十八.甲斐性と冥利
ズンッ!
重い衝撃音がして、ハラットの動きが止まる。騒いでいた周りも静かになる。神殿の神楽も止まっていた。
俺の頭の中に掛かっていた霧がゆっくり晴れるように、意識が戻ってくる。
「そこまでにせい!」
デヘイヤ隊長の声。今までに聞いたことが無かったような、静かな怒り。首を反らせてみると、ハラットの額と石畳の間に、隊長のデカい足が挟まっていた。ハラットは両目を見開いたまま固まっている。
しゃがんだ隊長が小声ですごむ。
「お前、こいつを殺す気か」
「え?」
俺の全身に電流のように恐怖が流れた。体が小刻みに震えだす。
「いいい、いえ、まさか」
舌も縮こまってもつれてしまう。ハラットの手を離すと、あいつはギクシャクとした動きで立ち上がった。俺も体を起こし、立ち上がる。
相変わらず広場はざわめいて、巫女さんたちも顔を見合わせながら困惑している。ただ真ん中のメラルシアさんだけは背を伸ばして微動もせず、こちらを厳しい面持ちで見ている。
「お、俺は別に」「あいつが」
俺たちが同時に言い訳を始めた途端。
パァーン!
気持ちいい音と共に、俺の頭がまたクラっとした。頬の衝撃はその後でやっとわかった。要するに、張り倒されたんだな。倒れ込みそうになった所に首根っこをぎゅっと掴まれた。
なんで俺だけ、と思ったら隊長の向こう側で頬が真っ赤に晴れたハラットが、やはり首を掴まれているのが見えた。
そして隊長が大回転。俺たちは風車の羽のように振り回され、巫女さんたちの方を向いたかと思うと、首を一気に地面まで引きずり降ろされた。自然と土下座の体勢になる。額が砂利に押し付けられて痛い。
「申し訳のしようもあいもはん!」
デヘイヤ隊長の大音声。
「皆様の聖なる神楽舞を汚してしもた事、責めは全ておいにありもす! 責めは幾重にもお受けしもんそ!」
泣くような叫び声。隊長は自分も地に額をこすり付けている。俺は、自分がやった事の重さがやっと分かった気がした。
「隊長っ!」
向こうでハラットも泣いている。
「デヘイヤはん」
頭の上から、女性のきれいな声が降ってきた。花魁言葉に聞こえる。メラルシアさんだろう。
「此度の事、若いお二人さんが、それぞれ好いた
え?
メラルシアさん、俺たちの話を聞いてたっての? 踊りながら?
「お待ちください!」
ジーナの声がぱたぱたという足音と一緒に飛んできて、俺の横で地に伏せた。
「申し訳なか!」
メラルシアさんの声がからかうように、
「何が、どす?」
「分からん。戻ってきたら、こんなんなってて、何が何だかですばってん、とにかく申し訳なかとよ!」
「ふふ」
メラルシアさんの声が笑った。その声が、今度は俺に向けられた。
「
ぐう、の音も出ません。
「せやけど、男冥利には尽きるというもんですな」
ささやいた後、立ち上がる気配。
「皆でこうしていても埒が空きませんなあ。ここは一つ、隊長はんとあちきとで、ここの皆さまに一献差し上げる、という事でどないですやろか」
お、と周りから期待の反応。隊長は顔を上げ(俺たちは押し付けられたままだ)、
「そいで、よか」
皆が盛り上がったのは言うまでもない。
再開した踊りを、俺とハラットは隊長の太い腕に首を巻かれたまま見る羽目になった。暑いしぬるぬるするし、汗臭い。
それが終わった後には互いに謝らされたし、帰り道ではジーナにも怒られた。なんか俺の方が損した気がしなくもない。
だけどジーナがその後、距離を詰めて小声で言った。
「何や知らんばってん、うちを庇うてくれたみたいで、あの、ありがとうな」
そしてちょっとだけ体を押し付けてきた。うん、やっぱ俺の方が得してるかも。
ただ一つ気になる事が残った。
ハラットさんを殺しそうになったあの技。あれは隊長の教えがとっさに出たものだろうか。それとも、もともとアルスの身についたものだったんだろうか。
なお、隊長が奢った分の四分の一ずつは、俺とハラットさんの給金から引かれることになった。
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