第17話〈支援魔法と革命軍〉

 


バカ女、と呼ばれても、プシュケは薄く笑ったまま。

その笑みは、どこか日向子に似ていて、嫌だった。

感情の伴わない、空虚な笑み。


「まあ、ひどい。にんげんってひどいわ。

あなたも、あなたも、ころしましょうね……」

少女が手を翳し、紫の光弾を飛ばす。

さっきラーミナを吹き飛ばした、超威力の光の玉。


「『来るな!』」

私の声に合わせて、黒い盾が顕現する。

がんっ、と硬い音ととてつもない衝撃が、盾越しに私の手に伝わる。

痛い。怖い。

けれど、この光の玉を今治療中で無防備な日向子に当ててはいけないという思いが、私の手を支える。


「しっかりしてください、ラーミナさん……!〈治って〉……!」

動かないラーミナに日向子が杖を当てれば、優しい光が彼を包む。

プシュケが負わせた傷を光が紡ぎ、修復していく。

光が収まると、ラーミナは息を吹き返し、ゆっくりと目を開けた。


「だ、めだ。逃げろ……!君たちじゃ、そいつには敵わない……!」

彼が手を伸ばし、警告する。

けれど、私はそんな彼の言葉を無視することにした。


「……だめよ。このバカ女逃げたら間違いなくあんたから殺すわ」

「うふ、そうよ?よわいひと、けがしてるひとから。にんげんがわたしたちにおしえたことだわ」

プシュケはこともなげに、残酷を語る。年端もいかない少女が、合理的な兵法を語る。

口ぶりから察するに、プシュケもかつて「同じこと」をされたのだろう。

……この世界の悍ましさを、改めて見せつけられた瞬間だった。


「ふふ、やさしいひと。わたしをかなしんでくれるのね。

でもね。このせかいにそんなものはいらないの」

突如。盾に今までとは比べ物にならない力が加わる。

今までのはほんの遊び、とでも言いたげな斥力が。


「があっ!」

それに対応できず、私は惨めに吹っ飛ばされる。

家屋の壁に激突する……と思って目を瞑ったが、背中の痛みは永遠に来なかった。


「大丈夫ですか、幽鬼……?」

心配そうな顔の日向子と目が合う。どうやら、日向子に抱きとめて貰ったらしい。

……普段の日向子だったら吹っ飛んでくる人体なんて受け止めきれずバラバラになりそうなものだが、やはり魔法少女の力は凄まじい。


「大丈夫。……それよりラーミナさんの治療は終わったの」

「はい。ちゃんと綺麗に、治しましたよ。このステッキはすごいですね……」

ラーミナの方を見れば、すっかり意識は明瞭になったようだった。

服に血や泥がこびりついているものの、命に別状は無さそうだ。


「ご心配をおかけしました」

袖で口に付いた血を拭い、ラーミナが立ち上がる。

「……御覧の通り、彼女は強力な魔術師です。私達では分が悪い。

いいですか、この場での最適解は、俺を囮にして逃げることです」

せめてエトワールがいてくれれば、という声を、日向子は聞き逃さなかった。


「ふふ、やっぱりラーミナさんはエトワールさんのこと、信頼してるんですね」

日向子が振り返って、笑う。そんなこと言っている場合じゃないと叫ぶラーミナに構わず、日向子は私の隣に立つ。


「二対一でごめんなさい。ちょっと……あの、大人しくなってもらいます」

日向子は締まらない台詞を言って、プシュケに杖を向ける。

それでもプシュケは、薄く笑ったままだ。


「……あらあ、やさしいこね。わたしをころすきがぜんぜんないの」

プシュケがくすくすと笑いながら、光弾を放つ。

それは日向子の足元に着弾し、彼女の靴を少しだけ焦がした。


「あなたおもしろいわ。せかいじゅうのヒトが、てをとりあってなかよくできるとおもってるの」

放たれる弾を避け、防ぎ、合間に私達も必死に撃つ。

けれど、なにか防護壁のようなものに守られて、彼女へ届くことが無い。


「でもねえ、ここではむりよ。わたしたち、さいごまでころしあうしかないの」

防ぎきれなかった光弾が掠って、私の頬に赤い線を作る。

とろ、と頬を伝い落ちる温かい液体とじくじくとした痛みに、私は焦りを感じた。


このままじゃ、押し切られる。

確かに、ラーミナの言う通り彼女は格上だ。私達の敵う相手ではない。

でも、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。


「……あ、いいこと思いつきました」

日向子がぴん、と人差し指を立てる。

……この状況で何を思いついたのだろう。


「……何よ。下らないことだったらぶつわよ」

「ぶってもいいですけど……下らないことじゃないんですよ。えっと」


日向子が提案したのは、「魔力の譲渡」だった。

あの「練習」で日向子がやってみせた、魔力吸収。

あれを今度は日向子から私にやろうって言うのだ。


プシュケの光弾を防ぎながら、私は呆れた顔をしてやる。

「……できるの?本当に?」

「はい。きっと。多分」

「あんたね……」


どうしてこのピンチで不確定なことをやろうとするのか。

でも、このままではいずれプシュケに押し負けて、殺される。

だから、イチかバチかに賭けるしかなかった。


「わかったわよ……お願い、日向子!」

「はいっ。〈幽鬼に、わたしの力を〉!」

日向子のステッキが背中に当てられる。暖かな力が、私の中に流れ込んでくる。

いつも無気力な体に、やる気に似たものが沸いてくる。

これなら……!


「おしゃべり、おわった?」

いつの間にか、プシュケが青く輝く槍を手にしていた。

魔力で編んだのであろう、美しく凶悪なフォルムの槍。

恐らくは光弾で私たちを撃つのに飽きて、一気に殺そうという腹なのだろう。

だが。


「ええ、終わったわ。待っててくれてありがとう。 『刀になれ』!」

私の声に合わせて杖の形が変わる。彼岸花の装飾をあしらった、漆黒の太刀。

黒い盾は霞となって消え、黒い刀身へと吸い込まれていく。

防御を捨てた、完全攻撃形態。普段の私なら絶対やらない。だって怖いから。

でも。


ガキィン!と音を立てて、槍と刀がかち合う。

私とプシュケの刃はかちかちと震えたまま止まり、押し込まれることはない。

────互角。そう頭によぎった。

一方的に私達を追い詰めていた、『第一級の危険人物』と、互角。


「あら」

プシュケが私の腹を蹴飛ばして離れる。

足が腹にめり込む感覚はあったものの、そこまで痛くはない。


「随分足癖が悪いのね、お嬢ちゃん?」

「ふふ、そうよ。すこしくらいおぎょうぎわるくないといきられないの」

一度離れて態勢を立て直そうとするプシュケに、今度は私から切りかかる。


「ふふ、むだよ。にんげんに、わたしのからはやぶれない……!」

魔力の防壁が、彼女を守る。私の刀を押しとどめる。

それを砕いてやろうと、私はさらに力を籠める。


「〈がんばって、幽鬼……!〉」

魔法少女装束の剥がれた日向子が杖を握りながら、私を応援する。

それ自体が支援魔法となり、私の手に更なる力を入れた。


ぴし。ぱき。

そんな微かな音を立てて、プシュケの防壁にひびが入る。

彼女の赤い目が驚愕に見開かれた、その時。



「……何をしているプシュケ。帰るぞ」

突如防壁もプシュケも消えて、私は地面につんのめる。

声がした方を見れば、そこにはプシュケと同色の髪と瞳を持った少年がいた。

更にはプシュケと同じ、梟のような仮面を付けている。


「へるつ!むかえにきてくれたの?」

「ああ。お前が余りにも遅いから心配になってな」

プシュケはヘルツと呼ばれた少年の片腕に抱かれながら、幸せそうに微笑んだ。


ヘルツの後ろから、赤く長い髪をはためかせた長身の女が現れる。

彼女が持つ大剣は、血や肉が黒々とこびり付いていた。

その隣から現れた黒い鎧の男は、血のように赤い地に串刺しにされた人間が黒く書かれた旗を持っている。

ふたりは表情が抜け落ちた顔をしてこちらを見下ろしていた。


「『革命軍』……!」


ラーミナが鋭く叫ぶ。

じろり、と。3対の目がこちらを向いた。



〈18話に続く〉



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