ver.5.0.15.3 最終決戦

 数分前。

 何の前触れもなく、けたたましい爆発音が聞こえ、飛び上がるように上体を起こした。

 視界に広がっているのは、車のフロントガラス。

 その先には、威風堂々たるT天閣が直立していた。

 ここは、T天閣前の大通りか。

 ほとんどの車が止まっている。

 くぐもった喧噪が、ガラス越しに聞こえてくる。

 同時に、甘い香りが漂ってきた。

 鼻が感じ取った匂いは、自分の車の空気と結城博士の香水だった。



「ようやく起きたのね。T天閣前よ」



 ふと手を見ると、俺はソウルスーツに着替えさせられていたことに気付く。

 助手席で寝ていたということは、運転席に座る博士がここまで運転してきたのだろう。



「…………」

「スピリットメタルを渡すわ」



 無理やり俺の手を取られ、蒼い球体を握らされる。

 スピリットメタルだ。

 顔を伏せて、こみ上げてくる嗚咽に抵抗しながら、目頭は熱くなっていた。

 結城博士は両手で、俺の閉じた手を包み込む。



「いつまでも、めそめそしてないの。遂に、最終決戦よ。ここで村雨を倒さなきゃ、未来はない。ごめんね、強い言い方して。けど、戦えるのは大倉くんだけだから。ここで立ち止まってほしくないの」

〈せやで、ツカサくん〉



 骨伝導イヤホンに、黒崎さんの声が響く。



〈ワイらは、君の代わりに歩くことはでけへん。けどな、君の歩く道を整備することはできる。ワイらも戦ってるんや。根性、見せたらんかい!〉

「強弁に聞こえるかもしれないけど、大倉くんのヒーロー姿……龍道川くんに見せてあげて。それが、彼の望んでいたことよ。だから、あなたに魂を捧げたの」



 潤んだ瞳で、俺をじっと見据える。

 トオル兄の望み、か。

 俺はドアのロックを解除して後、スピリットメタルを腰の窪みに収納する。

 予備のスピリットメタルを入れるポケットだ。

 左手に、オーラが20%残ったスピリットメタルを嵌め込む。

 ソウルスーツに青い光が宿り、力が湧いてくる。



「ありがとう、結城博士、黒崎さん。サポート、頼めるかな」

「ええ、もちろんよ!」

〈よぉし! カオリちゃんの代わり、務めたるで!〉



 外に出てから、後ろ手でドアを閉める。

 博士を見ると親指を立てて、口角を上げていた。

 ここまで来たからには、逃げるわけにはいかない。

 足を意識すると、ソウルスーツも反応し、蒼く輝き始める。

 T天閣を目指して、出力3%の脚力で走った。

 足から圧縮されたオーラは解放され、一飛びで大通りを駆け抜けていく。

 人々の視線は当然、俺に注がれ、声援を浴び続けた。



「きたぁ! ヒーローだー!」

「頼んだぞ! ソーシャルヒーロー!」







 T天閣の入り口は瓦礫で塞がれ、SMSTを含め、警察官が一つひとつ取り除いていた。

 俺は着地して、すぐ瓦礫に向けて腕を伸ばした。

 出力、2%。

 凝縮したオーラを飛ばして、瓦礫を粉砕する。

 これで、救出に行けるはずだ。

 皆、感謝を述べる中、図体のでかい男が迫ってくる。



「熊谷隊長……」

「オレも後から向かう。先に行って、村雨を取り押さえておけ。やれるか」



 これは頼られているのだろう。

 俺は迷わず、コクリと頭を振って答える。



「もちろんです。SMSTの一隊員ですから」

「ふん!」



 ぞんざいに承諾すると入り口に踵を返し、走っていった。

 相変わらず、素直じゃない。

 今では慣れたものだし、隊長として尊敬している。

 隊長に信頼されたように、俺も隊長を信頼していた。

 俺はT天閣の頂上を見上げる。



「黒崎さん、状況は」

〈最上階の会場に、武装した村雨と鷲尾総理大臣、里見府知事がいる。あっ!〉

「どうしました?」



 黒崎さんはドローンを操縦して、カメラで確認している。

 上空に小さい点が見えた。

 あれが、黒崎さんの操るドローンだろう。

 何が見えたのか気になり、イヤホンに耳を澄ませる。



〈カオリちゃんがいる! カオリちゃんが、総理と知事を庇ってるで!〉

「なんだって!?」

〈早く行くんや! 銃で狙われとる!〉

「わかった!」



 最上階まで、出力5%で行けるだろうか。

 計算している場合ではない。

 甲高い鳴き声のような音が足を震わせ、気流を発生させている。

 足裏にオーラを集め、そして解き放った。

 石の地面が波打ち、俺はロケットのように空高く打ち上っていた。



 T天閣はまだまだ建設中のため、鉄骨が剥き出しである。

 ちょうど最上階部分に達した時点で勢いが弱まり、今度は重力の影響をもろに受け始める。

 届け!

 その願いは聞き入れられ、右手が外郭の鉄骨を掴んでいる。

 さっきまで地に足をつけていた地上は、遥か下に見える。

 地上から最上階まで、一瞬にして移動していたのだ。

 左手も鉄骨を掴んで、宙ぶらりんの全身に力を込める。

 鉄骨をよじ登って、足場にした。



 外壁に背を接して、ガラスが破れた窓から中を覗く。

 暗い空間に様々な破片が散乱し、煙が漂っている。

 これがO阪を代表する建物なのか、と疑ってしまう。

 あちこちを観察していると、中央付近にコートの男がアサルトライフルを構えて立っていた。

 銃口の先は、小泉さんだ。

 俺は足を踏み入れると同時に、助走をつけて思い切り飛び上がる。



「ウォォォォ!」



 雄叫びで、気合を入れる。

 空中で右足に総力をかけて、無防備な村雨の左肩に飛び蹴りをめり込ませた。

 村雨は回転しながら、破片の山に突っ込んでいく。



「ソーシャルヒーロー!」



 女性の声に反応し、顔を振り向ける。

 小泉さんの泣きそうな顔を見て、胸の内に罪悪感が生まれてしまった。

 何とか許してもらおうと、頭を倒して謝る。



「遅くなってすまない……」

「ほんとですよ、もぉ」



 頬を膨らませて、小泉さんは疲れて腕を垂らした。

 瓦礫の崩れる音がして、即座に音がした方向に向き直す。

 村雨は瓦礫の山から抜け出し、割れた腕時計を捨てて、足で踏み潰した。

 コートは脱ぎ捨て、ネクタイを緩める。



「来てしまったか、大倉ツカサ。三上が命を懸けて、弱らせてくれたんだ。悪いが、私のために死んでくれないか」

「死ぬわけねぇだろ。俺も、皆の命を預かって戦っているんだ。全て終わらせてやる……村雨マサムネ!」



 拳を構えて、足を開く。

 いつでも戦える状態だ。

 村雨は、俺を一瞥して納得していた。



「なるほど。あの男に、よく似ている。……随分と、尊敬しているんだな」

「……は? 何を言っているんだ」

「見えるか、これ」



 そう言って、村雨は黄色い筒を掲げた。

 どうやら、注射器のようだ。



「泥酔状態にならなくても、この注射器の液体を体内に流し込めば、感染しやすくなる。そして、改良したAQRコードの効果で、感染率を100%にまで高めることができる。これも、三上が命を懸けてくれたおかげ……だッ!」

「はっ!? 村雨ー!」



 村雨は注射器を左胸に差して、もう片方の手でスマホの画面を見る。

 すると心臓を中心に、スーツが波打つように歪んでいた。

 同様に、眼も虚ろになり、顔全体が歪んでいる。



「全てを終わらせるだと? 終わるのは……貴様の人生だ! 運よく、ソウルスーツに適応したばかりに。……可哀想にな!」

「勝手に憐れむんじゃねぇよ! 絶対に、村雨を殺して、生き抜いてやる! 絶対に、だ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る