EPISODE4 事件解決

「だから、俺はやってないって」



 取調室で、猫山は何を言われても「やってない」と容疑を否認していた。

 殺しの証拠となるレインコートや包丁を突き付けても、頑なに首を振る。

 二階堂は机を叩いて、猫山に凄みを利かせた。

 それでも、彼は「やってない」と答える。



「じゃあなんで、てめぇが持ってんだよ」

「気が付いたら、家の中にあったんだよ! 一目見てわかった。トリプルの連続殺人に使われたもんだってな! ニュースで連日、報道されてるから気付いた瞬間、ビビったよ」

「質問を変えてやる。チンピラで龍道川を足止めし、あまつさえ殺そうとしたよな。そこまでして、逃げたのはなんでだ?」

「今みたいに犯人扱いするからに決まってんだろうが」

「だったら、逃げずに持ってこい!」

「お咎めなしで帰れんのかよ。前科があるんだよ、俺には。絶対、俺を捕まえるだろ! 俺を疑うだろ!」

「違うってんのか」

「俺はやってねぇ! 冤罪だ! 無実だ!」

「そう言ってりゃ、逃げられると思ってんだろ!」

「警部補、落ち着いて」



 二階堂を宥め、椅子に座らせた。

 猫山は必死な表情で、側に立つ俺に訴えかける。

 比較的冷静で若い俺なら、理解してくれると思ったのだろう。



「あんたなら分かってくれるはずだ。ちゃんと捜査してくれよ!」

「そうは言っても、現時点で最も疑わしいのはあなたです。アリバイも成立していない」

「俺は家にいたんだ! 信じてくれ!」

「これは気が付いたら、家にあったんですよね。あなたの家のセキュリティは、どうなっているんですか」



 机に、リュックを置く。

 中には、犯行に使用された凶器が入っている。

 凶器から指紋が検出された。

 それは猫山の指紋と一致した。

 他の道具からも、猫山の指紋が検出された。

 誰の目から見ても、彼がやったようにしか見えない。

 だが、彼はリュックを掻き分けたときについたものだと主張している。

 筋は通っており、俺もそうなのではないかと考えてはいるが。

 頼れるのは、猫山の情報だけ。



「窓とかは閉めてねぇよ。基本は一人だしよ。たとえ、不審者が入ってこようと俺なら退治できるからな」

「なるほど。侵入しようと思えば、あなたが寝ている間にこれを置けますね」

「そうだ。あんたは分かってくれる人だ!」



 希望を見つけたような瞳で、こっちを頼ってくる。

 ただ、猫山の住宅を訪ねたときのことを思い出してしまう。



「でも、俺を殺そうとしたのは間違いないですよね。警察が来ることを恐れて、不良共に見張らせた。まんまとやってきた俺を殺して、あなたは裏から逃亡。生憎、殺すこともできず、逃げることもできませんでしたが」

「……ああ、その通りだよ。でも、TRIPLE・AXELを殺したのは俺じゃないって!」



 必死な訴えからは、嘘を言っているように見えない。

 俺も、こいつが殺人を犯したとは思えない。

 だけど、あまりにも不都合な真実ばかりで埋もれているのだ。

 埋もれた猫山を救うことはできそうになかった。

 もちろん俺たちを襲ったこと、証拠隠滅を図ろうとしたことについての罪は背負ってもらうつもりだ。



 三上が言っていたように、猫山は確かにTRIPLE・AXELを恨んでいた。

 動画が削除される前、炎上を鎮めようと協力を持ちかけたそうだ。

 だが、TRIPLE・AXELは拒否。

 挙句の果てにはコラボをなかったことにし、しかもファンをけしかけた。

 それによって、猫山の精神はズタボロ。

 動画の投稿ができないほど悩まされている。

 殺意を抱くには十分だ。

 猫山は水樹イチロウを殺そうと準備していた。

 そして、いざ殺そうと決めた翌日に、誰かの手によって水樹イチロウが殺害された。

 おまけに、TRIPLE・AXELを殺害した道具を詰めたリュックが、いつの間にか家の中にあった。

 ニュースで青ざめた彼は後輩の三人を呼び、逮捕から逃れようとしたのだ。



 何度、彼の虚しい声を聞いただろうか。

 冤罪を主張する声は結局、誰にも届くことはなかった。

 味方のいない取調室の中、彼は見る影もないほど弱り果てた。

 その後、留置所に放り込まれ、裁判を待つ小さな人間となったのだった。







 あの取り調べの後、俺は缶コーヒー二個を持って、部署に向かった。

 二階堂が電子タバコで弄んでいるところを、缶コーヒーで誘う。



「缶コーヒーどうぞ。コーヒー、好きですよね。無糖です」



 そう言って、缶コーヒーを手渡すが、予想していた反応と異なった。

 白髪混じりの頭部を掻きながら、缶コーヒーを押し返してくる。



「オレは缶コーヒーを認めてないのでな。悪いが、若造のお前に譲る」

「え、無糖なんて飲めないんですが」

「ありがたく頂いとけ。オレからのおごりだ」



 いや、突き返しているだけじゃねぇか。

 戻ってきた缶コーヒーをポケットに入れて、微糖の缶コーヒーを飲む。

 誰に対しても偉そうな上司だ。

 その態度からは、自分以外の他人を見下して生きていることが窺える。

 まるで嫌われようとしているようにも見えた。

 酷い上司という評価は、初めから覆らなかったな。

 この人を反面教師にして、部下に接していこう。



 俺は缶コーヒーを渡そうと、この人のもとに来たわけではない。

 話をしてみたいのだ。

 猫山を犯人扱いして、留置所に送り込んだのは二階堂警部補だった。

 他の捜査員にも猫山が殺人犯だと吹聴し、徹底的に追い詰めた。

 あまりにも惨い仕打ちである。

 今回の事件で、二階堂警部補の人となりを知ったが、恐ろしい存在だと学んだ。

 そして、犯人扱いする様は異質そのものだ。

 面倒くさがりの警部補が、積極的に被疑者を責める。

 とにかく、事件を終わらせたい。

 その思いは俺と一緒でも、中身は違うように思えた。



「警部補、本当に猫山がやったと思っているのですか?」

「奴を擁護する気か。まさか、真犯人がいるとでも言いたいのか」

「可能性はあります。猫山が犯人だという決定的な証拠がない。状況から推定できるだけに過ぎないんですよ。警部補は早く終わらせたいだけに、雑すぎる。警察官として不適格だ」

「職業診断AIは、警察官に向いていると判断したよ。今年の職業判断でも、A判定だ。お前はどうなんだ、龍道川トオル」



 今の時代、面接官が人ではないケースが増えてきた。

 有名企業は、AIを面接官として採用している。

 企業に適する能力を有しているか、情熱は一時的なものではないか。

 圧迫面接という単語は聞かなくなってきたが、採用の難易度は格段に上がっている。

 口から出まかせも通用しない。

 嘘は見抜かれる。



 就職してからも、定期的にAIによる職業診断を受けなければならない。

 公務員は半年に一度のペースで実施される。

 判定がBであれば、カウンセリングを強制させられる。

 C判定だと、現在の職業を解雇させられる。

 つまり、強制的に転職させられるのだ。

 公務員の中でも、教員は特に厳しく診断される。

 俺も今年の春、AIによって職業判定が下された。

 結果はA判定。

 あなたは、この職業に向いています。

 合成音声が、そうアドバイスした。



「私もAでしたよ。だけど、AIにも分からない”人の領域”というものがあります。評価が100%正しいわけではない。警部補は、どうして警察官になったんですか」

「AIに認められたからだ」

「ありえません。職業診断AIが本格的に導入されたのは、2024年からですよ。その時にはもう、あなたは警視庁にいたはず」

「……オレを説得しても、もう遅いぜ。猫山が犯人だ。留置所に放り込むよう扇動したのはオレだが、最終的には上が決定するものだ。上は、AIを利用して犯人かどうかを判定する。そうだ、犯人扱いしたのは俺だけじゃない。超優秀なAI様もだ。そんなことぐらい、お前も知ってるだろ」



 探偵や刑事はドラマのように、事件を推理する必要はない。

 ただ、証拠を集めて、AIに犯人探しを依頼させればいい。

 AIは推理を公開しない。

 そして、決断を下したAIが犯人を特定する。

 それだけで逮捕できるのだ。

 今回、俺は「犯人かもしれない人物」を連れてきただけだ。

 被害者への恨み、犯行に使用された凶器を所持、道具からの指紋。

 AIはこの三つの材料で、結論を出したはずだ。

 そんな簡単に、連続殺人事件の幕を閉じていいのか。

 俺は、上の意向に従うだけの警察官でいいのか。

 渦巻く心の苦しみが重りとなって、顔を上げることができなくなった。



「いいか、若造。もう、この事件は終わった。報道機関も動いている。警察官のお仕事は、ここまでだ。猫山を擁護したいんだったら、弁護士でも応援してろ。期待はできないがな」



 俯く俺の肩に、手をのせる。

 二階堂は軽くのせているつもりだろうが、俺にとっては体全体を縛る重力のように感じていた。

 耳元に口を寄せて。



「刑事部長から、夏休みを言い渡されてな。第七係は明日から、一週間だ。何か、予定はあるのか」

「八歳下の親友が、O阪から遊びに来ます」



 落ち込んだ声が、自分の喉から発する。



「そうか。なら、心配なさそうだな」



 そう言い放って、肩から手を離した。



「事件が解決できたのは、お前のおかげだ。ご苦労様。仕事のことは忘れて、思いっきり楽しめよ」

「……はい」



 言葉にできない靄が、自身の信念を覆っていく。

 二階堂は帰宅の準備を済ませ、さっさと帰っていった。

 俺は残っている作業を終わらせるため、ノートパソコンを開いたが、起動に時間がかかった。

 いくら待っても、画面はホームページを表示しない。

 仕方なく、突き返された缶コーヒーのプルタブを引き開けて、舐めるように啜った。

 やっぱり、ブラックで飲める人は尊敬できるな。

 苦い薬だと思いながら、ちょっとずつ飲み続ける。

 ようやく中身が半分になった頃には、青いデスクトップが表示されていた。

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