第13話〈二羽の鴉と革命軍の噂〉






「あ、兄さん。おかえりなさい!」

「おうじょさま!おうじょさまもいっしょ!?わぁーい!!」

「こらリステル。荷物持ってる人に飛びつかない。……おかえりなさい、兄さん。それに王女様も……このような狭苦しい洞窟によくお越しくださいました……」


階段が終わった途端、三つの声に出迎えられる。

幼い少年と少女に、長い髪の眼鏡をした男。皆長い耳に、暗い色の肌を持っている。

イルフロンの弟たちだろうか。皆一様に痩せていて、あまり発育が良いとは言えなさそうだ。



「ああ、重かったでしょう。ごめんなさい運ばせてしまって……。

はい、このあたりに置いてしまって大丈夫ですよ。」

半分ほども背の小さい私達に向かってぺこぺこと頭を下げるイルフロンになんだか嫌な気持ちになりながら、洞窟の壁際に箱を置く。

洞窟はお世辞にも広いとは言えないが、言うほど狭くはない。

大体……教室ひとつ、といったとこだろうか。

焚火の周りに痩せた女と老人が一人。

それから……真っ黒な服を着た二人組が見える。

鴉の羽を思わせる、不吉な漆黒だ。

ふたりとも背はそこまで大きくない。片方は、私達と同じくらいの年齢に見える。


「……あの人たちは?」

気になって、イルフロンに問う。

日向子も疑問に思ったのか、視線をイルフロンの口へ向けた。



「ああ、あの方たちが先ほど言った『先客』です。彼らは────」

と、そこで。

黒衣の二人組が、私達に気が付いたように顔をこちらに向けた。


片方は、明るく温かな茶色の髪をした少年。

くりくりとした鳶色の大きな目を、不思議そうにこちらに向けている。

小麦色に焼けたその顔は、人好きのする愛らしい印象を受ける。

どこにでもいるような、人懐っこそうな少年だ。


対してもう一人は────異質だった。

月光のような淡い光を放つ長い銀髪に、澄んだアクアマリンの瞳。そして透き通るほど白い肌。

性別は、はっきりしない。女性のように見えるが、男性だと言われてもすとんと納得するだろう。

何より────息を呑むほどに美しかった。

彼女(彼?)を見ていると、世界の全てが醜く思えてきてしまう。

少年のほうも決して悪くない顔立ちのはずなのだが、彼(彼女?)の隣にいてはどうにもかすんでしまう。

長い睫毛に縁取られた瞳が、こちらへ動く。

それは、ある種の恐怖だった。



「……き、幽鬼?」

日向子の声で、はっと我に返る。

あの黒衣を見て、随分とぼうっとしてしまったみたいだ。

首を振って、大丈夫と日向子に微笑みかける。


「へェ、仲が良いんだなァ」

揶揄するような若い男の声がすぐ近くから聞こえて、私は思わず飛び上がる。

いつのまにか、黒衣のふたりがすぐ目の前に来ていた。

突然の出来事に、私は硬直する。


「あ~……驚かせちゃいやしたかね。すんません」

少年のほうがぼりぼりと頭を掻きながら謝罪する。

屈託なく笑ったその顔は、やはり私達とそこまで年が変わらないのだろうという印象を受ける。親しみやすい男だ。

……対してにやりとした笑みを浮かべる銀髪の男(さっきの声から男だと仮定した)は、

フランクな表情を浮かべることで多少あの人外的な雰囲気は薄れたものの、やはり顔を見ていると頭がぐらぐらする。私は彼の顔を直視しないよう気をつけることにした。

美しさで人は殺せるのだ。


「自己紹介くらい自分たちでするんで、イルフロンさんは奥のみんなに顔出してあげてくださいよ。皆玄関口にいったきりなかなか戻ってこないから心配してたっすよ」

「ああ、悪いね……それじゃあ、王女様がくだすった食料でスープを作るので出来たらお呼びしますね」

「おっ、やりィ。丁度あったけえもんが食いたいと思ってたんだよな」


黒衣の男たちはイルフロンと軽い会話を挟むと、私達に向き直った。

口火を切ったのは、少年のほうだ。

「俺は『ヴァローナ商会』のラプタって言います。こっちの顔がめちゃくちゃ綺麗な人はジークリード先輩。ちょっと商談があって、ここにお邪魔してたんす」


『ヴァローナ商会』。私はその単語に聞き覚えがあった。確か────


「あ、テナシーさんとノッケンさんのいる……」

「おー、あいつらと知り合いなのか。いい奴だよなァあいつら」

ジークリードの返答に、日向子は微笑んではい!と元気よく答える。

……日向子はよくこいつの顔見て平気だな。もしかして鈍いんじゃなかろうか。


「……。商談、ってなんだい?彼らは日々の生活にも困って、盗賊なんかはじめるようになってしまったんだ。言っちゃ悪いけれど、トゥルマ・イリュシオン中に名を轟かせるヴァローナ商会の取引の場に上がれるような相手じゃないと思うんだけど……」

ヘーレーはそう言ってから、目を伏せて疑っている訳じゃないんだけどねと付け加えた。

何やら、思うところがあるらしい。


「まあ、疑うのも無理はねえさ。王女様の耳にも届いてんだろ?『革命軍』の噂がさ。俺たちがそいつらと繋がってて、ここの住民を戦乱に巻き込もうとしてるんだと……」

ジークリードが心外そうに肩をすくめる。

彼は少し考えこむと、話してもいいかというように手をひらひらさせた。

「確かに俺たちはここに武器を売りに来たが、革命軍にいれる為じゃねえよ。

狩りと護身のための武器を用立てる代わりに、ここの優れた彫金師の品をうちの商会に卸す。そういう契約を取りに来たんだぜ。」

ヘーレーが本当かとイルフロンに視線を移すと、彼はしっかりと頷いた。

あの焚火の傍に座る老人と痩せた女が、その優れた彫金師であるのだとも。


「……それに、革命軍に武器を売ってるのは俺たちじゃないんす。

『ピッグフォーク工房』っていう、ピルギット子爵お抱えの武器商らしいっすね。」

ラプタが、ジークリードの言葉に補足する。

それを聞いてヘーレーの凛々しい眉が、わずかに寄せられた。

「ピルギット子爵?……彼は『蹂躙卿』のあだ名が付けられるほどの戦争好き……というか征服好きの軍人だったはずだ。年老いて一線を退いた彼が革命軍を援助なんて、一体何を企んでるって言うんだ……」


「さァな。他の国にぶつけて国力を弱めるつもりか……。

それか単純に、スケベなのを革命軍に嗅ぎつけられて良いように篭絡されただけかもしんねえけどな?」

ジークリードがにやりと笑って、下世話な冗談を飛ばす。

そんな先輩に呆れているのか、ラプタが隣で深い深いため息をついた。



「……ねえ、革命軍ってなに?」

会話においてけぼりなのがどうにも耐えられなくて、すぐ傍のヘーレーに声をかける。

ああごめんねほったらかしにしてと彼女は笑って、こっちを向いてくれる。

……彼女の顔も綺麗だけれど、どこかほっとする向日葵のような美しさだ。


「革命軍っていうのはね、ほとんど人間以外の種族で構成された凶暴なテロリストさ。

『被差別種族の開放』を掲げて戦ってるんだけど……彼らは国や都市ごと滅ぼして、そこに住む人間を皆殺しにするんだ。王族や貴族から貧民、老人から赤子にいたるまで平等に、ね……。

アンネリヒトと交流のあった、ウィンドダリアっていう国も……5年前に滅ぼされて、王から民まで皆殺しにされた。彼らの誇りだった広大で豊かな畑の上に、何万もの死体が積み上げられたって話だ……」

ぎゅ、と彼女の拳が握られる。

彼女の顔には、深い悲しみと怒りの色が浮かんでいた。


「ひどい……そんなの、唯の虐殺です……」

日向子が悲し気にため息をつく。

確かに、虐げてくるものに牙を剥くのは当然のことかもしれない。

だからって、無関係の人々を殺すことまで正当化されるわけがない!


「……ウィンドダリアの王子たちはね、ボクが小さい時からの友人で……ボクにとっては、兄みたいな存在だったんだ。ウィンドダリア国王夫妻だってボクを可愛がってくれたし、宮廷教師たちも使用人たちも、みんないい人で……」

その先を、ヘーレーが続けることはない。

彼女は項垂れて、どんな表情をしているのかを、私達に見せることはなかった。



「皆さん、スープができましたよ。商談の間お待たせするのも何ですし……

どうぞヘーレー様も、それからそちらのお嬢様がたも……どうぞこちらへ」

眼鏡の男が、丁寧に私達を奥の部屋へと誘う。

丁度アリの巣のようになっているようで、よく見れば焚火の奥の岩壁には質素な木の扉が付けられていた。

そこから、ふんわりとおいしそうな香りが漂ってくる。

それに呼応するように、私達三人の腹が鳴った。

ついでに、ラプタの腹も。


ジークリードはくつくつと愉快そうに笑うと、赤面する後輩の背中をぽんと叩いた。

「くく、じゃあご相伴に預かるとしようぜ。商談は飯食いながらにしよう。

聞かれて困る話でも無いしな」

そういうと彼は長い銀の髪と黒いロングコートを翻してさっさと行ってしまう。

そのあとをラプタは慌てて追いかけて行った。



「ボクはね、あの商会にお世話になってるんだ。

彼らが様々な援助をしてくれるからボクは被差別種族の解放運動を続けられるし、

アンネリヒト王宮にも、騎士団にもいられる。」

ふたりの姿が扉の奥に消えたのを見て、ヘーレーがぽつりと呟く。


「彼らは奴隷の取引をしないことで有名だし、辺境に住む異種族の人々とも公平な取引をするんだ。だから、きっと彼らはボクと同じ志を持つ善き人々なんだと思う。けれど……」

ローブの裾を握って、ヘーレーは浮かない顔をする。


「このまま彼らに頼りっぱなしだと、いずれ酷いことが起きる……そんな気がするんだ。」

それだけ言うとヘーレーは、木の扉へ歩き始めた。


私は、彼女の言うことが理解できなかった。

接した限り、彼らは悪人ではないように思う。そこはヘーレーと同じだ。

けれど。『いずれ酷いことが起きる』とはなんだろう。

根拠を問いたい気もしたが、彼女は既に木の扉の向こうへ行ってしまった。

仕方ない。私達もそれに倣うとしよう。

いい加減、腹の虫もうるさく不満を訴えているし。



日向子は、と見れば。

相変わらず、何も考えていないような微笑を浮かべたままだった。




<14話へ続く>

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