第3話 ナイスセーブ

「おい焔! とうとう相手チームのお出ましだぜ(……と、もうわかりきっているか。しかし、こんな焔の表情見るのはひさしぶりだな。いつもやる気のない目をしているが……うん! いい目だ!)」


「じゃ、ここは任せるぞ、焔!」


 そう言って、龍二は相手グラウンドに向かっていく。


 龍二は……なるほど、あそこに向かうのか。

 完全に俺が止めることを信じてるな。

 他のやつらはこっちには向かっているが、走ってはいないな。

 ま、さしずめ蓮がどうせ入れられるから走っても無駄だなんて言ったんだろうが。

 相手チームも俺たちのチームと一緒にこっちに向かってきているな。


「おい、何か龍二ディフェンスしないで、こっちに向かってきてないか?」


「ハッハッハッハ、あいつサッカーのルール知らねーんじゃねーの。まーどうせ、あいつが守ったって何の役にも立たねーだろ」



―――「あー、絶対入れられちゃうじゃない」


「でも、蓮君がすぐ同点にしてくれるわよ」


「そーだよねー」


 女子が騒いでいる中、一人だけ焔を笑顔で見つめている人物がいた。


(あんなにやる気になっている焔を見るのひさしぶり。龍二が何か言ったのかな。ふふっ。頑張って! 焔)



 ―――集中しろ、焔。

 もうサッカー部くんはすぐそこまで来ている。

 俺は背が小さい。

 だから、なるべく近くで……きた!

 

 サッカー部くんは大きく右足を振り上げる。

 それと同時……いや、それより少し早く焔はボールに駆け寄る。

 その目にはサッカー部くんの右足を捉えている。


(くそ! ゴールの枠が一気に狭まった! もう空いているところに思いっきり蹴るしかない!)


 そう思い、サッカー部くんは思いっきり左方向にボールを蹴る。


「ビンゴ」

 

 あらかじめ、相手から見て、右側に寄っていた焔は、幅の大きい左方向にボールを蹴ると踏んでいた。

 案の定、左に打ち込まれたボールを焔は尋常じゃない速度で右手を出し、的確に止める。

 左手にはじかれたボールは、前に弾かれ、どんどんゴールから離れていく。

 全員が唖然としていた。

 まさか焔がボールを止めるだなんて思ってなかったのだ。

 そんな最中、焔だけがボールを追いかけている。

 ボールに追いつき、味方の方を見る。


「おいお前ら! さっさとこっちに来い! チャンスだぞ! ボール取りに来い!」


 こう言うと、ようやく敵も味方も焔の方に走ってきた。


「全員こっちに来い! ゴールがら空きだぞ! 誰でもいいからボールを奪え!」


 と言っているものの、後4~5秒でこいつには、追いつかれる。

 だが、まだだ。

 もっと全員を俺の方に引き付けないと。


「よくやった焔! 俺はお前が止めると信じてたぞ! さ、早く俺にパスしろ!」


 いちいち腹が立つやつだな。

 そこまでして、女子の印象を上げたいとは逆に尊敬するよ。

 

 よし。そろそろ頃合いだな。


「パス出すから、しっかり受け取れよ!」


「ああ! 任せろ!」


 蓮はこう言っているが、お前に言ってんじゃないんだよ。

 バーカ。


 思いっきりボールを蹴り上げる。

 ボールは敵味方の上空を放物線を描きながら超えていく。


「おい焔! お前どこ蹴ってんだよ!」


 おー怖い怖い。

 怒り丸出しかよ。


「どこに蹴ったかだって? そりゃ、俺が最も信頼している男のところだよ」


 全員がボールを目で追う。

 ボールは事前にグラウンドの隅で焔がパスをするのを待っていた龍二の元へ。


「ナイスパス」


 ボールを胸で受け止め、そのままゴールに向かっていく。


 今から戻ったってもう遅い。

 龍二は強烈なシュートを放った。


 昔っから、パワーだけはあるやつだ。

 ボールはほぼ真ん中だったが、キーパーは止めることができなかった。


「ピピーッ」


 ホイッスルの音の後、1~2秒後の沈黙が続いた。

 この沈黙を一人の歓声が打ち破り、また一人また一人と歓声が沸き、龍二と俺の元へ駆け寄る。

 

 敵チームはまだ唖然としているな。

 女子はざわついてる。

 当然っちゃ当然だ。


 普段体育や運動系で目立つことなんてない二人がゴールを決めちゃったんだからな。

 龍二が俺の方に駆け寄ってくる。


「な。お前の武器はまだまだ健在だっただろ」


 その言葉に、焔は少し照れ臭そうな顔をしながら、


「お前のアドバイスのおかげだよ。小さいやつには小さいやつなりの戦い方がある……ねー。あれがなきゃあの止め方はできなかったよ」


「えっ? どうやって止めたの?」


「……おい見てなかったのかよ」


「まだ走ってる途中だったんだよ。それより見ろよ。あいつの悔しそうな顔」


 そう言われ、蓮を見てみると、こっちを悔しそうな形相で睨みつけていた。

 

「ハハッ、いいねー。すっきりしたよ」


「俺も」



 ―――「ピッピッピー」


「はい試合終了。全員集合」


両チームが一列に並ぶ。


「えー、一組2点、二組1点で1組の勝ち。礼」


「あしたー」



 ―――「いやー、最後決められたなー焔」


「ああ、もうあいつの悔しい顔も拝ませてもらったしな。それに、もしまた止めてたら、なんかそれはそれでめんどくさいことになると思ってな」


 ウォータークーラーの前でそんな話をしていると、蓮がドンドンと足音を立てながらやってきた。


「おいお前ら、一回まぐれでゴール決めたからって調子乗んじゃねーぞ!」


 これだけ言ってすぐ立ち去った。


「ほらな。めんどくさいことになるだろ」


「うん。ごもっともだな」


 すると、もう一人こちらに走り寄ってきた。



 綾香だ。



「焔! 龍二! 二人ともめっちゃカッコよかったよ!」


 そう言うと、綾香は俺の方に振り返り、満面の笑みでこう言った。


「特に焔のあんな真剣な顔久しぶりに見たから、惚れちゃいそうになったよ」


 少しドキッとした。

 おいおい、彼氏がいるのにこんなこと言っていいのかよ。


「もし、お前の彼氏がその言葉を聞いたら、俺殺されてたかもな」


「え? 綾香って彼氏いんの?」


 あ……つい条件反射で言っちゃった。


 実はこのことは蓮から皆には言うなと口止めされてたんだ。

 


 ―――その日は教室で龍二に勉強を教えていた。


「だーもう! わかんねーよ! ほむら~」


「つべこべ言わずに言われたことをやれ。明日の小テストで50点以下だったら補習なんだぞ」


「あー集中切れた。ちょっとトイレ行ってくる」


「さっさと戻って来いよ」


 龍二はのそのそと教室を出て、トイレに向かっていった。


 静かなだな。

 誰もいない教室っていうのは静かだ。

 

 そんなことを思いながら、少しオレンジ色になっている景色を窓から眺めていた。

 


 ガラガラ



 教室の扉が開く音がした。

 龍二が帰ってくるには早すぎると思い、音のしたほうに目を向けると、蓮が入ってきた。 

 

「よー焔、こんなとこで何してんだよ」


 お前こそ部活はどうしたんだよ。


「ああ、龍二に勉強を教えてたんだよ」


「その龍二はトイレか」


 何で知ってんだよ。


「ああ、トイレに行ったよ」


「てことは……お前一人だな」


 なんだその質問は?

 気持ち悪いな。


「ああ、そうだよ」


 そう答えると、蓮はニヤリと口角をあげ、俺に近づいてきて、小声で話し始めた。


「実はな、言っちゃダメだって言われたんだけどな。俺……綾香と付き合ってんだよ」


 は? お前みたいなやつと綾香が付き合うわけねーだろ。

 と……思った……が、案外まんざらでもないかもな。

 蓮は綾香の一つ後ろの席で、休み時間とかいつも楽しそうにしゃべってるな。

 帰りも並んで歩いてるのをよく見るし。


 綾香はこいつの本当の姿を知らないから無理ないか。


「へー。そいつは良かったな」


「どうだ。うらやましいだろ」


 正直こんなやつと綾香が付き合っているなんて信じたくないが、綾香が選んだことに俺が口出しするのは違うな。


「で? なんでわざわざ内緒のことを俺に言うんだ」


「いやー、ただ誰かにしゃべりたくなってな。お前なら誰かにしゃべったりしねーと思ってな」


「そいつはどうも」


「じゃ、俺もう行くわ。綾香が待ってるからな」


 いちいちむかつくこと言いやがって。


 笑いながら教室を出ようと扉に向かっていくと、立ち止まってこっちを向いた。


「おい焔、このことは絶対に誰にも言うんじゃねーぞ。綾香にもな」


「はいはい、わかったからさっさと行けよ」


 ニヤリと笑い、蓮は教室を出て行った。


 その後、すぐにまた扉が開く音がした。

 龍二だ。


「おい、今蓮がご機嫌な顔してすれ違ってったけど……なんかあったのか?」


 あいつ……


「いや、ちょっとした自慢話に付き合わされただけだよ」


「ふーん、ちょっとした自慢話ねー」


「さ、続きやるぞー」


「えー」



 ―――ということがあった。


 やばいな。

 うまくごまかさないとな。


「え? 私って彼氏いたの?」


 綾香が驚いたように俺に聞く。


「え? 蓮と付き合ってんだろ」


「えー? あんなゲス男と付き合うわけないじゃん」


「あいつの性格知ってんのかよ……」


「大体の女子は知ってるよ。それでもほとんどの女子は彼のことが好きみたいだけどね。で、さっきの話どういうこと?」


 こちらに強い視線が突き刺さる。


 俺は降参だとばかりに両手を挙げて、下を向いて答えた。


「わかったわかった。話すからそう睨むなよ」


 そして、俺はあの日教室であったことをすべて話した。



 ―――「もう本当に気持ち悪い男ね」


「おい焔。これクラスのみんなに話してやろうぜ。また、あいつの面白い顔を拝めるぜ」


 龍二はゲラゲラ笑いながら言った。


「いや、めんどくさいことになるかもしれないからやめとこーぜ」


「ま、お前ならそう言うと思ったけどな」


「それはそうと綾香、何であいつは俺にあんなうそをついたんだ? なんか知ってんだろ」


「は? どういうことだよ」

 

「……後ろの席からずーっと自分の自慢話とか話してくるから、他の男の話でもすればもう話しかけてこないかなーと思って……」


 綾香の声は次第に小さくなっていった。

 

 はあ……まあだいたい察しはついたが、一応聞いておくか。


「で、他の男って言うのは」


 綾香は下を向いて、もじもじしながら小さな声で答える。


「焔」


 はーやっぱりな。

 これで合点がいった。

 なぜあいつが俺にあんなことをいったのか。

 なぜあいつが俺にこんなにちょっかいをかけてくるのか。


「ヒューヒュー、あついね焔君」


「ちゃかすな」


 そう言い、龍二の腹に拳を埋め込む。


「ぐふっ」


 俺は綾香の方にもう一度振り返った。


「おい綾香、もう蓮に俺の話をするな。また、調子づくからな」


「えー、でも焔との昔話すると、止まらなくなっちゃって」


 そりゃ、好きな奴が他の男の昔話されたら、嫉妬するわな。


「いいからもうやめとけ。嫌なら、あいつのことが嫌いな……グループ? かなんかににかくまってもらえ」


 綾香はちょっと考えるようなしぐさをみせたが、すぐにこちらに向き返り、笑顔を見せる。


「それもそーね。ただもうちょっと昔話したかったけど。じゃーちょっとかくまってもらえるように相談してくるね!」


 そう言って、女子の集団が歩いているところに走っていった。


 焔はその後姿を少しの間、目で追った。


「そろそろ、俺たちも戻ろうぜ龍二」


「そうだな」


 教室へ帰っている途中、焔はふと思った。


 昔話……ね。



 ―――「待ってよ焔ー!ねえ待ってー!」


「遅いぞ綾香ー。待ってやるから早く来いよ」


「うん!!」


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