発熱



…ぴっちゃん。

…ぴっちゃん。


ん、ぅん…、つめた、い?


何か顔に当たる冷たいモノをきっかけに、ずっと底の方にあった意識が浮かんでくる。

「…?」

重い瞼を、なんとか開けると、視界はぼんやりしていた。

眩しさはなく、暗かった。

天井?がゴツゴツしている。…いわ?

まわらない頭で、ここがどこか考える。


…それにしても。

身体がだるくて重い。私の意思にちっとも反応しない。開いた瞼が奇跡に近い。


というか、…何があったんだっけ?

えっと…?

確か、うーんと…

アステリアが襲われて…ハルと捕まって。

それで…。

あぁ、そうだった。

炙り出し…あれはひどいよね。ないわー。

うん、そうそう。

…あの場所は危なかったから、皆を安全な所に転送したんだった。


…そっか私、死んじゃったのか…。


あの転送魔法を発動した際、私自身の転送はできないことは分かっていた。まぁ、正確に言うと、転送は出来るけど、「私の身体が持たない」だ。炎に焼かれてのENDか、転送先でハルたちの前でENDか…。

さすがにこのタイミングでハルや国民の前で死ぬのはな…混乱しか招かない。

だから前者を選んだのだけど…。


…よかった。あんまり熱くなかったな。

多分、魔法を発動した直後に意識を失ったから、炎に焼かれる痛みは感じなかったのか…。


死んだのか…。

ハルとユキお兄様は自分を責めてしまうだろうか…。

国の魔法維持は大丈夫かな…。

食物や街の整備が崩れて、スラムとか復活しないきゃいいけど…。

まぁ私がいなくても…ユキお兄様とハルは私と違って優秀だもの。きっと何とかしてくれるわよね…。


そう…何とかしてくれる。


…私が命を懸けて構築した魔法の意味ってあったのかな…?

ユキお兄様とハルがいればわざわざそんなことしなくても、上手くいったのでは?


…結局は自分の価値を、周りに分かってほしかっただけ、私の意地でわがままってことよね。はやっぱり、いなくても変わらない存在。


そんなの、分かっていたんだけど。


何かが瞳からこぼれた。

死んでも涙は出るんだ・・・・。


…はぁ。


そういえば、ここって「天国」?


それに、涙もだけど、死んだのにこんなに身体が重くてだるいなんてあるの?

少なくとも死んだら軽くって、ふわふわ飛べるんだと思っていた…。


「迎えも…いないか…。そうだよね…。」


…死んだら、会えると思った。

少しだけ、私が死んだら迎えに来てくれるかなと思って期待していた。

でもそんなの、都合がよすぎるよね?


ぼーっと天井をみる。


…あの時は、私がもっと力を持っていたら。

もっと、きちんと周囲を見ていたら。

…あんなことにはならなかった。


だから、「ごめんね」じゃ足りないのは知っている。

すごく私の勝手だって…。


それでも…

それでも…


文句を言われても、貶されてもいいから、ずっと会いたかった。

そして、たくさん「ごめんね」って謝りたかった。


…叶わないだろうけど、願わくば


「   」

って言ってもらえたら。


…なんて。


「ソラ…」




「!ちょ、お前?えっ」

焦ったような声が聞こえる。


ソラ…?

声がした方に視線を向けると、黒い髪に細くて切れ長の琥珀色の目の青年。

ソラが大きくなったらきっとこんな感じだろうな…。


「ソ、ラ?」

青年は目を大きく見開いた。

「ソラ…。」


来てくれた、迎えに来てくれた。

あの頃よりも成長した姿で、会いに来てくれた。

ソラ…!


視界がにじんで見えない。

体は動かないけど、ぼろぼろと涙が止まらない。

謝ろうとおもっていたのに、声がうまく出ない。

「うぅ。ゾラァぁぁ、あ、あのねえぇ。」


「は?!ちょ、泣くな。いや、それほど辛いのか?つーか俺のこと…」

青年が慌てたように、駆け寄ってきた。

そして、腰を下ろしたと思ったら、手をなぜかグルグルさまよわせた後に、

額に手を当ててきた。


ソラの手は冷たくて、気持ちよくて。

…心が温かくなって、安心する。

無意識に目を瞑って、その手にすり寄った。


「えッ。ちょ、落ち着け。落ち着け!ス、アリス!」

「…?アリス?」


ん…?アリス?ダレ…?

勘違いされてる…?

ソラ…?私の事、忘れてしまった…?


「…。お前自分でって名乗っただろう。忘れたのか…?」

「…?アリス…?…アリス…。」


『っ!失礼ね!アステリア王国の人は皆、温かく良い人ばかりよ! 私はアリス。アリス・シエーラ!どう満足?!』


「…シグレ…?」

「…あぁ。」


…マジデスカ。(白目)

「えっ。シグレ?え?」

うそでしょおおおおおおおお!

だって私、コイツに。アステリアの敵に!

私!間違えたとはいえ泣きついてしまったのか!うそでしょ!

穴に入りたい。お願い。誰か、誰か穴を掘って。

天才魔導士様、お願いします。

時間を巻き戻してください。ほんの3分でいいんです。お願いしますぅ!

あ。天才魔導士は私だった。

くそう。時間を早めたり戻したりは流石に無理なんだよねぇぇぇ!

世界の理にはずれちゃうからぁぁ!

死にたい。いや、死んでるんだよね。私?!


「…ったく。とりあえず、お前はここで寝とけ。動くなよ、絶対。色々と面倒臭くなるるから。」

「えっと…?」

「だから、寝とけ。」

彼がパチンと弾いた指は、私のおでこを直撃した。

「痛い。」

死んだのに痛みも感じるのか。

「変なことすんなよ。」

「そんなこと言われても…」

「はぁ。本当に死ぬぞ、お前。」

「…え?いや、私死んだよね?」

「は?誰が?」

「わたし。」

「…」

「…生きてっけど。」

「…」

「えっ」

「ほら、透けてねーだろ。」

彼はそう言うと、私の腕を持ち上げた。

…腕はちゃんとあって、その後ろに岩壁が見えるから…

「透けてない…。」

「おぅ。」

「…」

「…」


まじか。

私生きていたのか。

流石天才美少女魔導士。

え?でも、流石にあの炎…。怪我とか火傷とかあってもおかしくないよね?

…体はもはや動かないけど、痛みはないし…?

どうして…?

え。でも、シグレあの時いなかったよね?

あの一帯は炎ですべて焼かれたはず。シグレの部屋も恐らく範囲内だったから、遠くに逃げたんじゃなかったの?


「クソババアの術なんて大したことねからな。まぁ、その辺にいたから、適当にやって今ここにるって訳。」

「!」

「はは、『意味が分からない』って顔してるな。お前、全部顔に出てるぜ。」

「!!」

そんな。思わず手が頬に伸びる。

「流石に、あーなっちまったわけだし。殺すわけにもいかなくなったっていうか…まぁそんなとこだな。」

「…」

「それにしても、よくもあれだけの捕虜を逃がしたもんだぜ。…お前立場分かってるよな?」

スッとシグレの空気が冷たくなった気がして、背中がヒヤッとした。

「…」

「これで、動いてみろ?」

「…はい。」

「変なことするんじゃねーぞ。」

「はい。」

低くドスの聞いた声に、何も言い返せない。というか言い返したらまずい。シグレたちは始末するはずだったアステリアの国民を全員逃がしてしまったのだ。何か普通に話をしていたが、彼の気が立っていないはずがない。

ここは大人しくしといた方が賢明だ。


「大丈夫。動かないわ。ここで寝てる!」

私は抵抗する意思はないと示すために、とりあえず目を瞑ってみた。

「ッチ。」

シグレは小さな舌打ちをかまして、外に出ていった。

一瞬身震いしたのはなかったことにしよう。


「…」

目をすこーしだけ開いて、シグレの様子を伺う。

当たり前だけど…すごく…。すご~く、機嫌が悪そうだ。


うーん。どうしたものか…。

少し回復したら、魔法でどうにかここから逃げれるかもしないし、ハルたちと合流できるかも。…ハル心配しているだろうな…。

でも、この体じゃ当面は動ける気がしないな…。


考えていると、本当に瞼が重くなってきて、視界がだんだんぼやけてきた。

寝ていい状態じゃないんだけどな…。

思考とは別に、体はやっぱり辛いらしく意識がだんだん遠くなっていった。



========


ぴっちゃん。


「…?」

何か、ヒヤッとしたものが顔に当たって、遠かった意識が上がってきた。

目を少しあけると、火を焚いて、胡坐をかいているシグレがいた。


…あぁ、やっぱり似ている。


記憶の彼とここまでも重なるのは彼が初めてだ。

だからこそ、あんな黒歴史が生まれたのだが…。

というか、…はぁ。

私もいい加減に誰かにソラの面影を探すのは辞めないといけないのに…。

変な癖がついちゃったな…。


というのは、私の初めてのお友達だ。

私をとして見てくれた、たったひとりの大事な人。



幼い頃、ある時まで私はだけだった。

私の容姿はそんなにパッとしていないし、体も弱かった。妹のハルやお兄様であるユキ兄様の容姿はとても整っていて、絵になる。剣の腕だって申し分ないし、お話も上手で、皆2人と一緒にいたがった。私は剣はめっぽうダメだし、お話とかも苦手だ。勇気を出して同じ年位の子とお話をしても、聞かれるのは大抵お兄様とハルの事で、私自身に興味を持ってくれる子はいなかった。同年代の子がそうなら、大人たちはもっと顕著だった。私側についても今後なにも恩恵を受けられないと踏んで、必要以上には関りを持とうとはしなかった。もちろんご飯や着替えなどのお手伝いはやってくれていた。けど、担当になった人が「ハズレくじをひいちゃったわね。」と台所の裏で話しているの何度か聞いた。


私だけどうして、こんなんだろうって思っていた。

そんな時に出会ったのがだった。


「…覚めたか?」

「え、あ。うん。いえ、はい。」


先ほどの絶対零度の視線を思い出して言葉が固くなる。


「…食えるか?」

シグレはお玉で鍋をカンと軽く鳴らした。

「?」

あ、良い香りがする。もしかして。

「スープ?」

「あぁ。とりあえず、体力を戻してもらねぇと困る。」

「いいの?いえ、いいんですか。」

「はぁ。言葉は別に普通でいい。」

「え、いや。怒っているのでは…?」

「あ?あぁ。まぁ面倒にはなっちまったな。」

「…。」

いや、襲ってきたお前らが悪いんだぞ!という声は心にしまった。えらいぞ私。空気読めている!

「だけどあんだけ、口悪かったのが、今更敬語使われてもな。変に気持ち悪い。」

「ちょ、気持ち悪いって!」

「それに今更、お嬢様ぽくふるまわれてもな。…アレ見てるし。」

「…」

くっ。

「まぁ、一応アステリアのお姫様みたいですしね。スズ姫様?」

「っ!な、気づいて!」

「はぁ、一応、攻める国の情報くらい知ってる。」

うそでしょ?!じゃあ、最初から?

「はいはい。悔しいのは分かったから。とりあえず、起きて食えますか、お姫様?」

「うぅ。」

こうなってはしょうがない。シグレは敵だし!敵に上品に振る舞う必要もないしね!


たべる!」

勢いをつけて起き上がった、はずだった…。

「?!」

いきなり身体を起こしたから、色々とついてこなかったようで、視界がぐらっときて、意識が一瞬とんだ。

「っおい!」

「…あ、ごめ、ん。」

シグレが瞬時に身体を支えてくれたおかげで、地面に頭を強打することは回避できた。

「はぁ。いいからゆっくり起きろよな。」

「くぅぅ。」

…面目ない。


そして、面白くない。

「…悔しい。おいしい。」

「そ、よかった。」

「うん。」

シグレがよそってくれたスープには、ミルクと小さく刻んだお肉と野菜、それに柔らかいお米がいい感じ入っていて、とても美味しかった。なんだか懐かしくて優しい味がして、また泣きそうになった。


「…シグレ。」

「ん?」

「私をどうする気?」

「ん?あーそうだな…。」

「お前の使い様は色々あるしな。」

「…」

「でも、正直。お前をあそこに返すつもりはない。」

「あそこ…?」

「リドルヴァ」

「えっ?でも?」

「とりあえず、ここから距離をとる。」

「…?」

…?リドルヴァの作戦をつぶした私を差し出すのではないの?

「まぁ、追手が来るだろうから、それも撒きつつになるんだが…」

「え…うん。…うん?」

「?」

「追手?」

「あぁ。」

「えっ?どうして?はシグレの仲間じゃないの?」

「…仲間じゃねーよ。」

胡坐の上に肘を立て、さらに手の甲にあごをついて、けだるそうに言った。

「そうなの?」

WHAT?

え。どういうこと?

「色々あってな。取り合えず力を貸してたって感じ。」

「とりあえず…?」

「そ。ま、お前には関係ねぇよ。」

「…」

「でも、もともと馬も合わなかったし…。ちょうどいい機会てわけ。」

ひらひらと片手で手を振った。

「…」

「ソーダネ。簡単に言うと、俺はリドルヴァを抜けた。このことはリドルヴァの上層部にも伝わり、じき追手が放たれる。だからその追手をとりあえず、撒く。お前も一緒に、以上。」

「…」

いや、撒くと言われても…。

「お前のことを、多分あのババアは血眼で探すはずだからな。ま。切り札ってやつ?」

「…はぁ。」

「ま、理解しなくてもいいぜ。要はあの要塞、リドルヴァから距離をとる。別に距離がとるのが目的だからな。向かう方向はお前の国でいいぜ。ま、その後はリドルヴァが襲ってきたら力を貸す事が条件だけどな。」

「…」

アステリアを目指すなら、こっちとしても願ったりだ。それに、リドルヴァはアステリアを襲った元凶。国をもう一度襲ってくるなら返り打つのは当然だけど…。でも、シグレはもともとリドルヴァだし…。いやでも、助けてくれたってなるの?

「嫌ならいいぜ。ここに置いて、俺だけで行く。」

「!それなら私をここに置いていってよ!」

「ふーん。いいのか?ここ魔獣の巣窟だぜ?今は結界を張ってるけど、解いたら今のお前じゃ、カモだぜ」

「…!」

「魔獣だけじゃなくて、リドルヴァにとってもカモだな。」

「う。」

「そー言う事。どーする?」

そう言うとニヤッと意地悪な笑みを浮かべた。

どーするなんて、そんなの!

「連れてって!」

やけくそで叫んだ。

「最初からそう言えばいいのに。んじゃ、とっとと体調を整えるために、食べたら寝ろよ。熱もあるみたいだし。」

「…分かったよ。」

全部シグレの思惑通りって感じで、少し悔しかったから、スープが入っていたお皿はそのままにして寝てやった。

絶対起きた時、ぼやかれると思っていたのに、

「寝れたか?飯あるけど食える?」

と体調を気遣われた上に、お皿の事は何も言われず、果物とパンが添えられた綺麗なお皿を差し出された私の気持ちを考えてほしい。

「あ、あのありがとう。その。昨日はごめんさない。お皿そのままにしてしまって…片付けは私がするべきたったわ…」

素直にお礼と謝罪が出た。

「…。あー俺がとっとと寝ろって言ったんだし、気にする必要ねーよ。」

罪悪感で沈んだ。











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