは僕と頭の作りが違うから。


 そうしてコウキと雑談していると目的の駅に着いた。最初にコウキの家によって、オイルを持ってきてもらい、そこから僕の家に行くのだ。


「なんか見覚えがあるぞ……」


「お前が覚えてるってことはお前ん家、ここの近くなのか?」


 なるほどそういうことか。それで見覚えがあったのか。


「まじかよ……お前、最寄り駅すら覚えてなかったのか……」


 コウキが驚いているが、僕はスルーする。ていうかコウキ、僕の家の近所に住んでいたとはね……


 住宅街を10分ほど歩くと、コウキの家に到着した。歩いている途中で、自分の家を通り過ぎたが、とまる意味もないので、気持ちよさそうに一人で話しているコウキの邪魔をしないようにと、そのまま通り過ぎた。


「ここが俺の家だ」


 コウキの家は立派な一軒家で、僕の家よりも大きかった。庭も綺麗だし新築なのかな。


「じゃあオイル持ってくるわ」


 そう言ってコウキは家の中へと入っていく。僕は鞄からノートパソコンを取り出し、課題のレポートに取り掛かる。

 ロボットの役割と応用についてまとめなければならないのだけど、こんなの中学生でも二時間もあればできると思う。


 書き始めて二分ほどすると、コウキが水筒のような小さな容器にオイルを詰めて持ってきてくれた。


「うっわ、もうやってんのかよ……さすが優等生。ま、いいや、それより早くお前ん家行こうぜ」


 僕はノートパソコンをしまうと立ち上がって歩き出す。コウキも僕についてくる。


 数分歩くと僕の家に到着した。コウキが何か言いたげな顔をしているが僕は知らないふりをした。


「ここだよ」


「お、おう……お前ん家、けっこうでかいな」


 大きく見えるのはきっと倉庫のせいだ。

 僕はコウキを倉庫へと案内する。


「秘密基地……!!」


 などとコウキが眼を輝かせていたのが気になったが、彼も男だ。しょうがない。僕にもあんな時期があった気がするので返す言葉がない。


「さあ入って」


 コウキは恐る恐る倉庫に入っていく。

 あとに続いて僕も入り、入ってすぐ右に置いてある椅子に座らせている昨日拾った人形をしめす。


「これだよ」


 コウキはこちらを振り返り、また眼を輝かせる。


「こんなのみたことねえよ……」


 どうやらコウキもこんな人形は初めてみたようだ。

 コウキも何度か人形、ロボットを作ったことはあるらしいけれど、こんな古い型をモデルになんてしないだろう。

 ちなみに僕は"作る"側ではなく”修理する”側の人間だ。

 これまでにも何十体もの人形やロボットを修理してきた。腕には自信がある。あるのだが、正直、こんなに古い人形を修理するのは初めてだ。


「とりあえずオイル入れてみようぜ」


 コウキはそう言って燃料タンクのあるところをさがし始める。


「ああ、その人形ね、頭のとこにあるらしいんだけど、穴が開いてるらしくてさ……塞がなきゃならないんだけど手伝ってもらえるかな」


「そうなのか……よしわかった、さっさとやっちまおうぜ」


 そう言ってコウキは立ち上がって腕をまくる。

 僕は倉庫の奥から修理キットを持ってきて、必要な道具をいくつか取り出す。


「ちょっと支えてて」


 コウキは了解と短く返事をして頭の部分をしっかりと固定した。

 僕は手に取った道具で熱で穴の空いてしまっている部分を溶かし穴を素早く、しかし確実に塞いでいく。




「終わったよ」


 格闘すること約5分、穴はしっかりと塞がった。しかし問題なのはその表面の皮膚である。これは縫ってしまったほうがいいのかわからないのでそのままにしておこう。


「はー、腕がしびれたぜ」


 なんだ、情けないな。コウキ、お前は”作る”側なんだからもうちょっと体力や筋力が無いと厳しいぞ。


「なんだよこっちを睨んで。あ、わかったぞ、もうちょっと鍛えたらどうなんだ、って言いたいんだな?」


 何故わかったんだコウキよ。


「最近運動してないせいか、ちょっとだけ、ほんのちょっぴり太ってきた気がするんだよな」


 自覚してるなら鍛えたらどうなんだ。

 まあコウキのことだ、手遅れになる前に何とかするだろう。コウキはそういうヤツだから。


「じゃあ早速オイル入れようぜ」


「そうだね」


 昼休みに調べたことだけど、古い人形は燃料タンクが背中にあるらしい。

 ということで僕は人形のワンピースのような服を破いて燃料を入れる場所を探す。服は人形が治ったあとに買い直せば問題ないよね。どうせ、ところどころ破れてしまっていてなんだか汚れているし。


「あった」


 僕は蓋をあけ、燃料のオイルを注ぎやすいように人形を少し前に傾ける。

 

「こぼれないように頼む」


「おいおい流星。俺を誰だと思ってるんだ?」


 頭の悪い劣等生だったよね?


「聞こえてるぞ」


 どうやら心の声が漏れてしまっていたらしい。


「悪い悪い」


 コウキがオイルを入れ終わったらしく、水筒のような小さな容器を外して言った。


「この人形さ、なんで人間みたいな肌してるんだ?」


 今更疑問に思ったのか……遅いよ。


「僕にもわからない。人間の肌をした人形なんてこれまでに作られたことなんて無いんじゃないかな」


 蓋を占めながら僕は、オイルの入っていた容器を閉めているコウキに返事をした。


「だよなー。もしかしたら、これって凄いことなんじゃないのか?」


 コウキが興奮したように言う。


「たしかに凄いけど、この人形は拾ったものだから……」


 僕がそう言うとコウキは、


「そうだったな……」


 といってうつむいてしまう。

 

「それにしても、なんでこの人形は動かないんだ?」


 そうだった、メモリーカードを挿入するのを忘れていた。


「あー、その、メモリーカードを入れてなくって……」


「なんだそんなことか。カードはあるのか?」


「この人形を拾ったときに挿入口が壊れてたから入れてないんだ。修理したら入れようと思ってるよ」


 コウキは「動くのはまだまだ先なのか……」と落胆していたが許してほしい。

 メモリーカードは僕が作りたい。最初にこの人形に入れられていたメモリーカードが危険な、それこそウイルスをばらまくような悪質なものだったらどうにもできないから。


 それからこの人形について、治ったあとのことなどを話しているうちに時間は進み、外はすっかり暗くなっていた。


「やっべもうこんな時間か……みたいテレビあるから帰るわ」


 そう言ってコウキは立ち上がって倉庫から出る。


「あしたの学校、一緒に行こうぜ」


 コウキが唐突に言ってきた。まあ一緒に行くくらい問題ないしいいか。


「早く来てくれよ」


「わーってるよ」


 コウキはぶっきらぼうに返事をし帰っていった。

 さて、メモリーカードの作成に取り組まねば。


 僕は倉庫を出て家に入りパソコンを起動した。


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