ver.5.0.15.2 復讐のために
村雨が暴れ始めた頃、人が押し寄せていたエレベーター付近で、小泉は一番後ろに並び直した。
きっと、大倉くんは来てくれる。
遅刻しているってことは、ソウルスーツを取りに行っているんだ。
私は警察官だ。
私は私のできることをやるんだ。
そう意気込んで、さっきの会場に戻った。
入口のドアは無残にも銃弾で撃ち抜かれ、穴だらけだった。
同じく穴だらけの死体が、いくつも転がっている。
食器は散乱し、赤黒い血液を乱暴に塗り付けた一室。
日の光が微妙に差し込んで、仄かに明るいぐらいである。
忍び足で進入すると、すぐ側の壇上に例の男が佇んでいた。
あの禍々しいほどの気迫。
あれが、村雨マサムネ本人。
今の私にできるのは。
しゃがんで、床に転がっていたSPの銃を手にする。
大倉くんが来るまでの時間稼ぎ。
もし、村雨が行動を起こしたら、私は人生で初めての人殺し……。
そう思ったが、引き金がカッチリと固まって、引くことは叶わなかった。
そうか、当然ながらID銃だ。
仕方なく、投擲しやすいように拳銃を持ち替えた。
こちらには気付いていない。
会話に耳をすます。
「私が、村雨マサムネだ。警察から聞かされているはずだ」
「お、お前が!? な、何が目的なんだ!」
村雨が里見を睨みつけると、短く驚いて静かになる。
「まずは、お前たちに思い出してもらいたいことがある。重要なことだからだ。ヒントは、海外だ」
「そ、そんなので分かるわけが」
「アフリカの一部集落への国家支援打ち切り」
鷲尾が淡々と呟くと、村雨は感心して吐息を漏らした。
「ほう。よく分かったな」
「あなたが、気付いてくださいと言わんばかりの行動をしていた。おおよそ、見当はついていたわ」
「国家支援打ち切り。四年前、発表した策だよな。あんたが首相になって、すぐのことだ。国民に同意を求めず、勝手にボランティアを打ち切った。私は真相を知りたいんだ」
アサルトライフルの銃口を、鷲尾に近づける。
「簡単よ。支援ができない状況になっただけ。村雨マサムネ……確か、あのボランティア活動ではAI医療機器の開発者を担当していたわね」
「調べてくれたか。そうだ、私は未知の病に対抗するためのAI医療機器を開発していた。ボランティアで来た青年たちにも協力してもらって、データの収集をしていたんだ。そうして、治療法を探り出すためのAI医療機器が完成する……矢先だった。首相が支援を打ち切ったせいで引き揚げさせられ、あの子たちを放置したまま、日本に帰ってきてしまった。お前の決断が、あの子たちを殺し、村を滅ぼした。今日は、その償いをしてもらうぞ!」
激昂する村雨に対し、鷲尾は表情一つ変えず言い放つ。
「私は、この国のために死力を尽くしているの。たった一つのちっぽけな村が消滅したところで、国民は気にしない。気にしているのは、あなただけよ」
「私の努力を馬鹿にする気か! あの子たちを救いたいという本気を、笑うつもりなのか!」
「日本人が病に感染して、国内で伝染していったら困るの。パンデミックの一因となる要素は排除する。厳しいけど、支援打ち切りが最善の策よ」
「ふざけるな! あの子たちは未来を信じ、未来に生きようとしていた! そのために、私たちに朽ち行く命を預けてくれた! 私たちを信頼してくれたんだ! 日本人なら絶対、助けてくれるって、みんな幸せになれるって。なのに、なのに……裏切ってしまった、信頼を。クソッ!」
引き金をかける指に力が入る。
自身の未熟さを愚かに思い、噴火する怒りを鷲尾にぶつけていた。
こいつを、ここで殺す。
その意思が、目の前の頭部に銃口を押し付けた。
「殺してやる」
「それで気が済むなら、やりなさい。ただ、ここに来たのは、私の権力で支援を続行させることじゃないの」
「気が変わった。もう、あの子達はこの世にいない。弔いのためだ。……死んでくれ」
「僕は殺さないよね!?」
「府知事……O阪ユートピア構想は支援が打ち切られてから、実行された。海外支援に回していた資金で、この建物が改築されたんだ。何か裏があるんじゃないか」
「な、なにもないって! そ、その海外支援のこともつい先月、知ったばかりなんだ!」
今にも総理大臣を放って、逃げだしそうな姿勢だ。
我慢の限界に達した村雨は、アサルトライフルをしっかりと構える。
撃つつもりだ。
小泉はそう思って、全力で拳銃を投げつけた。
それは綺麗に側頭部を直撃し、呻き声を吐きながらよろめかせることに成功した。
その隙に、小泉は呼びかけた。
「こっちに逃げてください!」
「くっ、させるか!」
片手で頭を押さえながら銃口を向け続けるが、鷲尾の突進を食らって、後方に倒れこんだ。
その隙に里見と鷲尾は、小泉のもとまで駆け寄った。
里見は過呼吸になりながら、小泉を褒める。
「や、やるじゃないか!」
一発の銃声が轟く。
里見は、すぐに小泉の後ろに隠れる。
小泉は二人を庇うため、前に躍り出た。
村雨はアサルトライフルを天井に向けながら、まっすぐ姿勢を保っていた。
頭を押さえていた手は、血で塗れている。
頭からも、赤い糸のように細く流血していた。
「よく見捨てなかったな、二人を」
「私は警察官ですから。それに、ソーシャルヒーローが来ます」
「悪いが、お嬢さん。これは、私と総理の問題だ。部外者は、引っ込んでいなさい」
「これだけ多くの人を巻き込んで、二人の問題ですって? いい加減にしてください! 今すぐ、武器を捨てて投降しなさい。そうすれば、命だけは助かります」
小泉の叫びに、村雨は少し顔を俯ける。
「すまないが、私は死にに来たんだ。今更、命など惜しくはない」
ゆっくりと銃口の先を、小泉に向ける。
「ソーシャルヒーローが来るまでの時間稼ぎか? 話には付き合えない。五秒数える間に、二人から離れろ。そうすれば……」
「逃がしてやる、とでも?」
小泉が言葉を引き継ぐ。
村雨はそうだ、と頷く。
「逃げません! 良い時間稼ぎになりますから」
「……天晴な覚悟だ」
引き金に指をかける。
アサルトライフルを全身で支え、照準器に目を合わせる。
サイトの先に見据えているのは、小泉の|額(ひたい)だ。
張り詰めた空気が、肌をピリピリと刺激する。
静かに、時間が流れていく。
さっきまで気にしていなかったパトカーのサイレンが、妙にうるさく感じる空気だ。
村雨は今になって思い出したように深く息を吸い込み、大きく吐き出す。
一連の動作が終わると、引き金の指に意識を集中し。
そして、引き金を引く。
気持ちいいほどの銃声と同時に……村雨の体は宙を舞っていた。
雄叫びを上げる誰かが、窓から村雨目掛けて飛び蹴りを食らわせたからだ。
「ウォォォォ!」
銃弾は明後日の方向に放たれ、壁面に弾痕が刻まれる。
村雨は会場の床を転がっていく。
五階だというのに窓から入ってきた人影は、銀の装甲を人体の形に沿って引っ付けた外見だ。
小泉はパッと笑って、歓呼して迎えた。
まるで、ヒーローを待ち望んでいた少女のように。
「ソーシャルヒーロー!」
太陽の光が差し込み、人影を照らす。
その人物は、鋼鉄の顔を小泉に向ける。
「遅くなってすまない……」
「ほんとですよ、もぉ」
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