第26話 〈試作ドレスと職人たち〉



あれこれ布を当てられて、あれこれアクセサリーを引っ掛けられて、数時間後。

何種類かの布や宝石を手に部屋を出て行ったヴァネッサとインカローズが私達のセーラー服を返してくれるのを待ちながら、私達はもうすっかり夜色になりはじめた窓の外を眺めていた。

「……はぁ、疲れたわね……すっかり着せ替え人形でさ……」

「うふふ、どんなドレスができるか楽しみですね!」

カウチにだらりと垂れさがりながらぼやく私と違い、日向子は足をぷらぷらさせながら楽しそうにしていた。くそ、無限精神力め。


「どのくらいで出来るんでしょうね~?きっとあの布から作るんですよね、イチから……?」

「え、でも一週間でしょ舞踏会まで。流石にイチからは作んないでしょ」

洋服がどうやって出来るかなんて私は知らないけど、流石にドレス二着……と男性用礼服二着をあのただの布から一週間で作るなんてとんでもない無茶だとわかる。あの人数で徹夜でやっても終わんないよ、きっと。王子様と聖職者のカルムとビオスはともかく、大商会さまがこんな異世界人の小娘ふたりにそこまで労力割いてくれるわけも無いし。


「多分既製品を……こう……ね……。なんかするんでしょ……。いや知らないけど……。」

「ヒナコ様、ユウキ様、ドレスの試作が出来たようですが着てみますか?」

「エッ早!?」


ドアからひょっこりと顔を出して声をかけてきたのは、茶色の長髪を灰色のリボンで纏めて黒いドレスを着た、ヴァローナ商会のお姉さんだった。ヴァネッサとインカローズに言われて私達を呼びに来たらしいが……私達の第一声は驚愕の声だった。いやだって、一日もたっていないのに。試作ってことは、ほぼ完成まで作ったってこと?えっマジで?

「ああ……おふたりは異世界から来られたんでしたっけ。でしたら驚くのも無理は無いですよね。あのおふたりの魔法と……職人ジゼル様の発明された魔道具のおかげで……私達は服を早く、沢山、気軽に作れるようになったんですよ。つい数年前はドレスなんか時間が掛かってしょうがないから高級品で、大事なデビュタントドレスなのにおさがりやレンタルなんてのもざらだったんですから」

「わあ、すごい人なんですねあの人たち!」

「そうですよ、うちの服飾部門と宝飾部門のトップですからね。すごい偉い人ですよ。」

……私達そんな人に直々に服作ってもらったってこと?待遇、良すぎない……?逆に怖い……。そんなことを思う私の心も知らず、無邪気に日向子はきゃっきゃと笑っていた。


お姉さんに連れられて別の部屋に入ると、そこではヴァネッサとインカローズがああでもないこうでもないと白い二着のドレスを前に格闘していた。どちらも美しい輝きを放っている……けれど、ぶっちゃけ二人が邪魔で良く見えない。

「あれ、試作出来たって言ってなかったっけ」

「……と、お伺いしたんですけれど……」

呼びに行く間に修正したい箇所が見つかっちゃったみたいですね、とお姉さんは苦笑いした。


「インカローズ様、ヴァネッサ様。おふたりをお呼びしましたよ」

ドレスの仕上げに熱中して背中を向けたまま一向にこちらに気付かないふたりの肩を、お姉さんはちょっと無遠慮にぽんぽんと叩く。上司にそんな声の掛け方していいの……?と思ったけれど、案外二人はくるりと振り向いてお姉さんに軽く笑いかけた。気にしては無さそうだ。


「あ、そっか連れてきてって言ってたね……ごめん忘れてた、ありがとミネット」

「もうそろそろ下がってもよろしくてよ、とっくに定時は過ぎていますでしょう?」

ミネットと呼ばれたお姉さんはドレスの裾をつまんでお辞儀をすると、私達にも会釈をして去っていった。……定時の概念あるんだ。


「インカローズさんとヴァネッサさんは帰らなくて良いんですか?定時、過ぎてるんでしょう?」

日向子が心配そうにふたりに聞く。部屋を見まわしてみれば、インカローズとヴァネッサの他にはもう誰もいなかった。きっと先に帰しちゃったのだろう。……服は黒いのにホワイトなんだ。自分で言っておいて謎に笑いがこみあげてくる。

「幽鬼、たのしそうですね?珍しい……」

「な、なんでもないわよ。なんでも。それより、上司のあんたたちだけ残業してんの?なんで?」

普通逆なんじゃないのこういうのって。そう聞くと、インカローズもヴァネッサも二人そろってわかってないなあという顔をした。

「あのねー、細かい仕上げとかあたしたちじゃないと分かんないのに帰れるわけないじゃない。それに好きで残ってるのよあたしたち」

「そうですわ、それに部下ばかり働かせるのは良い上司とは言えませんわ!旦那様にも怒られてしまいますし……」


それに、とインカローズが付け加える。

「それにさ。デビュタントは一回きりなんだから、とびきりのドレス作ってあげたいじゃん?」

そう言って、彼女は柔らかく微笑んでドレスを私達に見せてくれた。


「わぁっ……」

二人そろって、感嘆の声を上げる。

そこにはミルクのように真っ白な布で統一され、それぞれ蒼の宝石と赤の宝石で飾られた、高級感のあるドレスが二着鎮座していた。部屋の蝋燭の光を受けて淡く輝くその生地には細かく百合の模様があしらわれ、袖の細かな銀色のレースはまるで妖精の翅のようにきらめいていた。……服には詳しくないけれど、かなり丁寧で繊細なつくりのドレスだ。これが本当に試作なのかと疑ってしまう。


「え、いいんですかこんな良いドレス着ちゃって……?」

さすがの日向子も申し訳なさそうに眉を下げると、ヴァネッサとインカローズは反対に揃って眉を吊り上げた。

「着てもらわなきゃ困るよ、誰のために作ったと思ってるの?まだ試作だし」

「そうですわ、着てくださいまし!」

私も日向子もあれよあれよとワンピースを剥ぎ取られ、手取り足取りドレスを着せられる。

すごく肌触りの良い布だけれど、なんだか落ち着かない。服に着られてやしないか、と少し心配になった。


「わぁっ、幽鬼すごい可愛いですよ!妖精さんみたいです!」

私の姿を見て歓声を上げる日向子の声に、私は思わず顔を赤らめる。妖精だなんて、と言いたくなったけれど、鏡に映った私はそう己惚れてしまうほどに美しく、ドレスはぴったりと私に嵌っていた。私のみすぼらしさや目つきの陰険さをその白い輝きの中に覆い隠し、たっぷりのフリルで細すぎる体格をごまかし、全体を豪奢に飾り立てながらも、ごてごてした下品さは感じられない。さらりとしたチュール生地の、閉じた傘のような形のスカート部分も重くはなく、まるで雲を腰に巻いているようだった。少し大胆に開いたデコルテには繊細な銀色の縁取りで飾られた大振りの赤い……多分ルビーか何かが嵌った華麗なネックレスが落ち着き、寂しい感じを与えなかった。揃いのデザインの靴もまた私の足にぴったりで、低めのヒールが付いたパンプスなのにあの洞窟森からクラサスの街までの途方もない距離を楽々歩けそうな気がした。……いや、もう一回あれを歩くのは嫌だけど。

似合っている、いいやこの服は私に似合うように作られたのだと、私の胸の奥から何か温かいものがこみあげた。


「……日向子も綺麗よ。あんた、本当にこういうの似合うわ」

私は日向子の姿を目に入れながら、ほうと深くため息を吐いた。

日向子と私のドレスのデザインは似ていたけれど、しゅっとしたデザインの私のドレスに比べて日向子のドレスはもうすこしふんわりしていた。羽のように大きく開いてはためく袖に、ふわふわした厚い布で作られた腰のリボン。(私のリボンはスカートと同じチュール生地だった。)それからスノーフレークの花のような形のスカート。首飾りは私のとそっくり同じデザインでありながら、メインの宝石は清浄な光を放つ水色の宝石だった。全体的に柔らかいシルエットで、私のドレスとは似ているとも対称的だとも言えた。

……ああ、本当に似合っている。まるで最初からこの服を着て生まれてきたみたい。

日向子が着るべきは本当はこんな服なのだ。あんな治安の悪い学校の制服や、母親のおさがりのサイズの合わないボロ服なんかじゃなく。


「どう、何か気に入らないところある?どこかきついとか、どこがゆるいとか、靴が合わないとか、ネックレスが重いとか。遠慮なく言って」

インカローズが細かく宝飾やリボンなどを直し、手帳に何か書き込みながら、私達にそう聞いた。

「とんでもない、すっごくぴったり!すごい、こんな綺麗なの、私にはもったいない……」

くるりと回って動きやすさを示す。美しい布地は、まるで歓喜の舞を踊るようにふわりと可憐に翻った。


「まあ、まあ、それは良かった!でも『私にはもったいない』なんて言っては駄目ですわ、それはあなたたちの為のドレス、あなたたち以上に相応しい者のいないドレス。

それはあなたのもの、そのドレスはあなた自身の美しさですのよ」

ヴァネッサは眼鏡の奥の瞳を優しく細めて、にっこりと笑った。

自分以上に、相応しい者のいないドレス。その響きに、私の頬は思わず緩んだ。

思えば、自分の為に、自分のためだけに、何かをしてもらったことなど、今まであっただろうか。……この世界、嫌な人も多いけど、いい人も沢山いるなあ。


「うん、よさそうだね……じゃあちょっと二人で、踊ってみて」

と、ヴァネッサの言葉に浸っていたらインカローズから衝撃的な一言が飛ぶ。


「え、私ダンスとかしたことないけど」

「はい、わたしもないです……」

困惑顔の私達にも、インカローズは構わなかった。

「そんな本格的にワルツ踊れっていうわけじゃあないわ。こう……こういう感じでふたりで手つないで、軽く揺れてみて」

そう言いながらインカローズはヴァネッサと向い合せに手を取り、左右に二歩ずつ動いてみせた。……なるほど、それくらいならできそうだ。


「それなら簡単ですねっ、幽鬼!」

私が日向子に手を差し出すより前に、日向子は私の手を掻っ攫う。

そして向かい合わせに手をつなぎ、ゆら、ゆらとくらげのように揺れてみせた。

日向子の手は、やはり冷たい。それでも、なんだか心地よいリズムだった。

「……そうね、本番のダンスもこれくらい簡単だったらいいんだけど」

私も彼女に呼吸を合わせて、右に左にゆらゆらと動く。

ドレスに動きづらいところはなく、靴も長年履き古したもののようにぴったりと足に馴染んでいた。……ダンスと言えるか怪しい単純な動きだったけれど、踊るのも少し楽しいかもしれない。



真っ白なドレスを着て静かに踊る私達を、黒服の職人ふたりはただ満足そうに眺めていた。



〈27話に続く〉

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