EPISODE7 復讐のために

「この一年で分かったことは少ないが、怪しい動きは発見できた。海外ボランティアへの支援基金の流れが変わっていたんだ」



 厳かに話す村雨から、目を離すことができなかった。

 釘づけにされていたのだ。



「各地で募金活動が行われているが、集められた金の流れを追跡すると、行き先は……O阪だった。O阪と言えば、2031年にO阪ユートピア構想が発表されたことは知っているはずだ」

「もちろんです。帰国した次の週が、ユートピア構想の宣言で話題になっていましたから」



 O阪ユートピア構想とはO阪府を国家から切り離し、世界中心都市にする計画だ。

 世界中心都市は政治も国もない。

 人種や自然言語、国境もない。

 全ての地球人が暮らし、宇宙人も問わず居場所がある空間。

 地球を凝縮した都市として誕生させると、現首相の鷲尾ユリハが宣言した。

 要するに、他国のグローバル化に焦った日本は世界の注目を集めるために、突飛な計画を発表したのだ。

 O阪がどこよりもグローバルですよ、と言えるようになれば他国を上回れると考えた。

 もっともそんな空間が完成したとして、住めるのは大富豪のみらしい。

 間接的に、日本が利益を得るための計画だ。

 現在、シンボルとしての建物『T天閣』を築いている。



「鷲尾ユリハが首相に就任したのは、ボランティアが打ち切られる少し前。そして、打ち切られた後にO阪ユートピア構想が発表された。君も察したはずだ。医療機器開発プロジェクトを終了させたのは、O阪ユートピア構想の資金を調達するためだったのだ」



 海外支援の募金が、O阪ユートピア構想の資金になっているということか。

 アフリカ大陸へのボランティアを勧めてくれた知り合いが、募金について教えてくれた内容を思い出す。

 有名どころの募金団体が集める一年間の募金額は、だいたい10億円以上だそうだ。

 誰もが知っている十字マークがシンボルの団体では、募金額11桁もある。

 確かに、その募金額を資金に加えると計画は進めやすいが。

 募金を奪うために、村一つを見捨てたというのか。

 


「お金のために、村を見捨てたというのですか。第一、あなたの話には……その、証拠はあるんですか」

「ない。確証足りうるものはない。そうだ、君が思う通り、空想や妄想……陰謀論と同じだ。今のところ掴んでいるのは、募金は海外支援に使われることなく、O阪に留まっているという事実だけ」



 よくもまあ、証拠もなく言えるものだ。

 俺はまだ、村が消滅したなんてことを信じていない。

 だから少々、むきになって反論した。



「もし、その話が本当だとして、村を焼き消すよう、テロリストに依頼したのは日本政府だと言うんですか」

「もう少しだけ、空想を口にさせてほしい。テロリストに依頼したのは、日本政府ではない。日本政府は操られている側かもしれない、ということ。それから、村を焼き消した理由は何なのか、ということだ。これに関しては、現実的な話ができるかもしれない」



 村雨は人差し指を伸ばして、テーブルに置いたワクチンを指さす。



「私の医療機器は、未知のウイルスの遺伝子配列データを迅速に分析することができる。分析結果から感染経路や、未知のウイルスに近似した別のウイルスを見つけ出せる。手始めに、謎のウイルスを世界中のウイルスと照合してみたが」



 少し間を置いて、瞳を見つめる。



「結果、浮かび上がったのが……『コンピューターウイルス』だった」

「え? コンピューター……ウイルス?」



 あまりにも予想外からの答えに、体が固まってしまった。

 そんなもの、空想でも妄想でもない。

 人を笑わせるための冗談や作り話に近い。

 人間がコンピューターウイルスに感染するなんて聞いたことがない。

 ただ冗談にしては、場違いなほど重苦しい雰囲気になった。



「正確にはマルウェアというべきだが、広義的なコンピューターウイルスの方が分かりやすい。AIが表示した病名には、さすがの私も驚いた。AIはデータを学習させる必要があるわけだが、ふざけてコンピューターウイルスも学習させたのだ。様々なコンピューターウイルスを読み込ませたが、その中で特徴が似ていると言われたのが、論理爆弾ロジックボムだった。コンピューターに感染した論理爆弾は、特定の条件が達成されることによって、破壊活動が行われるというプログラムだ。まるで、時限爆弾を想像させるウイルスだが、それと謎の病が類似しているというんだ」

「コンピューターウイルスだというのに、よくワクチンなんて作れましたね」



 自身の声音には、褒めと畏怖が混ざっている。



「あくまで、コンピューターウイルスと類似しているだけだ。このワクチンは、進行を抑制する効果と予防する効果しかない。既に発症した感染者を完治できるわけではないのだ。アンチウイルスソフトウェアと同じように、除去できないウイルスが相手の場合、感染元を隔離、または削除する。感染した細胞を意図的に壊死させるだけだ。問題は謎の病原体はコンピューターウイルスと同様、人の手によって作られたものではないか、ということだ」



 製薬企業が、自然界のウイルスを改良する開発に取り組んでいると聞いたことがある。

 人為的に、ウイルスを製作することは可能だ。

 ということは、まさか。

 自分の考えを口にして、村雨の反応を見る。



「開発者としては、効果を確かめたくなる。それで、あの村を実験に利用した」

「さすが、君だ。話が早い。あの村にウイルスを放った直後、日本政府を通して、私に医療機器の開発を依頼した。感染力の確認もあるが、医者に治せるのか確認したかったのだろう。二か月経過して、治療に至らなかったことと症状を知った開発者は満足した。そして、ボランティア活動を中断させ、帰国させた後、村も含めて焼き消した」

「病原体は人為的に製作されたものであると仮定すれば、開発者が元凶ということになる」



 こんなことが許されるはずがない。

 人を実験動物のように利用して、家族と村を焼き消した。

 怒りが両手を固く握らせる。

 爪が皮膚に食い込み、痛みを訴える。

 村雨が、俺の拳をガシッと掴んできた。



「君に会いたかったのは、共に戦うためだ。村を滅ぼした報復は、生者にしかできない! 就寝前、なぜかあの子たちが焼かれる様を想像してしまう。そうなると、震えが止まらなくなるほど怒りが沸き上がって夜も眠れなくなる。私があの場にいたときに、医療機器を開発できたら、決してそんな目に遭わなかったはずだ! 子どもも村もみんな、救われたはずだった。この悔恨の念が、私の脳に刻まれてしまった」



 村雨は心臓を握り潰さんとばかり、左胸を掴んでいた。

 それから振り絞るように、声を張り上げて。



「君にも、その苦しみが襲う。それは決して、病院なんかで治療できない傷だ。時が経とうとも忘れさせてはくれない。君をここへ招いたことが、その証明だ」



 肩を掴み、顔を近づける。

 その顔は涙で濡れ、直視できないほど悲しい表情をしていた。

 それはきっと、俺も同じだ。

 テーブルに、涙がこぼれ落ちた。



「まずは、鷲尾ユリハを問い詰める。簡単には面会できないだろう。それに、対等に話もできない。アンダイン村のことも忘れている。……思い出させてやるのだ。武器を集め、力で対抗する。報いを晴らす復讐だ」



 憤怒と激痛が肩を掴む腕を伝って、全身に流し込まれていく。

 これが村雨の怒りと痛み。

 共有された苦しみは、二人をきつく縛り付けた。

 絆と言うには幼い表現だ。

 復讐が伝染して、信頼関係を構築した。

 復讐心が、互いを結びつける縄となったのだ。



「戦いましょう。復讐のために」







「つまり……NewTuber連続殺人事件の真犯人を見つけ出すために、私のAIが必要だと」



 NewTuber連続殺人事件のあらましを一通り伝えると、村雨は何気ない様子で全てを察してくれた。

 モニターの光だけが俺たちを照らす中、テーブルで互いに向かい合っている。



「はい、そうです。ですが、それだけのことでAIは使わせてもらえませんよね」

「そうだな。真犯人を捕まえるメリットや、動機が見当たらない。たとえ、真犯人がいたとしても、事件は終わっている。君が動けば、警察をやめなければならない事態に陥るかもしれない。そうなれば、我々の計画にもヒビが入る。君には出世して、陰から計画をサポートする役目があるのだぞ」

「おっしゃる通りです。ですが、計画には人手が必要です。それも超強力な人物が。俺たちに足りないのは、戦力です」

「要するに、君の提案は……」



 村雨がふぅと息を吐いたのを見て、ハッキリと答えた。



「はい、真犯人を……私達の仲間に引き入れます」

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