73回もの妄想成分が含まれているため乳幼児の読了はご遠慮ください

ちびまるフォイ

妄想族たちの鎮魂歌(ラプソディ)

「ぶぃぃーーん!! ぶいぶいーーん!!!」


深夜の高速道路を蛇行しながら爆音とともに風を切って走る。

そんな妄想をしながら妄想族は四畳半の今で妄想を続けていた。


「やべぇ! サツが来やがった!」


「あいつら"戦争"やろうとしてんのか……! 上等ォ!!

 ぶっこんでやるよ!! "七支界の極龍"見せてやるよ!!」


「先輩それなんスか」

「今決めた二つ名だオラァ!!」

「まぶいぜ先輩! どこまでも妄想ついていくっス!!」


今夜も果てしない妄想はしりのその先を見て二人は眠りについた。

翌日はこのあたりを荒らしている妄想族とのタイマンだった。


波止場の倉庫に集まった先輩と後輩は、待ち構えていた連合軍の人数にぎょっとした。


「おいこらテメェ。こんなにお友達連れてきて、話が違うじゃねぇか」


「ただのギャラリーだよ。そうだよなお前ら?」

「「「 応ッ! 」」」


「人数が多いと妄想の設定に深み出ンだろうが!!」


「"七支界の極龍"がビビってんのかぁ!? それでも妄想族かよ!?」

「ビビってねぇよ! なに妄想してんだこらぁ!!」

「まだ妄想始まってねぇよ!!!」


二人はメンチを切りながら今にも一触即発の妄想が始まりそうだと誰もが妄想していた。

そこに後輩がやってきた。


「先輩、ここは俺に任せてください」


「おい俺らはここのヘッドに用があるんだよ。

 付き人の雑魚がしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ」


「すでに俺は妄想し始めてるのに、まだそんなこと言ってるのか?」


後輩はニヤリと笑うと考えている妄想を口にし始めた。

あまりにあんまりな内容なので文字に起こすこともはばかられる。


「こ、こいつヤベェ! イカれてやがる!! てめぇら! なに聞き入ってる!

 こっちも早く妄想すんだよ!! 妄想を上書きするんだ!!」



「俺の妄想の中では、もうお前はすでにバツイチだ。

 養育費に苦慮しながらも次の就職先が見つからずに悩む日々。

 昔の夢を諦めきれずに始めたバンドのくだりまで妄想は進んでいるぞ」


「や、やめろ! リアルな妄想をするんじゃない!

 嘘でも俺がそれっぽい感じの人に思われるだろう!?」


「ククク。この程度の妄想でなにびくついてやがる。

 まだまだ妄想は始まったばかりだぜ」


「てめぇら! 覚えてろ!! 今度うちのシマで妄想したらタダじゃおかねぇ!」


相手は負け惜しみを言いながら、自分が勝った妄想をして帰っていった。

先輩は後輩の肩にぽんと手をおいた妄想をした。


「いや、助かったよ。今の妄想は本当に激マブだった」


「俺は先輩の背中を見てますから」


「もう俺以上の妄想力だよ。うちの族も次のナンバー1はお前だと妄想してる」


「先輩を超える妄想なんてまだまだっすよ。ナンバー2でも重いのに」


「妄想も……いつか現実になるかもな」


先輩は満月を妄想して、ぷかーとタバコの煙を吐いた妄想をした。

そのどこか寂しげな妄想をしている先輩を見て後輩は妄想した。


「先輩……、もしかして……ぢ」


「ああ、実は妄想族も卒業しようかなと思ってな」


後輩は「痔」の言葉を飲み込んだ。


「先輩! どうしてっすか!? うちの"悪魔々神オママゴット"のヘッドがいやになったんですか!?

 それとも俺をNo1にするためにわざと身を引いたんですか!?」


「バカ、妄想が過ぎんだよ、お前ぇは」

「すんません!」


先輩は懐かしそうに空を見上げた。


「後輩よ……お前はこの将来みちの先に何があると思う?」


「ETCレーンとかですかね」


「俺ら妄想族は大きく分けて2つ。

 妄想を続けて妄道の組に入るか、それとも足を洗ってまっとうに生きるか」


「先輩言ってたじゃないですか。この先もずっと妄想していきたいって。

 そのために貞操は守り続けているからであってモテないわけじゃないもんって!!」


「人は変わるんだよ。俺も自分のことを妄想してな……。

 ある日、家庭を持って、子供ができて、普通な生活を妄想したとき

 "ああ、こんな生活も悪くないかもな"って思えてきたんだ」


「先輩……」



「それに、最近じゃ俺の妄想も設定にアラが多くなってるしキレも悪い。

 そのうえ期待の大型ルーキーが後ろから突き上げてくるんだもんな」


「すごい妄想ですね」

「いやここは実話だよ」


先輩は妄想していたタバコの火を消すと、缶コーヒーをぐいと飲んだ妄想をした。


「後輩。お前は妄想、続けるのか」


「当たり前じゃないっすか! いつか先輩言ってくれたじゃないですか!!

 高速道路の渋滞の先頭にいるやつの顔を確かめるまでは妄想を止めないって!!

 あのときの言葉、いつまでも俺の心に残ってるんです!!」


「言ったか? そんなこと」

「妄想で!!」

「ああ……そっち。お前の中での話ね」


先輩は缶コーヒーの火を消してタバコを飲んだ妄想をした。


「俺の妄想はさびたハサミだが、お前の妄想は日本刀だ。

 その切れ味と深みはいつか人をひきつけるって妄想してるよ」


「先輩……!」


「妄想を止めるんじゃねぇぞ」


先輩はひとりバイクに乗って帰る妄想をしながらお父さんの車に乗っていった。

その翌日のことだった。


「大変です!! ヘッドが! 極龍がパクられました!!!」


「なんだって!? 妄想じゃないのか!?」


「これはマジっす!! 思想犯罪で警察にパクられたんっすよ!」


妄想族のしたっぱの情報はけして妄想ではなかった。


「先輩……! 足を洗うって言ってたのに……どうしてこう間が悪い……!」


「しょ、しょうがないっすよ……不運ハードラックダンスっちまったってことですよ……」


「てめぇ! トシ!! 先輩がパクられたってのに、しょうがないだって!?」


下っ端の胸ぐらを掴んで殴り飛ばすと、トシは鼻血を出したままうつむいたところまで妄想した。


「トシ! 族の全員に伝えろ!! 戦争をはじめるってなぁ!!

 全員妄攻服に着替えて集合だ!!」


「……」


「おいトシ聞いてんのか!! また異世界にいった妄想してんじゃねぇぞ!!」


「ちがうんすよ……いつまでこんなことしてんすか」


「あ?」


「先輩がパクられて……いいタイミングじゃないですか。

 俺らもういつまでも妄想している時期じゃないんスよ。

 族のみんなもいい加減現実を見始めてます。妄想に生きてるのはあんただけっすよ」


「仲間を助けんのが妄想族じゃねぇのかよ!!」


「そんなのあんたの妄想だろ!

 助けに行ってこっちまでパクられたら友達から借りてたゲームはどうなるんだ!!」


「それは……!」


「いつまでも妄想でイキるのはいいけど……現実みなよ……。

 もうあんたの妄想についていける人なんて誰も居ない。勝手に妄想はしってろよ……」


「こんなつまらねぇ現実を見てなんになるんだよ!

 せめて妄想でも自由でいたくねぇのかよ!?」


「ついていけねぇよ……」


"悪魔々神オママゴット"の妄攻服しょうぶふくに着替えたのは後輩だけだった。

他の族たちはすでにリクルートスーツで企業に笑顔を振りまいている。


けれど、後輩の背中にはまだ仲間がいた。


妄想を続けているかぎり後輩がひとりになることはない。


「先輩……! 必ず助けてやるからな……!!」


後輩は寝る間も惜しんで、ひいては夢の中でも妄想を続けた。

先輩を助けるための妄想を。



そしてついに――。


 ・

 ・

 ・


深夜の監獄はあまりに冷たく無機質だった。


かみさまってのは、まったく気まぐれだぜ……。

 いつだって新しい世界を踏み出そうとしたときにはしごを外しやがる……」


先輩は鉄格子の向こうからいつか見た夜空を思い出していた。

そんなとき、聞き覚えのある足音が近づいてくるのがわかった。


「先輩!! 助けに来ました!!」


「後輩……! お前どうして……!」


仲間かぞくを見捨てるなんてこと、できるわけないでしょう」


「……!!」


危険を顧みずに助けにきた後輩へ感謝しかない。

先輩は涙を流した妄想をした。


「ありがとう……本当に……ありがとう……!!」


後輩は先輩の感謝に笑顔で答えた。




「それでは聞いてください。先輩が俺の力でここから脱出し、

 自由を取り戻した後に紆余曲折ありながらも

 この先の人生を幸せに生きていく……という妄想を!!」




実行にさえ移せば完璧な妄想を語って聞かせた。

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