EPISODE11 遭遇

 車を走らせ、三十分。

 そのへんの企業は今頃、昼休み時間だろう。

 バックミラーを覗いても、こちらを着いてくる車は見当たらない。

 念のため、尾行を巻くための走り方で目的地に急いだ。



 そうこうしている内に、SOフーズの看板が見えてきた。

 左手には、四角い箱型の巨大な本社がある。

 コインパーキングに駐車して、建物に進入する。

 銀色を基調としたオフィスエントランスは広く、社員や客が行き交っていた。

 足早に、中央の受付へと向かう。

 目の前の受付嬢に、警察手帳を見せつけた。



「警視庁捜査第一課の龍道川トオルと言います。CMOの小林ヨシノリさんにお会いしたいのですが」

「少々、お待ちください」



 受付嬢はデバイスを操作し、視線を上下に動かして探している。

 もう少しかかるだろうと思っていたのだが、意外な返答をされた。



「社内ログを確認したところ、今日はご出勤されておりません」

「そうですか……また出直します」



 振り向いて、入り口に引き返した瞬間、あることに気が付いた。

 五人はいるな。

 ベンチにかけていた男たちが立ち上がる。

 俺が歩き出すと、彼らもゆっくりと”追いかけて”きた。

 俺は嵌められたのだ。



 昨日、俺を見失った真犯人は居場所を掴むために、部下を差し向けてきた。

 企業の殺し屋というなら、常に単独ではないはずだ。

 追跡してくる彼らも、風格からして殺し屋といったところか。

 放たれる殺気は、突き抜ける痛みとなって肌がピリついた。

 こっちも気付いたからには、何もなしにやられるわけにはいかない。

 確実に、反撃してやる。

 胸ポケットを探る振りをして、村雨に電話を入れる。

 繋がった音がして、すぐに通話を切った。

 これで、こちらの意図は伝わった。







 隠す気のない尾行。

 くすぐったい視線が、俺の喧嘩魂を燃え上がらせる。

 小さい頃は喧嘩ばかりしていたものだ。

 今でも、喧嘩では誰にも負けないと自負している。

 身体作りも欠かさず、健康であり続けた。

 興奮によって、身体中に熱が帯びていく。

 テンションを調整して、表情も引き締めつつ、戦闘準備に入る。

 後ろをのこのこ付いてくる若者は五人。

 コインパーキングには真っ直ぐ向かわず、大通りに出る。

 人の目がある内は襲ってこない。

 今の間に、どこで仕掛けるか思案した。

 ブレスレットデバイスで地図を確認し、人気のない場所を探す。

 デバイスにはメッセージも来ており、村雨から【向かっている】とだけ送られてきた。



 奴らを誘い込む場所として選んだのは、近くの工場裏だ。

 マンション隣の細い路地を通り抜けていく。

 怪しまれないよう、時間を置いて攻めてくるだろう。

 その隙に、こっちは戦場を整える。

 長方形の狭い空間だが、喧嘩や裏取引をするには持って来いの場所とも言える。

 逃げ道は二つあり、今通ってきた道の他に、奥には車道が見える脇道があった。

 工場で高くなっている壁のため、日の光もそれほど差し込んでいない。



 燻ぶった臭いのする場所で、俺は待ち構えた。

 武器や落とし物はない。

 こういう場に相応しい鉄パイプさえも見当たらない。

 行政が、こうしたところまで掃除しているからだ。

 拳銃はというと、三上に預けてきた。

 となると、身一つで格闘するしかない。

 壁を背にして、拳を持ち上げる。

 見失って焦る足音がいくつも聞こえた時には、武者震いが止まらなかった。



 というわけで準備万端の俺は、先頭を走る若者を殺す気で殴った。

 細い路地に飛び込み、まずは顔面を一発二発。

 完璧な不意打ち、大成功だ。

 鳩尾を全力で蹴り飛ばす。

 敵はあっけなく吹き飛ばされ、後方の追跡者に受け止められる。

 最初の一人は沈めた。

 次に襲ってきたのは、少々図体のでかい男だ。

 全員若く、スーツを着ており、一見その辺のサラリーマンを思わせる。

 黒いシャツに黒のジャケット、黒服と名付けよう。



「俺を殺すのか? それとも、ボスのところまで連れていくのか?」



 返事はない。

 黒服の切り込むような殴りを躱して、素早く反撃する。

 胴体目掛けて、何発も拳をめり込ませた。

 具合からして、かなり効いているみたいだが、倒れはしなかった。

 敵に向かって走り、飛び膝蹴りで止めを刺した。

 血と歯が飛翔する。

 意識も耐えきれなくなって、脇道を塞ぐようにして倒れた。



 それを乗り越えて、残りの三人が攻めてきた。

 俺も戦局を変えるため、長方形の空間に場所を移す。

 これで、三対一と状況は変化した。

 それでも負ける気はしない。

 奴らも拳だけでは勝てないと、ナイフを引っ張り出してきた。

 これで俺を襲った理由は、殺すためだと分かった。



「いつでも、かかってこい。ただし、お手柔らかに頼む」



 そんなことを言っても、殺気は高まるばかりだ。

 手を招くように動かすと、まず細マッチョの男が動き出した。

 俺は体の向きを反転させ、工場に向かって飛び上がり、壁を蹴った勢いで回し蹴りを食らわせる。

 傍から見ると三角を描くような軌跡で、相手の側頭部を蹴り飛ばした。

 決定的な一撃を加えたと思ったが、黒服は頭を押さえて起き上がる。

 細マッチョの黒服と、眼鏡をかけた男が共に攻めてきた。

 二人の男が繰り出すナイフ捌きは、空間を利用して回避する。

 互いが近くで刃物を振るっているため、動きは酷く単調だった。

 避けるのには苦労はしなかったが、攻め込む隙が見つからない。

 だから、息の合った連撃を崩す。

 道を塞ぐように倒れている黒服のところまで戻る。

 ポケットからこぼれているナイフを靴の裏にくっつけると、後ろに蹴り上げて上空に飛ばした。

 敵は怯むことなく、突き刺してくる。

 さすがは、プロフェッショナルといったところか。



 回転しながら落下してきたナイフを掴んで、一本のナイフを受け止める。

 メガネをかけた黒服は、厳しい顔で睨んできた。

 もう片方の黒服を蹴り飛ばし、一時的に一対一に持ち込んだ。

 ナイフを止められた男の後頭部に、素早く回り込みながらエルボーを食らわせた。

 蹴り飛ばされた細マッチョが、ナイフを振り下ろしてくる。

 その腕を手の甲で弾いて、回転蹴りで壁に激突させた。

 意識を失ったそいつは、壁に頭を擦りながら地面に沈んだ。

 あとは、険しい表情の一人だけ。

 油断したのも束の間、そいつは胸のホルスターから拳銃を抜いたのだ。



「これはヤバいな」



 顔色一つ変えずに、引き金を引いた。

 響き渡る銃声で、魂を引き剥がされそうになる。

 無我夢中で腰を低くして、頭を下げた。

 すると、後ろの壁が破裂した。

 後目で確認すると、弾痕が刻まれている。

 威嚇のための空砲ではない。

 狩るか、狩られるかの境地に立たされているのだ。



「よし、お前を拷問してやる」



 地面を蹴って、全速力で駆ける。

 銃口は迷いなく、こちらを狙っている。

 再び、銃弾が発射された。

 ジグザグに走って、なんとか避けることができた。

 あと、少しというところでもう一発。

 頬をかすって、後方へ翔けていった。

 焦心が余裕を失くし、ついには連発してきた。

 焼けた火薬の臭いが、鼻腔を刺激する。

 加速する弾丸が、肩すれすれを削っていった。

 ジャケットの生地が一直線に切れる。

 もう一発、撃たせる前に銃を蹴っ飛ばした。

 同時に銃声が空を轟かせる。



 手を押さえる男にタックルをかまして、押し倒す。

 硬い地面に、拳銃の落ちる音が聞こえた。

 不利な状況に追い込まれても、黒服は諦めなかった。

 自由な手で、顔を殴ってくる。

 上体を逸らして躱し、怒りを込めた拳で反撃した。

 男の鼻に直撃し、血が溢れる。



「銃を使ったお前は、口が軽いと信じる。さて、お前に命令した者はどこの誰だ?」



 押さえつけても、男は決して力を緩めなかった。

 起き上がろうと、全身を興奮させている。

 口は一文字に結んだまま、硬く閉ざしていた。



「大丈夫だ、今の俺は警察官じゃない。ということは、拷問も許されるってわけだ。周りに、人はいない。お仲間は気絶させてあるからな。喋っても、誰もお前を責めない。お前が自白したことも内緒にしてやる。バレるかもしれないって、怖がっているのか? ちょっと、お話してくれるだけでいいんだ」



 言い終わっても、何も変わらなかった。

 両足をジタバタさせている。

 こいつは命じられるまま従うロボットだ。

 絶対に口を開かないという覚悟を感じる。



「言葉が分からないとか言うなよ。自白してくれたら、お前を気絶させるだけだ。もしかして、失敗すると殺されるのか? ブラックだな、お前が勤めている所。もうじき、俺の仲間が来る。殺されたくないなら協力してくれ。俺たちが、お前を攫ってやる。そうすれば、殺されるのは仲間だけ。どうせ、友情なんて芽生えてないだろ。お前が有利になる条件ばかりを提示しているんだ。もっと要求してもいいぞ。三食寝床付きとか。ダメか?」



 まずは、こいつの声を聴こうと思って捲し立ててみたが。

 まるで見えない耳栓でも付けているのかと思わされるぐらい、何も聞こえていないようだ。

 拷問が下手くそなのも手伝って、逆に追い詰められた気分だった。

 とりあえず、一発殴っておく。

 折れた歯が喉の奥に落ち、血が地面に染みる。

 意志の方は歯と違って、強すぎて折れない。

 もしかすると、こいつは死ぬことを恐れていないのか。

 生存を優先していない。

 暗殺を第一に行動しているのだ。



「はぁ……俺の負けだ。来世は、良い人生送れるようにな」



 肘で、顔面を陥没させた。

 ちょっと強めにやったけど、死んではいないはず、たぶん。

 脱力した両腕が、ぽとっと落ちる。

 据わっていない頭を見つめた。

 こいつを持ち帰っても、自白することはないだろう。



 村雨に拷問の経験があるのだろうか。

 米軍で、そういうのって習うのだろうか。

 村雨は日本で生まれ、アメリカで育ったそうだ。

 そんなことをふと思い出していると、どこからか足音が聞こえてきた。

 一瞬、村雨の姿が頭をよぎったが、音色が違う。

 柔らかく、静かな音。

 耳を澄まさなければ、一生聴こえることのない足音。

 誰かの気配がした。

 顔を上げると、そこには……。







 銃口があった。







 とっさに黒服を持ち上げ、盾にした。

 タイヤがパンクするような音と共に、男の全身に穴が開いていく。

 男の血を浴び、スーツが血生臭くなる。

 死体となった盾を発砲してきた敵に投げつけ、銃を落としにかかった。

 視界に入るのは敵よりも、サプレッサーの付いた拳銃だ。

 右足で蹴り上げる。

 敵はバックステップで手を引っ込め、脚は虚しく空を切った。

 そこで初めて、奴を捉えた。

 黒のレインスーツ、黒の運動靴、黒革手袋。

 フードを深く被り、顔は仮面で隠されていた。

 間違いない、こいつこそ。



「会いたかったぜ。お前こそがNewTuber連続殺人事件の犯人であり、猫山マサシに罪を被せ、更には企業の殺し屋として死体の山を築いた人物。そして、俺を恐れ、ツカサを攫った誘拐犯。絶対に逃がしはしない! ここで、ぶっ潰してやる!」

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