転送先にて

扉が閉まった後、とてもがした。

自身についてではない。

具体的には分からないけど、それは大好きなスズお姉様に関係するという事は確信できた。


「スズお姉様!!」

恐ろしい恐怖を感じた後、温かくまばゆい光に包まれ、ギュッと目をつむった。

…あぁ、また力になれたかった。という想いが頭をよぎった。


トンっと足が地面にフワッとついたのを感じ、恐る恐る目を開いた。

ここは‥?


目を開けるとそこには一緒に転送された、アステリアの大勢の国民と、どこまでも広がる荒野だった。


「ハル様、大丈夫ですか?」

そう声をかけて来たのは、先程まで一緒にいたハノトだ。彼の方が、先に思考を戻したらしい。

「ええ、無事よ。それよりここは…」

周りを見渡すと、皆周囲を見渡し、不安な表情を浮かべている。


「分かりません。しかし、恐らくは国内の辺境かと。近くを探せば、王都に連絡を飛ばせる魔水晶があるかもしれません。ユキ様に連絡を飛ばせるといいのですが…。それから、これも一緒に送られてきたようです。」

ハノトはそう言うと、一冊の魔導書をハルに渡した。


「ありがとう…。そうね。何の考えもなく、国外に姉様が飛ばすとは思えないわ。本当にお兄様と連絡さえとれれば…。ハノト、お姉さまは…?」

「…」


ハルは本を受け取りながら、ぎゅっと唇を噛む。

お姉様は私たちをここに転送することで、全員を底知れぬ本能的な恐怖から救ってくれた。いつもなら、「よかった、無事だったのね!」とふわっと現れそうなのに、それがない。…つまりそういうことだ。

いくらお姉様でも、この「人数」と「距離」の転送魔法はさすがに無理があったのだろう。


あの中に残ったスズお姉様は…?

確かに地獄のような熱が襲ってくる恐怖があった。

恐らく今あそこは…最悪の事態が脳裏をかする。

いつもこうだ。大事な時に、力になれない。


…魔法ができないから、その代わり剣の腕を磨いた。教養を身に着けた。諸外国の動向や知識も、お姉様よりは知っていると思う。でもそれも全部、お姉様とお兄様とこの国を肩を並べて守りたかったから。でも結局、お姉様の力にはなれなかった。…悔しい。


…最期にみたスズお姉さまは、笑顔を浮かべ、空に儚く舞う、美しく強い女神だった。アステリアを守る責任をすべてスズお姉さまに任せてしまった。…その代償はあまりにも…


「ハル様…。」

ハノトも考える事が同じなのか、拳を強く握っている。


「あの…、ハル姫様…。私たちは大丈夫なのですよね…?」

そう心細そうな女性の声が下の方から、かけられた。

それが合図の様に、ここにいる全員が一斉にハルに視線を移し、立っていたものは腰を低く落とす。


そう、ここにいるのは紛れもなくアステリアの国民。敵に捕まってもなお、アステリアの国を愛し、あの状況の中でも、お兄様を、我が王家を信じてくれた国民たちだ。不安そうに周囲を見渡していても、だれも奇声を発したり、パニックになる事が無いのは、心から信じているハル《王家の者》が共にいるからだ。


『大丈夫よ!それよりも…私が魔法を使った後、頼むわね。』

スズお姉様は、きっとあの時からこうするつもりだったんだ。

何で気付かなかったんだろう!悔しい。悲しい。不甲斐ない。

でも。今は今は…


スズお姉様が命懸けで託してくれた、自身の命と国民の命。

今度は私が守る番、導く番。

顔を上げろ。足に力を入れて踏ん張れ。腹は声から。

不安を悟られてはいけない、常に堂々と自信を。

私はアステリアの第2王女なのだから。


「大丈夫ですわ。あの場所が危険でしたので、スズお姉様が全員をここに転送したのです。ここはおそらくは国内の辺境だと思われます。それから大変申し訳ありませんでした。国を守るのが王家の役目、国の責務。国民の皆様を守り切れず申し訳ありません。そして、恥ずかしながら、資料では把握しておりましたが、私が実際ここに赴いたのは初めてで戸惑っております。不慣れな点が多いかと思いますが、ここにいる皆様のお力が必要です。皆様のお怒りを収め、どうか、どうか、私にお力を貸して頂けないでしょうか。」


先程の不安そうな表情は一瞬で、王女の顔になり深々と頭を下げる。


「ハル姫様や王家の皆さまが、国のために尽力していたのは知っております。そして、こうして助けて下さいました。あの混乱の中、怪我をした者もおりましたが、命はこうして残っております。家は無くなりましたが、大切な家族や友達は生きております。怒りよりも感謝しかありません。」


そう、男は告げ深々と頭を下げた。

それに同意するよう皆頭を下げた。


「…。ありがとうございます。頭を上げてください。」

そう噛みしめるように、紡ぐと、

大勢を見渡した。


「お姉様から魔道書を託されました。魔法が使える者は、ここ真ん中に残ってください。それから、女性と小さな子供、お年を召した方は、右側に。力仕事ができる方は左側に分かれてください。そこから隊を組み、作業を手分けして行います。しばらく不憫な思いをさせてしまうかと存じますが、必ず、もとのアステリアの生活に戻すと誓います。」





任せてください、スズお姉様。

このハル。絶対に守り抜いて導いて見せますから。

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