EPISODE14 復讐の果てに

 T京都の隣、C葉県。

 C葉県は山と海に恵まれた土地であり、農業や水産業が盛んである。

 特産品は日本なしや落花生。

 イセエビと言えば、M重県の伊勢市を思い浮かべるかもしれないが、実はC葉県も水揚げ量一位になったことがある。

 さらっとC葉県のおさらいをしながら、車を走らせること一時間。

 比較的低い山の一角に、廃教会があった。

 近くには谷川があり、渓流のせせらぎが心地よい音色を奏でている。

 見晴らしの良い場所には、一台の車が止まっていた。

 その隣に駐車して、坂の上にある廃教会まで歩いた。



「やはり、こちらでしたか……小林ヨシノリさん」



 木製の扉を開けた先で、小林は花を供えて黙禱を捧げていた。

 突然の声で振り返り、尋ね人の顔を見て少し驚いた。

 まさか、ファシリテーターを相手にして生きているなんて、と言わんばかりの驚愕である。



「龍道川トオルさんでしたね。この前の刑事さん」

「そうです。あの時は、失礼な態度ばかりで反省しています。すみませんでした」

「ああ、私は気にしていませんよ。警察の仕事については、理解を示していますし」

「ありがとうございます。ところで、少しお時間を頂けませんか」



 人差し指と親指でつまむジェスチャーをして、お願いをした。

 小林は顔を背けて、花を見つめる。



「もしかして、私から情報を引き出そうとしていませんか。例えば、殺し屋のことで」

「お察しがいいですね。なぜ、そう思われたのですか」

「何もない私を訪ねに、はるばるこんな場所まで赴いてくださった。私は殺し屋の正体を知っています」

「企業お抱えの殺し屋。会議の中心には立たない進行役として、ファシリテーターと呼んでいるそうですね」

「私個人でも金さえ支払えば、殺してくれる。仕事っぷりも素晴らしいですよ。良い人に出会えました。私は復讐を果たせて、濁った精神が無垢となって輝いている」



 ゆっくりと一歩ずつ、地に足を踏みしめて、背中を向ける小林に近づく。



「そう、あなたの復讐は……11年前、息子さんを亡くした水難事故から始まった。当時、三人の同級生と共に小林ソラくんは、この渓流で遊んでいた」



 左に顔を向けて、水と水がぶつかり合う音を聞いた。

 肩を微かに震わせ、小林は自虐するように小さく笑う。



「私は、おばあちゃん子でね。小さい頃は、この教会で遊んでいた。息子にも、この場所で遊ばせた。ソラは甚く気に入ってね。図鑑でしか見たことのない魚や虫に出会えるし、空気も新鮮で、川もある。どれだけ騒いでも、誰にも怒られない。誰にも見つからない。秘密基地のようだと言っていました」

「そんなある日、ソラくんは友達をここに招いた。いや、招いたんじゃない。逃げたんだ、この教会に。いじめを受けていたソラくんが、ここへ逃げた時……三人の同級生は、教会を知った」



 供えた花束を、我が子のように優しく撫でている。

 父親としての本能を感じる手つきだ。



「ソラは気管支喘息を患っていて、おまけに体も悪かった。だから、私の力で学校側の支援を強力にしてもらった。体育は無理して出席しなくていい。疲れたら、保健室で休んでもいい。宿題も全てこなす必要はない。だけど、ソラは努力して、宿題もやって、体育も出席して、勉強も頑張った。結果は、クラストップの成績だ。私の自慢の息子だよ」

「しかし、それを疎む者もいた。可哀想なソラくんだから、学校は好成績にしたんだとか、良くない噂が流布された」

「私や妻は忙しくてね、PTA総会にも出席できなかった。だから、保護者は私たちを恨んだ。それが子供にも伝わり、四年生になったソラはクラスで孤立した。ソラは泣かなかったし、強い子だった。それゆえに、親は気付けなかったんだ。息子が、いじめられていることに……。いじめられていることを、子供は隠す。怖くて、情けないと考えるからだ」

「いじめっ子も賢かった。親に見られないよう、証拠は残さず。バレない程度に、徹底的に虐めた。時には、保護者も加わった。そして、とうとう限界がきたんだ」



 いじめの加害者である子どもには、身近にモデルがいることが多い。

 それはたいてい、保護者か教師だ。

 この場合、加害者の子どもは親の影響力を受けていたはずだ。

 保護者がしっかりとしていれば、このいじめは……。

 声音を低くして、続きを話す。



「三人の同級生が、ソラくんを……川に突き落とした。前日は大雨で流れは激しく、ソラくんは泳げなかった。突き落とした三人は自転車と所持品を隠し、何食わぬ顔で帰宅した。息子が帰ってこないことを不審に思ったあなたは警察に通報し、同級生の家を訪ね回った。次の日、同級生の一人が証言した。ソラくんが川で溺れた、と」

「警察と川を捜索したよ。そしたら、陸橋の下に沈んでいたのを発見した。もう、何もかも……手遅れだった。冷たくなった息子を抱きかかえながら、同級生を憎んだ。なんで、もっと早く言ってくれなかったんだと。その後の情報収集で、ソラをいじめていた三人の同級生……殺してやろうかと思ったよ。いや、三人だけじゃない。同じクラスに属している子供も、その子供を育てた親も、見殺しにした教師も……全員、殺してやると誓った。だが……カウンセラーだった妻が止めてくれた。殺しても、ソラは生き返らない。だから、二人でSNSを活用して、情報を公開した。私が得た情報で推理した内容も、全て晒した。警察は水難事故と断定したが、私達は諦めなかった。打ち切られた捜査を続けさせるため、署名活動も行った。同意してくれた人々が署名し、かなりの規模となった。だが、提出しても警察は聞き入れてくれなかった」



 その後の状況は、あまりにも醜い。

 SNSアカウントに、容赦ない攻撃を仕掛ける者が現れたのだ。



「SNSや自宅に誹謗中傷のメッセージや手紙が届いたそうですね。おそらく、加害者の保護者が手を回したのでしょう」

「妻は日に日にやせ細って、私の意見も聞けないほど、錯乱状態に陥っていた。遂には、リビングで首を吊ってしまった。遺書は殴り書きで綴られ、全てを終わらせようと語っていた。私は無力だったのだと思い知らされ、悔しくて悔しくて……生活を一変させた。そして、10年経ったある日、SOフーズ社長は私をパーティーに招待してくださった。どんなパーティーかは顔ぶれと、会話の内容で察した。そこで出会ったのだ、ファシリテーターと」



 目を瞑り、顔を俯けながらも笑っている。

 いじめについて話していたときとは、雰囲気ががらりと変わっていた。



「見た目は普通の人だった。私にも親切に接してくださった。ファシリテーターという名の殺し屋は非常に優秀で、わざと事件にして、警察上層部によって早期解決させる。それなら怪しまれることはないし、再捜査される恐れも少ない。事前に一般人を犯人に仕立て上げれば、それだけ綺麗に幕を閉じる。冤罪だと言われても、裁判官や弁護士、検事もこちら側の人間ですから。言わば、刑事裁判など茶番劇でしかない。これを聴いて、私は感動しましたよ。まあ、殺し屋に殺しを依頼することはないと思っていましたが」



 10年も経てば、復讐心も薄れてきたのだろう。

 だが、運命が再び復讐心を濃くさせた。

 出会ってしまったのだ、彼らと。



「しかし、NewTuberに企業案件を頼む際、偶然にも三人の同級生を見つけてしまったんです。ソラくんを殺した三人の同級生は……『TRIPLE・AXEL』というグループで、NewTuber活動を行っていた」

「とある三人組が、企業案件をきっちりやってくれると話題になっていたんです。そこで、彼らに頼んだ。その時に知った彼らの本名が、あの三人と一致したんです。途端に、忘れていた復讐心が蘇ってしまった。そして、案件を頼むことを名目に、彼らが住む場所の情報を得た。残念ながら、住所は水樹イチロウしか知ることができませんでしたが」

「そして、ファシリテーターに依頼したのですね」

「送金した直後、メッセージが返ってきた。水樹イチロウをこの場所で殺す、と地図も一緒に」

「確かめたくなったから、あなたは仕事を終えた後、現場に向かった。地図で示された場所に向かうと、水樹イチロウの死体を発見した。私が気になるのは、どうして第一発見者になったのか。つまり、あなたが通報した理由です。そのまま現場を去っていれば、私があなたを訪ねることはなかったのに」



 両手で目を塞ぎ、顔を覆った。



「私は運が悪いみたいでね。立ち去ろうとした瞬間、ランニングで歩道を走っていた人と鉢合わせしてしまって。その人は死体を見てしまい、警察に通報するしかなかったんです」

「後日、ファシリテーターはTRIPLE・AXELを始末した。これが、NewTuber連続殺人事件の真相なんですね」







「それにしても、小林さんが語ってくれるとは思ってもみませんでした」

「水難事故の時に、君に会いたかった。そうなっていれば、妻は死なずに済んだだろう。世間も気付いてくれたはずだ。君は、ソラの真実を知ってくれた。……今頃になって、ようやく願いが叶った。そのおかげで、私は饒舌になったんだ。ものすごく満足している。それに、復讐は果たした方が良いと気付いた。スッキリしたよ」



 そう言った直後、反省するように顔を俯けた。



「だが、妻の言っていた通り……殺すという手段は過ちだった。おかげで私は疑われ、おまけに罪悪感が襲ってくる。私はなぜ、あの殺し屋に頼んでしまったんだ。彼の過去に共感したからだろうか。おそらく、私は殺される。有名企業の命ともいえる存在を、私が気付かせてしまった。水難事故の真実を突き止めてくれた君だけは、何とかして助けたいんだ」



 縋りつくように立ち上がり、涙をこぼしていた。

 復讐の果て、というのは、こんなに虚しい姿へと変えるのだろうか。

 俺たちの復讐の先を暗示しているような気がする。

 その肩に手を添え、小林に叫んだ。



「お願いします。ファシリテーターの正体は、誰なんですか!」

「それは、君も良く知る人物だ。警視庁刑事部、捜査第一課、第七係、警部補……」



 そこで、彼の顔は凍り付いた。

 同時に、背後に人の気配を感じる。

 鋭い殺気と共に。



「にかいどう、じゅういち……」



 銃撃音に混じって、ぷすっと音が鳴り、小林ヨシノリの頭は割れる。

 額に小さな穴があけられ、脳漿と真っ赤な血液が沸騰した。

 後ろに倒された小林は自分で供えた花束に頭を打ち付け、凍えた表情のまま絶命する。

 俺は放心状態で佇んでいた。



「二階堂ジュウイチこそ、NewTuber連続殺人事件の真犯人であり、小林ヨシノリを殺した加害者だ。ファシリテーターの正体も、二階堂ジュウイチだ。地道な捜査も、立派な道だったってわけか。お前に教えられるとはな……龍道川トオル」

「二階堂ジュウイチー!」



 叫んで、振り返ったところで額に冷たい何かを突き付けられる。

 サプレッサーが付いた銃口だ。



「昨日、あんだけ痛めつけてやったのに……もう回復したのか。これが若さってやつか? まったく、オレは手加減しすぎたぜ。全力で……殺せばよかった」

「俺も同じだ、油断していた。まさか焦って、本人が出てきてくれたってのに、粗末なもので歓迎してしまったよ。今度は……本気でぶっ潰してやる」



 二階堂は黒のレインコートを身にまとっており、フードを外していた。

 銃口を突き付けながら、片方の手を口に当て、大笑いし始める。



「職場の上司が、殺し屋だったなんてな。聞いて、驚いただろ」

「ああ、こんな身近に探し求めていた奴がいたなんて。だが、正体を知った今、思い返せば妙な点が多かったよ。特におかしかったのは、小林家で出されたコーヒーを飲み干したことだ。コーヒーにうるさいあんたが、何の文句も言わずに飲んだ。キッチンには、あんたが職場に持ち込んでいたコーヒーメーカーとコーヒー豆の袋があった。あの家に訪問したことがあるんだろ。以前から知り合いだった証拠だ」



 途端に、この前の二階堂を思い出して呆れる。

 何が『初めまして、小林ヨシノリさん』だ。

 小林家に行ったとき、俺は茶番を見せられていたってわけか。

 小林ヨシノリが二階堂を注視していたのも、その正体を知っていたからだ。

 俺が極秘で捜査していたことを、まさか殺し屋本人に打ち明けていたとはな。

 くそっ。

 二階堂に見られないよう、こっそりとブレスレットを左腰に当てる。

 複数回、振動して村雨にメッセージを飛ばした。



「はぁ、ったく運が悪い奴らだ。小林もオレも、そう龍道川もな。じゃ、死んでくれ」



 引き金に指をかける。

 その瞬間、教会に勢いよく進入してきた者がいた。



「村雨さん!」

「なっ!?」



 そちらに気を取られた二階堂は銃を向けたが、村雨は既に間合いに入っていた。

 疾風怒涛の殴打で拳銃を弾き飛ばし、二階堂の全身に拳が打ち込まれている。

 俺は離れて、村雨を見守る。

 まんまとやられた二階堂だったが途中で、殴りかかってくる腕を往なしていった。

 徐々に後退して、二階堂は反撃を仕掛ける。

 一点を狙う正拳で、村雨を再起不能にさせようとするが、さっと躱して腕を掴み、朽ちた木製のベンチに放り投げた。

 柔らかくなっていたベンチは脆く崩れ去る。

 投げられても、二階堂は完璧な受け身で衝撃を減らし、すぐに体勢を立て直す。



「龍道川に仲間がいたなんてな。昨日は計算外ばかりのことが起きすぎた。優秀な部下を向かわせても、返り討ちにされ、額に拳銃突き付けても逃げられた。今も、計算外だ。仲間ごと処理すればいいと思っていたが、ちょっとばかし強いみたいだな。アメリカ陸軍の格闘術か、それは」

「殺し屋は、零距離近接護身術と集中殺人拳を組み合わせた格闘術か。暗殺が主流の貴様に、真っ向からの対人戦は経験不足のようだ。こちらに分がある」

「不足を補うのは得意だぜ。暗殺ってのは、不足などあって当然の世界だからな。殺し合いに有利不利などない。どちらが先に……隙を晒すかだ!」



 素早く取り出した小さなナイフを三本飛ばし、迅速に距離を詰めて殴る。

 村雨は飛んできたナイフを三本とも指で挟み取り、バック転で鋭い攻撃を回避しながら、ナイフを投げ放つ。

 二階堂は返ってきたナイフを手の甲で落とし、タックルで突進した。

 着地した村雨も腕を構え、体当たりで激突する。

 ぶつかりあった二人は、互いを鋭い眼光で貫いた。



「殺し屋ごときに、近接戦闘で負けるわけにはいかない……軍人としてのプライドがある」

「国の命令で、幾人もの軍人を始末してきたんだぜ、オレ。今度は、てめぇの番だ」

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