EPISODE12 最強の殺し屋

 やっと、真犯人と対峙することができた。

 まさか、殺し屋本人がこっちに来てくれるとはな。

 銃口は依然、向けられたままだ。



「ツカサを返してもらうぞ」



 そいつは、まるで幻影だった。

 霧のように掴めない相手。

 輪郭がおぼろげで、情けないが攻撃が当たるのか不安だった。

 倒せるイメージが全く思い浮かばないのだ。



 それでも立ち向かうしかない。

 駆け出して、脅威である銃を引き剥がしにいく。

 当然、敵は黙って佇んでいるはずがない。

 抑圧された発射音が、何発も鳴り響く。

 俺は左右に体を傾けながら近づき、銃を持った腕に手刀を振るった。

 最小限の動きで躱され、手刀に手応えはない。



 真犯人は側頭部に銃口を下ろし、引き金を引いた。

 反射的に頭を落としたため、銃弾が目的を達成することはなかった。

 もう一度、撃たれる前に素早く蹴りを繰り出す。

 後方に飛び退いて、回避された。

 足を整え、あえて銃口に向かって飛び込んだ。

 こいつは適当に発砲しない。

 殺せる可能性が高まった時に、引き金を引く。

 弾痕をできるだけ残さないことや、替えの弾倉が少ないことが理由だろう。

 銃を手に入れるのが難しい時代と同時に、弾丸も手に入りにくい。

 それとも単に、殺しの美学なのだろうか。



 どうにかして、拳銃を持つ腕にしがみ付き、強引に銃を捨てさせた。

 これで危険性は低くなった。

 と思った直後、油断は死を招くことを教えられる。

 無防備な背中に、正拳を入れられた。

 脊髄を貫き、肺の空気が全て追い出される。

 一瞬、呼吸できず、思考がまどろんだ。

 前転しながら、盾にした男が持っていた銃を拾って、真犯人に向ける。

 そして、引き金を引いた。



 トリガーは全く動かなかった。

 刹那、真犯人は仮面の裏で笑った気がした。

 視界は敵を捉えながら、拳銃に意識する。

 男から奪った拳銃。

 てっきり、洗浄されたノンID銃だとばかり思っていた。

 だが、いくらトリガーに力を入れても発砲することは叶わなかった。

 ID銃は国が認可した人物にしか、所持が許されていない。

 つまり、こいつらは国が認めた殺し屋集団ということになる。



 真犯人はおもむろにサプレッサー付き拳銃を拾って、円筒の銃口を突き付けてきた。

 使えない銃をいつまでも持っていられるか。

 黒い仮面に狙いを定め、ID銃を放り投げた。

 少しの間だけ、邪魔ができればいい。

 回転しながら向かってくるID銃を、左手で軽く跳ね除ける。

 その間に、体勢を立て直した。

 足を押し出して、距離を詰める。

 何が何でも攻撃させてはならない。

 真犯人は銃を仕舞い、腕を胸の前で構えた。

 銃では、不利だと気付いたみたいだ。

 格闘なら、こっちに分がある。

 思い切り、仮面目掛けて右腕を振るった。



 予測していたような手捌きで、攻撃が往なされた。

 続いて、左拳で殴りつけたが、いともたやすく受け流される。

 足を踏み込み、重心を保ちながら両腕を駆使したが、全て捌かれるのだ。

 水の流れを変えるように、軽い力で押し退けられる。

 足蹴りも試す。

 自分の頭以上に高い右足は、上半身を反らして避けられた。

 回し蹴りも放ったが、体を捻って躱される。

 そして、真犯人は右手を握り締め、一気に突き放つ。

 咄嗟の判断で、左腕を盾にした。

 まるでライフル弾のような貫通力に加え、ロケット弾のような爆発力が襲ってくる。

 足も不安定だったため、体が舞い上がった。

 大きく後方に吹き飛ばされ、倒した男の山に転がされる。



 気を失う寸前まで追い詰められ、視界が狭まっていく。

 目の前に、レインスーツの脚が置かれた。

 やられてたまるか!

 我武者羅に立ち上がって、格闘を仕掛ける。

 しかし、滅茶苦茶の攻撃は躱され、捌かれ。

 仕舞いには、胸に反撃されていた。

 打ち込まれた拳は、鈍器で殴られたように重い。

 肋骨は、とうに破壊されているだろう。

 顔面も殴られ、鳩尾を蹴られ、これでもかと叩きのめされる。

 それでも不思議なことに、脳が追いついていない状況でも、最低限の防御はできていた。

 喧嘩の経験が、自分を守るために活かされている。



 津波に揉まれるように、身体中に激痛が走り、最後は得意としていた蹴りを自ら味わうこととなった。

 壁まで吹き飛ばされ、背中からしたたかに衝突する。

 座り込むように、上半身が沈んでいく。

 車道が見える細道から差した光は、傷だらけの全身を照らした。

 強すぎる、最強の殺し屋と言っても過言ではない。

 俺の格闘術は『相手を”倒す”ため』の戦い方だ。

 対して、真犯人の格闘術は『相手を”殺す”ため』の戦い方。

 最小限の力で、相手を破壊していき、隙を作る。

 銃で確実に殺すための隙を作るのだ。



 項垂れる頭頂部に、銃口を当てられる。

 逆転の方法が考えられないほど、脳に余力はなかった。

 モザイクのような意識で思考している内に、引き金の音を聞く。

 そして、銃声が重く響き渡った。







 撃たれたのは、真犯人だった。

 銃弾を撃ち込まれた黒い仮面が、遠くへ弾け飛んでいく。

 直後、車道のある道から大声で呼びかけられた。



「龍道川! こっちだ!」



 発砲したのは、車のリアウィンドウから狙撃した村雨だった。

 運転席には三上が座っており、こちらに真剣な目つきを向ける。

 息つく間もなく、俺は走り出し、村雨は引き金を絞った。

 銃弾は俺の側を通過して、背後の真犯人を狙う。

 堪らず、真犯人は壁に身を隠したみたいだ。

 必死な俺は、目の前の車に向かって猛ダッシュした。

 一歩を刻むごとに、傷口の電撃が襲い来る。

 壊れた左腕を押さえながら、足を引きずって逃げた。



 いきなり、背中を突かれる衝撃を受け、足を取られた。

 ジャケットの左肩辺りに穴ができ、赤く染まっていく。

 後ろから撃たれたのだ。

 右の壁に凭れかかりながらでも、前に進んだ。

 真犯人の足音が聞こえる。

 村雨は俺を守るために、警察拳銃で迎撃する。

 後ろから、抑えられた銃声音が響いた。

 一発の弾丸が耳の後ろを抜けて、塀に穴を掘る。

 あと数㎜後ろに居たら、と考えたら、恐怖が背中を這いずり回った。

 苦労の末、満身創痍で車道に飛び出すことができた。



「トオルくん! 助手席に回り込むんだ!」



 三上がドアを開いて、何かを脇道に投げ込んだ。

 村雨は顔を伏せ、三上はドアを勢いよく閉じる。

 俺が助手席へ乗り込んだ頃に、強烈な爆音と閃光が炸裂した。

 三上自作のスタングレネードだ。



「三上! 出せ!」



 村雨の怒鳴り声で、三上はシフトレバーを動かして、アクセルを踏み込んだ。

 旧世代のマニュアル車は凄まじい速度で加速し、あっという間に大通りに出た。

 安全が確保されたところで、胸をなでおろす。

 座り直して、シートベルトを着用した。



「撃たれたのか、龍道川」

「え、ええ。痛むくらいですよ」

「三上、病院を探せ」



 左肩に手を当てて、少しでも出血を防ぐ。

 傷という傷全てが発熱して、痛みを知らしてくる。

 意識も朦朧とし、ハッキリと言って死ぬのではないかと思ってしまった。

 俺の車は後で回収しなければな……。

 隣に座る手負いの俺を見て、三上は声を発した。



「歌舞伎町に向かいます。優秀な闇医者が知り合いにいますから。そこで診てもらいましょう」



 落ち着かない呼吸を安定させようとしている内に、意識は闇の底へ沈んでいった。

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