EPISODE9 第一発見者
自動運転機能をONにして、高速道路を駆け抜ける。
車内は快適だが、窮屈なところはいつの時代も変わらない。
シートを傾け、天井に向かって左手を上げた。
デバイスが反応して、今日の天気やニュースを表示している。
「水樹イチロウ殺人事件のファイルを開け。第一発見者のページだ」
投影されている画面が瞬時に切り替わり、第一発見者についてまとめたページに移行する。
NewTuber連続殺人事件、最初の被害者は水樹イチロウ。
公園の死体を発見し、警察に通報したのは第一発見者の小林ヨシノリという人物だ。
職業は、SOフーズ株式会社の会社員。
SOフーズといえば、即席ラーメンで有名な企業だ。
有名企業というワードに敏感な俺だが、それだけが理由で第一発見者を訪ねるわけではない。
第一発見者の話が妙で、少し気になっていたのだ。
もし、三上さんから猫山マサシの情報を得ることができていなかったら、次はこの人を調べる予定だった。
事件は解決し、調べる必要はないと判断したが、ここへきて『有名企業』である。
村雨から得た情報がきっかけで、小林ヨシノリを調べ直そうとなったのだ。
というわけで、S玉県とT京都の境界にある家へ向かっている。
小林ヨシノリの家は高級住宅街にある。
家の駐車場を借りるわけにはいかず、近場のスーパーで停めることにした。
徒歩数分、坂を下った閑静な住宅地に、白い外壁の家が建っている。
早速、チャイムを鳴らそうと指を伸ばした途端、背後から呼びかけられた。
「やっぱり、お前は警察官に向いていないな。だって、終わった事件を蒸し返すんだもん」
「二階堂、警部補……」
肩を掴まれ、強引に対峙させられる。
俺と同じように、仕事着であるスーツを着ていた。
どうして、ここにいるんだ。
先ほどまで、電子タバコを吸っていたのだろう。
枯れた口から発する独特の臭いが、思考を妨げる。
「ここ、第一発見者の家だろ。いいか? お前は、休暇している一般人なんだ。警察官ではない」
「警部補……NewTuber連続殺人事件は、ただの事件ではありません」
「なに?」
警部補は軽く眉を曲げ、口角を少し引き上げた。
人を馬鹿にするときの顔だ。
腹をくくって、打ち明けることにした。
「あの後も調べたんです。NewTuberの観念を捨て、視野を広げました。すると、明らかに暗躍している真犯人がいました。真犯人は一般人に紛れた殺し屋です。第一発見者が、その真犯人を知っている可能性があるんです」
「いい加減にしろよ、若造。確か、お前の家に八歳下の親友が来てたんだっけ」
「ええ、それがなにか?」
「ガキに唆されたのか? 親身に相談したら、妙な童心を植え付けられたんじゃないのか?」
「……は?」
「そのガキが、どんな奴かは知らない。だが、社会を知らない……クソガキだってことは理解できたよ」
ツカサをクソガキだと?
我慢が一気にはち切れて、上司の襟元を掴んだ。
「警部補、それ以上話すのは控えてください」
二階堂の耳元で、静かに怒りを吐き出した。
だが、二階堂は意に介してないのか、反論してくる。
「警察官として崖っぷちに立てていたのが、ガキの一言で突き落とされたんだよ、お前は」
「違う。優しいあいつは、正義のために背中を押してくれたんだ」
「お前を社会的に殺すことになるとは露知らず。その無垢な手は、優しさで押してくれたんだろうな。だけど、優しさで人を殺すことは可能だ。現実を見てみな。植物状態の人間に、生命維持装置の電源を切ることはできない。身内が優しさで、終わらせてあげるんだ。詐欺師はね、人の優しさに漬け込み、優しさでいたぶる。まったく、君は優しいな。詐欺師に騙されているとは気づいていない、優しいだけの被害者と同じだ」
襟元を掴んだ腕を、二階堂は容赦なく鷲掴みにする。
老いを感じさせない握力だ。
握力に抗いながら、襟を掴み続ける。
「俺は強くて優しい人間になると決めたんだ。警部補と反対側の人間ですよ。あなたは人の優しさを分かろうとしない、悲しい人間だ。だから、AIに全信頼をおいている」
「優しさに甘えない人間だからね、オレは。それだけ強いということさ。AIを進めようとしているのは、国だよ。そのAIを信じないということは、国も信じてないのか? オレには強い愛国心がある。育ててくれた国に恩を返す。だから、警察官になったんだ。んー……咄嗟に出てきた言葉だけど、これが問いに対する答えだ」
互いに睨みあう。
するとこの状況に飽きたのか、笑って肩をすくめた。
「じゃあ、やってみればいい。お前の力で、真犯人を捕まえてくれ。お前が言ったんだ、絶対に成し遂げろよ」
「ええ。ただし、邪魔しないでくださいね」
「約束できそうにないな。オレは、優しくないから」
襟元の手を放して、チャイムを鳴らした。
捩れたスーツを正していると、階段の上から声がする。
階段を上った先の玄関に、視線を動かす。
不審というより、恐怖の顔で見つめてくる老人がいた。
「警察の方、ですよね」
「もしかして、さっきの見てました?」
何も口に出さず、首だけ縦に振る。
その老人――小林ヨシノリは、俺と二階堂の交互に視線を移していた。
特に二階堂を注視する時間は長く、恐れるような目になっている。
そうなるのも仕方ないくらい、鬼の顔になっているのだ。
二階堂の声が大きかったため、家から飛び出してきたのだろう。
左手を上げて、警察手帳を見せる。
「お見苦しいところを見せてしまって、申し訳ありません」
「それで、私に何の用が? あの殺人事件のことは全部、お話しましたが。それに犯人は捕まりましたよね」
「ええ、その通りです。ですが、あなたの証言に少々不審な……」
「――初めまして、小林ヨシノリさん。オレはこいつの上司をしております、二階堂ジュウイチと申します」
急に話を遮って、自己紹介に入っていた。
そのことで恨んだ目を向けると、口角が上がった。
二階堂は堂々と話を続ける。
「あなたの証言で、犯人を捕まえることができました。今日、訪ねたのは感謝を伝えるためです。報告義務というのがあったりするんですよ、面倒くさいことにね」
「は、はぁ。よければ、中で」
二階堂は邪悪な笑みを浮かべ、小林に聞かれないよう、小声で「そんなのないけどな」と呟いた。
いつもの二階堂とは思えない接し方に驚いている。
後ろを付いていくと、いきなり振り返って。
「変なことを言えば、怪しまれる。だいたい、七係は休暇期間中なんだ。警視庁に報告でもされたら、オレも巻き込まれてしまう。いいか、大人しくしてろよ。上司の監督責任で色々、言われるんだぞ」
「了解です、警部補」
厭味ったらしく、二階堂に頷き返す。
当然、気に食わない様子で中に入っていった。
リビングのソファに腰掛ける。
家主はダイニングからコーヒーカップを運んできて、テーブルに並べた。
二階堂は早速、持ち上げたコーヒーカップに鼻を近づけた。
俺は辺りを見回していると、棚に飾られた写真立てに注目する。
家族写真のようだ。
妻と息子の三人が仲良く映っている。
「失礼ですが、ご家族は」
「11年前に、事故で亡くなりました」
「事故ですか」
「……不慮の事故ですよ」
「それは」
「やめとけ、トオル」
足で小突かれ、俺は話題を転換することにした。
二階堂は、コーヒーを悠々と啜っている。
「第一発見者として証言、ありがとうございました。おかげで、犯人を捕らえることができました。改めて、お礼申し上げます」
「はぁ、第一発見者になると同じ話を何度もしないといけないのですね。正直、疲れましたよ。何回、警察官に話をしたことか」
「すみません。証言の信憑性を高めるためにも、必要なんです。ご協力いただき、ありがとうございました」
「はい……」
さてと、ここに来た理由を忘れてはいけない。
「ところで、あなたにお話をお伺いした際、職業を尋ねましたが、SOフーズの会社員と答えていますよね。会社員といっても、役職は」
「CMOです。SOフーズの最高広報責任者として、顧客やメディアに向けたPRを担当しています」
CMOはチーフ・マーケティング・オフィサーの略だ。
上位の役職にあたる。
どのようなCMにしたいのかの要望を、CMディレクターなどに伝えるといった仕事をしていると聞いたことがある。
「へぇー、重役じゃないですか。SOフーズのCMはインパクトが強いものが多いですよね。そのおかげで、商品もかなり売れているとか。社長からも信頼されているのでしょう」
「ええ、まあ」
「お仕事は、夜遅くまで? 警察への通報が、深夜を過ぎていましたから」
「あの日は、プレゼンに使う資料をまとめていたのですよ。外部の専門家に見てもらうため、かなり慎重に仕上げていました。作業が終わって、帰宅した際に発見してしまったのです」
「証言でも、そう述べられていましたね。しかし、ちょっと引っかかる部分があるのですよ」
小林は眉をひそめる。
「会社は都心にあり、ご自宅はS玉県の方面にあります。ですが、事件現場はC葉県方面です。わざわざC葉県に向かってから、ご自宅に帰られるのは不自然です」
「それは……気晴らしに遠出してみたんですよ。疲れた体を癒すために」
「なるほど。それから発見に至った経緯ですが、被害者の悲鳴を聞いたそうですね」
「……その通りです」
「それはおかしいんですよ。被害者は刺される直前、犯人によって口を塞がれていたのですから」
「なっ……」
「……トオル」
鎌をかけて、反応を疑ってみる。
今は少しでも、真犯人に繋がる証拠がほしい。
なぜ、そのまま帰宅せず、わざわざ事件現場に近づいたのか。
帰宅しなかった理由を述べていたが、どうも怪しい。
俺は、小林が事前に殺害現場を殺し屋から聞いていたという可能性を考えている。
どこで殺害するのかを知っていたからこそ、第一発見者になったのではないか。
二階堂は目を細め、俺を刺し貫くほど睨みつけた。
何を言っているんだという怒りの表情だ。
小林は動揺を隠しきれず、下を向いている。
「そ、そんなはずはありません。確かに悲鳴が」
「鑑識の結果、被害者の口元には強い力で押し付けられた跡が確認されました。おそらく、声を聴かれないよう、犯人が口を塞いだのでしょう。まだ、犯人には確認していませんが可能性は高いです」
「そ、それは……」
たじろぎ、顔は青ざめている。
普通なら殺人犯がする反応を、第一発見者がしている。
コーヒーを飲み干した二階堂は立って、肩を強く掴んできた。
「帰るぞ、いいな」
「しかし、真犯人につながる何かを……」
「小林さん、ありがとうございました。今後、事件に遭遇しないことを、お祈りいたします。では」
腕を強引に持っていかれる。
振りほどこうとしても、なかなか抜け出すことができない。
あっという間に玄関を飛び出し、道路でようやく振りほどけた。
掴まれた腕をさすりながら、不服を申し立てる。
「邪魔しないよう、言ったはずです」
「すまないな、オレは優しくないんだ。あれ以上、問いただしてみろ。通報されて、真犯人も追えないぞ。違うか?」
正論に近い意見だが、素直に受け入れられない。
厳しい声で、更に言葉が続いた。
「やらない後悔より、やる後悔という言葉があるが、やったことで取り返しのつかない事態になったらどうする。行動するのは良いが、選択を誤るなよ若造。将来の自分も、今の自分なんだぞ。自分を大切にしろ」
「警部補……すみません」
警部補は電子タバコを取り出して、電源を入れた。
それを口に入れて、煙を吐き出す。
煙と一緒に、苦悩なんかも身体から吐き出しているように見える。
「本気で真犯人を捕えるつもりか?」
「何があっても、必ず。この選択は間違っていない」
「そうか」
紫煙が立ち上る。
俺は、二階堂について聞きたいことがあった。
「それで、どうして私の居場所が分かったんですか」
「俺はここらへんに住んでてな。スーパーに寄ったら、お前の車を目にしたんだ。お前を見つけて、跡を追ったってわけだ」
「あと、どうしてスーツを着ているんです?」
「着る服がないからだ」
これから帰る旨を伝えるため、ツカサに電話をかける。
「ったく、出ないな。ゲームに熱中しすぎか」
呆れながらも、ツカサに喜んでもらおうと洋菓子店に向かった。
洋菓子を買ってから、車で三十分。
帰宅後、マンション一階の郵便受けを覗くと自分宛ての手紙が入っていた。
今時、手紙とは珍しい。
封を切ると、二つ折りの紙が出てきた。
うっすらと字が見える。
送り主は誰だろうと思いながら、紙を開けて目を通した。
「な、なにっ!?」
紙をポケットに突っ込んで、自分の部屋に急いだ。
ドアをタッチして開錠し、ドアノブを捻って開け放った。
靴を脱ぎ捨て、リビングに突撃する。
そこは沈黙しかなく、ただ荒い息だけが響いていた。
「ツカサ……ツカサー!」
手紙の内容は、大倉ツカサを誘拐したという一文で始まっていた。
返してほしければ、捜査を止めろ。
捜査が終わったことを確認すれば、大倉ツカサを君のもとに返す。
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