EPISODE15 最強の軍人VS.最強の殺し屋
俺は懐から、銃を抜き放つ。
この銃を使って、村雨が俺を守ってくれた。
今度は、俺が守る。
貴重な銃弾を無駄にせず、二階堂を殺すために撃つ。
これから人を殺すかもしれないというのに、内心は波の立たない穏やかさだった。
ベンチに身を隠し、激しい衝突音が響く中、作戦を思い出す。
もしかすると俺を殺しに、ファシリテーターは廃教会に来るかもしれない。
それを三上と村雨に伝えた。
二人は納得して、作戦を立案してくれた。
廃教会に着いたら、三上と村雨は車に身を隠す。
俺だけで小林に接触すれば、奴はすんなりと姿を現してくれるはずだ。
事前に仕込んでおいたメッセージを一瞬で送れるように、ブレスレットデバイスを調整。
攻撃するタイミングを計ったら、メッセージを飛ばす。
メッセージを受け取った村雨は奇襲を仕掛ける。
三上は奴を逃がさないよう、逃げ道で待機。
当然、奇襲だけで終わるような相手ではない。
だから、村雨が奴を捕えて、俺が銃で狙撃する。
というのが流れだ。
作戦というほど、立派なものではない。
望むのは、村雨の強さとファシリテーターの隙だ。
互いに互いの攻撃を受け流し、もはや決着など付かないのではないかと思わせるぐらい、攻防が激しかった。
まるで、アクション映画のラストバトルを思い出す激闘だ。
二階堂は突き刺すような蹴りと裏拳を放ち、村雨は上半身の反りとステップで避ける。
村雨も回し蹴りやパンチ、ジャブを繰り出して応戦するが今一つ決まらない。
「たいしたことねぇなぁ! 死ねよ!」
嵐のような手の振り回しで、村雨を襲う。
一点一点を貫く手刀は胸に直撃したが、村雨は無表情で耐え抜く。
足に踏ん張りを利かせ、軸を支えた後、しゃがみ込んで、二階堂の脚に蹴りを加えた。
足を払って、転倒させたのだ。
二階堂は横になった体勢を捻って、逆立ちした。
床に着いた腕を曲げて反動を付けた後、飛び上がって後方に跳ねる。
地面に降り立った二階堂が顔を上げた瞬間、村雨が頭部を殴り飛ばした。
よろめいたところを、サマーソルトキックで追撃する。
つま先が顎に入り、体全体が宙に浮いた。
舞い上がった二階堂の体が床に落ちる。
これで勝敗が決まったかと思ったが、ブレイクダンスのように脚を回し、村雨を遠ざけた後、前のめりで立ち上がった。
口からの流血を手の甲で拭い、笑みを浮かべる。
奇声を上げて、指の隙間という隙間に投げナイフを仕込み、一斉に飛ばした。
村雨は顔を庇うように腕をクロスさせ、身を屈ませる。
いくつかのナイフが村雨の体に突き刺さり、満足した様子の二階堂が殴りかかった。
まずいと思って、俺は銃口を二階堂に向けたが、村雨が姿勢を整えたのを視界で捉えた。
腕に突き刺さったナイフを引き抜き、二階堂に投げ返す。
ナイフは肩に刺さり、勢いが衰えた。
すかさず、二階堂の膝を蹴り、怯んだ隙に胴体と頭に三発、拳を放つ。
不安定な足取りで後退したが、隙を逃さず村雨が背中に組み付き、羽交い絞めにした。
「今だ! 龍道川!」
両手で銃把を握り、照門に目を合わせる。
羽交い絞めされた二階堂は解こうと、身をよじっている。
黒いレインコートに狙いを定め、トリガーを引いた。
尻を叩かれた弾丸は銃口を飛び出し、胴体を穿つ。
二階堂に撃ち込まれた瞬間、体が脈打つように痙攣し、歯を食いしばっている。
残りの弾丸、全てを解き放った。
六発の重い銃撃音が、廃教会を震わせた。
脱力した二階堂を放し、村雨は少し離れる。
俺の肩は上下し、銃口は白い煙を上げている。
火薬の臭いが、スーツに染みついていった。
銃を腰に差して、膝で立っている二階堂に近づく。
頭は下がり、どういう表情をしているのか分からない。
お化け屋敷を探索するような歩みで、慎重に距離を詰めた。
「二階堂……」
次の足を床に着けた瞬間、二階堂は勢いよく何かを下に叩きつけた。
激しく叩きつけられたそれは爆発して、辺り一帯を白い煙幕で包み込んだ。
「まずい、スモークグレネードか」
入口の方から、走る足音が聞こえた。
俺と村雨は口を塞ぎ、急いで外に飛び出した。
「奴め、防弾チョッキでも着ていたか」
「あっ、三上さん!」
廃教会は坂の上に建造されており、下には車が三台止まっている。
オレンジ色の車体が、小林の車だ。
黒い車が三上で、白い乗用車が二階堂。
その車の付近で、三上と二階堂が格闘していた。
「どけっ! てめぇー!」
「僕と戦いましょうよ」
三上は攻撃を見切って回避し、首を掴んで頭突きを食らわせる。
額が赤くなった二階堂は睨みつけて、ポケットから黒い物体を取り出した。
それに気付いた俺は、三上に叫んだ。
「銃を持っている! 隠れろ!」
反応した三上が車の陰に慌てて、回り込んだ。
二階堂は逃げる背中を狙って、発砲し続けたが、三上の車を傷つけるだけだった。
「くそっ」
拳銃を持ちながら、二階堂は車に乗り込み、エンジンをかける。
砂ぼこりが舞い上がり、勢いよく加速していった。
俺の隣で並走する村雨が声を発する。
「すぐに追いかけるぞ!」
「ええ! 三上さん、大丈夫ですか!」
二階堂の車は、とっくに視界から消え去っている。
三上は起き上がって、すぐに車へ乗り込み、エンジンをかけた。
村雨は肉に刺さったナイフを抜いて、ドアを開ける。
全員が乗り込んだのを確認して、三上は一気にアクセルを全開にした。
「舌、噛み千切らないように耐えてくれ! 追いつくには近道しかない!」
「やってもいいが、壊すなよ三上」
やるってまさか、それに近道って。
曲がりくねった峠道をドリフト走行で駆け抜け、全速力で山を下っていく。
車の後方がガードレールすれすれで、車内の俺たちは洗濯機で揉みくちゃにされている状態だった。
後部座席の俺と村雨はドア上部のグリップを握り締め、投げ飛ばされないよう耐える。
本番は、ここからだった。
突然、進行方向を逸れて右に車体を滑らせる。
山頂からの景色を眺めるためではない。
現在、二階堂がいるであろう麓に向かって、三上はアクセルを踏み抜いた。
ガードレールを突き破り、車体は宙に飛び出す。
体は浮遊感で包まれ、天井に頭をぶつける。
その後、下からの衝撃が襲ってきた。
激しく着地した車は崖を突っ走り、木の密集地帯に突進していった。
自然の静けさを、エンジンが爆音で引き裂く。
木の枝と葉が、ガサガサと表面を傷つけていた。
「ぶつからないでくださいね!」
「運転技術には自信があるんだ。心配しないでくれ」
「よく言えますね……って、前に大木が!」
三上は歓喜の声を上げながら、車を巧みに操縦する。
ハンドルは左右に回され、行き先もそれに従う。
大木を避けた先にも、大木があったが、気にすることなく転回して躱した。
何もかも滅茶苦茶な運転だが、ドライブテクニックはあるようだ。
カーアクション映画さながらのハンドル捌きで、ようやく国道が見える位置にまで来た。
国道に乗り上げるため、坂を全速力で登っていき、頭頂からジャンプする。
車体を横滑りさせながら、国道に着地した。
「見つけたぞ、二階堂だ!」
村雨が窓の外を指さす。
真正面から二階堂が突っ込んできていた。
いきなり目の前に現れ、驚いたのだろう。
二階堂は車を急転回させて、加速していった。
その背中を、俺たちが追いかける構図となる。
「逃がしはしないぞ、二階堂ジュウイチ。あんたを必ず捕えて、ツカサを返してもらう」
「よし、僕が殺し屋のもとまで連れていこう。振り落とされないよう、しっかりと掴まっておくんだ」
三上は目の色を変え、ハンドルを握り直した。
二つの車は国道を突っ切っていき、高速道路にまで逃走が及んだ。
追い越し車線で、限界まで加速している。
村雨はタブレットを眺めながら、顎をさする。
「奴はいったい、どこに逃げようとしているんだ。撃たれた体を回復させるためか? どうも、時間稼ぎをしているような気がする」
「だとしたら、俺たちは誘い込まれている。二階堂が仲間を集めて、待ち構えていることだって想定できる」
「とうとう、関西付近だ。4時間近く走り続けているな」
三上は、集中力が欠けてきているようだ。
その証拠に4時間前のテンションが、今では引きつった笑顔になっていた。
案内表示板に、O阪市に降りる料金所までの距離を示している。
そこで、この高速道路の旅も終わりを告げようとしていた。
二階堂の車が、O阪市の料金所を下っていった。
車と車の間を乱暴に通り抜け、大型ショッピングモールの駐車場へ突っ込んでいく。
そこで、二階堂は車を捨てて店内に入っていった。
俺たちも適当に駐車して、すぐに追いかける。
夏休みということもあって、人の数は多い。
「二階堂は、何を企んでいるんだ」
そう発言した途端、奥から二発の銃声が鳴り響いた。
束の間の沈黙が流れた後、人の動きが逆流し始める。
皆が一斉に出口を目指したのだ。
人の波に流されないよう、かき分けるようにして前に進む。
遠くで、二階堂の姿を認める。
近くには警備員が包囲しており、怒鳴っていた。
「おい、逃げられないぞ! 観念して、銃を捨てろ!」
そう叫んだ警備員は、一秒後に頭部を撃ち抜かれた。
のっぴきならない状況に、残った警備員が一様に揃って立ち向かったが、拳銃と格闘であっという間に瞬殺された。
怖気づいた警備員が、こちらに逃げ込んできたが、背中を射られて床に倒れ込んだ。
足元に死体が転がり、靴先が血だまりに触れる。
「待て! 二階堂!」
「よく付いてきたものだな! オレの部下を用意しておいた。ぜひ、ショッピングモールで殺し合いを楽しんでくれ!」
「二階堂ー!」
叫んでも、奴は止まらない。
たちまち、中央広場に黒服が集まってきた。
明らかに、一般人じゃない雰囲気を醸している。
二階堂はそれを見て高笑いし、エスカレーターを駆け上っていった。
囲まれた三人は拳を持ち上げて、臨戦態勢を整えたが、村雨が俺に叫ぶ。
「龍道川、奴を追いかけろ! 私と三上で、こいつらを相手にする」
「さすがに、村雨さんや三上さんでも、この数は」
「トオルくんに、ファシリテーターを任せる。だから僕とマサムネくんに、ここを任せてくれないか。僕たちは、チームだ。そうだろう?」
敵の一人が、三上を狙って攻撃を仕掛ける。
三上はものともせず顔面に裏拳を放って、背負い投げで反撃した。
背中を打ち付けた黒服の鼻に、三上は踵落としを決める。
それを合図に、他の黒服が突撃してきた。
少し思案して、三上に答えた。
「三上さんの言う通りだな。二人は、ここで食い止めてくれ!」
村雨は敵のパンチを容易に躱して、膝蹴りを鳩尾にめり込ませる。
頬を思い切り殴りつけて、一人を倒す。
そして、こちらに振り向いて大きく返事をした。
「それでいい、龍道川! 後で合流しよう」
エルボーとチョップで黒服を沈めた三上も、笑って頷いた。
「頼んだよ、トオルくん!」
俺は駆動するエスカレーターを早足で駆け上がっていく。
背中を黒服が銃で狙ってきたが、村雨が対処してくれた。
銃を抜いた黒服は、顔面を跡形もなく破壊される。
村雨と視線が交差し、二人は意気込んで奮い立った。
この戦いを完結させるために。
ヒーローのように立ち向かってやる。
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