EPISODE8 村雨マサムネ

「真犯人を警察に引き渡さず、仲間にするか。事件の報告を聞いていると、確かに殺しの才能があるみたいだな。ただ……」



 村雨は表情を曇らせる。



「殺しをやる動機が不明だ。それが分からない限りは、勧誘できない。方向性が一致しなければ、私達も危険に晒すことになる」

「それは、本人から聞こうと思います。捜査の過程で得られるかもしれません」

「少なくとも、奴の報酬系を刺激しているのは金ではなさそうだ。殺人が性癖だというなら、手に負えない。復讐計画は、大量殺人が目的ではないからな」

「真犯人が殺害した人物に共通するのが、炎上したNewTuber。社会を良くするためだと信じて、殺人を犯す偽善者、と考えるのが妥当でしょう」



 それから付け加えて、ある考えを話した。



「真犯人のターゲットがNewTuberだというなら、三上ハルトさんも対象に入っています」

「そうか……真犯人を捕まえれば、三上ハルトを守ることになる。彼は炎上することを避けてはいるが、何が奴の琴線に触れるか分からない」

「あくまで、推測です。ですが、可能性は高い。最悪の場合、警察官として真犯人を逮捕すればいいだけの話です」

「よし、動くとしようか。私は何をすればいい」



 村雨は立ち上がって、部屋の電気を付けた。

 すると、足元に当たっていた柔らかい物がゴミ袋だと知った。

 それも一つや二つではない。

 パンパンに膨れたゴミ袋は至る所に散乱し、一言で言い表すならゴミ屋敷である。

 幸い科学技術が進歩したおかげで、強烈な臭いは袋の中に封印されていた。

 黄緑に見える異臭が、外に漏れることはない。

 不幸中の幸い。

 顔を引きつらせながら、村雨に指示を飛ばした。



「そうですね……過去の事件簿を参照して、NewTuber連続殺人事件に似た事件を探してくれませんか」

「キーワードは『NewTuber』、『全身黒ずくめ』、『殺人』でいってみるとしよう」

「それと……」

「どうした、遠慮しなくていい」



 優しさに甘えて、言いにくいことを言ってみた。

 人のプライバシーや信念に関わることは言いにくいが、我慢できなかったのだ。



「掃除してもいいですか」







 カーテンを開け放ち、窓も開けて換気している。

 部屋中のゴミ袋を捨て、雑巾や掃除機で隅から隅まで掃除した。

 訪ねた時とは、全く別の空間となっていた。

 饐えた臭いも去り、今では心地よい風が吹き込んでいる。

 現在、村雨さんのために料理を作っている。

 毎日、冷凍食品かインスタントラーメンらしく、健康面に不安が出てきたからだ。

 冷蔵庫に碌な食材が見つからず、近くのスーパーで揃えてきた。

 時代遅れの調理器具で、何とか仕上げることができた。



「いい匂いだ。龍道川は何でもできるな」



 スパゲッティと、いくつかの副食。

 フォークを持って、落ち着いた動きで食べ始めた。



「結果が出ているから、見てみるといい」



 村雨のパソコンを覗き込むようにして見てみる。



「適切なキーワードを増やして、真犯人がやったと思しき殺人事件をリストアップしてみた。私のAIが導いたものだ。間違いはない」

「36件……」



 マウスを動かして、一つ一つ確かめていく。

 知っている事件から知らない事件まで、そこにはあった。

 全てに共通しているのは、当たり前だが被害者はNewTuberだ。

 一度、炎上していることも共通点でもある。

 もう一つの共通点は、殺し方が綺麗すぎるという点だ。

 被害者は皆、一様にして一撃で殺されている。

 殺しの始まりは、五年前から。

 リストアップされた事件に目を通したが、霧のような違和感に苛まれている。



「逮捕されたものもあれば、未解決事件として処理されているものもある。そして、逮捕された者は決まって冤罪を主張している、か。場所は関東地方が中心だが、関西もごく少数あるな。犯人は関東在住か。加えて炎上してから、短い期間で殺されている」



 炎上した原因についても探ってみた。

 原因の全部が、炎上して当然のものだ。

 炎上の原因とされる動画を見たが、視聴者を不快にさせる内容なのは確かだった。

 削除されていない動画のコメント欄も覗いてみる。

 案の定、信者とアンチの戦いが勃発しており、中には殺害予告を出している者もいる。

 これは、どのNewTuberにも共通しているが。

 コメント欄を流し読みしていると、あるコメントで気が付いたことがあった。

 ”無名のくせに調子にのるなよ、タヒね”。

 殺された被害者は無名、有名を問わず殺されている。

 リストアップされた画面に戻って、もう一度上から読んでいく。

 そして、妙な点に気付いた。



「炎上といっても、ニュースになるものから、視聴者内で留まっているものもある。度合いはバラバラだ。てっきり、報道された炎上だけを取り上げて、殺害しているのかと思っていたが」



 炎上には種類がある。

 個人情報漏洩、誹謗中傷、告発や暴露、失言、振る舞い、誤爆。

 SNSの拡散力が計り知れないからこそ、炎上は発生する。

 今度は、炎上の種類で見返してみた。



「共通点はまだあった。ほとんど、商品を利用した動画だ。商品の雑な扱いが招いた炎上……」



 大量のスキンケアクリームを浴槽に入れる動画を筆頭に、様々な動画がある。

 TRIPLE・AXELも炎上商法として動画のネタに、商品で炎上させた動画もあった。



「商品といっても、知名度の高い物ばかりだ。リストアップされたNewTuber以外で、商品で炎上しているNewTuberはたくさんいる。だが、聞いたことも見たこともない商品で、だ。しかし、リストアップのNewTuberはすべて有名商品……」

「なら……大手企業、がキーワードだな」



 食べ終わった村雨は、後ろから顔を覗かせていた。

 俺は画面に映っている商品を指さす。



「商品全て、各業種のシェア上位を争う有名企業が出しています」

「この真犯人……なんだか、きな臭い奴だ。ただの偽善者、ではないのか」



 唐突に、嫌な汗が背中を伝っていった。



「もしかすると、俺たちは禁域に入り込んでいるのかもしれません。嫌な予感がします」

「ああ、私の勘では……真犯人は、”本物”かもしれない」



 本物、という単語に深く共感する。

 真犯人は、俺の予想以上に大きい人物かもしれない。

 気楽に考えていた自分が、あまりにも滑稽に見える。

 予感を確信に変えるため、村雨に提案した。



「もう一度、AIでリストアップしてください。キーワードから、『NewTuber』は外してくれませんか。代わりに『有名企業』を追加してください」

「やってみるとしよう」



 食器を洗って、片付けが終わった頃にはリストアップされていた。

 村雨は、モニターに目をやる。

 促されるまま、椅子に座って画面を見た。

 リストアップされた事件数が、右下に表示されているのだが。

 それを見て、不意打ちを食らったように目を丸くした。



「……384件」

「連続殺人と言うには、驚異の数字だ。時系列順に並べると、6年前から始まっている。一年で平均64人は殺している計算だ。それでいて、真犯人を捕えることができていない。そんなことがたった一人で可能なものだろうか」

「真犯人の正体。それは」



 事実のピースをはめて、パズルを完成させる。

 そうして導き出した答えを声に出した。



「……企業に雇われている殺し屋」

「ありえない話ではない」



 村雨は炭酸飲料が入ったコップを片手に、顎をさすっている。



「リストアップされている有名企業の業種は様々。表ではシェアを競っているが、裏では有名企業同士、仲良くしているらしい。有名企業の重役だけが集うパーティーの噂は、三上から聞いたことがある。そこでは”調整”が行われているそうだ。マーケットは需要者と供給者がつくっているのではない。企業が演出しているのだ」

「じゃあ、そこで殺しの依頼が交わされている、ということですか」

「企業にとって、守るべきものは多い。面倒な解雇者、重要情報を持って逃げる者……殺すための動機はいくらでもある。NewTuberが殺されたのも、企業イメージを払拭するためじゃないか?」



 今や、ネットショップでの売買が主流となっている。

 さっき食材を買うために出かけたスーパーも、この辺りの地域では一軒しかなかった。

 もはや店頭で直接買うというのは、時代遅れだ。

 ネットショップでは商品を直接、見て触ることができない。

 だからこそ、広告の力が重要視されているのだ。

 購買意欲を高めるため、商品のイメージが第一とされている。

 そんな時代、商品イメージを炎上で落とされると、売り上げに大きく響き渡る。

 実際、TRIPLE・AXELが商品で炎上した直後、会社組織信用スコアが減少し、その商品の売り上げも落ちた。

 株価も暴落するほど、SNSは凄まじい被害を与える。

 そこで”火種”を潰すために、ライバル企業でも手を取り合う決断をしたのだ。

 リストアップされた被害者の中には、評論家や芸能人も含まれている。

 ”商品を悪く言うこと”で有名なタレントだ。

 まさか、あのタレントがこいつに殺されていたとは、と軽く驚いていた。

 NewTuberだけに被害がとどまらなかったとはな。



「NewTuber連続殺人事件は、氷山の一角に過ぎなかったのか」

「龍道川……真犯人を追うことは、日本の企業をも敵に回すということになる。下手をすれば、こっちが狩られるぞ。それに、警察上層部も懐柔されているはずだ。でなきゃ、6年も殺し屋を続けられるはずがない」

「警察は当てにならない、か」



 警察官である自分が言うには、あまりにも皮肉すぎて笑える。

 村雨は、空になったコップを置いた。



「これで私のAIに、できることはなくなった。君の事だ。次に何をするべきか決まっているのだろう」

「ええ、やるべきことは尽きませんよ。新たな事実が判明した今、とある人物が余計に怪しく見えました」



 立ち上がって、村雨に礼を言った。

 彼は満足そうな顔で、目を細める。



「君は優秀な人間だ。なぜ……あの時、参加していた他のボランティア員ではなく君だけを誘ったのか、分かるか?」



 そういえば、俺は気になっていた。

 人手が欲しいなら、どうして他の人には声を掛けないのだろうと。



「さあ……積極的に、あなたの開発に協力したからですか?」

「それも理由の一つだが、最も大きな理由がある」



 村雨が肩を掴んで、俺の目を見据えた。



「君だけが、過去を覚えていたからだよ。他の人間は就職に利用するだけ利用して、村を……忘れたんだ。私が彼らを訪ねても、覚えていた者はいなかった。君だけだ。君だけが、あの村を信じていたんだ」

「……ええ。村はまだあるものだと、呑気に思っていましたけどね」

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