EPISODE2 三上ハルト
「若造、なに読んでんだ?」
警視庁本部庁舎三階の一部を占める部署はお祭り状態で、捜査員は皆疲れ切った顔であちこちを歩き回っている。
そんな中、のんきな顔して、自慢のコーヒーを飲みながら訊いてくる二階堂警部補にファイルを見せつける。
黒く分厚いファイル。
「殺人事件についてまとめた事件簿です。今回のNewTuber連続殺人事件について、何か共通している事件はないか、と」
「で、見つかりそうか?」
「ええ、これです」
該当の箇所を開いて、指し示す。
「二年前、NewTuberの女性が包丁によって刺殺された事件。犯人は既に捕まっていますが、犯行当時の服装が黒のレインコート、黒の運動靴。これって、今回の加害者と思しき人物の服装と一致しています。犯行に使用された包丁も同じ、スーパーで購入できる安物の包丁です」
女性が殺害された場所の付近にある防犯カメラ映像を確認したところ、ほんの一瞬だけ犯人が映っていたのだ。
顔が見えず、すぐに車で逃走している。
迷いがない、計画的な犯行だ。
警部補は顎をさすりながら、資料に目を通し。
「たまたまじゃねぇの。どこでも犯人セット的な服装だ。実際、どこでも手に入るんだろ?」
「これだけではありません」
何ページかめくり、別の事件を見せる。
これもNewTuberが殺害された事件だ。
一年前に犯人が捕まっている。
犯行に使用された道具も装備も同じ。
黒のレインコートに黒の運動靴、手袋、市販の包丁。
なんだか奇妙な繋がりを感じてしまう。
模倣犯という考え方もできるが。
「これも偶然の一致だろ。よくあることだ」
コーヒーを啜る音が耳に入る。
二階堂は海外製のコーヒーメーカーを持参しており、いつもそれで淹れていた。
人を小馬鹿にした表情で、本格的なブラックコーヒーを啜っている。
「両方、捕まった犯人が冤罪を主張していることも、ですか」
警部補の眉が、ピクリと動く。
カップを下ろし、ようやく人の話を聞く体勢に入ってくれた。
「よく調べたな、若造」
「早く出世したいですから」
警部補は少し考え込んだ様子で、しばらくコーヒーを眺めていた。
それから、真剣な物言いで迫ってきた。
「お前を動かすのは、出世か。久しぶりに聞いたよ、その単語」
「何が言いたいんですか」
「オレも勇気を出そうと思ってな」
「珍しいですね」
「お前は、この事件を解決しようとしている。犯人を見つけだして、捕まえようとしている。だろ?」
鋭い目つきで、俺の瞳を射抜いてくる。
全身を縛り付けようとする鋭さだ。
負けじと目に力を入れて対抗する。
「警察官として間違っていますか?」
「いいや、正しい。お前がやるってんなら、オレもやる。負けたくないんだよ、部下に」
時間にして数秒ほど睨み合いは続いたが、自分の体感時間では何十秒にも感じられた。
二階堂警部補は昔、取り調べの鬼と言われていたそうだが、その名残だろうか。
眼差しと口調に覇気がある。
素直に告白させられる勢いを、全身が感じ取ってしまったのだ。
コーヒーを飲み干すと踵を返し、顔だけをこちらに向ける。
「で、当てはあんのか?」
「今のところ、犯人に繋がるものはありません。ですから……そうですね、NewTuberに詳しい人にあたってみようと思います。知り合いがNewTuberをやっているので」
「そうか。まあ、勝手にやってろ。それが勝つ手、だったりするからな」
そう言って、一歩前に進むと思い出したように振り返った。
「あと、報連相は大事にしろよ」
「分かりましたから、警部補。はやく行ってください」
チャイムを鳴らすと、玄関ドアが開き、中の住人が顔をのぞかせた。
この前、訪れたマンションよりかは質素だが十分に良い場所だ。
辺りは静かで、車が走行する音がゆっくりと響いてくる。
顔をのぞかせた住人が俺を見るなり、いきなりドアを押し開けた。
「トオルくんじゃないか! 待っていたよ。さ、入って入って」
手を招く速度が速くなっている。
上は青いシャツ、下はジーンズの中年男性。
顔にハリがあり、若くて健康そうな印象を受ける。
「お邪魔します、三上ハルトさん」
「僕に敬語なんて必要ない。気軽に接してくれて構わないんだよ。僕を拾ってくれた恩人さんだからね」
「大袈裟すぎますよ」
この人は、元防衛装備庁ID銃セキュリティ管理部職員の経歴を持っている。
名前は三上ハルト、年齢34歳。
彼が防衛装備庁を辞職する際、妻と離婚している。
この人と知り合ったのには、理由がある。
俺には、復讐したい相手がいた。
殺したい相手ともいえる。
それはこの国の内閣総理大臣、鷲尾ユリハだ。
彼女のせいで、ボランティアをしていたアフリカ南部の村が滅びた。
俺のことを信じ、大切に想ってくれた子供たちが村とともに世を去った。
内閣総理大臣の決定が、子供を殺したも同然だ。
あのまま、ボランティア活動を続けて、立派な村にできていたらきっと村が滅びることなんてなかったはずだ。
彼女への復讐計画に、三上がのってくれたのだ。
誘ったのは俺だが、どうして協力的なのかは未だに知らない。
三上はボランティアとも、俺とも接点はなかった。
彼の役割は、武器の調達。
ID銃セキュリティ管理に関わっていたため、警察官しか撃てない機構のID銃を
復讐計画で用いる銃を、三上が用意してくれるのだ。
靴を脱いで揃えた後、リビングに入った。
この人の部屋を訪ねるのは初めてだったため、どうしてもあちこちに目を向けてしまう。
左手にキッチン、右手には襖が見える。
家具やその配置を見れば、どんな人かだいたい分かるもの……だが。
「家具が、ない? ソファもテーブルも。まさか、ミニマリストですか」
「ミニマリストというよりは、シンプリストだよ。シンプルな生活がしたいのでね。物はだいたい仕舞ってある。単純だから、生活が楽になるよ」
三上は大げさに片手を襖に向ける。
「今日、訪ねてきたのは、これが見たかったからだよね。さ、付いてきてくれ」
襖を開けた先には和室があり、左の窓側に向かって横長のテーブルが置かれている。
テーブルにはデスクトップパソコンが置かれており、NewTuberという感じが見て取れる。
ゲーミングチェアに腰掛けた彼は、パソコンに電源を入れた。
「ここのところ、例の事件がニュースで話題になっていたね。僕のチャンネルでも昨日、扱っていたよ。リスナーの反応は様々だ。喜怒哀楽がコメント欄を埋め尽くしていた。NewTuber連続殺人事件に関わる君に話が訊きたかったところだ」
「確か三上さんは政治や経済、陰謀論の話をするNewTuberでしたよね」
パソコンが起動したことを確かめると、マウスを素早く動かす。
「そうだね。でも、それだけじゃない。ゲーム実況もするし、元の職業を活かした暴露話なんかも人気なんだ。僕のリスナーに情報収集を依頼する形だが、彼らを甘く見てはならない。あらゆる職業、あらゆる場所に住む人間が持つ技術、情報、数……それらが同時に集まるということは、探偵以上の実力を持つことになる。これから生放送を行って、犯人を探ってみるよ。事前に告知はしておいたから、既に待機所に人がたくさんだ」
頼もしい。
その思いばかりが溢れてくる。
こんなすごい方と知り合えたことに、心の中で舞い上がっていた。
立ち上がった彼はカーテンを閉め、一切の日光を遮る。
そして、少し小声で話し始めた。
「これから生放送を行うから一切、声を出さないでくれ。足音もだ。人が集まるということは情報収集にうってつけだが、同時に身バレするリスクも背負うことになる」
「ああ、もちろん。NewTuberについて、ある程度は理解しているつもりですから」
「それとだ」
意味深な間をおいて、続きを話す。
「NewTuberといっても、僕は”バーチャル”NewTuberなんだ。悪いが、しばらく居間で休憩しといてもらいたい。決して、中を覗かないように。鶴の恩返しのように”見るなのタブー”を犯し、真の姿を見られてしまうと君から去らなければならなくなる」
ははぁ、と頷く。
俺は曖昧な返事をして、和室から離れた。
その後、襖が閉められ、中から女声――低く落ち着いた雰囲気、まるで占い師を思わせる女声――が聞こえてくる。
ボイスチェンジャーでも使っているのだろうか。
なるほど、彼(彼女?)が人気になる理由が分かった。
俺は黙って、その場を離れ、外の風景を眺めることにした。
三十分ほど経過したところで、襖が開いた。
彼は満足そうな表情で、こちらに歩み寄ってくる。
「TRIPLE・AXELのアンチであり、彼らの住所を知っていそうな人物をリスナーに訊いてみた」
「それで」
「我々の結論として、犯人の職業は同業者……つまり、NewTuberではないかと推測した。TRIPLE・AXELとコラボしたことがある人物なら、色々と知っていてもおかしくない。加えて、一回以上コラボしたことがあり、なおかつTRIPLE・AXELに殺意を抱く者。そうして、導き出されたのが彼だ」
差し出されたスマホには、強面の男をアイコンにしているチャンネルが表示されている。
登録者はかなり多いみたいで、人気もそこそこあるみたいだ。
名前は……。
「猫山マサシ?」
「登録者十万人。TRIPLE・AXELと同じ、炎上商法を利用するタイプのNewTuberだ。年齢は二十、本名もそのまま猫山マサシ。基本は一人での活動だが、時には地元の友人を三人ほど集めての動画もある」
「殺意を抱く理由は?」
「三週間前、彼らは初コラボを果たした。TRIPLE・AXELは、すぐに動画を公開した。だが、その動画は今、公開されていないんだ。二週間前に非公開にしている」
「何かあったんですね」
「TRIPLE・AXELへの暴言や態度が気に食わないとして、トリプルアクセルファンが猫山マサシに、コメントで攻撃を仕掛けたんだ。炎上したというわけさ」
消された動画のコメント欄が、ばっちりと映っている”魚拓”を見せてくれた。
猫山マサシを名指しでコメントしているアカウントが、画面に収まりきらないほどいる。
それだけ、恨みを買ったということだ。
暴言と偉そうな態度は、敵を作るということか。
「そして、猫山マサシファンも反撃した。というわけで、この泥沼化した戦を終わらせるため、動画の削除に至ったわけだ」
「猫山マサシがどこに住んでいるのか、ってわかります?」
「もちろん調べてあるよ。ここだ。君のスマホにも送っておこう」
本当に気が利く人だ。
表情と言葉で、この感謝の度合いを表現しきれないのが残念だ。
「ありがとうございます」
「トオルくんのお役に立てたなら光栄だ。また、遊びに来てくれ」
スマホから通知音が聞こえ、もう一度深く頭を下げた。
八歳も離れているというのに、丁寧に対応してくれる。
この人となら”復讐計画”を成し遂げられる、確実に。
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