夜狩り

@kinka

第1話

 「フン、フフン」


 深夜2時。

 静寂に支配された時間帯。

 暗く狭い路地裏を、一人の少女が楽しげに歩いていた。

 まだどこか幼さを残しているにも関わらず、そのかおは、見たものを魅了する美しさを備えている。


 「~~~♪」


 チャームポイントである八重歯を剥き出しにしながら、大通りから離れた狭い道を進んで行く少女は、日に当たれば爛れてしまいそうな白く決め細やかな肌を大胆に晒す服装をしている。

 だからこそ、それは当然といえば当然の展開とも言えた。


 「おっと、ここから先は通行止めだよ、お嬢ちゃん」


 「いけないな~、そんな格好でこんな所に来たら」


 少女の行く手を阻むようにして、二人の男が現れる。

 巨漢と細身の対称的な二人組だが、どちらも、いかにも軽薄かつ日頃遊んでいるかのような風貌だ。

 二人はニヤニヤと笑いながら、なめ回すような視線を少女へと向ける。


 「へへっ、ついてるぜ。こんな上物にありつけるなんて」


 「全くだ。あいつの情報に感謝しないとな」 


 少女の脳裏を最近この界隈で話題になっていた性犯罪の話がよぎる。

 確か噂では、ニ、三人組による計画的な犯行であったはずだ。

 

 「もしかして、今からデートの約束でもあるのか? デートするなら、もっと場所を選べよ」


 「そうそう。じゃないとさ、ヒドイことされちゃうよ。───俺達みたいなやつにさ」


 ギャハハハ、と下品な笑い声を上げながら、男達は少女へと近づく。

 少女はその場から離れようと、今来た道を引き換えそうとするが───


 「はい残念。こっちも行き止まり」


 恐らくは二人の仲間だろう。

 彼らより若いフードを被った青年が、少女の退路を遮った。


 「全然気付かなかったでしょ。僕、後をつけるのが得意でね。一度狙った獲物は逃がしたことないんだ」


 「………」


 自慢気に話す少年を前に、少女は無言になる。

 先程までの浮かれた様子は消え、能面のような表情を浮かべている。


 「大人しくしてろよ。ま、助けなんてこないから、別に叫んでもいいけどな」


 そう言って笑う巨漢の横で、細身の男は小型の録音機とデジカメを取り出した。


 「いいかい。君は今から俺達に好き勝手される憐れな弱者だ。その事を警察に訴えるのは構わないが、それ相応の覚悟をしてくれ。例えば、無修正の自分の恥ずかしい写真が出回ったりとかね」


 「………」


 少女は無言のまま、男達を見据える。

 冷たく、感情の籠らない、自分より下等な生き物を見下すかのよう目に、彼女を脅していた二人は、思わず気圧されてしまう。

 しかし、フードの青年が、その視線を無視して、その背後にいる男達に声をかける。


 「ちょっとお二人さん。彼女はまず僕がもらうって約束でしょ」


 その言葉に二人はハッとする。


 「う、うるせぇなぁ、別にいいだろ」


 「情報代はちゃんとやる。だ、だから、今はそこで大人しくしてろ」


 「………あっそ」


 フードの青年はそれ以上二人に意見することなく、引き下がる。

 それを見て、自身を強者であると再認識した巨漢は、力任せに少女を壁に押し付けた。


 「そうだ。俺はお前らなんかすぐ殺せるんだ。そんな目で見られたって、なんてことねえ!」


 巨漢が少女を従わせようと、拳を振り上げる。

 そんな男に対して、少女は一言だけ呟いた。





 「くだらんな」





 次の瞬間、巨漢の頭が弾けとんだ。


 「───へ?」


 細身の男の口から、呆けた声が漏れ、次いで、何が起きたのか理解出来ないまま、男は恐怖に任せて、ただ叫んだ。


 「ヒッ、アッ、ヒイェェァアアァァ!!」


 「うるさい」


 血塗れになった少女は、巨漢の死体に手を挿し込み、数本のあばら骨を取り出すと、細身の男に投げつける。


 「アブェッ」


 顔、胸を貫かれた男は、最後まで恐怖に震えたまま息絶えた。


 「全く。とんだクズ共じゃな。この我の餌に選ばれたことだけが、せめてもの救いじゃ」


 そう言って、少女───真夜中の支配者である吸血鬼は身体中に纏わり付いた鮮血に舌づつみを打つ。


 「ふむ。まあまあじゃな。前菜はこんなものか。それでは───メインディッシュじゃ」


 そう言うが否や、吸血鬼は常人の目には止まらぬ速さで、フードの青年へと襲いかかった。


 「安心せい。貴様もすぐに仲間の元へ送ってやるわ」


 吸血鬼は、その牙を青年の首元に食い込ませんとする。

 そして───





 「───くだらない」





 超人的な速度で振るわれた青年の拳に、吸血鬼の心臓は貫かれた。


 「───ッな!?」


 「あいつらが仲間? 冗談じゃない。あれは餌だよ。お前を狩るための」


 「き、貴様、まさか、不死狩り───」


 「言ったろ。僕は


 「ク、ッガ………」


 苦悶の表情を浮かべたまま、吸血鬼は灰となって消える。

 その様を見届けた青年は、一度だけ憐れな生き餌の成れの果てに目を向けると、すぐに闇の中へと姿をくらました。

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